ACT.1 Entrance to fate <2>
爆炎の渦が空を赤く焦がしている――。その景色にブラッドは何となく自らの過去の断片に触れたような気がした。
命が一つとして存在しない無人の都市。蟲も、鳥も、獣も、人も当然そこには存在しない。そこに在るのは二つの巨人と二人の奏者のみ。
乱立するビル。大地を固めるアスファルト。夜の闇を想定し、空には月と星の乏しい光源……。その闇の中、断続的に繰り返された爆発は赤くフラッシュするようにビルたちを何度も染め上げる。
花吹雪の雨あられを掻い潜ったその向こう、両手に二丁のマシンガンを構えたプロセルピナが姿を見せる。爆煙を切り裂いて尾を引きながら真っ直ぐに突き進む灰色の機体。その正面には量産機の筆頭とも呼ばれる“クラウル”の姿がある。
この戦闘の為に蒼くリペイントされたクラウルの背部には二対のミサイルランチャーが装備されている。そこから最後の一発が放たれ、直進するプロセルピナ目掛けて加速する。
距離は決して広くは無い。アイリは操縦桿を捻りフットバーを蹴る。思考する――。それだけで“アウラ”はパイロットの意思に応えてくれる。
足を広く開き、左右のバーニアを同時に噴出する。まるでその場から軸を移さぬように片足を残し、低い姿勢のまま回転するようにしてミサイルをやり過ごす。
二度目のバーニアの閃光が瞬き、そして三度目。今度は回避動作の為ではなく、目標に接近する為の光――。
蒼いカラーリングのクラウルに乗り込んだブラッドはプロセルピナの回避動作に一瞬目を奪われていた。一瞬低く屈みながら右に逸れただけ――。目の前にミサイルが迫っているというのに慌てる様子も見られない完璧な判断。
戦場における冷静さ――。それはアイリの強みなのかも知れない。しかし同時に不安にもなる。ブラッドは背部のミサイルランチャーを二つとも切り離し、手持ちのライフルを担いで背後に移動する。
アウラの独特の移動動作の基盤となるのは脚部に設置された特殊な車輪にある。それはアウラという人型を効率的に、そして汎用的に運用する為に必須の要素である。
プロセルピナにライフルの照準を合わせたままブラッドを乗せたクラウルが後退する。しかしプロセルピナはライフルを向けた瞬間直進から細かくバーニアを噴かす動作へと切り替える。左右に不規則なリズムでジグザグと細かく移動しながら接近してくる。
「それ、本当に昔に設計された機体なのかい? よく動くじゃあないか」
冗談交じりのブラッドの言葉に当然アイリは答えない。連続のステップからマシンガンの有効射程距離、一瞬でクラウルを掃討出来る距離にまでプロセルピナが侵入する。
両腕のマシンガンを正面に突き出し、後は引き金を引くだけ――。そう考えたアイリの視界に信じられないものが飛び込んできた。先ほどまで追いつくことさえままならなかったはずのライフルの矛先。それがピッタリとプロセルピナの胴体部を狙い定めているではないか。
慌てて発射動作を中断し、全てのバーニアを左へ。道路からビルの陰に飛び込んだ瞬間弾丸が傍を通り過ぎて行った。
つい先ほどまでミサイルを馬鹿撃ちした挙句、プロセルピナの動作に追いつけなかったはずのブラッド。それが一瞬垣間見せた痛恨の動作にアイリの思考に疑問が走る。
手を抜かれている? “そういう雰囲気”ではない。だが、“思い出したように”強くなる瞬間がある……。そう思考しながらもプロセルピナはビルの合間を縫って移動を続けていた。
飛び出したのはブラッドの乗るクラウルの背後。一瞬でそこまで回り込んだというのに、ブラッドは当然のようにライフルをプロセルピナに向けていた。
放たれた弾丸。それを片方のマシンガンで弾く。当然マシンガンは一撃で砕け散ったが、その一瞬の間にプロセルピナはクラウルに接近していた。
バーニアの炎を引っさげながら闇の中に小さく跳躍する。両足を広げ、その二対の踵をクラウルの両腕に押し当て、そのまま大地に叩き付ける。両腕をプロセルピナの両足に踏まれ、全く何の動作も取れなくなったクラウルのコックピットにアイリは残ったマシンガンの銃口を突きつけた。
「…………これで、終わり」
「いやあ……流石はアイリ、コスモスの次期エースだけの事はあるねえ。僕も男なんだし、もうちょっとふんばらなければね」
ブラッドの明るい声色を聞いていたのはアイリだけではなかった。二人の戦いが映し出された巨大なスクリーンを眺めるフィーナとクリフ、二人もまたその明るい声に溜息を漏らした。
ヴァーチャルシミュレータ。コスモスの拠点であるここ“ユスティティア”にはパイロット訓練用の仮想戦闘シミュレーターが存在する。本来ならば存在しない青いカラーリングのクラウルもシミュレーション内部でのみ簡単に存在を許される。
数人のオペレーターがデータを記録しているその直ぐ脇にアイリとブラッドが横たわる訓練装置が存在する。そちらとちらりと一瞥しクリフは誰に言うでもなく声を漏らした。
「……ブラッドがコスモスに来て、そろそろ一週間か」
腕を組んだままのクリフの呟き。フィーナはそれに小さく息を付いた。
ブラッド・アークス――。例の“謎の動力炉暴走爆発テロ”の唯一の生き残り。判明している事実は名前と“記憶喪失”だという事実。
「それと、“フェイクス”だって事くらいか」
“フェイクス”――。改造人間、適正保有者、戦の化身。
それは、生身の人間に手を加え、機械とのハーフに仕立て上げた存在。アウラを操る能力に特化した貴重な戦士。
アウラを操るにはマニュアル操縦の他に“Slave System”と呼ばれるOSに頼る方法が存在する。通常、アウラという巨大な人型兵器を操る為にはこのOSの存在が必須となる。
単純な動作を取るだけでも様々、そして複雑な操作入力を必要とする人型兵器という存在を操る為には有能なOSが必要である。“Slave System”とは、パイロットの意思を汲み取りパイロットとアウラを繋ぐ為の渡り橋なのである。
勿論、“Slave System”があれば誰でもアウラを乗りこなせるわけではない。あくまでも動作補助、パイロットの負担を軽減するだけなのだから。
だが“フェイクス”は違う。高い適正を持つ物ならばそう、或いは例え“記憶喪失”であったとしても、アウラに乗る事が可能となる……。それほどの意味を持つ言葉なのだ。
生身の人間に機械を埋め込み、術式を施し、“Slave System”の補佐を必要とせず、己の手足のようにアウラを駆る事を可能とした人種。それこそがフェイクスなのだ。
「まあ、フェイクスだっていう時点である程度以前何をしていたのかは絞り込めるんだけどな」
フェイクスには誰でも気軽になれるわけではない。夢のような力の代償は余りにも大きい。
機械に適合できない人間はフェイクスに慣れたとしても実戦で通用するレベルには達しない。それよりも適正が無ければ、フェイクス化に耐え切れず生命に重大な欠損を負う事にもなりかねない。
故にフェイクスは非常に貴重な存在だ。この“コスモス”でさえフェイクスは数えるほどしか存在しない。フェイクスである以上、その目的はアウラに乗る事……。機動兵器に乗るのが日常となっていた人間、それが闘争と遠い世界の住人だとは考えられない。
一人で腕を組みながら頷くクリフ。そんなクリフを見上げてじっとりとした視線で見るフィーナの姿があった。
「何一人でぶつぶつ言ってるの?」
「いや……。フィーナは気にならないのか? ブラッドの事」
フィーナ・アラカリア――この組織のリーダーでもある少女は長く美しい銀髪を束ねたポニーテールを小さく揺らして首を傾げた。
クリフとアイリが現場から持ち帰った一機のクラウル。そのコックピットの中で気絶していた男こそ他ならぬブラッド・アークスその人である。
“怪しい”という他に彼を表現する言葉をフィーナは思いつかなかった。兎に角怪しい……怪しすぎる。現場に残された不自然に破壊されたアウラ。超広範囲を巻き込むアウラ動力炉を使用したテロの地に残っていた残骸。破損は上下を分断する一撃のみで、外部装甲に熱で溶かされたような痕跡さえ見当たらない。
謎のアウラ。それそのものの調査は既に終了して時が経つ。あれはただのクラウル、そしてブラッドの手掛かりとなるようなものは見つからないという残念な結果が出てしまっている。
「気にならない訳がないけど、記憶を失ってる以上解放してあげる事も出来ないしね」
本音を言えば貴重な手掛かりに成り得る彼の存在を手放すという選択肢は端から存在して居ない。しかしまだハッキリと“その違和感”について確信を得られたわけではない現状、それをクリフに語る事は出来なかった。
「ま、確かに勝手に拾って持ち帰っておいて用事が済んだら捨ててくるのもちょっとあれだよな。記憶喪失じゃ、のたれ死ぬかも知れねえし……」
「……今ちょっと想像してみたけど、結構寝覚め悪いね。そして結構リアルに想像出来るね」
「だよなあ。そもそもあいつ、あんな性格してるだろ? 一人で生きていけるとは思えないんだが……」
「酷いなあ、クリフ。僕だってこう見えても頑張っているんだよ? 色々と――ね?」
話題の中心に居た人物の声に二人が同時に振り返る。そこには模擬戦を終了し歩いてくるブラッドとアイリの姿があった。二人は肩を並べて歩いては居るのだが、アイリはどこか不機嫌そうでもある。
尤もそのアイリの不機嫌さに気づくのは難しい。表情に変化は無く、何となくブラッドから視線を反らしながら歩いているその動作に僅かな“ご機嫌斜め”を感じ取るのは実際至難だろう。ブラッドは気づいて居ないのか、にこにこと微笑んでいる。
ブラッド・アークス――。コスモスの蒼い制服に身を包んだ長身の青年。まるで女性のような細いウェストラインに手を当てウェイブした銀色の前髪揺らして微笑んでいる。
「二人ともお疲れー! どうだった? ブラッド、何か思い出した?」
「残念ながらさっぱりですねえ」
口元に手を当てて明後日の方向を眺めるブラッド。その様子にフィーナは小さく肩を落とした。尤も、期待はしていなかったのだが。
「ブラッドはもう暫くシミュレータ漬けでしょ? 結構汗かいてるし、シャワー浴びてきたら?」
「ていうか今ふと思ったんだが、何でブラッドはそんなきっちり制服着たままやってたんだ?」
「え? 制服って言うくらいだから、ずっと着ているものじゃないんですか?」
沈黙が場を支配する。それはそうなのだが、なんというか……“そうじゃなくて”。
「それじゃあ僕はお言葉に甘えてシャワーをお借りしますね。それじゃあまたね、アイリ。今日は付き合ってくれてありがとう」
笑顔で手を振るブラッド。しかしアイリはその言葉には応えず視線さえも合わせようとはしない。ただ彼女の心の中、ブラッドが一瞬見せた鋭い銃口の輝きだけが今もリフレインを続けていた。
ACT.1 Entrance to fate <2>
「アイリ、またプロセルピナを見てたのか?」
肩を超えた辺りまで伸びた黒い髪を揺らしながらクリフが声をかける。ユスティティアの格納庫、アウラたちが肩を並べるその場所に一人ぽつんと寂しく立つアイリの姿があった。
制服の白いネクタイを緩めながらクリフはアイリの隣に立つ。アイリは一瞬だけクリフへと振り返り、それからまた直ぐに愛機へと視線を戻した。
灰色のアウラ、プロセルピナ。それはこの世界に唯一無二、たった一つだけ存在するアイリの愛機。そしてアイリが今も昔もそしてこれからも愛し続ける人の名。
“Immortal”と呼ばれるアウラが存在する。それは世界にたった一機だけ、そのパイロットの為だけに生産される特注品。全ての性能、過程において代用品の存在しない物。
IMアウラと呼ばれるそれは通常の量産機とは比べ物にならない程の性能を持つ。それと同時に運用には性能相当のコストが必要とされる。通常の戦争において貴重、世界全体のアウラを見ても直貴重なIMは全体の一割ほどしか存在して居ない。
通常ならば各国の正規軍ですら滅多に所有する事の出来ない莫大な金食い虫でもあるIMをコスモスは数機飼いならしている。実際アイリのような幼い少女がIMのパイロットとして行動出来るのは正にコスモスのお陰であると言えた。
「ブラッドと戦った時からご機嫌斜めじゃねえか。どうかしたのか?」
機体と通路とを隔てる金属製の手摺に背を預けクリフはアイリの横顔を眺める。綺麗なその瞳には灰色の冷たい装甲を映し出し、その瞳さえも冷たく染め上げているかのようである。
「別に、どうもしない」
素っ気の無い態度と言葉にクリフは苦笑を浮かべる。それはアイリがまだ彼らに心を開いて居ない証であり、その力不足と“がんばりましょう”の烙印は自分の所為に他ならないのだから。
アイラ・イテューナ、通称“アイリ”――。彼女とクリフ・ヴァーディールが出会ったのは何もつい最近という訳ではなかった。もう何年かこうして共に時を過ごしている。順当に行けば、親しげに言葉を交わす関係になっていても何ら不自然な事はないはず。
しかしアイリは決して他人に心を開こうとはしなかった。それはクリフに限った話ではなく。アイリは恐らくこの世界に存在する誰にも心を開いてはいないのだ。そう、唯一彼女の目の前で静かに眠り続ける愛機を除いて。
アイリがコスモスに入隊した時の事をクリフは思い出す。彼女はこのプロセルピナの設計図だけを持ってこの場所にやって来た。故郷も家族も全てを捨て、思い出の残された物は何一つ持ち合わせず。
彼女にとってその設計図だけが未来へ続く道であり、過去の自分と今とを繋ぐ架け橋なのだ。プロセルピナを手に入れたアイリは常識では考えられない程の上達を見せた。彼女が元々フェイクスであった事も理由の一つではあるが、やはり大部分は努力による。
幼い少女のプロセルピナと戦闘への執着は常軌を逸していたとも言える。懸命に、何かをそこに見つけ出そうとするように、この世界の中を一人で彷徨い続ける“迷子”――。その帰るべき場所はユスティティアではないのかもしれない。
クリフとしてはそんな寂しげな様子のアイリをほうっておく事は出来なかった。仲間たちもそうだ。しかしどんなにこちらが親しげに、明るく声をかけたとしてもアイリはそれを拒絶してしまう。
男は頭を掻きながら静かに溜息を漏らした。一体何をどうすれば、彼女を冷たい大地から救い出す事が出来るのか? そんな事を考えるのも大人のエゴなのかもしれない。しかしそれは、“悲しみを消したい”という笑ってしまう程素直な良心を起因としコスモスに入隊したクリフにとっては当然とも言える思いであった。
「あれ? 二人ともこんな所で何してるの?」
爽やかな声にクリフが思わず目を瞑る。アイリが振り返ったその視線の先、濡れた髪をタオルで拭きながら歩くブラッドの姿があった。
「出たな、KY……」
「うん? 何か言ったかな、クリフ?」
「なんでもねえよ……」
アイリは直ぐに視線をプロセルピナへと戻す。ブラッドはアイリを挟んでクリフと反対側に並び手摺に手を付いてプロセルピナを見上げた。
「実物は流石に迫力が違うね。プロセルピナ――何だかちょっと君に似ているかも」
「……似ている? 私とプロセルピナが?」
「うん。なんかほら、灰色な所とかさ」
人差し指を立てながら微笑むブラッド。目を丸くするアイリの背後、クリフが頭を抱えてそれを見守っていた。
アイリの長く伸びた金髪が揺れる。ようやくアイリが会話相手の方を向いた証でもあった。美しく長い金髪からアイリのイメージと言えば可憐な様子を思い浮かべて当然であろう。しかしブラッドは何故か灰色だとアイリを称した。
そんなわけがねえだろ! 心の中でクリフが絶叫する。どう考えても少女に――そもそも女性にかけるような言葉ではない。『貴方は灰色ですね!』。喧嘩を売っているとしか思えない。
ただでさえご機嫌斜めなアイリにそんな事を言ったらどうなるのか。アイリが傷つくのではないか。黙り込んでいるアイリの様子に段々と腹が立って来たクリフが身を乗り出そうとしたその時だった。
「…………そうかもしれない」
アイリはそんな事を呟き、それからプロセルピナを見上げるという作業に戻った。小さなアイリの頭上、クリフがブラッドの胸倉へと伸ばそうとした腕が空しく引っ込められる。
「どうしたの、クリフ? なんかさっきからこう……もぞもぞしてるけど」
「お前の所為だよ馬鹿野郎っ!!」
「わー、クリフが怒ったー」
「喧嘩売ってんのか、てめえぇぇえええっ!?」
笑いながらクリフの様子を見詰めるブラッド。そのブラッドの笑い声につられてか、一瞬だけアイリが微笑んだように見えた。しかしそれはクリフの見た幻だったのかも知れない。目を凝らした時には既にアイリの顔に表情は無く、そしてクリフは今まで一度もアイリが素直に笑った所を見た事がないのだから。
「でも、僕を拾ってくれたのがクリフとアイリでよかったよ」
何気なく当たり前のようにそうブラッドは口を開く。
「僕、すごく危ない所に居たんでしょう? 実際こうして記憶喪失で何も判らないままコスモスにおいてもらってるけど、あのまま放置されてたらきっと今頃お腹が空いて死んじゃってただろうね」
その様子がアイリもクリフも容易に想像が出来た。お腹が空いて荒野にばったり倒れるブラッド……。コミカルな絵だがやけにリアルを孕んでいる。
「だから、二人とも僕の命の恩人だよ。ありがとうね、クリフ。それからアイリも」
そう言って視線を向けないアイリの頭を撫でるブラッド。アイリが嫌そうな顔をしていたのだが、それには本人は全く気づかない。
実際記憶を失った彼がユスティティアに運び込まれてからの一週間、クリフは注意深く彼を監視してきた。しかしブラッドは“今の所”特に危険を感じる要素は存在しない。強いてあげれば“個人的”にクリフは彼とは仲良くなれそうに無いと言うだけで。
そもそもクリフはこうして彼をユスティティアの中で自由にしている事を疑問に感じていた。“艦長”であるフィーナがそれを許可している以上口出しするのはお門違い……。それ故に個人的に注意を払うことを忘れない。
もしも危険な存在ならばそれを泳がせる事で尻尾を見せるかもしれない。ともあれば、例の事件の手掛かりを吐かせる事も可能になるだろう。“危険分子ならば手掛かり”に、“ただの馬鹿ならそれはそれ”、である。
「でも、何だか良く判らないけどあの時すごく全身が痛かったんだよねえ。なんでだろう? 僕、戦闘にでも巻き込まれたのかな?」
「んー、そんな様子は無かったな。上半身と下半身を何かブレード系の武装で真っ二つって感じだったが。どんな感じで痛かったんだ?」
「そうだね……。コックピットの中で何回もこう、あちこちに身体をぶつけたというか」
二人が同時にぎくりとする。特にアイリは冷や汗を流していた。表情には無論変わりはない。しかし彼の身体が痛む原因が、“プロセルピナで牽引して荒野を引きずり回したから”である事に気づいてしまった以上、“まずい”と思わずには居られなかった。
「も、もしかしたら物凄く激しい戦闘があったのかもしれねえな。それでガッタンガッタン機体が揺れまくったんだろ。なあ、アイリ?」
「う、うん」
「そっか……そうだね、写真は見せてもらったけど、凄かったもんね。それじゃあ更に君たちは僕の命の恩人――“LV2”って事だね?」
人差し指を立てて嬉しそうに微笑むブラッド。“LV2”の意味は全く以って不明でしかなかったが、何となく良心が痛む二人であった。
「そういえばここ――“ユスティティア”、だったかな? この場所って何なのかな? 出入り口は見当たらないし……」
「あ? ああ、そうか。お前はまだユスティティアを外から見た事が無かったんだな」
「フィーナは確か、“艦長”って言っていたけれど」
「そういう事だ。ユスティティアは――俺たちコスモスは、“海中を密かに移動する秘密部隊なんだよ”――」
“ユスティティア”――。コスモスの拠点にして巨大な潜水艦であるそれが暁の海を割り姿を現した。
巨大な蒼い船体装甲に暁のオレンジを当てられて水飛沫を巻き上げながら輝く。ユスティティアに描かれた“コスモス”のエンブレムが光に照らされて存在を誇示している。
素早く移動を続けるユスティティアの正面、海岸には黒煙が上がっていた。そこにはかつて一つの工場があり、そして今は巨大なクレーターが広がっている。
“七件目”の事件の発生に駆けつけるユスティティア。しかしその戦場となった場所には既にコスモスの機体が二つ、橙の光を浴びてユスティティアを待っていた。
巨大な長距離狙撃銃を担いだアウラが剥ぎ取った擬装用ネットを片手に風に靡かせながら海を眺めている。その背後、クレーターの周辺に乱立する無数のアウラの残骸の中、その残骸を片足で踏みつけながら立つ真紅のアウラが一つ。
まるで髪のように棚引く光を風に任せ、灰色の機体は振り返る。迎えに来た“ホーム”が浮かぶ海を眺め、そうしてゆっくりと歩き出す。
クレーターの周辺には無数のアウラの残骸……それら全てを破壊しつくした彼女は今、手掛かりを手にユスティティアへと帰還しようとしていた。