ACT.5 Aria Quirstis<1>
何の為に戦っているのだろう――?
疑問に感じる事は何度もあった。何度も何度も、何度でも……。今までもそう、そしてこれからもその疑問に何度も衝突して行く事だろう。
ならば何故今までそうして来たのか。疑問に思う事を心の中に抱えたまま月日を過ごしてきたのか。それは考えようとしなかったから。考えてしまえば、嵌れば抜け出せなくなってしまう事が判っていたから。
夜空の下、月光の下、ブラッド・アークスはクラウルを走らせる。大地を疾駆する影――。エクステンション・エレクトロニクス社を目指すその影を認識し、正面で護衛のアウラが動き出す。
音は静かだった。ブラッドは自分の鼓動の音だけに耳を傾ける。自分の戦いに意味があるなどとは思ってはいない。二年前も、今この時も――。
護衛が動き出すよりも早くブラッドはマシンガンを連射する。正面でブラッドを迎撃するアウラ。弾丸の雨を掻い潜りながら、正確に護衛戦力へと弾丸を叩き込んで行く。
ブラッドの操るクラウルは通常のクラウル、別段特に何か特別なわけではない。しかし護衛のインフェリアの攻撃は掠りもしなかった。殆ど無意識のまま、左右の腕に構えたマシンガンで敵を撃ち抜いて行く。
その一挙一動には何の感情も感じ取れない。ブラッド自身、自分が今何を考えているのかはハッキリしなかった。酔っているわけではない。しかしどこか浮ついたような、前後不覚に陥るような錯覚がある。
今でも時々夢に見る事がある。しかしそれは既に過ぎ去ってしまった過去の話だ。取り返すことなど誰にも出来はしない。そう出来ないからこそ人は今を一生懸命に生きている。それは判っている……。
両手のマシンガンを手放し、インフェリア二機の間を通過すると同時にその頭部を鷲づかみにする。二機のアウラの頭部を大地に叩き付け、同時に急ブレーキをかけた。
火花を散らしながら車輪が熱に染まる。急反転すると同時に左右から飛んで来た銃撃を左右の腕にぶら下げたインフェリアで受け、左右に同時にインフェリアを投げつける。
腰にマウントされていたハンドガンを抜き、目標に向かって放つ。その作業的な動作の間、ブラッドの足元を抜ける工作員達の姿があった。その中にはコンバットスーツに身を包んだマリスの姿もある。
社内に突入した工作員たちは近くに居た警備員を即刻射殺し、侵入ルートの確保に当たる。電気系統を確保し、地下へと続くリフトを起動させるのにそれほど時間はかからなかった。
外ではブラッドの他数機のアウラが戦闘の痕跡を排除する為に行動していた。破壊したインフェリアの残骸を回収し、移動し、隠蔽する。そう出来るようにブラッドはインフェリアを派手に破壊はしていなかった。
「電源は確保した。一階の制圧が終了し次第迅速に必要エリアの制圧に移る……」
通信機にそう呟き、足元で息も絶え絶えに倒れていた警備員の頭に銃弾を撃ち込むマリス。血を流しながら動かなくなる嘗ては生きていた物を見下ろし、それを侮蔑するかのように目を細めた。
外ではブラッドが放り投げたアサルトライフルを回収していた。その脇に一機のアウラが向かってくる。ブラッドの機体の隣で停止したその機体は何かを問い掛けるようにブラッドのクラウルへと視線を向けた。
「……侵入ルートの確保は成功したよ。後は君が行ってネフィルを取ってくるだけだ」
「……はい」
消え入りそうな、小さな声。硝子に小さく亀裂を入れるような、そんな声だった。ブラッドは彼女の声を初めて耳にした。だがそれは、どこか耳慣れているようでもある。
二年前、ほんの僅かな間だけその声と共に居た。その記憶が思い出され背筋が震える。目を瞑り、それから一瞬だけ考え事をする。
彼女はどうしているだろうか。彼らはどうしているだろうか。共にある事も出来ただろう。しかし今はこうして別の道を歩いている。そこに理由があるのだとしたら――。
目の前の少女を守る為だろうか。彼女を天使の操り人として奉り立てる為だろうか。そんな彼女の騎士にでもなれる気で居るのだろうか。笑える程くだらない、仕様がない理由――でも。
「――――君を守るよ。さあ、行っておいで……アイラ」
少女はその声を確かに聞いていた。アイラ・イテューナ……。同じ名と顔を持つ二人の少女。その片割れをブラッドは見送る。彼女と擦れ違う。時間がゆっくりと流れるように感じる。
ここで彼女を行かせる事は正しい事なのだろうか。これこそ、今この瞬間こそ、彼女の悲惨な運命に終止符を打って上げられる瞬間なのではないだろうか――?
そうだ。何度もそう思ってきた。“あんな目に遭い続ける”なら、殺してあげたほうがいいのだと。その方が彼女の為なのだと。しかしそれが出来なかった。出来なかった挙句、“もう一人のアイラ”を裏切ってしまった。
自分の中にはもう何もないのだと感じる。それでもブラッドは笑みを浮かべていた。アイラの駆る機体が通り過ぎて行く。昇降口に消えて行く。そして――全てはもう、“どうしようもなくなった”――。
機体のハッチを開き、外へ出る。夜空の下、吹き抜ける風が心地よい。こんなにもどうしようもない戦場だというのに――ああ、月はこんなにも美しい。
クラウルの足元へと視線を向ける。そこではマリスたち数名の工作員がライフルを装備して周囲に構えていた。これからこの場所は戦場となる。騒ぎを聞き付けて警備も集まってくるだろう。全ては迅速に、そして痕跡を残す事無く仕上げなくてはならない。
ブラッドの周囲、クラウルが次々に移動を開始する。既にここの制圧は完了しているのだ。この作戦は時間との戦い、次の制圧エリアに向かわなくてはならない。
目を瞑り、風を遮断する。ハッチを閉じて中へ潜り込む。クラウルを移動させながら、ブラッドはマリスへと通信を入れていた。
「こっちの状況は終了したよ。裏手に周って増援の掃討でもしようかな」
「……そんなくだらない事で通信してくるな。こっちは――狙撃の真っ最中なんだ」
応援にやってきた警備員たちだろうか。マリスたち工作員は物陰からスナイパーライフルで攻撃を続けている。一方的な銃撃が終了し、残ったのは無残な死体だけだった。
それを見る事に特に何の感慨もない。ただそうしなければアイラは守れない。彼女がネフィルを手に入れる事で全ての至上目的への道が開かれる。シュペルビアとして――これまでもこれからも。
移動しながらその死体の山を眺めるブラッド。その視界に信じられないものが移りこんだ。玄関から飛び出してきたのは、たった今自分が見送った少女の顔そのものだった。
同時にマリスもそれを捕らえていた。マリスは瞳を見開き、無表情にライフルを構える。狙えば外さないだけの確固たる自信がある。
「――――おまえさえ、居なければ……ッ」
照準を合わせる。視界を過ぎるその横顔は幻だろうか。アイラと全く同じ顔をした少女――。ああ、幻影かもしれない。そうかもしれない。今の自分の精神状態を見返せば納得出来る。自分はもう、とっくの昔におかしくなっている――。
アザゼルは完成には至らなかった。ネフィルには追いつけなかった。ネフィル……。ネフィル、ネフィルネフィルネフィルネフィル――――。
“それ”が“なん”だっていうんだ? “それ”に“どれ”ほどの価値がある――!? 歯軋りする。そんなものは幻想だ。究極の存在など存在しない。そんなものがあるわけがない。“あっていいはずがない”――。
究極への布石。絶対なる存在からの軌跡。天使の代名詞。無限の可能性。ネフィル――。ネフィル、ネフィル、ネフィル。
何故アザゼルはそれに追いつけなかった? 何故自分はネフィルのパイロットに選ばれなかった? こんなにも頑張ったのに、どうして誰も見てくれない? どうして誰も褒めてくれない?
どうしてこんな事しか出来ない? どうして銃を構えている? どうして? どうして? どうして――?
「あ――――ぁぁぁぁあああああっ!!」
視界が、赤に染まっていた。過去の記憶が蘇る。脳裏を過ぎり、消えて行く。瞳の奥から、喉の奥から、赤くてドロドロした物が、言葉に出来ない何かが、溢れて返ってそして――。
「マリス、撃つなああああああッ!!」
銃弾が放たれた。しかし胸元に提げた通信機から飛んで来た怒号に思わず背筋が固まる。銃口は僅かに逸れ――弾丸は空しく大地で爆ぜた。
その事実に思わず呆けるマリス。しばらくしてから自らの胸に下がっている通信機を手に取り、狙撃用ライフルを放り投げて怒鳴りつけた。
「何で邪魔したっ!?」
「彼女は……彼女は違うんだ……。彼女は撃っちゃ駄目だ……。あの子が居なくなったら、あの子は一人になってしまう……」
「何をワケの判らないことを言ってるんだ……。おい……。お前の所為で一人逃がしたっ!! ブラッド・アークス!! 何をやっているんだよ、おまえはっ!!!!」
怒鳴り声を聞きながらコックピットの中でブラッドは目を瞑っていた。何をしている――? それは自分が一番良く判っている。だがそれ以上に――“何をやっているんだ”――。
「どうして君がここにいる……。どうしてまた僕の前に現れるんだ――」
「天、使――?」
美しい白銀の輝きを放つ滑らかな曲線。それは、この物語の全ての答えでもあった。
終着であり始点でもあるその場所で少年は天使を見上げていた。美しく、気高く、優美でそして力強い――。まるで命のような輝きを放つアウラ。
少年はゆっくりと手を伸ばす。長年追い求めてきた夢が叶う時。塗りつぶされていた過去を全て白く染め上げる時。そして、全ての運命の鎖に身を委ねる時。
“貴方は――。”
「僕は……僕は、ただ、あの子を一人にしたくなかったんだ……。ただ、それだけで……だから、そんな……どうして……?」
過去を断ち切る事は出来ない。全ての人が等しく過去という鎖に繋がれ、思いを串刺しにした刹那より何メートルかの円の中で生きている。
「何故アイラ・イテューナが二人……!? くそっ! どういう事だブラッド! 説明しろっ!!」
仮にこの長く続く物語を一つの運命の輪の中の出来事だと言うのならば。それは、誰もが過去を取り返そうと願い、当たり前のように手を繋ぎ、それを手放して行くリレーのようなもの。
“貴方は――力を”
「――後方より熱源多数。ミサイル、来ます」
「クッ――」
だから、そう。少女が救いたいと願い、全てを犠牲にして取り戻そうとした物と争う事になっても……。
「僕はその力を――」
その差し伸べた両手が、ただ安らぎを求めた手が血に染められたとしたも――。
“――力を望みますか?”
「――望むッ!」
その全てを、望み続ける限り――。
ACT.5 Aria Quirstis<1>
ぼんやりと、空を見上げていた。
いつだったか、こんな風に日本の空を見上げていた事があった。しかしそれを思い返すことは出来なかった。
何も考えない、何も映し出さない瞳で空を見上げ続ける。青空を雲が通り過ぎ……視界を遮る影が落とされた。
「……いつまでこの国に居るつもりなんだ、おまえは」
「……なんだ、マリスか。今日もいい天気だね」
「…………はあ」
マリスは溜息を漏らし、ブラッドの隣に腰を下ろした。ブラッドが寝転がっていたのは街の中にある公園だった。その風景は、以前彼が日本を訪れた時見た物にも似ている。
偶然にもアイスキャンディーの屋台が遠くに見えた。しかしブラッドはそれを食べたいとは思わなかった。青空を見上げ、ただ風に吹かれて髪を揺らす。
作戦は――端的に言えば、成功した。尤もそれは完全な成功ではなかったが。
ネフィルは二機存在した。そのうち片方、黒いネフィルを回収することには成功した。今ではネフィルとアイラは拠点へと戻っている事だろう。そこでどのような展開が待っているのか予想は付くが……ブラッドはあえて考えないようにしていた。
世界が動き出す鼓動を感じる……。もう一つの白きネフィルの姿をブラッドも目撃していた。黒白の対の天使は文字通り別々の組織へと回収された。そしてその回収した組織がどこなのか、ブラッドには判っていた。
勿論、それをシュペルビアが突き止めるのにそう時間はかからないだろう。だがそれよりも早く、ブラッドは即座にそれに気付いてしまったのだ。アイラと同じ顔をした、もう一人の少女の存在を目にして……。
報告は、していない。彼女が何者で、その後どうなったのか……知るのはブラッドただ一人である。
「……しかし、ジルは何を考えているんだろうな。あんなバレバレの山の中に素人が隠したネフィルを放置するなんて」
「そのお陰で接触してきた組織の尻尾がつかめそうじゃないか。ネフィルのパイロットも、ね」
ゆっくりと上体を起こしブラッドは髪を梳く。伏目がちに視線を流し、マリスを視界に入れて微笑む。青年の微笑みは柔らかく、暖かい。しかしそれはどこか空しくて、作り物に見えてしまう。
それもそのはずだ。今の彼が笑えるはずなどないのだ。きっと心の中はぐちゃぐちゃで、何も考えられないに違いない。本当は泣き出したいくらい、叫び出したいくらいに苦しいはずなのに、そのやり方が判らないような……そんな不思議な状況。
マリスはゆっくりと二度目の溜息を吐き出した。芝生を風が撫でて行く。ブラッドの横顔は美しかった。青年は立ち上がり、ポケットに両手を突っ込んだまま歩き出す。
特に何かを言われたわけでもなく、何かを言ったつもりもなかった。しかしマリスはブラッドの後に続いて歩き出す。ブラッドがどこに向かうのか、それなりに興味があった。興味がなければ、こんな馬鹿に付き合って未だに日本に滞在したりはしない。
辿り着いた先はとある学校の前だった。霧宮高校……例のネフィルのパイロットが通う学校である。
それはいい。それはいいのだが、ブラッドは学校の前にある植え込みの中に隠れて校門辺りを眺めているではないか。背後に立ってその様子を眺めるマリスは自分の血の気が引いて行く音を聞いたような気がした。
「おい……おい、何をしているんだブラッド・アークス」
「何って見てわからないかい? 学校から返る生徒たちを待ち伏せしているのさ」
無言でブラッドの首根っ子を掴み上げ、ずるずると引き摺って暫く移動する。そこでブラッドを手放し、その顔面をブーツの先で蹴り飛ばした。
「阿呆かっ!? 変質者かおまえは!!」
「そう呼ばれても仕方がないだろうね……」
「自覚しているのならば自重しろ……!」
「そうは言われてもね……。好きなものは好きなんだからしょうがないじゃないか」
襟首を掴み上げ、マリスは無言で侮蔑の視線を向ける。ブラッドも流石に悪寒を感じ、焦った笑いを浮かべながら両手をひらひらと振る。
「ちょっとちょっと……っ! 僕が好きなのは、女子高生の帰宅を観察することじゃなくてっ!!」
「じゃあ何だっていうんだ……」
「…………あの学校にはネフィルのパイロットがいる。今の所、それに手を出すのは駄目出しだけど……あそこには、彼女もいるんだ」
襟首を持ち上げられたままブラッドは微笑む。その手を離し、マリスは三度目の溜息を漏らした。
二人して来た道を戻り、茂みに姿を隠す。勿論背後から見ればバレバレである。背丈の高い女とスーツ姿の男、二人とも目立たないわけがない。
「なんでマリスまで見てるの?」
「……わたし一人だけ立ってろというのか?」
「まあ、目立つだろうね……」
二人でそんなやり取りをする。実際の所、既にシュペルビアは彼の組織――コスモスとの接触を行っている。つい先日行われた、ジェノスの操る新型の可変型アウラ、ヴィレイグによるユスティティア襲撃作戦――。それに参加する事も出来たのにしなかったのは、勿論ブラッドが抱えている迷いの所為である。そしてマリスもまたそうして迷っているブラッドに付き合う形でその作戦に参加することはしなかった。
今、ネフィルのパイロットはこの高校に通いながらネフィルのパイロットとして生活するという極端な二重生活を送っている。その護衛としてアイリが傍に居る事は、既に調査済みであった。
まさかあのアイリが高校生活を送る事になろうとは……。それが任務上の必然だとしても、そしていつまで続くかは判らないとしても、それでもその采配には思わず笑ってしまう。あの艦長ならば考えそうな事だ。勿論それは、任務だけに限った話ではないのだろう。
ブラッドはここ数日こうしてアイリの事を付回していた。監視には……気付かれていないと思う。いや、気付いていたとしても街中で行き成り襲い掛かって来たりはしないだろう。そう踏んでいた。
今のブラッドはある意味冷静な判断を下せない状態にあった。マリスはそんなブラッドを気遣ってか傍を離れなかった。アザゼルを降ろされ、失意のどん底に居た自分に彼がそうしてくれていたように。
勿論他意はない。そのつもりである。単純な恩返し……或いはこの奇人の顔が歪む瞬間を見たいだけなのかもしれない。思惑は様々ある。だが結論として、こんな所で草木に紛れている。
やがて生徒たちが下校を開始する。二人はずっと校門を眺めていた。背後からは丸見えの為、気付いた生徒たちがヒソヒソと声を立てながら小走りで去って行く。しかし二人はそれに気付いていなかった。
「……来ないな」
「おかしいな。いつもならそろそろ来るはずなんだけど」
「……おまえのその発言が物悲しくて仕方がないぞ、わたしは……」
額に手を当てて呆れた表情を浮かべるマリス。しかし二人は気付いていなかった。二人の真後ろに、一人の少年が立っていた事に。
「あのー……?」
「きゃあっ!?」
「…………あ、あはははは」
悲鳴を上げるマリスと同時に振り返る。そこには彼らが探していた人物の姿があった。
ネフィルのパイロット、久遠 枢――。データだけならばマリスも知っている。二人の間に一瞬戦慄が走る。ここのところアイリを付回していた……それは即ち、彼をつけていた事にもなる。
自分の役割を考えれば彼が周囲の危険に気を配るのは当然の事。ブラッドたちがシュペルビアであるとまでは判らないとしても、何らかの敵対勢力だと気付かれてもおかしくはない――が。
「あの〜、結衣のお見舞いに来てくれた人、ですよね?」
「「 えっ? 」」
二人とも心当たりがあった為二人同時に声を上げてしまった。それから互いに顔を見合わせ、草むらの中から立ち上がる。
「やっぱりそうだ、流石に目立ちますね。こんな所で何をしてたんです?」
「いやっ、それは……!」
「ただの趣味だよ、趣味。僕は女子高生の太股とか見るのが好きなんだ」
焦るマリスの隣、ブラッドは信じ難い言い訳をした。枢が明らかに不審者を見るような目でブラッドを見ている。マリスも同じである。ブラッドは両手を左右に軽く開いたまま、目を瞑り冷や汗を掻いていた。勿論そんな言い訳をするつもりはなかった。それなりに焦った結果である。
しかしそれを枢は信じてしまった。それはそれでブラッドとしては悲しい事実ではあるが、何とか場を切り抜ける事が出来た。
「……あの、あんまり他人の趣味をとやかく言うのはどうかと思いますけど……でも、止めた方がいいと思いますよ?」
「ああ、うん……。そうだよね――」
「でも、この間はどうも。あんまり結衣の見舞いに来てくれる人って居ないんで……」
「そうなの? あ、えーっと……いつも一緒の金髪の子は?」
「…………なんで知ってるんですか? まさか……アイリの太股を……」
「そ、そうそう……あの子の太股大好きだなあ! あれ、なんか涙出てきた……」
両目から零れる熱い雫を拭い、ブラッドは微笑む。
「…………まあ、別に僕の物ってわけじゃないからなんとも言えないですけどね。でもとりあえず止めてくださいね?」
「うん……。気をつけるよ……色々な意味で……」
肩を落すブラッドに枢は嗜めるような口調で言う。マリスはその情景が面白かったのか、腕を組んだまま口元に手を当てて笑っていた。
「アイリは……えっと、あの金髪の子は今日は“まいて”来ちゃいました」
「何でまたそんな事を?」
「今日は、結衣のお見舞いに行こうと思って。あそこにまでアイリを連れて行くのは……ちょっと気が進まないんで」
そう呟く少年は視線を伏せる。その表情はどこか陰りを帯びている。アイリに心を開いていないわけではない。ただ――それは枢にとってデリケート過ぎる問題であるというだけで。
ブラッドはその様子に小さく微笑み、枢の肩を叩く。顔を上げた枢の隣、マリスも優しく微笑んでいた。
「妹さんによろしく言っておいて。僕たちはもう行くからさ」
「……はい。あの……ごめんなさい、えっと?」
「ブラッド・アークスだよ、枢君。それじゃあまた――縁があればどこかで」
枢に手を振り、背を向ける二人。そうして帰り道を急ぐ生徒達に混じり、ぼんやりと歩みを進める。
「……何を考えてる?」
「いや、なんだろうね。良い子だなあ、と思ってさ。彼はきっと……とても良い子だよ」
ポケットに両手を突っ込んだまま歩くブラッドは俯いていた。口元には微笑みを浮かべている。しかしその表情は長い前髪に隠れていた。
マリスにはなんとなくわかった。ブラッドは泣いているのかもしれない……そう感じられた。理由は様々あるだろう。ただそれはきっと……嬉しくて泣いているのだと思えた。
「……おまえ、さ」
頬を人差し指でぽりぽりと掻きながら言う。
「結構……優しいんだな」
声をかけられ、ブラッドは顔を上げる。瞳は涙で潤んでいた。赤く染まり始めた光を浴びながら微笑んだその横顔は可憐な少女のようでさえあった。
「僕はきっと……そう言って貰いたかったんだ。君じゃなくて……彼女に」
そう告げ、ブラッドは足取りを速める。それに取り残されないようにマリスも早足で歩き始めた。
夕焼けに染まり始めた空。青空と紅空とが交わる場所の下、二人は早々と、しかし歩くような速さで進んで行く……。
〜緊急あとがきおまけ企画、“ザ・黒薔薇”が出来るまで〜
ブラッド「本編が終わってしまったんですよ〜」
さて、言わずもがな二週間以上更新が停止していたのには勿論理由がある。その理由とは、本編がラストスパートで完結しようとしていた、という事である。
ちなみに本編が終わる前に黒薔薇は完結するつもりで居たのだが、何となく本編の流れに沿って話を展開させようという風に気が変わってしまったので、しばらくぼーっとしていた神宮寺……。
その間何をしていたかと言うと、まあベロニカ書いたりペルソナやったりモンハンやったりしていたわけですが……。
神宮寺「よーし、黒薔薇更新するぞー!!」
貴志真「あんたそれ昨日も言ってなかったっけ――」
暫くメッセとかメールで喋ってた所為か、貴志真君の発言に容赦がない。
神宮寺「い、いや……明日から頑張るよ、明日から」
話を持ちかけたのはこっちなのでブン投げはありえないのだが、自分でも不思議である。何でこんなに連載が停止していたのか……。とりあえず書き終わってからこう考えてみると、以前は暇だった時間帯に別のことをしていたのが大きな理由なのかもしれない。
つまり……。
貴志真君と喋ったり(意外とよく喋る)……。
貴志真君とスカイプしたり(マイクの所為でたまにノイズが入る)……。
貴志真君とメルブラしたり(暫くやってなくて操作が判らないでウロウロしていると猛進してきた)……。
ああ、貴志真君の所為じゃないですか!!
ブラッド「というわけで、神宮寺は悪くないんですよ〜というお話でした」