ACT.4 Feelings <2>
物心の付いた時、握り締めていた物……。重く冷たく、硬いそれは子供の手には余る大きさだった。
気付けばその撃ち方を覚え、狙い方を覚え、そしていつしか何をどう狙うのか……何の命を奪う道具なのかを知った。
引き金を引くだけで、弾丸を撃ち込まれるだけで、人は簡単に命を失ってしまう。何十年と生きてきたその命の歴史が、たった一瞬、自らの挙動で火を吹き消されてしまう。
消えた灯火を人々は覚えているのだろうか? 銃を向けながら思う事がある。戦い続け、戦いを終わらせる事も出来ず、いつしか戦う事そのものが空気にも等しくなった頃。考える事を忘れ、考え付く事を恐れ、ただ只管に戦場を駆け抜け続けた。
終わりはやってこない。しかし明確な一つの線を知る。それは人々の間に別たれている物。世界を白か黒かで二分するライン。あらゆる物に対し平等な物――。
“死”――。
それ以上も以下も無く、あらゆる人間に遅いかかる明確な終焉。限りなく“終わり”に近い物。恐怖を覚える。終わりとは、死ぬ事なのかもしれない。
自分は死にたくない。死んでしまうくらいなら、自分以外の者を死なせる方が楽だとずっと考えてきた。それこそが正解なのだと、恐怖を避ける為に戦い続けた。
しかし気付けばその身は数多の死を乗り越え直も生きながらえ、そして死に対し疑念を抱いた今でも恐怖を思い出す事はない。いくつもの戦場を超え、気付いた時には恐怖などという感覚は幻であったかのように消えてしまった。
終わりが平等なものならば、それは安らぎにも通ずるのかもしれない。人は死ねば天国か地獄に旅立つのだという。それも一つの安らぎの形だというのならば――悪くは無い。
「で、成果はどうだ? ブラッド・アークス」
「“ネフィル”に関する目ぼしいデータは見つかりませんでしたよ。コスモス側も難航している様ですね……。世界は広いですから。ねえ、ジル?」
馴れ馴れしいブラッドの態度をジルは鼻で笑う。その傍ら、肩を縮こまらせて立つマリスの姿があった。しかしジルの視界にマリスは入って居ないのか、まるで声をかける様子はない。
それもそのはず、ジル自らの指示でコスモスに潜入していたブラッドと“完成するはずもない理想のアウラ”を開発する計画に貸し出した“どうでもいい戦力”とでは重要度がまるで異なる。
「あ、あの……。申し訳ありませんでした、ジル……。わたしの不手際で、アザゼルが……」
「ん? ああ、お前がアザゼルのテストパイロットか。まあこうして無事に戻ってきたんだし、別にいいだろ。ブラッドに感謝しとく事だ」
「……しかし」
「アザゼルならカギハラがいる限り作れる。それに――まあ、アザゼル計画なんてのは所詮は余興だ。俺の趣味じゃない」
マリスが肩を落としていると、ジルの背後から誠が全力で走ってくるのが見えた。大声で奇声を上げながら駆け寄ってくる誠の所為で会話は完全に中断を余儀なくされる。
「おお〜! アザゼル……無事でしたかっ!! いやあ〜本当によかった! 実に幸い! アザゼル〜私の子よ〜っ!!」
「……彼、なんだか凄いね。マリスの上司?」
「ただの流れの研究者だ……。あれとわたしを一緒くたにするな……」
呆れるように微笑むブラッドを睨みつけるマリス。二人がそんなやり取りをしている間にジルはさっさとその場を離れて行く。名残惜しそうにジルの背中を見送り、マリスは小さく溜息を漏らした。
憂鬱な様子で立ち尽くすマリスの顔を覗きこむブラッド。二人の背後では誠がアザゼルの足元で小躍りを始めている。
「……泣いてるの? マリス」
「な……っ!? 誰が泣くか、ばか! 何でわたしが泣く必要があるんだ!? この大ばか!」
「うーん、あんまりそう連呼されると本当にそう思えてくるから不思議なものだねえ。ま、何はともあれ監禁生活で辛かったでしょ? シャワーでも浴びてきたら?」
ブラッドの指摘を受けてシャツの胸元を掴み、匂いを嗅ぐマリス。自分が汗臭かった事に気付き、顔を紅潮させながらブラッドの爪先を思い切り踏みつけた。
「もっと早く言えっ!!」
「……い、いたい……。うう、クリフだってもうちょっと僕に優しかったよう……。もう、別にいいじゃないか。ジルはそんなの気にしてないと思うよ……いてっ!?」
両足を一度ずつ踏みつけられたブラッドは目尻に涙を浮かべながら屈んでいる。その傍ら、マリスは腕を組んで目を瞑った。
「…………だが、感謝はしておく。お前のお陰でアザゼル計画は頓挫せずに済んだ。尤も、そちらの任務を阻害してしまったようだが……」
「あ、気にしてるんだ? 別段構わないさ。ジルだって何か目立った成果が得られるとは思って居ないだろうしね。もしかしたら知りたかった事は――“別件”かもしれないし」
両手をズボンのポケットに突っ込みながらとぼけた笑みを浮かべるブラッド。彼が何の事を語っているのかはマリスには理解出来ない。それが腹立たしく、女は小さく舌打ちした。
「マリスー! マリス・マリシャ!! 貴方という人は、一体何度私のアザゼルを傷付ければ気が済――げふっ!?」
「――“五月蝿い”んだよおまえ……っ! いい加減うざったいんだよ!」
駆け寄ってきた誠の側頭部に有無を言わさずハイキックを叩き込む。肉を打つ乾いた音と共に誠は体を半回転させ大地の上に無様に転がった。
見事なフォームから繰り出されたハイキックに思わずブラッドは口笛を鳴らす。地べたで小さく痙攣しながら泡を吹いている誠を顔を覗きこみ、一応生きている事は確認した。
「……マリス、これからもアザゼル計画に参加するの?」
「……答える必要のある質問か? わたしはアザゼルを完成させる……それが任務だからだ」
「それは違うね、マリス。君は作りたいんだ、“ネフィル”を――。自分こそネフィルに相応しいんだって示したいんだろう? 君は“彼女”に……“アイラ・イテューナ”に天使を渡したくないんだ」
ブラッドの言葉に背を向け、マリスは格納庫を去っていく。残されたのは泡を吹く誠とぽつんと取り残されたブラッドだけ。その背後では傷だらけになったアザゼルが膝を付いている。
振り返り、アザゼルの巨躯を見上げる。傷だらけになり、自分を守ってくれた。マリスを守ってくれた……。“アウラ”と呼ばれる兵器にそんな想いを寄せるのは、恐らく酔狂の類に入るのであろう。
整備技師たちが早速と作業に取り掛かる中、ブラッドに近づく影があった。それは彼のユスティティア脱出をサポートしてくれた古くからの顔なじみであった。
「助けに来てくれてありがとうね、ジェノ――ぶっ!?」
握手を求める手をすり抜け、男の拳はブラッドの頬を殴りつけた。しかし殴られ踏まれに慣れてしまったのか、ブラッドはよろめくだけで倒れる様子はなかった。
「……手間をかけさせるな」
「だから、ごめんって言おうと思ってたのに、ジェノスが……」
「言い訳をするな。お前は何でいつもそう本気で物事に取り組もうとしない……? “チルドレン”の力を無駄にするな」
「そういう君は真面目だよ、ジェノス。確かに、僕は少しくらい君を見習った方が良さそうだ」
ブラッドの前に立ち、両目を瞑るジェノス。彼はブラッドとも長い付き合いであり、同じく第二世代の“チルドレン”である。同じ境遇、同じ力を持つだけに互いに互いを特別に認識している部分があった。
弱さを憎み、受け入れないジェノスにとって自分と同等の力を持つはずだと言うのに常にその力を全力で発揮しようとしないブラッドはやはり受け入れ難い存在である。“嫌い”と言っても問題は無いだろう。しかしブラッドは彼に対して常に友好的であり、拒絶するのも面倒になったのか今では一応口を利いてくれる様に成っていた。
口元から血を流し、頬を押えるブラッド。それはジェノスの拳に手加減や情けなどの不純物が無かった事を示している。ジェノスは既にブラッドを殴りつけた事など興味の対象外なのか、大破したと言っても過言ではないアザゼルを見上げていた。
「アザゼル、中々の性能だよ? コスモスのイモータル相手でも引けを取らない戦闘力だ」
「それがどうした。結局この様だろう? それにそもそも、比べる時点で間違っている。“シュペルビア”と肩を並べるわけがないだろ」
「まー、こっちは反則だらけだしね……。それよりジェノス、ほら。助けてくれてありがとう」
改めてブラッドは握手を求める。しかしジェノスはブラッドを一瞥しそのまま立ち去ってしまった。差し伸べた掌を空しく引っ込めブラッドは苦笑する。
「……ま、そうなるよねえ」
予想はしていただけに驚く事はなかった。アザゼルの整備と修理が始まる物音に再び視線を向ける。ブラッド・アークスは帰って来たのだ。本来の在るべき場所へ。
今はそれ以上の事は考えようとはしなかった。忘れられないものは、いつまでも付きまとう。考えないようにしても考えてしまうのだから、忘れていられるうちは忘れるべきだ。
そう、逃れる事は出来ない。自分自身からも、過去からも、そして心からも……。
ACT.4 Feelings <2>
コスモスへの潜入……それは、ブラッド・アークスが命じられた任務だった。
内容は至極シンプルな物。コスモスの動向の監視……。戦力や正体不明の敵拠点の情報、内部に潜入するだけで湯水のように貴重な情報が得られる。
コスモスという組織そのものが秘密の塊の様な物なのだ。見る物触れる物、その全てが貴重な情報である。しかしそれは同時にコスモスが非常に秘匿性の高い組織である事も意味する。
“潜入”などと簡単に出来るものではない。そのタイミングも、能力も、人格性も、よもや彼のコスモスが適当に選んでいる訳も無い。だから潜入するにはそれ相応のシチュエーションが必要だった。
それがアザゼルによる襲撃事件。二つの計画は最初から同時に進められた物ではなく、アザゼルの破壊行動に乗じて潜入が考案されたのである。それもこれも、アザゼルがコスモスに喧嘩を売るような行動を取った為。
アザゼルがああまで目立った運用を行われる事を誰が想定しただろうか。秘匿性のベールに覆われていなければならないのはアザゼルとて同じ事。しかし誠は自らの実力をアザゼルで証明し、同時に自らを捨てた企業に復讐を目論んでいた。言って聞く性格ではない事は誰にでも判る事。
コスモス以前の話としてあんな運用をしていれば企業に狩られる可能性も充分想定出来る。先に動いたコスモスの迅速性と、コスモスとM.F.G.の協力関係が相互作用し、偶然にもこうした結末を迎えたものの、計画と呼ぶには余りにもお粗末だった。
可能性の一つとしてアザゼルは大破し、他組織に奪われる事も充分に考えられていた。故にアザゼルと指揮を行う輸送ヘリとは一緒くたに行動し、遠隔操作でもアザゼルの自爆は可能だった。
同時にマリス・マリシャにも最悪の場合は自爆を求める事になる。それ故に貴重だと考えられる人員は割けず、しかし腕が立たなくては意味が無い。結果として白羽の矢が立ったのがマリスであり、全ては偶然の産物だった。
アザゼル事件に纏わる様々な偶然を運命と言う言葉で言い換えるのならば、それは正に運命的であったのかもしれない。
ブラッド・アークスの潜入において問題となる彼の素性は過去に既に抹消された――というよりも、彼自身が素性を持たない存在なのである。
“チルドレン”と呼ばれる者達が居る。彼らはここ、“シュペルビア”には数名所属しているが、その全てが生涯の大半をシュペルビアにて過ごしている。シュペルビア――何者にも所属しない特殊なテロリスト組織に、である。
コスモス同様に秘匿性の塊であるといえるシュペルビアに所属する彼らに素性などあるはずもない。在るのは“名”、そして“力”のみである。ブラッドがその記憶を人為的に消去される事になった時特に抵抗を覚えなかったのもその為なのかもしれない。
彼はもしかしたら過去の記憶を忘れたがっていたのかもしれない。しかし潜入後、そのままコスモスの戦力になられては困る。“コスモスに怪しまれず、様々な尋問や検査に引っかからない”為に記憶を消すのであって、忘れたままでは意味が無いのである。
コスモスに潜入する為にアザゼル事件を利用し、そしてブラッドの記憶を取り戻す為にも同じくアザゼル事件を利用した。アザゼルのパイロット、マリス・マリシャはブラッドの記憶を再生する特殊なコードを記憶していたのである。
予定ではアザゼルが捕獲される事も、ブラッドの記憶が戻る事もまだ今しばらく先のはずであった。しかしこうなった所で特に予定に狂いはない。
「連中もまだ“ネフィル”を見つけてはいない――。報告はその程度で充分だ」
ジルの部屋にやって来たブラッドは早々に報告を聞くのを嫌がったジルの前で苦笑を浮かべる。記憶を取り戻した今ではジルの投げやりな態度にも懐かしさを覚える。
ブラッドが潜入し、ユスティティアのデータベースから探そうとしていた物――。“天使”の在り処。“シュペルビア”が捜し求めている一つの名前。“天使のアウラ”……。
ネフィル。それは、アザゼルの夢の先に在る物。誠が生み出そうと躍起になり、マリスが存在を賭けるだけの価値を持つ事。そしてコスモスが追い求めている物でもあり、その至上目的の前では世界平和の文字さえ霞む。
いや、そのネフィルを手に入れる事こそありとあらゆる森羅万象の結末へと続く事なのかもしれない。その存在はそれだけの価値を持つ。“世界”の価値を変えてしまう。
だが、正直に言えばそこまで二人ともコスモス内部にネフィルの情報があるとは期待していなかった。故にジルにしてみれば既にどうでもいい事柄なのである。
「オラ、もう他に特に報告する事はないんだろう? だったらもう下がっていいぞ。そもそもこういうデスクワークはその……なんだ。“他の奴にやらせて置け”」
「…………いえ、それが――」
ブラッドは顔を上げた。その脳裏に過ぎるのは一人の少女の横顔。憂鬱さを瞳に宿し、感情を消し去ってしまったかのような悲壮な姿。
何度も何度も繰り返し自らの絆そのものである機体を見上げて居た。その絆を手放してしまわないが為に、全ての時間をそこに費やしていた。
仲間を撃つならば、自分を倒す――。去り際、彼女はそうブラッドに告げた。それは嬉しい変化でもあり……その“仲間”に自分が最早加われない事が寂しくもある。
アイラ・イテューナ……。彼女の存在をジルは知っているのだろうか? それは十二分、恐らくは報告に値する事であろう。事実関係がどうよりも、ジルはその事実に間違いなく胸躍らせる事だろう。
「――コスモスでの生活は大変だったんですよ。少し、愚痴でも聞いてくれませんか?」
ブラッドはその言葉を飲み込んだ。言う必要がないのではない。“言いたくない”――。それが素直な気持ちだった。自分に嘘を、つかなかった。
「はあ? 下らん事を言ってんじゃねえ。さっさと帰れ」
「我らがリーダーは部下に冷たいでありますな……。失礼します、ジル」
冗談交じりの口調でそう笑うブラッドにジルは片手をひらひら振って追い出して応える。ジルの部屋を出てブラッドは廊下を数歩進み、それから深く溜息を漏らした。
アイラ……アイリの事を考える。彼女は今、どんな顔をしているだろうか? 自分はどんな理由があれ結果的に裏切るという仇を成してしまった。その事実がアイリを傷付けてしまったかもしれない。
そんな事に罪悪感を覚える事さえおこがましいのは自分でも理解している。しかし、アイリはきっとこれから変わって行ける……今ならそう信じる事が出来る。
アイリは普通の女の子なのだ。普通に笑って、普通にウィンドウショッピングをしたり、普通に甘いものを食べて喜んだり出来るはずなのだ。それが出来ないのは今、彼女の心が雁字搦めに繋がれてしまっているから。
その鎖を解く鍵をブラッドは持ち合わせて居ない。しかし、いつかはきっと、誰かがその鍵を見つけて彼女を助けに行くのだろう。その時彼女は……どんな顔で笑ってくれるだろう?
娘の未来を思う親のような気持ちでブラッドは目を瞑る。ジルの事は信頼しているし、感謝もしている。だから報告しなかった事は胸が痛む。しかし仕方が無い。組織を裏切る事が出来ても、自分を裏切る事は出来ない。
「…………アイリは、どんな顔をするのかな。僕が……彼女の家族を死に追いやったあの戦場に居たと知ったら」
ゆっくりと歩き出す。歩みは前へ、しかし想いは過去へと馳せる。五年前、後のヘルズタワー事件と呼ばれた戦いの一部始終、彼はその瞳に焼き付けていた。
事件の核心とは無関係だった人々が次々に殺されて行った……否、それにブラッドも参加していた。その場に居た人々を次々に殺戮した。そうする事が正しいと考えていたし、その時はそれ以外に思考する事さえ無かった。
燃える炎の赤は今でも瞼を閉じれば思い出す事が出来る。眼球の裏側にこびり付いて今でもジリジリと焼け付いているかのような錯覚さえ覚える。その忌まわしい記憶が、しかし今のブラッドを支えている。
事件には“シュペルビア”が関与していた。ブラッドもまたアウラを駆り戦闘を繰り返した。そして彼はタワー内部への潜入も命じられていたのである。
タワー内を制圧し、目標となる人物を探した。しかしそれが自分の担当エリアに存在しない事に気付き、ブラッドは外に出たのである。
そこは最早戦場と表現するになんら差し支えの無い世界――。夜の闇を煉獄が照らし出すその景色の中、ブラッドは聞いた。確かに聞いたのである。
生きている誰かの叫び声……。今にも壊れてしまいそうな子供の声。その声は停止していたブラッドの時間を一気に突き動かした。全身に血が駆け巡るような感覚と共に、ブラッドは理解した。自分が戦場に立ち、そこで数多の命を平然と奪っていた事に。
後悔する資格など無い。それでも今でも胸に残っている、あの叫び声――。耳にこびり付いて離れないその悲しみの慟哭が、今のブラッドを形作っている。
「――どうせ殺されるなら、アイリに復讐されて……って言うのも、まあ悪くはないかな」
歩きながら呟く。彼女とコスモスで出会う事が出来たのは奇跡のような物だったのだろう。いや、それともあの五年前の事件が手繰り寄せた運命の糸だったのか。
どちらにせよブラッドは出会ってしまった。彼女がそこに居る事を知ってしまった。そしてブラッドは知っているのだ。彼女の追い求めている夢を、今シュペルビアが捕らえている事も――。
コスモスで過ごした時間は決して無駄だったとは思わない。仲間になれたかもしれない……いや、一時期は本当に仲間だと思った人々。ブラッドはその顔を一つ一つ思い返し、それから瞼を開いた。
そこには鋭く冷酷さを秘めた二つの眼がある。夢は既に振り切った。明日を信じる恐怖に勝る感情などブラッドの中に存在しない。割り切り断ち切り“終わらせる”事……それだけがブラッドの生き方なのだから。
寂しげな空気の漂う薄暗い無人の通路を男は去っていく。その後姿はやがて光の届かない場所へと消え、最早目に留まる事は無かった。