九章
九・月の晩、果し合い
杖の形状の火造をつくラダトとレテイユ、僧兵長に魔法火矢を携えた僧兵が五人、加えて、松明持ちの道化。
一行は時間よりずっと早く指定の場所に来ていた。
指定の場所は、町外れの住宅街。今は廃屋が並ぶ。
嘗て、中流貴族の邸宅が軒を連ねていた。
今も家々はその時と変わらず建っているが、主はおらず、又、市民の打ち壊しで無残な姿を晒す家も少なくはない。
待ち伏せの危険もあった。しかし、復讐者の意味不明なプライドに掛けてみた。商売はギャンブルみたいなもの、ラダトは常々そう思っている。だから、これは、彼のポリシーにも合致していた。
それに、相手もハナからこちらが律儀に時間通りに来るとは思っていまい。
「何処にいる? お前は闇討ちを嫌いなのだろう? 早く正面にでろ」
大声で到着を告げ、ラダトは僧兵に目配せする。僧兵達は魔法火矢を構えた。望み通りのアホならば、正面に来るに――影が見えた。
すかさず、号令が飛ぶ。
「撃て!」
ガシュ! ガシュ!
魔道粉が爆発する銃撃音が連続。影に吸い込まれるように発射された鉛玉はしかと着弾した、しかし、魔力によって押し出された鉛玉は一つとしてその影にロクな傷をつけなかった。
「相も変わらないクソですね、ヘミル」
影は右手を翳しながら言う。正確には右手ではない、右手から伸びる骨の手だ。禍々しい骨の手、巨人の物のように大きく、純白。一つの指に恐ろしい数の間接があり、百足のように、わなわなと蠢く。全ての弾丸はこの指に挟み取られ、封殺されていた。
そして、肘からも一本、突き出た骨。
ラダトは畏怖した。しかし、気取られぬように、命ずる。
「撃て!」
号令――被さるように五つの妙な音、――発射音がない。
ラダトは周りに視線を巡らす。筒持僧兵は悉く地に伏している。道化が隣で松明を持ちながら怯えている。
どういう事だ? 何をされた? 魔法の発動も、感じなかった。敵は武器も持っているようには見えない。あるのは、巨人の骸骨から持って来たような大きな手だけだ。
仕込みか――
「何を――」
影の骨の指がやや短くなっている。飛ばしたのだ。間接を外して、指骨を。巨大で長大な上に異常な間接数がある骨の手はまだまだ残弾数を優に五十は残す。
「本物か? 意外としょぼいな」
「そうでしょうか?」
半分ラダトは強がっていた。が、敵は噂程ではなかった。家一つ位軽く吹き飛ばせるモノだと思っていたからだ。だから、ラダトの心内の残り半分は本当の強気だ。
勝てる。――ナンバー七《骨出女》は帝都事件の犯人にして、手配外法でも格付けが高い。倒せば、中央へ招かれるかもしれない。
欲が沸々とラダトの全身に――
「ラダト司教」
骨の攻撃を避けたのか、僧兵長が指示を仰ぐ。が、ラダトは僧兵長にではなく――
「縛れ!」
きぃぃぃん。
耳を劈くノイズ。
レテユルが十字の鎖付ペンダントを翳しながら不敵に笑う。
影の体全体が水銀中毒のように震えて、時間が止まった物体の如く停止。
「姿を長く見せたのが運の尽きだなぁ?」
「でかした。レテユル」
「ラダトさまが勇気ある行動をしたからですよ」
レテユルは静止し微動だにしない、否、出来ないシャシマールに近寄る。
「残念だったね、ナンバー七。あの時はよくも殴ってくれたね? お前があの女と同一人物でよかったよ。って事は賊もお前だね」
「――」
レテユルの法具縛身によって、硬直し、眉ひとつすら自由に出来ない女を見て、嗜虐心も露にレテユルは言う。
「ふ、縛身に魂を空間に固着されたら、例え、どんな達人でも動けない。ああ、口だけ許可しよう」
レテユルは十字を微かに燻された煙みたく左右に揺らす。
再度、耳を劈く音。但し、音は小さい。
「これでいい、さあ、ラダトさまじっくりと。話が終わったら先ずボコボコにさせてください」
「ああ」
「ヘミル。いいご身分になったのですね?」
憎き相手の筈だが、慇懃な態度を崩さない。慇懃無礼のような皮肉も篭っていない。
だが、それが却って余りに冷静に見え、因縁を持つ者達の背筋を寒くする。
「ふん、お前こそ堕ちたものだな? マニューリンカフカの娘? 名はシャシマールだったかね?」
十年前、没落した貴族の娘。
自分が未だヘミルと名乗っていた時、この娘の売買に関わった。
解せた。納得がいった。
この娘の復讐の相手、今までナンバー七が狙った相手――、全てあの時の関係者。
ラダトは得心が言ったとばかりに、大きく息を吐く。
それから、ずいと腕を突き出し、シャシマールの顎を掴み、親指と掌で頤を包み、親指の爪を立てる。
薄っすら、血が出た。
一方、シャシマールも睨み返すように見上げる。
「落としたのはどちらさまでしたかね? それにしても、余裕綽々ですね?」
「ふん、お前がナンバー七と言う証明があの紙だけじゃ薄いからなぁ。先ず、召し物から剥いでやろう、次は皮。そして、髪、最後に眼球。その後は火葬にしてやる」
ラダトが下卑た笑いを――
ザリュ!
気味の悪い音が耳に届く。
「ぎえぇ」
僧兵長の断末魔。
「何だ?」
「仲間か!」
周囲にぐるりと視線を這わせ、敵影を捉えられず、レテユルは問う。
「さあ? 私は知りませんね」
蔑みたっぷりに、シャシマールは鼻を鳴らす。
「アマぁ」
レテユルは僧兵長の介抱もせず――顔の上部を吹き飛ばされ即死に違いないのだが――シャシマールに接近し、鳩尾を全力で殴ろうと振りかぶり。つい、力み過ぎ軌道がそれる。
拳は腹部を打つ。
手を通じ、筋肉を殆ど感じない。しかし、臓物の感触だけがして、フォアグラを握り潰そうとしたような変な感覚がレテユルを襲う。
食肉、皮を剥され足で吊られ、連なるサンドバッグに見える――そう、肉屋に下がった肉塊、あれを叩いた気分にも似る。
類似しているようで、何か違う――そもそも、感触が違う――、変な妙な心持。
「まあ、待て」
ラダトは次を構えるレテユルの肩を叩き、
「僧兵等、如何にでもなる」
そして、シャシマールの方に正面顔を向け、
「褒めてやろう、僧兵衆がこんなに瞬殺されるとは思わなかったよ」
「しかし、仲間が――」
言い澱み、
「こいつが手の内にあるんだ。首謀者が死ねば報酬も出ない。仲間とやらも早々下手もせんさ。それにだ、よく見ろ」
ラダトは僧兵長と直線状に並ぶ、家の塀を指す。
僧兵長の血と共に何か白い物が――。
骨だ。
指骨。
何故かはっきり判る。暗がり故に白きが映える。
「骨?」
「そうだ、こいつがやったんだ。仲間はいない」
「ですが、縛身の効果は――」
一瞬にして、シャシマールの顔に悪鬼を思わせる面が貼り付く。
そして、ザリュ。プチュ!
「そんな――」
レテユルの背中から骨が生える。
シャシマールの骨の人差し指がレテユルの心臓の辺りを貫いている。そのせいか、血がぴゅうぴゅうと噴水のように飛び出す。
「そんな、馬鹿な――」
「いい事を教えてあげます。私の魂は複数なんですよ」
ニヤニヤしながら、シャシマールは手を横に振る。
腕ごとレテユルは横に流れ、遠心力で吹き飛び、住宅の壁に当たり、グチャと汚い音を立てた。そして、もう一回、地べたに落ちて、ミチっとやはり汚らしい音を出す。
「ヘミル。やっとあなたの番です。楽しかったですか?」
ラダトは腰を引きながら、退がる。
未だ未だだ。火造がある。焦りつつも、ラダトは手にした杖に力みながら魔力を送り始める。例え、相手が外法でも、世渡りにはもっともっと人格的に外法な者達がウヨウヨしている。
そんな連中と商売し、この地位を得たのだ。
そう簡単にはやらん。腰砕けにもならん。
だが、今は――
時間を稼がなくては。
ラダトは動作がバレぬように慎重に、慎重に、火造に魔力を送り続ける。
眉間を流れる汗と、夜気に冷える背中がイヤに鋭敏に感覚神経を打つ。
「私は今、とても楽しい。あなたが殺せる。そう思うと興奮しますよ?」
綺麗な顔を恐怖の権化に変えながら、ラダトにじりじり寄る。とは言っても、表情は何も知らない人物が見れば僅かに笑みを湛えているようにしか見えないだろう。これは、見る者によって、恐れを与える類の物。
シャシマールの右足が前へ、ラダトの左足は後ろへ。
退がるラダト、近るシャシマール。ぎこちないステップを踏み合っているように。
「記念すべき六人目、六なんて数字、全然記念じゃないですね? 記念はオルディカーンにする予定ですよ?」
早く、早く。額を更に止め処ない脂汗を濡らしながら、杖――火造に魔力を送る。
チャージはまだか。
道化を見る。怯えて、地に顔を埋めた儘だ。松明も持った儘だ。
「今は如何してしているんですか? 奴隷商カファレム一家の大丁稚さん」
「望む、人間がいるんだ」
答えた方が時間を稼げそうだったので、ラダトは答える。なんとか、声を絞って。
「誰です?」
「救世堂だよ」
「身内商売なら、奴隷市はしないでしょう?」
「――う。民も望んでいる」
「一丸となって? もう、十年ですね」
「――」
「儲かるんでしょうね? 私も商人の子に生まれたかったですね」
「それはそれで苦労するぞ、堂主さまが天上皇帝になる以前の時代はな」
「分かりますよ? 凄く、分かります。ですけれど、あなた達のそれは結局、相手が貴族、理由なんて、それだけだったのでしょう?」
「何が悪い」
悪びる風もない。
「奴隷商人らしいですね。人を商品として見るとそうなりますか」
来た。身体を巡る電撃のような感触。魔力のチャージ完了の合図! ラダトの顔が華やぐ。
それを見たシャシマールは訝しみ……。
ゴウウウ!
突如の熱風。
「ひあ」
シャシマールを炎が包む。ラダトは逃げるように走り、距離を取った。
炎の竜巻から転げ出たシャシマールは服に引火している。
それを叩く。熱で殺すつもりだった所為か、簡単に火は消えてしまった。
「火造。扱えたのですか?」
「当たり前だ。バカめ。火造に気付かないとは」
「そんな魔力があるとは、思えなかったので放置したのですけどね? それに、バカはあなたですよ?」
「何だと?」
注意を逸らさせ、ラダトは第二波を撃つ。
道化の持つ松明から伸びた火の筋が一旦空へ上り、直下してシャシマールを狙う。
第三波、四、五。
周りの建物に火が付く。
屋根は火の筋で砕かれ、瓦が舞う。
「ひははああ、バカが、死ね!」
ラダトは杖を振る。
火は、今度は竜を模した姿となって、シャシマールを襲う。
口を開けて飲み込もうとし、避けられ、上下の火で作られた顎が空を切り、噛みあう。
竜を尖兵に、ラダトは飽く事なく、火の筋も打ち上げ続ける。
竜の線の攻撃、筋の点の攻撃。
二重攻撃。
シャシマールも負けじと骨の指を打つ。
が、ラダトを庇護する火の壁が現出し、防がれる。
辺りは何時の間にか、昼のように明るく、いや、昼以上に熱く、眩しい。
家々からあがる火の手が黒い煙を生む。視界が悪くなっていく。
「く」
シャシマールの表情が苦悶に染まる。
接近出来ない。
理由は、ランドマインのように敷設された火のトラップが火の筋が着弾した辺りには埋められているからだ。これも火造の能力の一つ近づくだけで、その上を通らなくても火は爆発し、火球でもって対象を焼く。
事前に火造の能力を知っていて助かったと言えた。
知らない者なら、わざと火の筋の砲火に隙を作られ、そこに飛び込み、実はその場所は、前に筋が着弾した場所で、焼き殺される。と言う事になる筈だ。
実際、ラダトはわざとらしく前進出来るルートを造っている。
「くそ、何故来ない」
ラダトはラダトでイライラしていた。トラップ、火の筋ホイホイに敵が掛からないからだ。
攻めあぐねるシャシマール。もう、先程から骨を撃っていない。
射程からそれてしまった。それに、この視界では上手くエイミング出来ないだろう。
しかし、ラダトの猛攻は続く。
恐らく、闇雲に撃っている。当たるとは思えない位置への着弾が増えている。
が、火の竜は的確にシャシマールを狙う。
自律制御のなのだろう。
「厄介ですね」
火の竜を倒す事は不可能だ。直接にはだが。
火の竜は火を魔力で成形して自律でターゲッティングさせているに過ぎない、何処かに魂がある訳でもない。殺せない、だから、倒せない。
消すには、術者を仕留めるか、杖ごと破壊するか、術者が魔力欠乏になるか、火元を消すか、の四択。
一は距離が開き過ぎ、二も同じく――。
四も同じ。
なら、三しか残らない。
言ってしまえば、ラダトがそう魔力の潤沢な人物とは思えない。
やはり、三を選ぶべきだろう。
一番、無難――その言葉が似合う戦術。
しかし、それはシャシマールにとって敗北を意味する。敵の尽きに乗じるなぞ――。
それでは、意味がない――。
「ふぅ」
シャシマールは肩を落とし、嘆息し、回避行動を止める。
「未だ恢復していないんですよ?」
独り言。
そして、走り始める。
火の粉を振り払い、火の地雷に骨を撃ち込み爆発させる。
走りながら、撃ち続ける。闇、加えて、焔、その中で黒の衣装に禍々しい骨の巨大な手。煉獄をひた駆ける死神。
残弾数がどんどん減っていく。なるたけ、消耗は控えるべきだったが、仕方ない。
最初の戦闘ポイントが目に入る。
シャシマールの眼球に狂ったように杖を振るラダト。
火の地雷の連続爆発に、勝利でも噛締めていたのか、ラダトの目が恐怖に見開かれ、僅かに視線から畏怖に埋もれた畏敬が覗く。
パァン。
一気に四指から骨のブロックが放たれ、火の壁も出せぬうちに、ラダトの僧衣を貫き、力の儘にラダトを後方へ引き摺り、廃屋と化した家の壁にその体を縫い付ける。
拍子に杖が手から落ちる。
カラン。
僧衣を破き逃げようと画策するラダトを尻目に、シャシマールは杖を握り、一言。
「鎮火――」
さっきまでの業火が嘘のように一瞬にして消え去る。
シャシマールは満足げに頷く。そして、ラダトを向き、
ザリュ!
今度は四肢で縫い付け直す。
二の腕と両腿に骨を穿たれ、ラダトはサルのように鳴く。
「ひぃ」
「じゃあ、楽しい事始めましょう。先ずは包丁探さないといけませんね」
歌うように、シシャマールは言った。




