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八章

八・夜明けの市でのこと


「二人とも、捕まらないでくださいね」

 そう言いマールはクラヤとイダサをホテルに残して去った。

 彼女が何をしにいくのか、クラヤとイダサは手紙の内容から知っていた。

 けれども、追わなかった。

 相手はラダト。

 クラヤとイダサを売ろうとした卑劣漢。

 そして、マールなら勝てるだろう。

 そう、クラヤもイダサも思ったからだ。

 そして、戻って来てくれるのだろうとも思った。

 何となく、それが当然な気がしたのだ。

 夜の街の明かりを消しさる程の火の渦を見るまでは。

 流石にあの炎の渦中にいるのなら、ヤバイと感じた。

 けれども、それは二重の誤算であった。


――


 そして、話は少し巻き戻る。

 レゾンとリフィーが夜明けの市についたのは、丁度マールが食堂にラダトの似顔絵を出したのと同じ頃だった。

 二週間近くになる差が、徒歩と荷馬車で埋まる筈はなかった。

 つまり、マールはこの二週間、只夜明けの市へ向っていた訳ではないのだ。

 しかし、そんな事とは露知らず、夜明けの市を訪れた二人は余りの活気に舌を巻いた。

 そして、噂には聞いていたが、市聖堂のまん前にある奴隷市場には流石に気が滅入った。

 多少(たが)の外れた正義感を持つ人間なら、暴れているに違いない。そう言い合った。

 先ず始めに、市聖堂は後回しにして、市内を一通り廻る事にした。

 教区長の手掛かりなしが当てにならなかったように、ここの市聖堂も先んじて小竜で情報を調べようとした所、何もないとの回答を得ていたからだ。

 挨拶するにしても、日暮れ頃でも構わないだろう。

 そう、意見の一致を見ていた。

 しかし、これも誤算であった。


――


 夜明けの市は広く、住民からの情報は芳しくなかった。

 精神障害者と思しいと言う重要な情報も余り有益ではなかった。

 奴隷を目にし、目の色を変えている人々の方が、よっぽど精神を病んでいるとしか思えない所為もあるが、往々にして市民そのものの感覚もおかしく、酷い者になると、精神障害者は食べると薬になるだとか、火に投げ込んで遊ぶものだとか、肉壷だとかどうしようもない事をのたまった。

 だとすれば、マールは既に手に落ちている可能性もあったが、それならばと奴隷市場を見に行った。


――


 昼過ぎ。

 奴隷市場は何故か混乱の只中にあった。

 『賊が出た』と人々は口々に言っていた。

「賊とは何だ?」と問質すと、

「目玉商品さ」と返された。

 話を要約すると、以下のようになる。

 クラヤシャン・イ・クァンスケルプトーラ・イム・ハシュバイクニトーマと言う貴族令嬢が来週、市に出るらしい。

 そして、名前から分かるようにハシュバイクニトーマ伯の娘だ。

 ハシュバイクニトーマ伯は貴族のクラスで一番上に当たる大面(おおも)(きょう)の爵位を有し、現在に於いては、最も力を持った貴族の残党とも言え、又、貴族同盟の盟主である。

 貴族同盟は救世堂への反抗組織の一つだ。

 その盟主の娘を奴隷として売る。

 それが目玉商品。

「実に素晴らしいだろう」

 答えた男はそう答え、余りにも表情が(心を持った)人間とは思えなかったので、レゾンは取り合えず、殴って昏倒させた。

 その為、又、別の市民に話を聞かねばならなくなった。

「スパイだよ。娘を取り戻す為の」

 二人目はそう答えた。

 しかも、賊は市聖堂の地下に出たと言う。

 ラダト司教が奴隷市を大々的に展開しているのは知っていたレゾンだったが、大聖堂施設の地下室をその為に牢獄にしているとは、やや、斜め上を行く回答だったと言えよう。

「ああ、犯したかったぜ」

 二人目もそんな事を言うので、やはり、レゾンは殴って置いた。

 そうこうするうちに、夜が近づき、西の空は(あけ)に染まっていた。

「そろそろ、挨拶にでも行くか」

 気は進まなかったが、マールが捕まっている可能性もあり、出向く事にする。

 結局、殴り飛ばした人数は二桁になっていた。

 憲兵に通報されそうになった時もあったが、聖刻と塩碍を見せれば、市民は黙った。

 内心、レゾンは「これは使える」と思った。


――


 レゾンとリフィーの二人は一旦宿に戻らず、市聖堂へ向った。

「エルムが寂しがります」

 とリフィーは言ったが、そんなに時間の掛かる事でもないので、と説得した。

 因みに、エルムは虎模様の小竜の名前である。

 市聖堂は昼程慌ててはいなかったが、明らかに奴隷と思しき人間が僧兵にしょっ引かれ、奥の間へ消えて行った。

 レゾンは取りあえずそれらを見ない事にする。

 今やるべきは奴隷解放ではない。

 そして、ラダト司教への取次ぎを市聖堂のシスターに頼んだ所、不在だと言う。

「不在?」

「はい、急な用事とやらで」

 申し訳なさそうにシスターは軽く頭を下げる。

「――急な用事」

 それでレゾンが帰る気配がなく、又相手が聖堂騎士である所為か、シスターは続ける。

「もしかすると、賊絡みかもしれません」

「賊?」

「昼、聖堂が賊に襲われたとかで、僧兵さんが何人か殉死されて」

「ああ」

 昼過ぎに騒ぎになっていたアレか?

 しかし、妙だ。

 賊の討伐に司教自ら赴くだろうか?

 判然としない。

 何か、もわもわした(わだかま)りが頭に纏わり付く。

「それで、そのだ。僧兵の遺体は今何処に?」

 マールが賊である可能性もあるのではないか?

 そう、レゾンは考えた。

 二首大蛇を倒したのがマールならば、どうして最初から力を使わなかったのか?

 何かしらの制約の存在を示唆する。

 そもそも、魔法に詳しくはない。

 怨霊魔術師の魔法体系など知りようがない。

 しかし、仮に窮地にならなくては、力が使えない可能性がある。

 だとすれば、あの人間のクズとか思えない市民たちに売り飛ばされる為に地下室に閉じ込められたとも考えられる。

 その時、竜口峠で逢った時のように、無防備状態だったら?

 そして、自分が気絶した後、二首大蛇を倒した時のように、力を使い、脱出した。

 仮定でしかないが、死体を見れば分かるかもしれない。

 死体にあの骨があれば黒。

 分からなかったり、なかった時は地下室も調べればいいだけの話だ。

 地下室にあの骨があった場合は限りなく黒。

「奥に未だあると思いますが」

「奥とは?」

「清めの間です」

 『清めの間(サナダラーム)』とは葬儀を行う前に死体を安置しておく場所だ。

「見せてくれないか?」

「はい、聖堂騎士さんなら構いませんが、そちらのシスターはちょっと」

 レゾンの隣に佇むリフィーを見ながら、言い難そうにシスターは言った。

「いいですよ、レゾンさん。行って来て下さい」

「すまん」

 手でも謝罪を示してから、レゾンは『清めの間』へ向った。

 『清めの間』は、中央に位置するイコンより左手の扉を開けた場所。


――


 清めの間は、静謐と形容し得るに相応しい場所だった。

 真っ白のシルクが死体を包み込み、一つ一つの死体は大理石の台に乗せられている。

 死者たちの、白く青々した隈と妙にマッチする。

 死者の為の部屋、その目的の為だけに造られただけの事はあった。

 この雰囲気自体は悪くない。

 神聖なものだ。

 しかし、この市聖堂が行っている事は果たして神聖だろうか?

 リフィーと逢ってから、どうもこう言った事を悩んでしまう。

 レゾンは頭を抱えた。

 清めの間を足元から奥まで見やる。

 床にも死体がある。

 最初、入った時、気付かなかったのは顔まで隠すようにシルクが掛かっていた所為だ。

 死体はざっと見積もって二十はあった。

 その全てが僧兵かは分からない。

 だから、一つづつ調べるしかなかった。

 そして、見つけた。

 ――異様な死体――。

 胸の肉がごっそり何かで持っていかれている。

 もし、胸に爆薬を仕込まれて、そこで着火されたら、こんな感じに仕上がるのではないか?

 もしくは、大口径の魔導器(マファダラ)で打ち抜くとか。

 少なくとも魔法銃の威力ではない。

 火薬銃なら何か臭う筈だ。

 そして、魔導器の可能性もゼロだ。

 何故なら、僧兵達は地下室で戦った筈だからだ。

 どうやら、鍵は地下室にある。

 しかし、先程のシスターは副支配も留守だからと、地下室への入室を断った。地下室は副支配の管轄であるらしい。

 そこで、レゾンは潜入する事にした。

 潜入とは言っても、僧兵達はラダトと出掛けているらしく、又、僧兵長も一緒らしい。その為、残っている僧兵達にやる気はなく、容易に地下室へ行く事が出来た。

 そして、見つけた。

 恐らく、あの死体が製造された場所。

 夥しい血液が黒々と文様を描き出している先の壁。

 白い破片。

 確かに骨。

 しかし、手にしてみても爆ぜる気配はない。

 一度、爆ぜているからだろうか。

 つまり、ランガの持っていたものは不発弾と言う事になる。

 他を捜すも骨はない。

 結局、黒か如何か分からない。散々な結果だ。

 が、とレゾンは思う。

 賊イコール、マールならば、そのマールを追ったラダトは何か知っているでは?

 未だ、マールが怨霊魔術師である事に半信半疑のレゾンだが、取り敢えずは、仮定で話を進めるのを優先。

 今度は、ラダトの執務室へ入る。

 そこで、又しても異様な物。

 血文字で書かれている手紙。

 中身に目を通す。

 賊とは関係がない。それだけは分かった。

 ラダトと何か確執のある相手が出した手紙だ。

 けれども、何処かレゾンは釈然としない。

 この手紙がキーになる気がした。

 如何して? と言われれば、「カンだ」としか答えようのない物だったが。


――


「あ、レゾンさま。遅かったですね」

 待ち草臥(くたび)れたとばかりに欠伸(あくび)をしながら、

「ああ、すまん。所で小竜で伝令を頼みたい」

「何か分かったんですか?」

「強いて言うなら、白に近い黒か」

「良く分からない色ですね」

「俺も良くは分からない。一応、教区長に報せてくれ。後はここの分帝は……」

 思い出そうとするレゾンに、

「オルディカーンさまですね」

「報せて置いてくれ。堂主さまが知っているのだ、聖堂騎士レゾンの外法の件で通じるだろう」

「それで、何を伝えます?」

「援軍要請かな。どの道間に合わんだろうが――」

「そんな、急ぎなんですか?」

「ああ、でもやるに越した事はない。頼んだ」

「分かりました」

 言って、リフィーは宿へ向った。

 小竜を伝令に出す為に。

「さて、旧貴族邸宅街か――」


――


 旧貴族邸宅街の入り口を囲うように、監視の僧兵が配置されていた。

「やはり、只事じゃないな……」

 何人か、何をしにこんな場所に――ゴーストタウンに来たのか、何人かの市民が僧兵達に追い返されている。

 何か上手い言訳を思い付けば通してくれないかともレゾンは考えたが、無理そうだった。

 銃声がした。

 魔法銃のものだ。

 レゾンは飛び出す。

 何処まで行っても、行き当たりばったりは直りそうにない。

 監視の僧兵を塩碍の鞘で打って昏倒させて、旧貴族邸宅街を進む。

 人の声がする。

 何かやり取りをしている。

 ……。

 見えた。

 一人と三人が向き合っている。否、四人。

 一人、松明を持っている。

 そして――。

 あれは――。

 一瞬、飛び出そうかと思い、踏み留まる。

 取り敢えず、一部始終、観察だ。監視だ。

 耳を(そばだ)て、家の陰に慎重に身を隠す。

 過去の任務で隠密任務をこなした事もある。

 僧兵達にバレる筈はない。もう一人は分からない。――本物なら、バレるかもしれない。既にバレていないとも言えない。

 そして、レゾンは息を潜めた。


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