七章
七・ラダトとレテユル
「手紙だと? そんなもの検紙官を通せ、ワシ個人のプライベートな手紙でも、オルディカーンさまからの勅書でもないのだろう?」
「はい」
レテユルは一応頷く、しかし、どことなく釈然としない顔をする。それを見、ラダトは畳み掛ける事とする。
「民の嘆願書か? 捨てろ、それか検紙官に一旦渡せ、ワシは忙しい」
「いえ、しかし――」
未だ納得できないらしい。
「もしかして、あれか? お前を殴り倒して昏倒させた女から、か?」
「いえ、それは別件ですが――」
言い難そうに言う。情けない話なのでいたし方ないとは言えるが。
「ふん、それにしても情けない。女等に」
「申し訳ありません。ですが、気になりませんか? 聖堂の大壁画の真下に貼り付けてあって――」
ラダトは慢心に満ちた表情で腕を組みなおし、ばっさりと切り捨てる。
「ならんな」
「血文字で惨殺予告と書いてあってもですか?」
折角今し方組んだ腕が弾け、驚愕に彩られた、どこか怯えを帯びた声で上体を、机から乗り出し、ラダト。
「今、今、何と言った?」
早口に捲し立てた。
「やはり、そうなのですね、手配外法ナンバー七」
レテユルはニヤリと口の端を曲げた。
「貴様、文書を盗み見たな」
「それについても出過ぎた真似でした」
「だが、ナンバー七は死んだ筈だ。アルコン卿が五年前に仕留めた筈だ、実際、ここ五年やつは姿を見せなかった」
自分を納得させようとしているのがありありと分かる。ラダトの狼狽は隠しようもなく、漏れ出している。
「では、偽称でしょうか?」
「まさか、ワシにそんな脅しの出来るやつはいる筈がない。我が後ろにはオルディカーンさまいるのだ」
「心当たりは? その、ナンバー七に狙われる」
「――」
「あるのですね……」
「ワシは奴隷商人だったのは知っているな? その時の仲間をやったのは、ナンバー七だ。オルディカーンさまも商売に関わっていた事があった。一体、どの脱走奴隷かは判らない。が、ワシも狙われておかしくはなかった」
「だから、五年前まで公には仮面を?」
「ああ、こんな特徴的な顔だからな、ラダトと言うのも偽名だ」
「いいのですか、そんな事を」
「お前は信頼している」
「願ってもない言葉です」
慇懃に一礼。
「して、読んでみろ」
語尾が震えている。
「本日、午後八時、旧貴族邸宅街中央広場にて待つ。あなたの隣の復讐者――だそうです」
「もしかすると、偽者かもしれんな。ビビリ損だったわ」
安堵に胸を撫で下ろし、ラダトは乗り出していた上半身を下げた。再び、偉そうに腕組みする。
「と言いますと?」
「帝都事件でオルディカーンさまが狙われた時、ヤツは何と書いていたと思う?」
「これとは違うのですか?」
手紙と首っ引きしながら、レテユル。
「何時如何なる場所、如何なる盾、あらゆる策。それを労しても、私は予定時刻にあなたを殺す。暗殺等しない。正面から切り殺す、否、殺し尽す。あなたの骨すら残さない、但し痛みは永遠に地獄でも幸を感じる程に与えてやろう。あなたの隣の復讐者」
あなたの隣の復讐者とはよく言ったもので、何時でもお前を見ていると言う意味を見て取る事が出来る。又、一言一句覚えている、そのラダトの姿が、少しおかしいとレテユルは思った。変と言う意味ではない。
彼の敬愛するオルディカーンを貶め、驚愕させた物だからこそ、覚えているのだろうが、長年、彼の為に働いて来たとは言え、そのような殊勝な人物とは思えない事を思ったのだ。レテユルは。
「だから、オルディカーンさまは……」
「だが、それは場所をも指定して来た。それでは果たし状だ。もしかすると、ワシのような小物から狙ってくる時点で、ヤツにはもうオルディカーンさまを襲う力はない、とも考え得るな」
仮に本物だとしても、それならば、合点がいく。自分を小物と言うのは卑下には違いないが、一聖堂の司教が大物と言うのはおかしいだろう。
聖堂騎士を招集する権限などないし、動かせるのは手持ちの僧兵数人位だ。市軍は自由に出来るが、ここで市軍をたった一人の人間を倒す為に使ったとあったは、面目丸つぶれだ。
「只、殺すだけではいけないのでしょうか?」
「復讐者の頭なんぞ知らぬ。しかし、ヤツは偏狭なプライドで闇討ちを拒否している。こっちとしてはいい事だろう」
過去、ナンバー七が果たし状じみた惨殺予告をしてきた例はない。オルディカーンも人間だ、誘い出して殺す事など幾らでも策謀を巡らせば出来る筈、それをしない理由は例え理解出来ない代物でも、ナンバー七がそういう人物である事だけは過去の資料からして確かなのだから。
「確かに。それで如何なさいます?」
「出向く」
強い声で宣言した。
「それでは僧兵長を呼びましょう」
「待て。火造も持って来い」
火造、歴代夜明けの市市聖堂司教に堂主より下賜される事になっている法具。位は三級。強力な法具だ、火を操る力を持ち、火竜を顕現させる。もっとも、夜明けの市初代司教はラダトであり、ラダトの私物のような物と考えてもいい。
「誰が使うのですか? あれはラダトさましか、契を結んで――」
「ワシ自ら出向く、そう言っているのだよ。ワシを脅かして楽しもうとした偽者なら、四肢断絶の後丸焼き、ホンモノであっても、こんなセコい状態のヤツに負ける気はせん。火造があれば十分だろう。
アルコン卿も騎士時代は三級法具印槌でヤツを五年にも亘る潜伏に追い込んだのだ。火造は三級とは言え、破壊力で言えば一級。ホンモノなら追い返した後、増援に――、そうだな、オルディカーンさまに応援要請をしておけ。それで、賊の方はどうだ?」
「あ――。失念しておりました。しかし、逃げた奴隷は大方回収しました」
賊が逃がした奴隷達は余りに頭が悪かった。さっさと市外に出ればいいものを何時までもうろついているからこんな簡単に捕まる。
全く持って愚民だ。ラダトの叙任以来の右腕であるレテユルは市民の愚鈍振りを身にしみて知っている。
「手が早いな、やはり、お前は優秀だ」
他意なく手放しで褒める、ラダト。レテユルの手腕はやや自分の利益に奔る面があるとは言え、市聖堂副支配としては、申し分ないのだ。
「が、賊よりもガキだ、女のガキ、十歳ちょっと位の、見つかったか」
「いいえ。条件に合う女のガキは、二名いましたが未だ――」
自分が取り逃がした事は言わない。言っても、利にならない。
「うむぅ。応援要請はして置くに越した事はないな、そのガキの一方が問題だからな。ナンバー七の数倍」
「何者です?」
自分が取り逃がしたガキの片一方に一体、何があるのか? レテユルは興味から訊く。
「南の大貴族の娘、これで十分だろう? 一杯食わせろと、オルディカーンさまの命だったのだが、しかし、その理由ならオルディカーンさまも援軍を送らない筈はないな。余裕ではないか。ビビる必要もなかったわ」
不幸中の幸いか、はてさて、不利が利に転じたからか、ラダトは哄笑する。その野卑な声は司教執政室中に響いた。




