十一章
十一・終章
レゾンは又しても同じ病院、同じ病室で目を醒ました。
そして、又してもシスター・リフィーが介抱役だった。
しかし、一つ違うのは二人の子供の姿だ。
クラヤとイダサが何かを心待ちにするようにレゾンを見ている。
「おはようございます。レゾンさま」
シスター・リフィーは愛らしい笑顔をレゾンへ注ぐ。余りに笑顔が眩しいので、つい、「おはよう」と言ってしまってから、
「ああ、何日今度は寝ていたんだ?」
「三日です。何時もながら、素晴らしい体力ですね。今回は、神経毒だったみたいですよ?」
「そうか――」
「それより、聖堂騎士。あんた、いいヤツだね。大聖堂の連中は皆カスだと思ってたよ」
クラヤがベッド脇に両肘を付き、尊大な態度で言い放つ。救世堂病院だと言うのに臆する様子が全くない。
ここが個室でよかったと、レゾンとリフィーは視線を交わして、安堵する。
「ラダトを成敗したんだってね」
「え?」
リフィーが意味深な目配せをレゾンへ。レゾンは何となく状況を察した。
ラダトの死に伴い、都合の悪い事を消す気なのだろう。悪司教をレゾンが倒したと言う事にして。
ラダトが殺された現場の状況を知っている生存者は恐らく自分とシャシマールだけだろう。何の復讐か、それは判らない。彼女しか知らない、いや、彼女達しかしらない。彼女達は復讐鬼だ。ラダト一味が復讐の相手なら、皆殺しに違いない。
しかし、現場には遺留品として人骨王の骨等があった筈――。
見る人が見れば、きっと外法と判るに違いなく、外法に負けた、と言われかねない。
それは避けるべき、だから、色々な点を踏まえ、不整合があったとしても、自分に手柄を与えた。そう、レゾンは結論した。
クラヤは続ける。
「強いね。あんた。パパが来るまでもなかったね」
「パパ?」
「ハシュバイクニトーマ伯です、因みにこちらが子女、こちらが養女です」
リフィーが答える。そして、二人を順番に指す。
「いいのか? 貴族が――」
「如何しても面通しって言って聞かないので私が連れてきました。ハシュバイクニトーマ伯なら報復を恐れ、バレても――」
リフィーは舌を出す振りをして見せた。
意外と適当なと言うか、大胆なリフィーの一面をレゾンは見た気がした。
「うん、あんたらいい人っぽいからね」
何を根拠に、と思ったが言わない。
「でも、あの数相手に単身、戦えたとは思えない。姉ちゃん、如何したの?」
姉ちゃん。リフィーの事ではないだろう。恐らく、シャシマールの事。
シャシマールは「優しい子達が助けてくれるでしょう」と言った。恐らく、この馴れ馴れしいガキと後ろでぼーとしてるガキが自分を助けてくれたのだろう、レゾンは思い至り、
「それより、俺を助けてくれたのか?」
「うん、倒れてて動かなかった。それに、お姉ちゃんが行けって言ったんだよ」
初めて後ろの子――イダサが口を開く。
「姉ちゃんと一緒に戦ったんだよね?」
違う――と言い掛け、又目配せするリフィーを見てしまい、止める。何を話しているか、現場にいた訳でもなく、お姉ちゃんが誰か判らない筈だが、中々洞察力があるらしい。
「ああ……」
「やっぱり? 姉ちゃん強いもんね、ちょっと不気味だけど」
失笑するクラヤ。
「それで、知ってるんですよね? お姉ちゃんの居場所」
「如何して、訊く?」
無意識に睨んでしまったのか、イダサはリフィーの背に隠れてしまった。
一方、クラヤは何とか耐え、
「知りたいから。確かに、私の場合、パパが来るまでの辛抱だった。だけどね、イダサは姉ちゃんじゃなかったら、駄目だった。友達の恩人、そして、私もお礼がしたい。そして、一番は姉ちゃんのあの技が何なのか知りたい」
一瞬、レゾンは驚く。目の前のガキは大物になりそうな気がした。
「確信したんだ。姉ちゃんがぶっ壊してたアレ、法具でしょう?」
しかも、細部まで、あの死体を検分している。歳の頃は十二歳位か、末恐ろしい。
「あんたちに言うのもアレだけど、救世堂の覇権をなした要因の一つは法具だと私は思うんだ。ニエフィムの決戦で先代天上皇帝が堂主に敗れた要因は間違いなく、それ」
「じゃあ、聖堂騎士の身分では言えないな。お嬢ちゃん、もう少し、駆け引きを習いなよ」
「む――。確かに、ベラベラ喋るなんてインコも出来るわね」
「それに、俺は答えれない。騎士だからではなく、知らないんだ。彼女は去ってしまったんだよ、俺が気絶している間に」
「そう」
残念そうにクラヤは下を向き。靴の先を擦り合わせた。
「なら、しょうがないね。お邪魔したね」
クラヤはイダサの手を引き、退室する。その背を見ながら、
「怖い子ですね」
「全くだ。それより、マールは何処へ行ったんだ」
「あれ? その名前、前も言いましたよね?」
「ああ」
「如何したんです? その子。ランガさんも気にしてますし、外法って話でしたし……」
「いや、いい。俺が報告するまで分からん筈だ」
「はぁ……」
訳が分からないと言う困惑顔。
レゾンも深入りはせず、話題を逸らす。
「そうだ、シスター・リフィー。夜明けの市まで行った仲だし、俺の従相にならないか?」
「従相ですか? 私、今までここに務めてて、法術も魔術も、医術も出来ませんよ?」
「いや、いいよ。俺は多分、来期、第三法守にはなっている筈だから」
「悪司教を倒した男ですからね。そう考えると、とてもいい話に聞こえてきました。是非お願いします」
リフィーはちょこんと頭を下げて見せた。やはり、愛らしいとレゾンは思った。
マールの、否、シャシマールの、否――人骨王の……。
あれだけの長口上を聞いても、やはりと言うか、分からない事だらけだ。
何があって、彼女は何をしたのか?
彼女は只、本当に奴隷解放の為に――。
否、違う……。
全容は分からない。
未だ、自分は世界の少し裏っ側を除き見たに過ぎない。
今回の事は、最終的には結果オーライだったと言えよう。
しかし、しかし――。
純粋な探究心がある。これも又、嘘ではない。
外法とは?
怨霊魔術師とは?
貴族と救世堂が争う中の第三勢力。
これから、望めばいい。臨めばいい。
全ては足掛かりなのだ。
これから、きっと、始まる。
これは序章に過ぎないのだ。
これからの――。
レゾンはリフィーを見る。
相変わらず、彼女は愛らしく笑っていた。
一部完です。




