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十章

十・ガイ者の事


 目の前で行われているのは何だ? 悪い冗談か?

 人間が裁かれている――いや、(さば)かれている。

 捌きが裁き。

 捌かれている人物は最初、「助けて」と許しを請い、ハラミが取り出された所で声を出せなくなり、今し方、取り出されたハラミがこんがりといい匂い――。

 げぇ……。

 嘔吐した。

 この光景そのものは、市街の肉屋のしている事と何も変わらない。

 生きているものを切り刻むから残酷か?

 違う。踊り食いと言う高級料理もある。

 じゃあ、何故、何故、こうも嫌悪感、違う。圧倒的不快感が沸き立つ?

 解体されているのが人間だからか?

 だから、こんなにも残酷だと思ってしまうのか?

 肉屋が音を聞き付け、レゾンの方へ視線を投げる。

 目が合った。

「……あんた何者だ!」

 レゾンは糾弾する。口腔が酸っぱい。舌がピリピリする。

「お久しぶり、レゾンさん。見てたんですか? 襲えばよかったのに」

 自嘲するように肉屋は笑う。

 とてもとてつもなく嬉しそうだ。

 レゾンと再会してではない。

 この狂った行いに嬉々としている、臨んでいるのだ。

「その口調? あれは演技だったのか?」

 余りにも違う。

 肉屋は竜口峠で同道した少女の姿形(すがたかたち)をしている。一部を除いてだが――。

「いいえ、あれも私、これも私」

 肉屋は、今度はホルモン串の製造に入った。汚物の臭いが炭の(かおり)に混ざった。

 肉――は未だ生きているようで、僅かに喉仏(のどぼとけ)が上下する。

「止めろ!」

「どの道、後少しの命ですよ?」

 肉屋は肉に焼いた自分の肉を食わせた。

 噛む力のない――歯が一本も見えない――肉の両顎を無理やり手で強引に上下させ、強引に飲み込ませる。

 肉は吐き出す余力など残っている筈もなく――。

「あらら、窒息ですか?」

 肉屋は剥き出しの心臓を掴む。

 直接式人工呼吸――。

 吐き気がぶり返す。肉の心臓から鮮血が噴出す。

 切り付けるか? レゾンの良心が盛んに、「キレ」と叫ぶ。五月蝿(ガナ)る。

 が、目の前の惨状に足が地に縫い留められ、微々も動けず……。

「死にましたか?」

 「おーい、生きてます?」とワザとらしく肉の耳――恐らく耳だった場所、削がれて跡がない――に囁く。しかし、肉は死んでいた。当たり前だ。こんな事すれば、死ぬ。

「さて、汚い物は焼いてあげましょう。世間にとって目の毒ですからね」

 肉屋は今度、魔術師になる。

 法具を手に「消炭(けしずみ)に」と囁く。

 一瞬にして肉は燃え上がる。

 が、そう早く炭に変わる筈はない。

 肉はメラメラ燃え続ける。

 そして、今度、肉屋は杖状の法具の聖刻を手から生えた骨で打ち砕いた。

 まずい、目を覆うねば。

 瞼を貫通する程の光だ。目は伏せなければならない。怯えを押さえ、下を向く。尚且つ、腕で目を覆う。

 光が消えるまでレゾンは伏せ続けた。殺されるかもしれなかったが、肉屋は襲ってはこなかった。

「消えましたよ?」

 目を開ける。

 光源は一つだけになっていた。燃えている人肉だけ。

「何故、こんな事をする!」

「私だから、ですよ」

 平然と肉屋は言った。

 レゾンには信じられなかった。

 目の前の肉屋は、竜口峠で出会ったマールと言う少女に違いないのだ。

 外法かもしれないではなく、外法で正しかったのか。

 しかし、余りに口調が違う。否、きちんと喋れている。

 が、それ以上に目を引く外見の変化。

 右腕の肘辺りから手首を通り、甲の辺りまでにかけて生えている骨。

 六本の骨。一本は肘から直接に突き出、背中の方へ伸び、他の五本は前方へ伸び、恰も手のように見える。肘の骨には間接がなく、残りの五本には幾つか節がある。それが、余計手に見える。

「二重人格か?」

「ちょっと違います。私は只の精神障害者じゃありませんので」

 只の精神障害者ではない――外法――?

「やはり――」

 レゾンの言葉を遮り、嬉々とした様子でマールは語る。

「二重人格と言うのは一個の魂が分裂する事です。私の中には複数の魂が入っています」

「そんな事、器が耐えれる筈がない」

 一つの脳に一つの魂。二重人格と言う例外はあるが、それは元々一個の魂だ。

 わざわざ、分裂を否定するのだ。元からか――そんな筈はない……。

 外法によって、後から入れられたのだ。

「だから、脳幹は焼ききれてしまいましたよ。死者の魂の所為でね、でも感謝しているんです。これは私に神が与えた復讐の力、そう思うんです」

「死者、やはり、あんたは外法だったのか」

 確信。

「いいえ、それも少し違います。私はどちらかと言うと犠牲者、もとい、不幸な事故ですが、この傷――」

 額の左側の傷。

 あの時、異様な憧憬と畏怖に苛まれた不思議な傷。

 暗がりで映える、不可思議な傷。

 銀髪の方がずっと映える筈なのに、今日は満月。だから、尚更そうなる筈なのに、穴に落ちた時と同じく、傷跡は赤黒い表情で、レゾンの網膜に自己を語らんと謂わんばかりに迫る。言い知れぬプレッシャー。

「傷――」

「ここから、人骨王(キンスマヌドロク)に使われた魂が入った、私の左脳は彼らに食われてしまいました。そして、お分かりですね? 今、私は人骨王の魂で動いているのですよ」

「あんたは人骨王なのか」

 人骨王。怨霊魔術師、最高の骸骨戦士。

 一体が成人男性十人力と言われるその当の骸骨戦士(ドローカ)、百人力と言われる悪魔の尖兵。

 数十人の、場合によって数万人の人間の魂と、骨格から構成される。

 骨も全てを使用出来る訳ではない。

 一人の死者から使える骨は一つだけ。

 だから、膨大な死者を使わねばならない。

 しかも、重要な制約がある。

 完成の二週間前までに死んだ人間でなくてはならない。

 加えて、術者が殺した人物でなくてはいけない。

 戦場で死体を掻き集めても、戦死者では駄目なのだ。

 ないのか、あるのか、分からない、外法の一つ。

 信じるしかなかった。傷痕はそれしか、レゾンの選択肢を許さない。有無など言わせない。威圧感――。


「ふふ、今はそれが正解です。脳の分裂後、左右で記憶の共有もありません、片一方の目で見ている、私はシャシマールがあなたと峠越えをしていた時、見る事は出来たわけです」

「なら、二首大蛇をやったのは……」

 間違いない。三級法具を持った人間に勝てるのだ。

 二首大蛇すら簡単に屠るだろう。その――骨の巨手で。捻り潰すのだろう。

「私です。シャシマールが外骨(げこつ)の使用を許可しましたからね、しかし、残念ですよ。私はシャシマールが外骨の使用を認めた時しか外へ能動的にアクセス出来ない。やはり、この体の主はシャシマールと言う事なのでしょう。何故か、感情筋は私の領域なんですよね、左脳の魂だと言うのにです」

 やれやれと謂わんばかりにマールは言った。

「シャシマールとは誰だ?」

「マールの本名ですよ。シャシマール・イ・ヘリティマサーラ・イム・テランキシーラ、ご存知でしょう? 先代六番分帝の片腕ヘリティマサーラ家テランキシーラ伯、爵位は諸頭司(もろくびつかさ)

「じゃあ――」

 高貴な気配の正体。

 名前を訊いた時、「どっち?」と問い返したのは、通名か長真名か? そう言っていたのだ。

 見る目があったと言う事か?

 違う――。それは、レゾン本人が貴族に近しい身分だったからだ。

 本当に見る目があったのなら、聖堂騎士として外法だと分かった筈。

 いや、あの時は未だ、外法、怨霊魔術師の存在に懐疑的だった。

 さっきまでは、あの戦いとこのマールの姿を見るまでは未だ半信半疑だった。

 それでも、今は確かに確信している。

「そう、シャシマールはテランキシーラ伯の一人娘、今、彼女は復讐に生きている」

「何故、協力する外法の骸骨戦士」

「博学になりましたね、入れ知恵されましたか? 怨霊魔術師は存在する、そういう事です。何も帝国で覇を競っているのが大聖堂と貴族連合だけな筈ないでしょう?」

「だから、何故――」

「憤ってはいけません。人骨王の魂すら複合した魂なんですよ、怨霊魔術師に死を冒涜され、天国へ行けなかった、私達は何を思うでしょう? 復讐ですよ、私達の利害は一致しています。偶然に得た力、この人骨王の力、これを使えば怨霊魔術師にだって復讐出来る。本来、使役される筈だった運命が、シャシマールと融合する事でなくなった。私達は彼女に感謝しています。恩返しです、それに脳が分裂される以前の記憶は私にもある。私は半分、シャシマールでもあるのですから」

 シャシマールは語る。問うてもいない事をベラベラと。

「なら――」

「だったら、どうしたらいいのか? ですか? あなたはここへ何をしに来ましたか? 私の正体を確かめに来た、違いますか?」

 違わない。ラガンの外法ではないか? と言う話。突然、中央から言い渡された外法調査。あの時の少女は何だったのか? それを知りたかった。

「――」

「あなたはいい人だ。そして、余りに律儀です。聖堂騎士にして置くのは惜しい。シャシマールはあなたに感謝する反面、馬鹿な人だと思っているでしょう。もっとも、彼女は言語中枢を殆どなくしていますし、記憶の共有がない以上、彼女の見た物と行動からしか分かりませんが。彼女はあなたに伝えれなかったのでしょう、二首大蛇を倒せる力を持ち、又、竜は死者の魂を恐れている事を。

だから、私が代弁しましょう。ありがとう、レズンさん。だから、私達もあなた殺したくはない。人骨王としての私は無差別の殺戮を望む、一方、人骨王になった魂達の総体として、そう、私達としては、なるたけ、犠牲は抑えたい。犠牲は私達のような復讐者を生みますから。

まあ、あなたが私がシャシマールに戻った時、どうするか、はあなた次第ですけれどね」

「よく、喋るな。ほんと、別人だな」

「余裕と思ってもらっていいですよ。この状況を見ればわかるでしょうけれど、第三級法具には流石に苦戦しましたが――私達を滅したいなら第一級を持ってくるといいですよ。それに、よく喋るのは言いたい事があり過ぎるんです。シャシマールが喋れませんからね、ロクに。なのに、私達は眺め、聴くだけがメイン。不思議に耳と目を除く右半身の支配はシャシマールにありますしね」

「でも、引き下がれないな」

「奴隷商人と司教が同一人物でもですか?」

「分かっているさ、ラダト司教の事は聖堂内じゃ有名だ、勿論、市民なら(みな)知っているだろう。だけどな――」

「貴族に踏み(にじ)られた過去がありますか? なら、何故、あの時、シャシマールをエスコートしようとしたのは彼女が可哀想な人で平民に見えたから? ですか? それとも過去に没落貴族、逆恨み? 事情は如何でもいいでしょう。来るのなら、来てください」

 シャシマールは挑発するように、手でおいでおいでをする。

 レゾンは塩碍(えんがい)を両手でしかと握り、構えを取る。

 今から始まるのは――

 最初から無理な戦いなのは分かっている。ラダト一味との戦いっぷりを影から見ていてそれは十二分に理解出来た。

 二首大蛇の死体が崖上から見つかった時、誰がやったか判らないのでは示しが付かないと、俺は第五級法具塩碍を賜った。彼女の言う通り、普通に考えれば一級法具でも持ってこないと駄目だ。

 彼女は外法の被害者。怨霊魔術師に魂を乱された憐れな少女。

 でも、救世堂は新しい世界の為のステップなのだ。それに、外法の被害者にして外法者だ。

 貴族社会を終わらせ、市民社会を実現する為の、ここで人骨王を倒す事が出来たなら、俺は筆頭法守になれるかもしれない。なれなくても次席法守でもいい。

 内部から救世堂を変革し、市民社会の実現の為、俺は戦う。暴虐貴族の息子として。

 柳に風、そんな言葉が似合う。シャシマールは泰然として立っている。

 構えもクソもなく、右手から醜く突き出した骨を地に垂らしている。

 闇に白い骨が光る。

 第五級法具塩碍は触れる物を塩に変える剣だ。火造のような破壊力もなければ、火竜を模すような大技も出来ない。縛身のように相手を拘束出来るわけでもない。

 けれども、白兵戦に於いては中々の威力を発揮する。

 触れた相手の武器を塩に変えてしまうからだ。魔術ベクトルを変えれば、塩碍の名の通り、錆を与え、ナマクラに変える事も出来る。

 骨を錆びさせる事は出来ないだろうが、シャシマールの骨を塩に変える事は出来るだろう。

 縛身の使い手がシャシマールを拘束出来なかったのは、彼女が複数の魂を持つ所為だ。縛身は魂を拘束する能力を持つ法具だから。使い手が、彼女の正体を知っていれば話は違ったのだろが。

 火造も火を操るに過ぎない。直接的に魔法力を行使するわけじゃない。

 だから、彼女を焼く事が出来なかった。

 塩碍なら、彼女の骨――武器を一本づつ消していける。

 指が五本、肘から一本、計六本、六回打ち合えばいい。武器さえなくせば、如何に外法とは言え、ベースは女、負ける筈はない。

 骨が再生する可能性、それは低い。そんな超絶能力を持っているなら――あなたが私がシャシマールに戻った時、どうするか、はあなた次第ですけれどね――などと言う筈がない。

 シャシマール状態では無防備と言う事。しかし、無防備な状態に戻らなくてはならない理由がある。それが、さっき飛ばしていた骨の指先、それらの再生に違いない。

「りゃあああ!」

 レゾンは気合を上げて、突撃した。

 やっとシャシマール――人骨王は構えを取る。

 が、遅い。それに、早くても関係ないのだ。

 ガキィ! 耳を突く音。骨と刃の摺り合う音色。

 骨の指が塩碍を挟み取る。

 レゾンにとって、願ってもない事だ。

 触れ合った瞬間、骨の指が解ける。否、塩に変わり風に流され、地に落ちたのだ。

 計二本。

 人骨王の顔が驚きに染まる。

 動揺か、はてさて、誘っているのか、あからさまな隙が出来る。

 挟んでいた指が解け、自由になった剣を更に横へ凪ぐ。

 切っ先が掠め、人差し指も風化。

 その儘、更に力を込め、凪ぎ、親指、そして腕を捻り逆方向に横に切り付け、小指も落とす。

 一気に五本を持っていった。上出来もいい所だ。

 残りは一本。肘から生えた一本のみ!

 人骨王が背後へ飛ぶ。民家の家先の木箱に降り立つ。

「油断しました」

 明らかに不服を眦が訴えている。

「そんな法具があったとは、等級だけで判断する、素人考えだったようです」

 一方、レゾンは不適に笑う。勝機を感じて。

「根元から解けてしまうとは」

 これでは間接を外し、骨を飛び道具にも使えない。しかし、人骨王は憤ってはいるようだが、焦ってはいない。

 奥の手があるのか。

 レゾンは用心深く接近する。

 歩くよりも遅く、摺足(すりあし)で進む。

 距離が縮まる。

 人骨王は木箱上から動かない。お互いの視線が交錯する。

 緊張が汗になって、レゾンの頬を伝う。

 肘から生えた一本に関節は見受けられない、あれを飛び道具にするのは自殺行為だ。では、何を企んでいる。

 人骨王の表情は以前、不満の色ばかりが浮かんでいる。

 位の低い聖堂騎士にしてやられた、プライドがズタズタなのだろう。

「おりゃああ」

 再び、レゾンの吶喊。

 人骨王はスンデで躱わす。一瞬触れたズタズタのワンピースの袖が塩と化す。

 勢い余って塩碍の切っ先は木箱に突っ込む。

 普通の剣ならここで抜けなくなり、敗北が決定する。が、木箱は塩になり、剣筋を戻し、直に背後を向き、身構える。

 人骨王は再び距離を取るように走る。

 人骨王の逃げた先は家と家の間の路地。通りから離れ、狭い。

 一撃必中を狙っているのか、人骨王は右手をあげ、胸の前で肘を折る。肘から飛び出た骨が正面を向く。

 骨の先の狙いがレゾンを捉えた。

 ザリュ!

 筋肉の千切れる音がして骨が放たれる。

 骨は真っ直ぐ飛んで来る。

 レゾンはニヤリと笑う。点で来るなら、簡単だ。

 腰を落とす、次手が来てもいいように方膝だけつく。

 パァン!

 レゾンの後方で炸裂音がし、骨は微塵になる。

 着弾と同時に爆ぜた骨は厚い石の壁に大穴を空けた。

 当たっていたなら、ミンチ確定だ。

 しかし、躱わした。

 人骨王に次弾はない。

「一つ分かった。あんたは戦いが下手だ」

 人骨王はムっとした顔でレゾンを見た。

「竜は倒せたかもしれない、しかし竜もラダトも所詮、対人の戦いでは素人だ」

「そうかもしれませんね」

 余裕をみせる気か、引き攣り気味の顔を無理やり戻し、抑揚なく言う。

「司教も手練(てだれ)を雇えばよかったのにな」

 勝利が見え、勝機が開け、レゾンは饒舌になった。

「あんたはラダトとの戦いで手の内を見せた。俺は見てしまった、長話せずにさっさと俺を始末すればよかったのにな」

「全くです。まさか、第七法守と、それは恐らく五級ですね――に追い詰められるなんて、予想もしませんでした。三級以上は閲覧出来ますからね、ワザとでしょうかね、そのような物の等級を低くして置くと言うのは」

 三級以上の法具は聖堂図書館で閲覧出来るのだ。恐らく、民への恫喝の為、そして、大聖堂の力を貴族に見せ付ける為。

「いや、これじゃ竜は殺せないぜ、精々鱗の一枚を塩に出来る位だ。人骨王が人の大きさで助かったよ」

「物は使いよう――ですね」

 言って、人骨王はフっと笑った。

 皮肉か諦観か。奥の手か。

「そう言う事!」

 袈裟切りに打ち付ける。

 人骨王は後退するしかない。どんどん、路地深くへ。

 道は狭くなる一方だ。

 避けるが上手い。人骨王はギリギリで躱わし続ける。

 (まれ)にワンピースや銀髪に当たり、塩になる。しかし、本体に届かない。

 避けるのは上手だ。

 思えば、人骨王の体力はどの程度なのか? ベースは少女でも遥かベースを凌ぐ体力を持つの可能性もある。早く、決定打を入れなくては。

 戦いが長引く。

 何度切り付けても当たらない。掠って終わる。

 レゾンの息はどんどん上がる。長期戦に持ち込まれては不味い。

 レゾンの短髪から塩っぽい汗が飛び散る。飛沫は月灯りに輝く。

「ぐぅ」

 思いっきり切り下げ、手首を返して打ち上げる。

 両方とも交わされ、次の瞬間、人骨王が転倒する。

 レゾンの足掛けが決まっていた。剣筋ばかりに気が行っているからだ。

 レゾンは塩碍を高く掲げ、手を逆に構える。

「おりゃ!」

 気合と共に刺突。

 串刺しにしようとする一撃を転がって(かわ)す人骨王。

 砂が塩に変わり、串刺し、躱す、串刺し、躱す、辺り一面、塩臭くなっていく。

「でりゃ」

 更に、渾身の刺突。

 が、上手く決まらなかった。それ所か、明後日の場所を切っ先はぶち抜く。目が痺れて、狙いが逸れたのだ。

 ここぞとばかりに、両手をバネに、跳ね跳んで起き上がった人骨王の拳がレゾンの脇腹に決まる。部分的に残っていた指骨が服ごと肉を抉った。焦って、皮鎧を宿舎に忘れたのが悔やまれた。もう一つ、悔やむ事もある。塩撒きされた事だ。

 泪が出、中々、視界が戻らない。

 塩特有の臭いと痛み。

 闇雲に剣を振ってみるも、当たる筈がなく、人骨王の連撃が続く。

 人骨王の左フックを受けて、レゾンは仰け反り、転ぶ。立場が逆転した。

 地に叩き付けられた衝撃に、思わず手が緩み、塩碍を放してしまう。

 人骨王は空かさず、地に落ちた塩碍を蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされた塩碍は一気に路地の外へ滑っていく。辺りの障害物を軒並み塩に変えながら。

 レゾンに馬乗りになろうと、人骨王がしゃがもうとし、それを足をバタつかせ阻止。

 再度、人骨王は後ろに跳び、距離を取った。

 レゾンは立ち上がる。大分、視界も戻った。

 顎と脇腹が痛むが、やはり、ベースが少女だ。そこら辺の成人男性よりは強い一撃だろうが、数発では、聖堂騎士を沈めるには至らない。

「馬鹿筋肉ですね」

 呆れ半分怒り半分で人骨王。

「自慢でね」

 不敵に鼻を鳴らす。見れば、人骨王の額にも汗が見える。

 半死、彼女はそう言っていたが、人間としての生体が生きている。力の供給源は魔力ではなく、人体エネルギー。しかし、如何贔屓目に見てもレゾンの方が消耗して映る。

 月光が二人を照らす。

 二人の荒い息が白い煙になって、吐き出される。

 これで立ち技勝負――。

 左足で地を蹴って、突撃。

 ストレートを一発。

 人骨王は胸を反らした。僅かに体も斜めに捻る。

 頭部を狙ったストレートは肩越しを抜けて、

 ザリュ――。

「かはっ」

 レゾンの口から血の混じった唾液が飛んで――。

「ほんと、困ります。私は未だ不完全だと言うのに」

 寂しそうな顔をして、右膝を引き、シャシマールは骨をレゾンの体から抜く。

 服を破き、鋭利で巨大な千枚通しを思わせる骨が膝から生えていた。

 先っぽのは血が滴る。

 一滴が大地に落ち、塩に混じる。

「なんだと……」

 余りの不意打ち。

 そして、この感触。

 体が痺れる。

「毒か」

 体の自由が利かず、レゾンは呻く。

「ええ。中々、いい勝負でしたよ。もっとも、私は興味はないですし、無駄は好きでは――かもしれませんね」

 遠くを見る目でシャシマールは言った。

 そして、遠くで何やら声がする。

 子供の声。二人分。

 姉ちゃんいるか? そう、聴こえる。

「カンがいいのも困ります」

 やれやれとシャシマールは肩を落とす。

「くそぅ」

 レゾンは呻く。

 後一歩だったのに。勝てそうだったのに。

 余りに口惜しい。

「大丈夫です」

 言って、シャシマールは歩き出し、後ろ向きにレゾンを一瞥だけし、一言。

――優しい子達が助けてくれるでしょう――。

 段々、意識が遠のくのを感じる。

 離れてゆく足音。

 手を突き出そうとするも、駄目だ。利かない。

――駄目か――俺の道は途絶えるのか?

 考えようとし、もうそれ以上意識は保てず、視界は一度白んでから暗転した。



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