表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

日曜日



「おにいちゃん、朝だよ」

 ドーンと軽くて柔らかい物体が、ベッドで横たわる勇士の上に落ちてきた。

「おうっ」

 その不意打ちに勇士は息を詰まらせてしまった。

「ほらほら、目を開けてー」

 どこまでも元気印の妹が、カーテンを開けていくにつれ、彼の部屋に朝日がいっぱい差し込んできた。

「うーん」

 ベッドで上体を起こした彼に、すでに学校の制服を着ていた明日菜が振り返った。頭の両側で結んだ髪が、遠心力で丸く宙を舞った。

「おはよ。おにいちゃん」

「おはよ、アスナ」

「朝の準備できてるから、はやくはやくぅ」

「おう」

 勇士は明るい明日奈の笑顔をまじまじと見た。

「どしたの?」

 呆然としている兄に、アスナが不思議そうな顔をして見せた。

「いや、今日は何曜日だったっけか?」

「ヤだなあ、月曜日だよ。一週間が始まるんだから、元気よく行きましょう」

 励ます言葉を口にしながら、明日菜は部屋を出て行った。

 ベッドからノロノロと起き上がり、クローゼットの扉を開いた。そこに備わっている鏡をのぞき込むと、いつもの自分がいた。

「夢?」

 変な夢を見たと思おうとした時だった。鏡に映った自分の顔が、霧の中の老人に入れ替わった。

「!」

 驚いてたじろぐと、鏡の中の老人が口を動かした。

《勇士よ。一週間の間、死なぬようにするのだぞ》

 鏡の中から老人は勇士に告げると、微笑みを見せて消え失せた。

「夢じゃないのか…。月曜日…」

 そして勇士はギリッと歯がみした。

(そうだ。オレはみんなに殺されたんだ)

 腹の底が熱くなってくる。そして火山の様に怒りがこみ上げてきた。

「おにいちゃん! 冷めちゃうよ!」

「おう!」

 威勢よく声だけでこたえ、勇士は腕組みをしてこれから起きることを順番に思い出そうとした。

 大丈夫だ。また順序だてて思い出すことができる。これならば…。

(死んじまう運命なんか、変えてやる)

 制服に着替えた勇士は、鏡の中の自分を睨みつけながら決意した。



 勇士は茂みの中に潜んでいた。

 この一週間。記憶にあるとおりに、みんなを『愛』して過ごしてきた。だが、それは表面上の物。本当の心は別にあった。

(考えれば、みんなオレを殺した殺人者じゃないか。なにを躊躇う必要があったんだ)

 暗くなっていく都営公園のアウトドアエリアで、妹の明日菜、幼馴染の恭子、部活の先輩である咲弥、クラスメイトの修也、それに恭子の保護者である月子と、修也の作品であるイリスが、仲良くカレーライスを囲んでいた。

 そこに勇士と、キララの姿は無い。

 いくらペット同伴可だからといって、電車でキララを移動させるのは可哀そう、ということにして、キララは家で留守番をしている。

 そして、夕方の散歩まではキララの面倒を見るという口実で、勇士は明日菜を先に行かせて、家に残った。

 みんなは勇士が、キララの散歩が終わってから、おっつけ腹を空かせて合流すると思っている。

 が、勇士にはそんな気はさらさら無かった。

 あるのは、自分を殺した者たちへの殺意だけである。

 手には、高等部A棟の展示スペースから持ち出した『白露』がある。教職員や咲弥に見つからないように持ち出すのに、苦労した。

 昨日、一旦下校したと見せかけて、忘れ物を口実に取って返し、その時に手に入れた物だ。鍵を複製しておいたり、「展示品は現在整備中」という貼紙を用意したり、考えられる小細工はした。

 そうしていざ鞘に納めた『白露』を持ち出した直後に、足音を聞いた時は、背筋が凍るような思いをした。

 廊下の影に隠れて誰がやってきたのかと思えば、咲弥だった。彼女はしばらく展示ケースを見つめて呆然としていたようだったが、諦めたのかすぐに背を向けていなくなった。

(まだ早い)

 カレーライスを食べ終わった一行が、皿洗いを始めた。こんな武器を手に入れたとしても、まだ向こうにはイリスがいる。ガードロボットとして造られた彼女の実力は未知数だ。なにせ嘘か本当か数々のオプションパーツも造ると修也は言っていたはずだ。

(もう少し待てばアイスを買いに、イリスはいなくなるはずだ)

 イリスのセンサーで発見されるのが怖くて、勇士は、みんなの姿が小さく見えるくらい離れていた。それでも彼女には探知されているかもしれないと思うと、焦りのような物が湧いてくる。

 少しは被発見率を下げようと、努力はした。

 クローゼットの中から普段着ない黒いTシャツを引っ張り出し、目立たない格好をしてみた。そのおかげか、公園に潜入してから第三者も含めて勇士を発見した者はいないようだった。

 アリバイも弱いながら作っておいた。ちょっと早めだがキララを散歩に連れ出し、バス停で乗降客が邪魔と思うぐらいじゃれあってみた。いつぞやのサラリーマン風のオジサンなんかは、土曜だというのに出勤だったらしく、バスから降りてきたところで遊んでいた勇士を叱ってくれた程だ。

 これで一晩中家にいたという証拠にはならないだろうが、何もしないよりはマシであろう。さらにダメ押しで、近所に聞こえるように、サッカー中継を音量高めに流しっぱなしにしてきた。

 家から公園までの移動は、タクシー…、を使えるわけもなく、愛用の自転車である。これが地方の山間部だったら不可能だったかもしれないが、そこは関東平野。四駅分ぐらいは道を選べば坂道は無かった。

 あとは思っていることを実行するだけだ。

 見ているうちに、イリスが炊事道具を持ち、蛍光の紫色をした一人と、唯一の男が食器を手に事務所の方へ歩き出した。

 残りの三人は、何かバンガローの前で話しているようだ。

 しばし待つと、事務所へ色んな物を返却したグループが返って来た。それからみんなで周囲を見回す。おそらく勇士がなかなか来ないことを不審に思っているのだろう。

 白いブラウスを着た一番小さなシルエットが、片手を耳に当てる仕草をした。おそらく携帯で勇士のスマートフォンに電話をかけているんだろうが、こういうことを想定していた勇士は電源を切っておいた。ちなみに家の固定電話は留守電に切り替えてある。

 みんなを元気づけるように手を叩いたパステルカラーの帽子を被った一人が、踵を返すと駅に向かって歩き出した。慌ててイリスが追いかけるのが見える。

(時間が来たようだ)

 勇士は、あまり枝を揺らさないように移動を開始した。

 残された四人は、バンガローへ入って行った。二つあるバンガローの内、向かって左側に一人、右側に三人という振り分けは、記憶の通りだった。

 勇士は両方のドアが閉まったのを確認すると、もう我慢できないとばかりに走った。

 まず、左側のバンガローだ。

 ドアに耳をつけ、室内の音を探るが、何も聞こえなかった。

 靴を脱ぎ、手にした『白露』を抜いてから、なるべく音を立てないようにドアを開ける。室内では、これからシャワーを浴びようとしていたのか、修也がカッターシャツのボタンを外しているところだった。

「?」

 人の気配を感じて顔を上げたところに、勇士は突撃した。

 握った小太刀越しに、人体を貫いて行く感触が伝わって来た。

「ゆ、ゆうじくん?」

 信じられない物を見たような顔をしてみせた修也は、両手を使って勇士に掴みかかって来た。

「!」

 それに対する勇士は、頭が真っ白になっていく感覚を得ていた。手が、いや『白露』が勝手に動き、グルリと刃先を体内で一周させると、胸腔を下から襲い、心臓を突き破った。

「げふ」

 胸の中を掻き回された修也は、気道を逆流してきた血を吐いて、床に倒れた。

「よし」

 修也が自分から切っ先から抜けてくれたことにより『白露』の刀身は再び大気にさらされた。

 さて、次は三人である。勇士は音を立てないように靴を履いてバンガローを抜け出し、隣との間にあった雑草の塊に潜んだ。

 風取り用の窓が開いており、室内の会話が聞こえてきた。

「なにやってんだろ、おにいちゃん」

「まさか来たくなくなった、とか?」

 声の様子から明日菜と咲弥だと分かる。そして盛んに聞こえてくる水音から、恭子はシャワーを使っているのだろうと思われた。

「わたし、もう一回電話してみる」

 ガサゴソと荷物を漁るような音。

「あれ? 電波立ってない…」

「さっきは外だから使えたのでは?」

「そうかも、ちょっと電話してくるね」

 そしてドアが開閉する音がした。勇士は音を立てないように壁際を移動し、正面が見える位置へと来た。

「もう」

 プリプリ怒った明日菜が、耳に携帯を当てて遠くを見ている。手持無沙汰に体を捩り、背中を見せた瞬間に、勇士は襲い掛かった。

 一撃で心臓を串刺し。声も出せずに硬直した明日菜を後ろから抱きかかえるようにして、先程まで潜んでいた茂みへ引きずり込んだ。

 地面に寝かせて、とどめを入れようと観察したが、目を見開いたままもう動かなかった。

 勇士は、もうソレには構わず、再び耳を澄ませた。

 水音と、誰かの歌う調子外れの童謡。まったく部屋の様子が分からない。

 仕方がないので、勇士はその窓から室内を覗きこむことにした。

 大きなヒマワリの柄をしたパジャマを着た恭子が、部屋の中央に座り込んで歌を一人で歌っていた。

 長い髪は濡れたままで、タオルを当てるでなし、ただ首を傾げて次から次へと童謡を繋げていく。途中で別の曲に飛んだり戻ったり、聞いているこっちの気が狂いそうな歌であった。

 勇士はいったん窓から離れ、地面から小石を探した。雑草の間に落ちていた中から投げやすそうな物を手に取り、再び窓から様子を窺う。

 室内は先ほどと変わりなく、恭子が中央に座って歌を歌っていた。

 勇士は窓から石を握った手を差し入れると、トスするように恭子へ向かって石を投げた。

「あら?」

 見ないで投げた割には、見事命中したようだ。窓の方へ振り返る気配に、素早く手を抜いて、正面に移動する。

 こちらでも靴を脱いでから、ドアを音に注意して開けた。

 恭子は、先程の窓から外を見ていた。

 後は修也と同じである。さっと駆け込んで、後は『白露』まかせ。

「がっ」

 背中から襲ったことにより、彼よりも簡単だったぐらいだ。

「ふう」

 突き刺した『白露』をそのままにし、勇士は柄から手を離した。

 あと一人は、別の殺し方をする必要がある。勇士が考えた筋書きは、最後の一人が嫉妬から皆を斬り殺し、自身は罪の意識から自殺を図るというもの。

 洗面台に置いてあったドライヤーが目についた。

 シャワー室のドアの影になる側に隠れ、使用者が出てくるのを待つ。

 やがて水音が止むと、ずっと口遊んでいたらしい鼻歌が聞こえてきた。

 ギシッとドアが開くと同時に、彼女は室内へ話しかけた。

「アスナちゃん。シャワー空いたわよ」

 そこを背後から襲い掛かった。ドライヤーの電源ケーブルを彼女の首へ巻き付けギュウと絞る。

「がは」

 両手両足で暴れるが、そんなのお構いなしだ。勇士の脳裏には、バス停で襲われた時の、あの恐ろしい女しかいなかった。

 やがて、顔色を土気色にして咲弥が動かなくなった。

 シャワー室から出てきた時に巻き付けていたバスタオルは足元に落ちている。

(全裸というのは、おかしいか?)

 少し不安になったりもしたが、女の服を死体へ綺麗に着させる自信も無いので、そのままシャワー室のドアに吊るし上げた。

(これでよし)

 室内を見回すと、ドアで揺れる咲弥と、背中に小太刀を生やした恭子。やっと成し遂げた感が湧いてきた。

(いやいや、油断するなオレ)

 気を引き締める勇士。彼にはまだ、この事件を月子から知らされるという役割が待っているのだ。

 バンガローから出て靴を履きなおす。

 自転車は、だいぶ離れたところに停めてある。

 なるべく公園内では目撃されない方がよかろう。自分の体を見おろすと、黒い服のおかげか、返り血は目立たないようだ。

 茂みから茂みへ。来た時の経路を思い出しながら移動する。

 自転車で公園から家までは、最短経路で一時間ほどである。しかし、事件当夜に公園から勇士の家へ向かって自転車が猛スピードで走っていた、そんな目撃者を作るようなヘマはできない。せっかくここまで小細工を重ねてきたのだから、最後までやり遂げるつもりだった。

 わざと一回、反対方向へ走り、それからぐるっと一周するようにして、家へ向かうつもりだ。その地図は、すでに調べて頭に入れてある。

 その間にあるだろうスマートフォンへの着信は「ついうっかり」で、家の電話に出なかったのは「サッカー中継の音量が大きかったので、気が付かなかったから」である。

 勇士は往路より日本刀一本分軽くなったペダルを漕いで、スピードを上げた。

 なにより、やり遂げた感がある。自分の仇を取ったのだから、そうなっても仕方のないことだろう。

 まるで羽が生えた様に、自転車のスピードを上げることができた。

 おかげで信号無視に、歩行者妨害。お巡りさんに見つかったら、必ず止められてしまう運転となった。

 だが、そういった事もなく、見慣れた町並みに戻って来られた。

 蛍光塗料が塗られた腕時計を確認する。そろそろ日が変わる頃になってしまっていた。遠回りしすぎたのかもしれない。

「これで…」

 自転車を漕ぎながら、勇士は涙が浮かんでくるのを感じた。

「これで、オレは生き残ったっ!」

 走りながら叫んでしまった。だが、もう夜である。誰が騒いでいるなんて、見る者も少ない。

 さあ、バス通りを超えれば、もう家だ。

 家の方角から、キララの吠える声が聞こえるような気がする。

 バス通りを突っ切ろうとした勇士の体に、大光量のヘッドライトが当てられた。

「え?」

 ドーという重低音のクラクションとともに、大質量の物体が彼を押し倒した。



「…次のニュースです。昨夜九時ごろ東京都×▽市にある都営公園のアウトドアエリアを管理している公園事務所から『泊まっているグループが大変な事になっている』という一一〇番通報があり、警察官が駆け付けました。都営公園アウトドアエリアで営業しているバンガローの内、二つから、複数の少年少女が死んでいるのを警察官が発見し、何が起きたのか、関係者に心当たりがないか、詳しく話を訊いている模様です。現場では少年一人、少女三人の遺体が発見されたということから、集団自殺を疑う声もあり、警察の慎重な捜査が続いています。…次です。昨夜〇時ごろ東京都××市の路上から『自転車が轢き逃げされた』という…」



 石碑のような岩の前に立つ老人は、鏡のように平らにした霧の表面を見て、溜息をついた。その勢いのままに、腕の一振りで鏡を霧へ戻すと、この場に現れるだろう者を待ち受けた。

 やがて、ひたひたと素足で、霧の中を誰かが歩いて来る気配がしてきた。

 そして時を置かずに、頭をつぶされた事により、記憶を失った少年が霧の中から現れた。

 老人は彼へ話しかけた。

「おお勇士よ、死んでしまうとは情けない」



 そしてプロローグへ戻る。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ