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策略生徒会  作者: 中川大存
第五章【対決】
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第五章【対決】⑤

 

          [5]

 

 四時三十二分。

 島崎は走っている。

 かなりの速力を出しているが、まだ息は上がっていない。数ヶ月前の島崎ならこうはいかなかっただろう──連上の指令で持久力を鍛えた日々、そしてテコンドー部相手に演じた数時間に及ぶ逃走劇を経て、島崎の運動能力は明らかに上がった。言ってみれば連上のおかげだが、今島崎はそれをもって連上と戦おうとしている。

 これはこれで面白い──と言えなくもない。島崎は少しだけ唇を吊り上げた。

「おい!」

 校舎に沿って角を曲がると、眼前に四人の男達が現れた。顔に見覚えがある──テコンドー部の連中だ。明らかに島崎の進路を妨害しようとしている。

 ──もう、手が回っている。

 島崎は速度を上げ、右端にいる男の横をすり抜けようとした。

「止まれコラ!」

 肩を掴まれ、強引に止められた。すぐに手を振りほどいて走り出そうとするが、今度はさらに二本の手が島崎のジャージをがっちりと掴む。三人に抑え込まれ、島崎はどうしようもなくなって叫んだ。

「ふざけるな! 通せ──通せって言ってんだよ!」

「吠えるな」

 落ち着いた声。

 余裕綽々と言った様子で近づいてきた人影を、島崎は睨みつけた。

「渡辺……!」

 渡辺はポケットに手を突っ込んだまま、不良達に抑えつけられて中腰になった島崎を無表情に見下ろした。

「監視者を出し抜いて姿を消したって言うから、少しは面白いもんを見せてくれるのかと思ったが……なんのこともねえ、連上さんの予測通りの結末か」

「連上さん? ふん、ついこの間まで敵視していた奴にもうへいこらして取り入ったってわけか。とことん犬気質だな、お前は。吠えるなってのはこっちの台詞だ」

 島崎は挑発を試みた。

 今テコンドー部が従っている筋書きは、どんな時も冷静沈着な連上の立てたもの──もしその中に実行者の短気や暴発が計算に入っていないとしたら、突破できる可能性はゼロではない。まともな策の巡らせ合いでは連上に絶対にかなうまいと島崎は自覚している──だからといって正攻法でない方法なら連上の策を歪ませることができるとは限らないけれど、島崎はその手法を用いた。

「考えれば考えるほど、テコンドー部は揃いも揃って間の抜けた馬鹿ばっかりだよな。生徒会に金で飼われて、人数だけは腐るほどいるのに年下の女の子一人に簡単に足元を掬われて、さらによりによってその張本人の小娘に顎で使われて──挙句の果てに連上さん、だとさ。恥ずかしいもんだね──そんなみっともない体たらく晒してるくらいなら死んだ方がよっぽどマシだぜ。死ねよ、一かけらでも羞恥心が残ってるなら今すぐここで死ね。まあそれもできない臆病者じゃ仕方ないけどさ──」

 ぺらぺらとまくしたてながら、島崎は徐々に焦り始めていた。周りを固めている下っ端には明らかに苛立ちの色が見えているが、肝心の渡辺がまったくの無反応なのだ。それどころか、逆に島崎の焦りを読み取って余裕を持ち始めている。

 挑発は無駄か──島崎は内心で舌打ちした。

 渡辺はまったく表情を変えないまま緩慢な足取りで島崎の目と鼻の先まで歩み寄り、低い声で呟くように言った。

「意思確認票を出せ」

「はあ?」

 瞬間、顔面に拳が飛んできて島崎は吹っ飛んだ。

 背後の壁にぶち当たり、一瞬呼吸が止まる。

 渡辺は間髪入れずに間合いを詰め、よろめく島崎の胸ぐらをつかんでねじり上げた。

「出せ」

「はっ、馬鹿が」

 腹を殴られた。ずん、と衝撃が内臓に響く。

 胃液が逆流して喉まで込み上げるが、どうにか飲み込んだ。

 渡辺は島崎に顔を近づけてぎろりと睨みつけ、声を荒らげた。

「出せ!」

 

「──嫌だっ!」

 叫ぶと同時に、島崎はぎゅっと目を瞑った。

 

「やめて!」

 声──同時に、渡辺が動きを止めたのだろう。攻撃が来ないことを確信してから、ゆっくりと目を開ける。

 声の主は──久々に見る、連上千洋だった。

 ついに現れたか、と島崎は思った。

 この状況はまるで、テコンドー部の部室に乗り込んだ時のようだ。島崎は一方的に暴行を受け、いよいよというところで連上が乗り込んでくる。

 しかしあの時は連上は味方だった──今は敵、テコンドー部の支配者だ。

 連上は胸の前で両手を組み合わせ、心配そうな表情で島崎を見つめている。

「その人は──島崎君はあたしの友達なんです。お願い、ひどいことをしないで」

 ひたすら悲痛な調子で訴える。渡辺が少し困ったような顔をした。

 島崎は連上を苦々しく見やる。

「くだらない演技はやめろ、連上。面白くないぞ」

「島崎君……」

「そこまで念を入れなくても、別にテコンドー部とお前の繋がりを騒ぎ立てようとは思ってないよ。僕の策はそうじゃない。だから、その鬱陶しい芝居をやめてくれ」

「……そう?」

 連上はけろりと表情を変えた。

 島崎の言葉が嘘でないことを見抜いたのだろう。大して難しいことではない──ここまで身体的に余裕がなくなれば、満足に人も騙せなくなるというだけのことである。少なくとも島崎程度の人間には、そこまで徹底した演技力はない。

 ──眼前の少女は、どうだかわからないけれど。

「まあ、わかっちゃいたけどね。念のためさ」

 連上は面白くもなさそうに一度肩をすくめると、ごく通常通りの調子に戻って渡辺に指示を出した。

「身体検査して、渡辺」

「はい」

 渡辺は頷くと、島崎を突き飛ばした。抵抗できずに地面にへたり込んだ島崎の体を、有無を言わさず探り始めた。

「……ふん」

 島崎はにたりと笑った。

 同時に、渡辺の表情が強張る。

 おそらく、島崎の表情から真実を察したのだろう。

 それでももう一度念入りに身体検査をしてから、渡辺は呆然として連上を振り返った。

「持ってない」


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