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策略生徒会  作者: 中川大存
第三章【知略戦争】
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第三章【知略戦争】③

 

          [3]

 

 まいった、と島崎は心中で呟く。

 コンピュータ室──情報処理部部室である。

 目の前のパソコンは立ちあがっており、インターネットブラウザが起動している。

 アドレスバーに打ち込まれているアドレスは陽陵学園のホームページのそれなのだが──画面には何も表示されてはいない。

「このページは表示できません」

 この空虚なメッセージ以外は。

 

 一昨日のことである。

 一般に向けて公開されている陽陵学園のホームページのデータが、何の前触れもなくウィルスに感染し──取り返しのつかないレベルに損壊したのだった。

 受験生やその両親などへの情報提供をはじめとした諸々の機能が果たせなくなり、それなりの騒ぎにはなった。

 何を言ったのかはわからないが、泡を食って駆け付けた顧問の教師を連上はうまいことあしらったようで、今回のことが外部からのアクセスによるものだということを納得させ、速やかに全職員に通達させた。そして部活動の一環としてなるべく早く復旧させることを約束した上で──陽陵学園ホームページは一旦閉鎖となったのである。

 

 そして今日──島崎の学園での一日は、実に陰鬱なものだった。

 下駄箱には、中傷の手紙が何通も入っている。教室の島崎の机にもだ。

 誰も話しかけてこない。皆、どこか冷たい眼でこっちを見る。

 廊下を歩けば、遠巻きにひそひそと非好意的な調子の囁きがさざめく。背中に罵倒を投げつけられることもしばしばである。

 学園全体に──拒否されている。

 昨日も同じだった。

 事件のことが公表されてすぐに、情報処理部の不手際を糾弾する声があちこちから上がったのだ。

 間違いなく連上はそれを予期し、その事態に至らないよう手を打っていた──外部から持ち込まれた何らかのウィルスが原因だと早々に公表し、情報処理部に責任はない──いや、それどころか前もって学園のホームページに適用していたセキュリティソフトをより強力なものに替えるなど、できる限りの対策を講じていたという事実をアピールしていたのだが、それにも関わらず不満の声は起こり、不自然なほど急激に膨れ上がっていった。

 傍から見れば、異常なほどの急進的運動である。

 このことについて、連上はおそらく演劇部の工作だろうと言っていた。演劇部の部員は多いし、無関係な生徒を動かすための繋がりも豊富だ。動員された彼らが声高に情報処理部の責任を訴え、他の生徒の心を煽って情報処理部を責めることを是とするような空気を蔓延させたと考えれば、たしかに筋が通る。

 群集心理を巧みに利用するやり口。設立されたばかりの情報処理部を連上の策略の一端と断じ、すぐさま潰しにかかろうとする判断と実行の速さ。その無謀とさえ思える即断の背後にある、念入りで確実な計算──ついに牙を剥いた朱河原の恐ろしさというものを、島崎はここに至ってはっきりと理解した。

 しかし。

 そんな敵を前にしても──負ける気だけはまったくしない。

 島崎の側にいる少女は、その朱河原すらも凌駕する策士なのだ。

 

 ノックの音がした。ともすれば風か何かと間違えてしまいそうなほどにか細い、遠慮がちなノックだった。

 戸を開けると、植村が立っていた。

「植村さん」

「あの……い、今、いいかな? 忙しかったりするんなら、その、日を改めるんだけど」

 そう切り出した植村は伏し目がちだったが、やがて意を決したように顔を上げて島崎を見た。

 その目の中に期待通りの感情があることを見届けて、島崎は植村を部屋の中に招き入れた。何を調べに来たのか、などと今更問うつもりはなかった。どう考えたって──この情報処理部部室の中に転がっている記事のネタは一つしかない。

 手近にあったパイプ椅子を勧める。植村は小声で礼を言って座った。

「島崎君……大丈夫?」

 島崎への仕打ちは、同じクラスの植村も目撃している。その場で声はかけてこないものの、心配そうな視線を向けられていたことには気付いていた。

「大丈夫だよ。放っておけば、いつか止むさ」

「私にはそうは思えないの」植村は言った。「そもそも、ここまで話が大きくなっていること自体私には納得できない。情報処理部にはホームページを管理する権限も、責任もなかったってことは事件があってすぐに顧問の先生から伝えられたよね。なのに、どうして誰もその事実を無視しているのか──全然わからないよ」

 最初はおずおずとしていた口調が、次第に熱を帯びてきている。それが不公正に対する義憤であることは明確だった。

 やっぱり──植村さんは正義の人だ。

 そう思いながら、島崎は答えた。

「空気だよ。なんとなく誰かを責めたい空気というのがまずあって、それに流されて皆が動いてしまっているんだ」

 その空気を意図的に作り出した者がいることまでは明かさないまま、島崎は悲しげに笑って見せた。

「いつまで耐えればいいんだろうね。僕らは所詮、素人の集まり……生徒の部活動に過ぎないのに」

「大丈夫」

 植村は力強く拳を握り締めた。

「そういう偏見を覆すのが、私達新聞部の務めなんだから」

「じゃあやっぱり、今日は新聞部の活動として来てくれたんだね?」

「えっ、あのー、うん」植村は視線を横にやり、人差し指で頬を掻いた。「実を言うとそうじゃないの。部長はこのことを記事にするのにあんまり乗り気じゃなくて、まだ取材の許可は出てないんだ。今日来たのは、その、私の独断っていうか」

「──ありがとう、植村さん。本当にうれしいよ」

 島崎は頭を下げる。本心だった。

「君には本当のことを教える。君が新聞部部員だからじゃなく、僕を助けようとしてくれる植村さんだから教えるんだ」

 再びインターネットブラウザを開く。

 管理ページにログインし、いくつかの操作をした。

「これ、ここを見て」

 数字が並べられた表が現れる。島崎はページの中ほどを指で示した。

「これはデータの破損率の一覧なんだ。ほとんどのページは少なくともデータの八割が破壊されている。丸ごと駄目になったのも多い──でもね、一つだけまったく被害のなかったページがあったんだ」

「まったく?」

「そう、まったく。調べてみたところ、それはどうやら生徒会の運営記録が記されているページだったようなんだ」

 唯一の例外──それが、生徒会の記録。

「不自然──だね」

 神妙な表情をして考え込む植村に注意を促すと、島崎は別のページを開いた。

「気になる点はそれだけじゃないんだ。このアクセスログを見て。不具合が起き始めた時間に最も近いアクセスはこれ──これはあまり知られていないことなんだけど、実は校内のパソコンにはすべて通し番号が振られていて、それぞれ識別できるようになっているんだ。元は事務的な用途に使われていたようだけど、今回はそれが役に立った。このアクセスは校内からのものなんだ」

 アクセスデータの詳細を参照する。

 画面が切り替わり、校内の通し番号が表示された。

「校内の──って、学校の中にパソコンがあるのなんてここくらいじゃないの?」

「いいや。ここ以外にも教学課に三台、職員室に二台──そして、生徒会室にも一台設置されているんだよ」

 そこまで言うと島崎は向き直り、画面に映っている通し番号を手近な紙にメモして植村に手渡した。

「調べてもらえればすぐにわかる。この番号は、生徒会室に設置されたパソコンと一致しているんだ」

「じゃ、じゃあ」植村は青ざめた。「このウィルスの出所は」

「生徒会、という可能性が高いね。少なくとも、なんらかの関連があるのは間違いない」

 

 植村が血相を変えて出て行ったのを見計らったように、隣の準備室から連上が出てきた。

「うまくいったようだね」

「ああ。でも、これって結局新聞部を騙したことになるよな?」

 真面目に仕事をしている植村を騙して利用するというのは、少し気が咎めた。

「丸ごと嘘というわけでもないさ。確かに少し誇張はしたものの、生徒会があたし達を攻撃するためにウィルスを送り込んだことは紛れもない事実なんだ」連上は片目を瞑る。「その事実をもって、陰謀を企んだ生徒会に打撃を跳ね返してやることに──何一つ良心の呵責など覚えないだろう? 自業自得なのさ」

「まあ、それはそうなんだが」

 連上の言う通り──生徒会のウィルス攻撃は確かにあった。植村に証拠として見せたアクセス記録はまごうことなき本物なのである。

 ただ、そこから先は偽──連上が敷いたレールなのだった。実は、送り込まれたウイルスは前もって連上が導入していた新型のセキュリティソフトによって働きを開始する前に捕捉され、抹消させられていたのである。導入時に連絡先を自身の携帯に設定していた連上はウィルス侵入の事実を誰よりも早く知り、より強力な自前のウィルスを自らサーバーに流し込んだのだ。生徒会のページだけは破壊しないようプログラムされた特製ウィルスを。

 生徒会によるウィルス流布の事実だけをしっかりと確保し、あとはすべて自陣に都合のよいように動かして責任をすべて被せる──この思惑を実現させるには、何をおいても現在情報処理部に向いている多くの生徒の不満を効果的に鎮めてやることが重要だった。おそらく朱河原の読み通りなのだろうが、情報処理部への風当たりは加速度的に強くなりつつあった。

 だからこそ、新聞部を利用する必要があるのだ。新聞部が事の真相──連上が脚色した、必ずしも事実に基づく訳ではない情報なのだが──を書き立て、広く校内に知らしめれば、情報処理部糾弾の流れは力を失うだろう。原因の存在が曖昧である以上はすべての責任を情報処理部に被せようとする工作もあり得ただろうが、その原因が他にあるとなれば批難はもはやそちらにしか向かない。いわば、連上流の大衆誘導術である。

 新聞部に記事を書かせるには、まず部員をおびき寄せなければならない。そのために島崎と連上はいわれなき白眼視に苦しんでいる悲劇の主人公を演じていたのである。そうしていれば、やがて公正な報道を標榜している新聞部が接近してくる。新聞部全体が味方にならずとも植村は来るだろう──そして正義感の強い植村が連上の用意した真実を知ってしまえば、何が何でも記事にしようとするに違いない。そこまで計算済みで、連上は鮮やかに敵の謀略を制御してのけたのだ。

「さあ、これからが見ものだよ。ここからすべては反転する──批判と不満は逆流し、あたし達を嵌めようとした生徒会の首が逆に締まるって寸法さ」

 連上はにっこりと微笑んで言った。

「もうそろそろだ。牙城は、いよいよ崩れるよ」


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