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策略生徒会  作者: 中川大存
第二章【悪意の球技大会】
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第二章【悪意の球技大会】⑥

 

          [6]

 

 渡辺の絶叫が、駐車場に響いた。

 反射的に身をかがめた島崎は何が起きたのかを一瞬遅れで理解した。連上が消火器を取り出し、追手に向けて栓を抜いたのだ。

 消火器は都合よくこの潜伏場所に、それも外からは死角となる物陰に置かれていたらしい──もちろん、連上が事前に隠しておいたものなのだろう。

「島崎君、こっちへ!」

「あ、ああ」

 言われるまま、連上の後に続いて走り出す。テコンドー部はほぼ全員が消火器の目潰しを喰らって混乱していたが、それでも渡辺率いる数人がよたよたと追ってきた。

 二人はすぐに角を曲がり、追手の視界から隠れる。

「今度はどこに逃げる?」

 島崎は後ろを確認しながら問いかけたが、連上の返事がすぐに来ないことに気付いて前方に視線を戻した。

 連上は、また携帯を操作していた。

「……もう一度、校舎裏に行こう。奴らはあそこの仕掛けを潰して油断しているはず……その裏をかいてもう一度あそこに隠れれば、少しは時間を稼げる」

 少し遅れての返答。

 また弱気な発言だ。

 今日の連上は──正確には携帯が使用不能だと判明してからの連上は、明らかに普段と違う。逆襲どころか、当面の危機をやり過ごすことしか考えていないように見える。

 あの時、連上は携帯が封じられても大したことはないというようなことを言っていたが──本当はそうではなかったのではないだろうか、と島崎は考える。実際には、携帯が使えなくなった時点で用意していた何らかの策は破綻──仕方なく、予防線として準備していた防御用の仕掛けだけを利用してどうにか逃げ回っているというのが真実なのではないか。やたら頻繁に携帯を開いているのも、何かの拍子で電波環境が復活することに一縷の望みを託しているからだとすれば筋が通る。

 でも、そうだとしたらそれは無理な話だろう。常識的に考えて、梁山がここにきて電波妨害を解除するはずがない。予測不能のアクシデントは絶対にないとは言い切れないが、そんなものに運を任せていてもそうそう都合よくはいかないだろう。

 すでに破綻した作戦を再生させようとする──連上の狙いがそれだとするなら、その考え自体が間違っている。

 一度崩れてしまったものは二度と元には戻らない。

 覆水は、どう頑張っても盆に返ることはないのだ。

 逃げて。

 時間を稼いで。

 その先に、本当に勝利はあるのか──島崎は喉まで出かかった問いを飲み込んだ。

 

 校舎裏には誰もおらず、日蔭であることも相まってひんやりとした空気に満ちていた。

 もっとも、体育館や多目的コートからはかなり離れているから人がいないのも当然と言えば当然ではある。

「はあ……」

 島崎は荒い呼吸を整えるために大きく息をついた。ここ最近のジョギングで持久力が多少上がったとは言え、さすがに両足の疲労が限界に近づいている。その場に座り込んでしまいたかったが、連上がしっかり立っている前でそうするのにも抵抗があった。

「しかし連上、これから先は一体どうす……」

 そこまで言いかけて島崎は言葉を失った。

 連上が突然、無言のままに歩み寄ってきたのだ。

 何が起きたのかまるで分からない。島崎が現状を把握し損ねている間にも至極真面目な表情を保ったままの連上はどんどん島崎との間合いを狭めてくる。ついには向かい合わせの状態でぴったりと密着してしまった。

 足を止めた連上はするりと右腕を島崎の首に回してくる──その力で島崎はわずかに前傾し、連上のつむじが鼻先すれすれまで迫った。

 微風が吹き、連上の髪が島崎の首筋をさわさわと撫でる。

「……っ!」

 島崎は混乱した──同時に赤面した。

 この非常時に──こいつは何をやっているんだ?

 どうしてこいつは──僕を抱きすくめているんだ?

 密着しすぎて連上の表情は見えない。

「つ、つら……が、み」

「……ん」

 島崎の首元に回されていた連上の右手が動き、襟をぎゅっと掴んだ。

「取れた」

「は、へっ?」

 連上はけろっとした表情で島崎から身を離した。右手には──黒い、機械のようなものが握られている。

「これ。さっきちらっと見えたから何かと思って」

 連上は、これを取るために島崎に密着していたに過ぎなかったのである。

 そう気付いたとたん、島崎は猛烈に恥ずかしくなった。

 恥ずかしがっていた自分が恥ずかしかった。

 隠すように、ぶっきらぼうな口調で問う。

「そ、そりゃ何だよ?」

「うん、どうやら盗聴器のようだね──梁山につけられたか」

「と、盗聴器っ──」

 島崎の頭蓋の中で火花が踊った。

「じゃあ、奴らはそれでこっちの居場所を」

「ああ。そういえば渡辺がポケットにトランシーバーのようなものを持っていた。その時は単に妨害電波を超えて連絡を取るためだけだと思っていたが──なるほど、これもその類のようだね」

「くそっ!」

 完全にやられた──と島崎は痛感した。

 テコンドー部部員達の行動の迅速さのトリックがようやくわかった。情報を与えていたのは、島崎自身だった。すべては梁山の掌の上で進行する茶番劇だったのだ。

 しかし今の時点で見つけられたのは幸運というべきかもしれない。盗聴器さえ壊せばテコンドー部はこちらを捕捉できなくなるのだから、ルートさえ間違えなければ逃げおおせるはずだ。

 とりあえず今日のところは、というレベルでしかないが──そう思って島崎は少しげんなりとしたが、とにかく今の安全を得ることが最優先ではあった。

「早く壊せよ、そんなもん!」

「ああ、そうだね」

 なぜかここに至ってもなお落ち着き払った声でそう答えた連上は無造作に掌を返して盗聴器を地面に落とし、靴の踵で踏みつけた。

 軋むような音を立てて機械は潰れ、ひっそりと張られていた島崎と梁山を結ぶ糸は断たれた。


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