step.8「深夜のナイショ話」
《なあ。あんた。起きてるかい?》
「……う? うん? ……オバちゃん。……なに?」
ぼくは目を擦って起きた。この部屋に窓なんてものはないから、時間はわからないけど。たぶん深夜。
《起こしてごめんね。でもちょっとオバちゃんとお話しをしないかい?》
「うん。……いいけど」
剣ちゃんと盾ちゃんを起こしてしまうんじゃないかと思った。
《だいじょうぶさ。寝てるよ》
二人ともぜんぜん反応がない。耳……で聞くのとは違うんだけど。〝物〟の声というものは。
でも耳を澄ましてみても、なにも聞こえてこない。
うん。よく寝てるね。
(なに? オバちゃん)
それでもいちおう、小声で話す。
《さっきの話なんだけど》
さっき? さっきってどれだろ?
《あまり気にしないでおいてあげなよ》
(あー、うん。……だいじょうぶ。気にしてないよ)
なんの話か、じつはよくわかっていなかったけど、ぼくはそう答えた。
《あの二人。……欲求不満なのさね》
はい? ヨッキューフマン?
なんか生々しい言葉がでてきて、ぼくはギョッとなった。
〝物〟って、そういうの……無縁だと思ってた。
《ほら。オバちゃんは、毎日、役に立ててるだろ? 葡萄酒を出していて……。まー、飲んでるヨッパライどもの顔を見れないのが、残念っていえば残念だけどね。それなりに満足してるのさ》
ん? なんの話? なんでいきなりヨッパライの話?
あとオバちゃんも……、その……、ヨッキューフマン……なの? すこしくらいは?
《でもあの子たちは、ほら、剣と盾じゃないかい。手入れしてもらって、磨いてもらって、ぴかぴかにしてもらえるのはいいんだけど。でも……、ほら。ね?》
ほら、ね? とか言われても、よくわからない。
自慢じゃないけど、空気読むのは――すごく苦手。
前世でも今世でも、〝人〟と話していないから、そういうスキルはまったく育っていない。
(あの……、オバちゃん……? よくわかんないんだけど?)
《ああもう。じゃあはっきり言うよ。あの子たちは、つまり……、使ってもらいたいんだよ》
「えっ? つ、使う……って?」
ぼくはドキドキして、そう聞いた。
剣ちゃん盾ちゃん、起きてないかな。起きてないよね。だいじょうぶだよね。
こんな話、しているのを聞かれちゃったら……恥ずかしい。
《使うっていったら、一つに決まってるじゃないか》
「ひ、ひとつ……?」
一つなんだ。決まってるんだ。そ、そうなんだ……。
《あの子たちだって、それを望んでいるんだよ。でもあんたのことを気遣って、言い出せないでいるんだよ。わかっておやりよ》
「だけど……、さわれないから……」
ぼくは言った。剣ちゃんも盾ちゃんも、女の子の姿を出せるけど、手で触れようとしても素通りしちゃうし。見るだけだし。
《さわれない? あんた、いつもさわってるじゃないかい? さわりまくりだろ?》
「えっ?」
そう言われて、ぼくは、きょとんとなった。
さわって……ないよ? いつ?
《ほら。いつも手入れしてるじゃないの。研いで磨いて、はー、って息をかけてごしごしやって》
「あー……」
ぼくは理解した。そっちのことね……。
「あー……、うん、してる……。ぼく、さわってる」
《さわってあげるのもいいんだけど。使っておあげよ》
「えと……、使う、っていうと?」
へんな意味のほうじゃないなら、どういう意味だろう?
《だから剣と盾を使うっていったら、一つしかないじゃないか》
「え……?」
《あんたが、剣を振って、盾を構えるんだよ》
「え? ……ええーっ!?」
《これ。静かにおし。二人が起きちゃうわよ》
(う……、うんっ)
オバちゃんに言われて、ぼくは慌てて、声を潜めた。これまでけっこう大きな声で話してしまっていたかもしれない。
でも剣ちゃん盾ちゃんは、ぜんぜん無反応。ただの物みたい。ぐっすり眠っているっぽい。よかった。
「ぼく。剣とか盾とか……、使えないよ。戦士とか剣士とかじゃないんだし」
《でも持って振るくらいなら、できるだろ? 練習するだけとか》
「う、うん……。まあ……。たぶん……」
ぼくはそう答えた。
なるほど……と思った。
オバちゃんの言うことも、もっともだった。
剣ちゃんと盾ちゃんを振ることくらいは、ぼくにだってできる。
ぼくは剣ちゃんと盾ちゃんのためなら、なんだってできる。
その日から、ぼくの〝練習〟がはじまった。