step.68「そして深き淵より出づる者……」
みんなで笑いあい、肩を叩き合っていた。
その笑いが、ぴたりと止んだ。
誰かが迷宮の入口を見ていた。みんなが迷宮の入口を見るようになった。
「……おい? なにか出てくるぞ?」
誰かがそう言った。
「……やめて。……もういや。……もうやだよう」
誰かが掠れる声で、そう言った。
みんなが見つめる中――。迷宮の中から姿を現したのは――。
黒い翼を持ち――、巨大な角を持った――、とても大きな悪魔だった。
「グレーター……、デーモン……、迷宮主……」
誰かがそう言った。絶望しきった声だった。
そうだった。
さっき戦って倒したキマイラは、第六層の〝階層主〟だった。
そしてこの迷宮には、階層主とは別の、もっと強いモンスター。――〝迷宮主〟がいるのだった。
「行こう。剣ちゃん盾ちゃん鎧ちゃん」
《うん! 斬る斬る斬る!》
《お守りします! 最後まで!》
《貴方は私が守るわ》
「みんなは逃げて」
ぼくはみんなにそう言った。
「レムルさん!」
だからガイルさん。――なんで〝レムルさん〟なの?
ぼくはグレーター・デーモンに向かって歩いた。すこしでも時間を稼ごうとして――。
……でも歩いているうちに、へんなことに気がついた。
なんかグレーターデーモンの目に生気がない。あと、グレーターデーモンの頭のてっぺんから、体の下まで、なにか縦にまっすぐ、一本の線が見えている。
ぼくはグレーターデーモンに、もっとずっと近づいていった。
近づいても、ぜんぜん攻撃してこないグレーターデーモンに向けて、手を伸ばして、指先で、つんと、つついてみると――。
グレーターデーモンの体は、その線のところからズレていって――。
やがて左右にぱっくりと割れて、右半分と左半分とに、二つに分かれて、倒れていった。
「あーもー! やーっと追いついたー! こいつ! 弱っちいくせに逃げ足が速いんだからー! もー!」
「そんな程度の相手を逃がしているようじゃ、まだまだだな。――だからおまえは駄犬なんだ」
「また駄犬ゆったー!」
迷宮から、女の人と男の人とが……。歩いて出てきた。
片方は……。うん。知ってる。オレオレさん。
もう片方の女の人は、はじめて見るけど……。でもオレオレさんがいま呼んでたから、噂の「だけんさん」なのだとわかる。
わかるんだけど……。
わかったんだけど……。
「オリオンさん! もう探したんですよ!? すっごい探したんですよ! いったいどこいってたんですか! 街が大変なんです! ダンジョン・スタンピードなんです! はやくやっつけてください! あなたならちょちょいと簡単にやっつけられますよね! 三秒ですよね! そうですよね!」
オレオレさんに駆け寄るなり、物凄い剣幕でまくしたてているのは、ギルドの受付嬢のエリザさん。オレオレさんの担当の人だった。
「先輩、落ちついて……。もう片付いてます」
ぼくたちの担当のエミリィさんは、その脇で、こめかみを揉みほぐしていた。
「それより、なんなんだ? なんで冒険者全員総出で、俺たちを出迎えている?」
オレオレさんが、ぼくたちを見回して、そんなことを言っている。
ぼくの顔を見ると、「よう」と、指を二本、ぴっと上げてみせた。
「今日はお祭りかなにかか?」
「ええと、それはですね。オリオンさん。……話すと長くなりそうなんですけど」
ものすごくバツの悪そうな顔になっているエリザさんのかわりに、エミリィさんが説明しようとする。
「まて……? さっきダンジョン・スタンピードとか言ってたな? ……つまり? あー……!」
オリオンさんも、なにかに気付いて、すごくバツが悪そうな顔になる。
「なになに? おまつり? どこどこ? オリオン、お小遣いくれる? それともアクセサリー買ってくれる?」
だけんさんだけが、一人、オレオレさんに甘えた顔を向けている。
しっぽがあったら、ぶんぶん振っていたんじゃないかと思う。
「俺らが、迷宮主を逃がしたおかげで……。迷宮中のモンスターが、上に……出口に押し寄せたわけだな」
「え? どうしたのよオリオン? なんの話?」
「おまえが駄犬だっつー話だ」
「また駄犬ゆったぁ!」
そこでオレオレさんは、みんなの視線に気がついた。
ぼく以外の人たちは――みんな、ものすっごい目になって、オレオレさんを見ている。
「い、いや……! 逃がしたのは俺じゃないぞ!? 逃がしたのはこいつで! この駄犬で……!」
みんなが見ている。も~んのすっごい目になって、オレオレさんを見ている。
「……いや、まあ。……なんというか。……すまん」
オレオレさんは、ぺこりと、頭を下げた。
次話、エピローグです。





