step.56「大御所冒険者さんとぼく」
休日……。って、どう過ごせばいいんだろう?
ぼくはその日、街角でぼんやりと過ごしていた。
冒険も安定してきたし、お金の心配もあんまりしなくてよくなってきて、ぼくたちは「休日」というものを作ることにした。
これまでは毎日冒険をして迷宮に潜っていた。
家を買ったから宿代はかからなくなったけど、毎日の食費が最低三〇Gは掛かる。ていうか、みんなおいしいごちそうを食べるようになってきていたので、一〇〇Gぐらいは掛かってしまっている。
最低でもそのぶんは、迷宮で取ってこないとならないと思って、ずっと毎日通っていたんだけど……。
でもアルテミスが毎晩数えているぼくらの「貯金」は、けっこうたくさんあって……。
ええと、一枚で一〇〇Gの価値のある金貨が、よんじゅうまいとか、ごじゅうまいとか、そんな感じ。
冒険者ギルドに預けてあるお金を合わせると、その3倍くらいある。
毎日ごちそうを食べていても、二〇〇日ぐらい暮らせるっぽい。
そこでお休みの日を作ろう、ということになったのだ。
アルテミスが元いた魔法学校では、七日に一日、「休日」といって、勉強をしない日があったそうだ。ロウガのいた道場でも、おなじように七日に一日、修行をしない日があったそうだ。
一週間は七日なので、週の最後にお休みの日がくるらしい。
ぼくとノノは、そんなの知らなくて、ぽかんとしていた。
ぼくは引きこもりだったから知らなかったけど、ノノの村でも「休日」なんてなかったそうだ。
でも毎日頑張りすぎるのはよくないって説明されて、なんとなくわかったような……? わからないような……?
そんなわけで、今日は「休日」なのだった。
ロウガは朝からどこかに遊びに出掛けている。アルテミスとノノは二人で連れだって「買い物」というのをやっている。
ぼくは「休日」というのを、どう過ごしていいのかわからなくて、広場の噴水の縁に腰掛けて、ぼんやりしているのだった。
《ねー、あるじー。なんで今日は、迷宮に行かないのー?》
ハトポッポと遊んでいた剣ちゃんが、ぼくの隣に戻ってくる。
「んー……、休日? だから?」
そう説明する。
ぼくもよくわかっていないんだけど。
《あたし、なんか斬りたーい!》
「んー……」
なんかって言われても……。
《ねえ迷宮いこ! 一階だったら、わたしたちだけで大丈夫じゃない?》
「んー……」
《ねえ盾ちゃんも戦いたいよね?》
《そうですわねえ……》
盾ちゃんもぼくを見てくる。じっと見つめて、おねだりの表情。
剣ちゃんの言うとおり、一階くらいならぼく一人でも大丈夫だと思うけど。
サーベルバニーとか、アルマジロンとかしか出てこないし。
でもみんなに相談しないでやるのはだめかなぁ。
あとたぶん相談したとしても、「休日」という日に迷宮に潜るのは、やっぱりだめって言われるかなぁ。
「……だめ」
《えーっ!》
《剣ちゃん。聞きわけましょう。あるじさまがだめって言ったんですから》
「ごめんね」
ぼくは剣ちゃんにそう言った。
だけど休日って、どう過ごせばいいんだろう。
ずっと夕方まで噴水に座っていればいいのかなー。
《盾ちゃんだって行きたいくせにー!》
《だめです》
《斬りたーい! 斬りたーい! 斬りたーい!》
剣ちゃんが騒いでいる。
だめだよ、って、もう一回言おうとしたとき――。
「お。精霊か。こんなところで珍しいな」
――そんな声がした。
ぼくが顔をあげると、男の人が立っていた。
歳はぼくやロウガとそんなに変わらないように見えるけど、だけど、雰囲気がぜんぜん落ちついていて、堂々としていて、もっと遙かに大人に見える。
あと黒ずくめの服を着ていて、なんだかとてもカッコいい。
どこかで見たような? 会ったような? でもどこだっけ?
「自然精霊じゃないのか。その剣の精霊だな。――ほう。インテリジェンスソードか」
男の人は、半透明なほうの剣ちゃんと、僕の腰にある剣の本体のほうと、両方、交互に見つめていた。
《あれ? ねえあるじ、この人、あたしが見えてるみたい?》
「見えてるぞ」
《うわぁ! ほんとに見えてる!》
「精霊視のスキルがあるからな」
《あるじさまたち以外で、わたしたちが見える方にはじめてお会いしました。――盾と申します》
《け、剣だし!》
「はっは、まんまだな!」
男の人は豪快に笑った。
《あ、あたしたち――、名乗ったんだから! あんたも名乗りなさいよ!》
剣ちゃんが言う。
「なんだ? この街の冒険者をやっていて、俺を知らんのか?」
男の人はそう言った。
ぼくはなにか思い出しそうになっていた。
街で有名な大御所冒険者さん。
昨日もギルドでエミリィさんに名前を教えてもらって……。ええと……。なんだっけ?
「……オレオレさん?」
「惜しい。2文字外れだ」
男の人は楽しげに笑った。
「俺はオリオンだ」
「ごめんなさい」
しまった。間違えてた。人の名前を間違えたときには……、謝らないと……。
「覚えておかなくてもいいぞ。俺も正直、男の名前を覚えていられる自信はないしな」
「レムル……です」
名前をまだ言っていなかったことに、いまさら気がついて、ぼくはそう言った。
うつむいて地面を見ちゃったりしないように、頑張っている。人と話しているときは、相手の目を見ないとだめだって。
《ね、あるじさま……》
盾ちゃんがぼくに顔を寄せて、なにか言ってくる。
なんだろ?
《ほら。おうちを買ったときのお金――》
おうち? お金?
――ああ!
ぼくは思い出していた。
前にぼくたちがダンジョンの奥で「リセットボタン」を見つけたとき、個人的に「報奨金」を払ってくれた大御所冒険者さんがいた。
その人の名前は聞かされていない。でもこの街の冒険者ギルドで「大御所冒険者さん」といえば、このオレオレさん――じゃなくて、このオリオンさんのことだった。
「えと……、一万G……、ありがとうございました」
「ん? 一万? なんだそれは?」
《以前、ダンジョンのリセットボタンを見つけたことで報奨金を頂いたんです。それであるじさまたちはおうちを買えました》
ぼくのかわりに、盾ちゃんが説明してくれる。
「あー……、そういやそんな件があったな。いや気にするな。あれは役にたった。うちの駄犬がダンジョンを大絶滅させても、すぐにリセットできるようになった」
オリオンさんは、思い出してくれたらしい。
でも大絶滅って……。本当に起きてたんだ。
だけん、って名前の人がやったんだ。すっごいなー。
ぼくはふと、剣ちゃんがずいぶんと距離を取っていることに気がついた。
姿が消えちゃうぐらい離れたところから、こちらを見ている。
「なんで、そんな……、離れているの?」
ぼくが聞くと、剣ちゃんはオリオンさんを、びしっと指差した。
《この人のあたしを見る目が! なんか嫌!》
「ああすまんな。インテリジェンスソードなんて、レアな剣だったもんでな。ちょっと欲しいと思ってしまった」
《イヤ!》
オリオンさんはそんなことを言うけど、剣ちゃんは即答。
「欲しい」って言葉にぼくはちょっとどきっとしてしまったけど、剣ちゃんが断ってくれたので安心した。
だけど剣ちゃんって……。大御所冒険者さんが欲しがるぐらい、すごい剣だったんだ……。
「――あと美少女なところがいい。特にいい」
《その目はもっとイヤ!》
「ところで実体にはなれるのか? 触れなければ意味がないぞ?」
なんの意味がないんだろう?
《教えてやんない! べーっだ!》
《剣ちゃんそれだと白状したのも一緒よ》
盾ちゃんが言う。
「ちょろい感じなのが可愛いな」
《あるじこいつ斬っていい!?》
だめに決まってるよ。
「安心しろ。俺のものにならない女に興味はない」
《女じゃなくてあたし剣だもん!》
大御所冒険者さんのオリオンさんとは、そのあとしばらく話して、そのあとで別れた。
オリオンさんの仲間の冒険者さんたちがやってきて――だけんさんが、「初心者さんたちに絡んでないの」とか言って、オリオンさんを引っぱっていった。
絡まれていたんじゃなくて、ためになる話をいっぱい聞かせてもらっていたんだけど……。
オリオンさんからは、冒険の心構えを、いろいろと教わった。
最初はちょっと怖いと思ったけど、いい人だった。剣ちゃんは懐かなかったけど。
ぼくは休日を過ごした。
これまでちらっと出てきた「大御所冒険者さん」の初登場です。
あまり気にされなくてオッケーです。
この人たち、なんでこんな初心者迷宮の街にいるの? ――ってぐらいの高レベル冒険者だと思っていただければ、それでオッケーです。
彼らの活躍は、それはまた別の話……。ご興味のある方は、作者の別作品「自重しない元勇者の強くて楽しいニューゲーム」をご覧ください。





