step.5「盾ちゃん、女の子にかわる」
何日か磨き続けた、その甲斐あって――。
ついに盾ちゃんが、ぴかぴかとなる日がきた。
すべての部分のサビと曇りと、汚れが全部取れて――。
一点の曇りもない、新品みたいな、きれいな盾として生まれ変わった。
「よし! できた!」
《ありがとうございますー》
《つ、つぎは、ぜ、絶対、あたしの番なんだかんね! ねえちょっと! わかってんの!》
剣ちゃんが騒ぐ。でもぼくは聞いていなかった。
なぜなら、磨き終えたばかりの盾ちゃんが、不思議な光に包まれていたからだ。
全体がほんのりと暖かく光っている。
《あら~、なんだか~、わたしぃ~、生まれ変わったみたいな気分でぇ――》
「……盾ちゃん?」
《ちょっと! 盾ちゃん! どうしちゃったの! ねえしっかりして!》
ぼくは盾ちゃんをしっかりと手に持った。
光はますます強くなってゆく。そして盾ちゃんを覆い尽くして、はっきりと見えなくなるくらいに、強くなって――。
唐突に、消えた。
「盾ちゃん? ……だいじょうぶ?」
《盾ちゃん! 盾ちゃん! しっかりして! 返事してーっ!》
《………》
盾ちゃんは、返事をしない。
ぼくの手の中にある盾ちゃんは……、なんだか、形が変わっていた。
なんというか……。光に包まれる前よりも、〝高そう〟な感じの盾になっていた。でも前の面影もきちんと残っていて……。同じ盾ちゃんなのだとわかる。
《心配いらないんじゃないかしら? オバちゃんのときにも、そーゆーの、あったような気がするねえ》
「え? そうなの?」
《あの。えっと。あるじさま? ……ちょっとわたしを、そこに置いていただけますか?》
「そこ? どこ? このへん?」
ぼくは言われるまま、盾ちゃんをすこし離れた床に置いた。寝転んだらいっぱいになるような狭い部屋のなかだから、離すっていっても、すぐそこだけど。
《えーっと……、こうかな……、うん。たぶん。こう。……えいっ》
その時、びっくりとすることが起こった。
なんと、盾ちゃんの上に――女の子が現れたのだ。
女の子は、ぷかぷかと空中に浮かんでいる。
《あらいやだー、やっぱり、できちゃったー》
《えっえっ!? なに!? なんなの!? なんで盾ちゃん、人間みたいになってるの!?》
「えっ!? なに!? 誰っ!?」
ぼくは突然現れた女の子に、びっくりとしていた。〝人〟に対する苦手意識が急にわきあがってくる。
だけど空中にぷかぷかと浮かぶその女の子は、ぼくに向かって、優しく微笑んでくるばかりで……ちっとも嫌な感じがしない。
それどころか、ずっと前から知っているような感じさえするのだった。
「盾ちゃん……、なの?」
《はい。あるじさまー、盾、ですよー》
空中に浮かぶ少女と、床に置いた盾の〝本体〟と、どちらも盾ちゃんなのだと、ぼくはようやく理解した。
盾ちゃんは手を差し伸べてきた。ぼくの頬に触れにきたその手は、そのまま、すっとぼくの体を素通りしていってしまった。
《あら。触れないのですねー。残念っ》
《なんだか知らないけど。よかったじゃないかい。姿を出せると、なにがいいのか、オバちゃんにはわかんないけど。――でもこの子は、喜んでいるみたいだしねえ》
《ええ。わたしも。姿があったら、あるじさまに喜んでいただけるかなー、と思っていたんです。そしたら、なにか、できるようになって。……これって、ずっと手入れしていただいていたおかげでしょうか?》
そうなんだろうか? そんなことって、あるものなんだろうか?
《そうじゃないかね。大事に使われた道具はレベルが上がるっていうしね。ほら。肉屋さんところの包丁。ちびっこくなるまで、何代も使われていて、だからたくさんレベル上がっているっていうよ》
そうなんだ。そんなことあるんだ。
ぼくはまだちょっと事態についていけてなかった。
ひとつわかっているのは、目の前にいる綺麗な……、金色の髪をして……、そして恵まれた体つきの彼女が、盾ちゃんだということだ。
だからなんの心配もいらないのだった。
《ちょっとちょっと! あたし! 置いてけぼりなんですけど! ひどいんですけど!》
「あ。ごめん」
壁に立てかけられた剣ちゃんが、騒いでいる。
《こんどこそ本当に! あたしの番ですから! いっぱい研いでもらうんですから! そしたらあたしもレベルア――じゃなくて! もし! あんたがどううしても、あたしの姿を見たいって言うなら! レベルアップして見せてあげないこともないんだから!》
「うん見たい」
《ちょ――即答っ!?》
ぼくは砥石を取り出した。
〝研ぐ〟っていう方法は、よくわかんないけど。剣ちゃんの刃のところにあてて動かした。
《あっ――こら! 乱暴なのだめ! もっと優しく丁寧に扱いなさい! あっ――そこは! あっあっ!》
剣ちゃんから扱いかたをレクチャーされて、ぼくは研いだ。
また何日もかけて、入念に剣ちゃんを研いだ。
そのあいだ盾ちゃんはずっと側にいてくれた。人間の姿を出しているのは、ずっとやっていると疲れてしまうそうなので、盾に戻ったり、また綺麗な女の子の姿になったり。
ぼくはずっと剣ちゃんを研いでいたけど……。
その盾ちゃんの胸元あたりに、目がいってしまって、剣ちゃんに怒られたりもした。
だって仕方がないんだ。すごく大きいんだから。盾ちゃんのそこって。
ちなみに剣ちゃんが怒っていたのは、そういうことではなくて、「もっと集中しろ!」というほう。
ぼくが目をさまよわせていたのが、いけないらしかった。