step.45「一人前」
「Lv2で迷宮第四層ですかー。順調ですねー」
冒険者ギルドの窓口で、エミリィさんはいつもと同じ満面の笑顔を僕たちにくれた。
ミノタウロスは倒したけれど、一体倒しただけで、いっぱいいっぱいだったので――。僕たちは地上に帰ることにした。
エミリィさんは、最初の頃から、ずっと僕たちを担当してくれている人だ。いろいろ相談に乗ってもらったり、助けてもらったりもしている。そのことでお礼を言うと、「冒険者ギルドは冒険者の方々をお助けするのが仕事ですから♡」と、謎めいた笑みで返される。
大人のお姉さん、っていう感じがする。
「普通、もう少しLvがあがってからでないと、ゴブリンは卒業できないんですよね。レムルさんたちのパーティは、よっぽどバランスがいいんでしょうか」
カウンターの上に置いた、本日の戦利品を一つ一つ調べつつ、エミリィさんが言う。
そうなんだ。まだ早かったんだ。
勢いで四階層に行っちゃったけど……。早まっちゃったかな?
テーブルの上に並べられた本日の戦利品は、たくさんある。
今日は第三階層のゴブリン狩りのあとで第四階層に行ったから、ゴブリンメダルがたくさんと、安物の短剣とか棍棒とかを持てるだけ持ち帰ってきている。
一つ一つは五〇Gとか、高くても一五〇Gとか、それくらいだけど……。なにしろ数があるので、けっこうな儲けになる。
一回の冒険の〝あがり〟が、一〇〇〇Gを超える日も、最近ではたまにある。今日もいくんじゃないかな。
昔、みんなで冒険をはじめた頃には、一回で二〇〇Gぐらいで、みんなの生活費が一四〇Gで――と、ギリギリでやりくりしていた気がするんだけど。
まだ勘定は終わらない。第三層の戦利品が片付いて、エミリィさんの細い指先が、第四層のミノタウロスの戦利品に――。
「えっ? これ……? ツノ? まさかミノタウロスのですか?」
「………。」
「あっ。はい。最初に遭遇して――。そっちの胸当てもミノタウロスのドロップ品です」
かちんこちんになって話せなくなっている僕に替わって、アルテミスが言ってくれた。
うん。そう。僕もそう言おうとしたところ。言おうとしたんだけどね。
「えっ? 倒しちゃったんですか? 逃げたんじゃなくて?」
「え? 倒しちゃ……、いけなかったとか?」
アルテミスが、おそるおそる、という感じに聞く。
「いえ。いえいえ。そんなことはないです。倒しちゃっていいんです。いいんです……けど。よく倒せましたね?」
「でも一匹やったらMPがきつくって……。それで今日は引きあげてきたんですけど」
「そりゃそうですよ。ミノタウロスって、第四階層の階層主……ってわけでもないですが、第四階層で一番強いモンスターなんですから」
「ええっ!? 一番強いんですかっ!?」
「はい。ですから倒したと聞いて、びっくりしちゃいまして……」
「うわー。うわー。うわー……」
アルテミスが口をぱくぱくさせている。
僕もちょっとびっくりしていた。
第四階層に下りていって、いきなり出会った最初のモンスターが、そんなに強い相手だったとは。
そして、その階層の最強モンスターと戦って――勝ってしまっていたこと。
すごく手強かったけど……。
でもみんなで力を合わせたら、きちんと勝てた。
《あははは。みんなの顔! おもしろーい!》
《これは皆さん、驚いていらっしゃるんですよ》
剣ちゃんと盾ちゃんが笑っている。半透明になっているので、僕たち以外からは見えていない。
《ほらほら、あるじー。あっちのみんなも、変な顔してるわよー!》
剣ちゃんが指差しているのは、ギルドホールにいる冒険者の人たち。僕らみたいな初心者じゃなくて、中級とか上級とか、もっとずっと雲の上の人たち。
《あれは皆さん、感心していらっしゃる顔……なのかしら?》
盾ちゃんが言った。
僕、剣ちゃん、盾ちゃん……のなかで、〝空気〟というのがいちばん読めるのが盾ちゃんだ。
その盾ちゃんが言うのだから、間違いないと思うけど。
でも……。なんで僕たち、感心されているんだろう?
僕たちみたいな初心者のことなんか、ずっとずっとレベルの高い人たちが気にするはずが……?
「はーい、皆さーん! 今日、四階層デビューしたー、新人さんでーす!」
エミリィさんの声がギルドホールに響きわたる。
「おおーっ! 坊主ども! ようやく初心者卒業かー!」
「おう! これで一人前だな!」
「あらぼうやたち、頑張ったのねー♡」
あちこちから声が返る。熊みたいな大きな体の斧使いのおじさんとか、首の太い強そうなおじさんとか、肌の露出の多いお姉さんとかが、僕たちに声をかけてくれた。
「皆さん、よろしくお願いしますねー」
エミリィさんがみんなに言う。
それって僕らが言わなくちゃならないことなんじゃないかと思うけど、僕らはいきなり注目されてしまって、口をぱくぱくさせているだけ。
「第四階層からは、冒険者のしおりとか、地図の無料配布のサポートもありませんので……。チューリトリアル期間を終えて、ようやく冒険者として一人前になったってことなんですよ」
エミリィさんが説明してくれた。
「よう! おまえじゃないか! なんだもう第四階層か! こりゃうかうかしてると、追い抜かれちまうな!」
ばしっと僕は肩を叩かれた。吹っ飛びそうになりながらそちらを向くと、覚えのある人が立っていた。
「お? なんだ? 忘れたか? オレだよ。ガイルだよ」
「このあいだは名乗ってなかったでしょ。――ガイル」
覚えてます。
僕たちがはじめて第三階層に入ったとき、トレインでたくさんのゴブリンを引き連れて逃げてきた人。
隣にいる女の人は、そのときの盗賊さん。
おじいさんの魔法使いと、僧侶の女の人も後ろにいる。
「ガイルだ」
「ニナよ」
戦士の人がガイルで、盗賊の人がニナというそうだ。
名乗ってもらったから……。もらったから……。つぎは……。
たいへんだ! 僕も名乗らなきゃ!
「ぼ、ぼ、ぼ……ぼく、れ、レムル」
言えた。やった。
すごい。僕、言えた。
《あるじ! すごーい! ちゃんと言えたねー!》
《ご挨拶できましたね。あるじさま。頑張りましたね》
剣ちゃんと盾ちゃんにも、褒めてもらえた。
「私。アルテミスです」
「ノノです。こっちはシロちゃん」
「最強の拳士になる男! ロウガだっ!」
すごい。ロウガ。最強になるんだって。
でもガイルさんは、その最強宣言をスルーして、残りの二人の仲間を手招きした。
「こっちはオルオレじいさんと、神官のクラリッサだ」
「おぬしのパーティはピチピチギャルばかりだの。わしと替わってくれんか?」
「じいさん。魔法使いがタンクをやるのは、無理だと思うぞ」
ガイルさんは、ぴちぴちなんとかいうほうはスルー。
「このあいだ第三層でお会いしたときより、だいぶしっかりした感じになられましたね」
神官さんに、そう言われる。僕は冒険者カードを取り出して、表面を見せた。
いちばん目立つところに、Lv2――と書かれている。
「えっ? Lv2でゴブリンを卒業?」
神官さんは驚いている。
「それだけじゃありませんよー!」
エミリィさんが言う。
唇に指先を当てて、片目をつぶる。
「レムルさんたちは、なんと! ミノタウロスも、もう倒しちゃったんですー!」
「おお! 洗礼を受けずに返り討ちか!」
洗礼?
不思議な顔をしていると、熊みたいなおじさんが教えてくれた。
「みんなだいたい、第四階層に来たところで、ミノタウロスにやられるもんなんだ。ゴブリンを相手に楽勝になって、チョーシくれてると、あのデッカイ斧で痛い目にあわされちまうわけよ。ま――、やつら足はノロいから、逃げてくるのは楽だけどな! ――がっはっは!」
おじさんは豪快に笑った。
ミノタウロスに負けて逃げ帰ってくることが「洗礼」というものらしい。
「あたしたちも、ミノタウロスを倒せるようになるまで、三回くらいリトライしたのよー」
ニナさんが言う。ガイルさんもうなずく。
「あれは大変だったな」
「うち、もうちょっと攻撃力が欲しいわねー。ねえレムルくん、うち来ない? うちに来てくれたらぁ――、毎日、い、い、こ、と、――してあげる♡」
ニナさんに腕を取られた。
いいことってなんだろう?
「勧誘しないでください! レムルはうちの大事なリーダーなんですから!」
「節操もなく勧誘するな。あと風紀を乱すな」
アルテミスとガイルさんが、割って入ってくる。
盗賊のニナさんは、前のときにも、うちのパーティに入るとか言ってたけど……。
こういうのって、「冗談」っていうんだっけ……?
「えー? 〝いいこと〟っていうのは、毎日、肩を揉んであげるってことよ? なに想像しちゃったーっ?」
「おまえな……」
僕たちが「冗談」に興じているあいだに、カウンターの向こうでは、エミリィさんがさくさくと勘定を終わらせていた。
「はい。本日は全部で一五二〇Gになります」
「一五二〇!? ええっ!?」
「えー? えー? えー?」
「うおー! そんなにかよっ!?」
僕らみんなで驚いた。僕も無言だったけど驚いていた。
《どうしたの? みんな?》
《なにか良いことがあったみたいですねー》
剣ちゃんと盾ちゃんは、あいかわらず〝お金〟というものを理解していない。なんども説明しているんだけど、やっぱりわかってくれない。
〝キラキラしたまるいやつ〟――としか思ってないみたい。
「ミノタウロスのツノの買い取りが、一本、五〇〇Gなんですよ」
驚いている僕たちに、エミリィさんが、そう説明してくれた。
四階層に下りる前に、ゴブリンをたくさん狩っていて、そこにさらに五〇〇Gが足されて、そんな大金となったらしい。
「すんげーなー……。儲かるなぁ……。第四層」
ロウガがしみじみとつぶやく。
「家……、買ったときの一〇〇〇〇Gって、すっごい大金に思えていたけど……。冒険の何回かで、稼げちゃう……のかしら?」
アルテミスが言う。
僕らは前に、ダンジョンのヒミツ――〝リセットボタン〟を発見したことで、どこかの大物冒険者から〝報奨金〟というものを貰えた。
一〇〇〇〇Gという大金だった。僕らはそれで家を買えた。
でも、僕たちよりも、もっともっと凄い人たちにとっては、一〇〇〇〇Gって、ちょっとしたお駄賃感覚だったのかも……?
「はい。一五二〇Gです」
一五二〇Gが、カウンターに置かれる。
革袋にどっさりとGが入っている。
モンスターから直接ドロップしたGもあるから、今日は二〇〇〇Gぐらい稼いじゃったのかも……?
「よーし! 今日は飲むぞー! うまいもん食うぞー!」
ロウガが革袋に手を伸ばす。
「みんなも来てくれよ!! 俺たちの門出を祝ってくれ!! 俺たち最強伝説のはじまりをッ!! ――今日は俺たちのおごりだーっ!!」
ロウガが、まわりのみんなに言っている。
熊みたいなおじさんも、首の太いおじさんも、肌の露出の多いお姉さんも、ガイルさんもニナさんもおじいさんも神官さんも、みんな、目を丸くしている。
「ちょっと――馬鹿っ!? なに勝手に決めて――!」
アルテミスが鋭く言って――、僕に目を向けてきた。
いいんじゃないかな。
僕はうなずいて返した。
今日はいっぱい稼いだし。お金は充分にあるし。
第四層に到達して〝一人前〟になったことを祝ってもらったし。
いつもは僕たち四人だけで飲んだり食べたりしているけど。それでもすっごく楽しいけど。
もっと大勢で飲んだり食べたりすると、ひょっとして、もっとすっごく楽しかったりするのかな……?
「ま、まあ……。レムルがそういうなら、いいけど」
「よっしゃー!! うちのケチなアルテミスからも許可が出たぜー! みんなー! 今日は本当におごりだーっ!!」
「誰がケチよ」
「おい。ちがうだろ?」
熊おじさんとガイルさんが、二人揃って、ロウガの首に腕を巻きつける。
「おごられるのは――っ!! おまえらのほうだーっ!!」
ギルドホールにいた人たちが、うおー! と、歓声を上げた。
◇
その後――。
僕らが常連になっているいつもの店で、店を貸し切っての大騒ぎになった。
樽オバちゃんまで僕たちの家から運ばれてきて、おいしいと評判の葡萄酒がみんなに振る舞われていた。
迷宮に挑む冒険者として〝一人前〟になったことを、みんなに祝ってもらった。





