step.37「ゴブリンと遭遇」
魔法の杖を手に入れて、ぼくらは未踏破部分の探索に乗り出した。
杖はアルテミスが持っている。
使うのにMPはいらないということだけど、魔法使いでないと使えないものらしい。ロウガがすごく欲しがってたけど、使えないんだから、しようがないよね。
ぼくが先頭でいつもの隊列を組んで、通路をゆっくりと歩いてゆく。
ゆっくり歩いていれば、罠があるときには、床石さんたちが教えてくれる。《あぶないよー》という声が聞こえてきたら、立ち止まればいいわけだ。
ほかのパーティでは、盗賊という職業の人が先頭になるんだろうか?
盗賊の人は、どうやって罠を見分けるんだろう?
きっと、ぼくのとは違う方法のはず。
さっき出会った、おへそを出してた女の子が、盗賊だったから、こんどどこかで会ったら、聞いてみようか。
……って、どうやって聞けばいいんだろ? ぼく、人とはうまく話せないよね?
《あるじ。止まって。――なんかいるわよ》
剣ちゃんが言う。
ぼくは足を止めた。
「あいたっ」
背中に後ろを歩いていたアルテミスがぶつかってきた。鼻がぶつかって、おっぱいもぶつかる。
「どうしたの? レムル? ……急に立ち止まったりして」
「なにか……、いる、……みたい。」
ぼくはそう言った。剣ちゃんに聞いたままだから、なにがいるのかは、ぼくにはわからない。
《なんか、通路の奥から殺気を感じる。コロス、コロス、コロス――って、絶対殺すマンが、こっちを見てる》
《1体のようですわね》
《ねえ? あれゴブリンかな? そうなのかな? 斬っちゃう? 斬っちゃっていい? いいよね? 向こうもコロスコロスコロスなんだから、こっちも斬る斬る斬る斬るで、いいわよねっ!?》
剣ちゃんが喜んでいる。
ゴブリンというモンスターには、ぼくたちはまだ出会ったことがない。
剣ちゃんは、一度あったモンスターの殺気? とかいうもの種類を見分けられるという。盾ちゃんは種類はわからないけど、かわりに数がわかる。
二人を合わせると、種類と数がわかることになる。
これってけっこう、便利なのでは?
《あれたぶんゴブリンでいいんだと思うわよ。これまでの動物みたいなのより、はっきりコロスってきてるから》
ダンジョンで生まれるモンスターは、人間やその他の自然界の存在に、ものすごく敵意を持っている。絶対殺すマンとか、さっき剣ちゃんが言っていたけど。そんな感じ。
だからこちらも、やっつけるつもりで向かわないと……。
ぼくは剣ちゃんと盾ちゃんを、しっかりと握り直した。
「レムル? 敵なの? ……ゴブリン?」
「うん。……たぶん。」
「どうする?」
「どどど、どうしましょう……? ししし、シロちゃん喚んだほうがいいですかっ?」
「もう今日は喚べないでしょ」
「ご、ご、ご、ゴブリンってな……、強いんだろ?」
「しおりによると、弱い、って書いてあるけど……。さっきのあの人たちみたいなパーティにとっての〝弱い〟だろうから、私たちにとっては強敵かも……」
「レムル。敵は……、一匹だけ?」
「うん。」
ぼくはうなずいた。
「何匹もいるなら、引き返す手もあるけど……。一匹だけなら……」
「た、た、た、戦うのか? やるか? やるのかっ?」
「や、や、や、やります。やりますっ。シロちゃんいないけど……、弓、撃ちますっ」
「一匹のゴブリンで撤退していたら、私たち、いつも逃げ帰るはめになるものね」
アルテミスはそう言うと、手に入れたばかりの杖を握りしめて、深々とうなずいた。
ぼくもまったくの同意見。
冒険に出たのだから、いつかはちゃんと戦闘をするわけで――。
それが〝いま〟というだけの話。
もともとぼくは、剣ちゃんと盾ちゃんに充実した人生? 剣生? 盾生? を送ってもらうために冒険者になったわけで……。戦いは望むところ。
人型のモンスターとの戦いかたは、だいぶ練習してきた。体が動くようになっている。
さあ。こい。
ぼくたちが戦闘態勢を整えて、通路の途中で待ち受けていると――。
ぺったぺったと、裸足で歩いてくる足音が……。闇の奥から近づいてきた。
最初に見えたのは、二つの目。
つぎに見えたのは、頭にかぶっている鉄のかぶと。
防具らしい防具は、そのかぶとぐらいで、あとは上半身裸。手には、ナイフよりは大きく、ショートソードよりは小さな刃物を握っている。
「ご、ゴブリンだぜ!」
「ゴブリンよ……!?」
「ゴブリンですっ!?」
うん。見えてる。言わなくてもわかるよ?
まっすぐに歩いてくるゴブリンを待つ。
ちょうどいい距離に来たところで、ぼくは大きく踏みこんで、剣を振った。
「キキッ――!」
ゴブリンは、ぱっと後ろに飛び退いた。
当たらない。素早い。
「炎よ――!」
アルテミスの声がするのと同時に、ぼくの脇を、炎の塊が抜けていった。
その炎は、前にアルテミスが撃ったことのある魔法弾と同じぐらいの大きさ。
ゴブリンはその火の弾を――ひょいと避けた。
すごい身軽。
「あっ――避けた! もう一回! えい! ――炎よっ! ――えっ、なんで出ないの? あっ――! もうちょっと待たないとだめなのね!?」
魔法の杖は、連発できないらしい。
「えい! えい! えい!」
ノノが弓矢を連発している。
でもゴブリンが避けたのは、何連射かしたうちの一本きり。他の矢は避けるまでもなかったみたい。
「キキキキキキッ!」
ゴブリンは両手をあげて、舌を突き出しながら、小躍りした。
「ばかにされてる~っ!?」
あっ。やっぱり。そうなんじゃないかと思った。
「つぎはオレの番だ! あちょーっ!! ひょおおお――っ!!」
ゴブリンの前にでたロウガが、変な踊りみたいな、妙な構えを取る。
「……キヒッ」
ゴブリンは、鼻で笑った。
「笑われたあぁ! オレはもうだめだぁ! 誰かオレの敵を……、俺の敵を討ってくれえぇぇ!」
ばたり。ロウガは死んだ。
目の前で死んでしまったロウガのことを、ゴブリンが気にして――、つんつん、と、ナイフの先で突っついている。
「隙あり! ――炎よ!!」
時間が経って、また杖が撃てるようになったのか――アルテミスが炎を撃った。
ゴブリンはロウガの死体に興味津々で――、不意をつくことに成功した。
「ギャアア!!」
体に当たって、ゴブリンが叫ぶ。
これまでは、たぶん、へらへらと笑っていたんだと思う。
そこにダメージが入って、本気になった。
目が爛々と輝きを放つ。赤く禍々しい輝きが、殺意、というものであると――。空気読むのが苦手なぼくにも、よくわかった。
剣ちゃんのいう「絶対殺すマン」に、ゴブリンは――変わった。
「ギイイイイイッ!!」
ナイフが振るわれる! 振るわれる! 振るわれる!
盾ちゃんに、ガシンガシンとぶつかってくる。
《はうわぅわああぁぁ――っ! お守りします! おまもりしてます! おまもりしてりゅうううぅぅ――!!》
盾ちゃんが、なんか、おかしい。
まあ気持ちはわかるけど。ぼくはいま盾ちゃんに、すっごく守られている。
ガシンガシンと、ゴブリンは力まかせに打ちつけてくる。すごい力だ。
盾を支える腕ごと持っていかれそう。
小さな子供ぐらいの体格でしかないのに、大人ぐらいの力がある。
また強い攻撃がきた。
盾で受ける。攻撃を受けきったところで、すかさず剣を振る。
だがゴブリンはそのときにはもう素早く体勢を立て直していて、ぼくが振った剣は当たらない。
そしてゴブリンの攻撃が来て――。
《あるじ様!!》
盾ちゃんが間に合った。ぼくが動かしたというよりも、盾ちゃんがぼくの手を動かして、防御がぎりぎり間に合ってくれた。
「ギャッ! ギャーッ! ゲッ! ゲーッ!!」
ゴブリンは立てつづけに攻撃をしてくる。
下手に攻撃をすると、さっきみたいに隙を生んでしまう。ぼくは防戦一方になった。
「アルテミスちゃん! レムルくん援護してぇ! 撃って! 撃ってーっ!」
「だめ! レムルに当たっちゃう!」
ノノとアルテミスの声が聞こえる。
アルテミスは魔法の杖を撃とうとしているが、チャンスがないっぽい。
ノノも弓は打ていない。ノノの腕前は、お世辞でも上手とはいえないから……。打ったら、ぼくの背中に当たっちゃう。
「レムル! レムル! がんばって! レムル!」
うん。がんばってる。がんばってるんだけど……。
これは、ちょっと……勝てそうにないカンジ?
撤退したほうが良さそうな感じなんだけど、アルテミスもノノも、ぼくの後ろで応援するばかり。
声を出して指示をしようにも、防戦一方のぼくは、それこそ本当に息をつく暇もなくって……。
一声でも発したら、隙ができて、やられちゃいそうな気がする。
「ああ! もう! 隙があれば! 援護できるのに! 魔法、撃ちこんでやれるのに!」
柄を構えてアルテミスが言う。ノノも弓を構えている。
でも隙がない。隙が作れない。
ゴブリンは強い。すごく強い。
Lv1のパーティには、1匹でも強敵だった。
その時――。
跳ね回るゴブリンが、床で死んでるロウガを踏んづけた。
ゴブリンがバランスを崩す。
「……いまだ! キエエエーーイ! 隙アリィィィーッ!」
すかさず起き上がったロウガが、ゴブリンの背中にキックを決めた。
完全に不意打ちが決まった。
ゴブリンはロウガのことを死んでいると思っていたっぽい。ぼくたちだって、ロウガのことをすっかり忘れていたくらいだ。
「いまだ! 撃てええ!」
「炎よ――!!」
「あたってー!」
ロウガが叫ぶ。
アルテミスが杖をかかげて、炎を撃つ。
ノノが矢を放つ。
炎はゴブリンの体のど真ん中に命中し――。
矢はゴブリンの片目を射貫き――。
それでもまだ、ゴブリンは生きていた。
「グガ……ガガッ!」
剣をぼくに向けて振ってくる。絶対殺すマンの気迫で、ぼくを殺そうとしてくる。
だから――。ぼくは――。
ゴブリンを斬った。
思いっきり振りかぶった剣に、渾身の力をこめて――。
ゴブリンの左肩の上から、右脇腹の下まで、一気に剣ちゃんが抜けていった。
《タアァァリィホウ――ツッ!》
剣ちゃんが、なんだかよくわからない叫びをあげている。
一本の剣として――。敵を打ち倒した、その叫びだった。
ゴブリンは、倒れた。
ぼくたちは――。
強敵ゴブリンを、ようやく倒したのだった。
ゴブリン1匹、ひーひー言って倒しましたー。
次回エピローグで、Lv1編、終了でーす。