step.32「超大金」
「あ。いらっしゃい! レムルさんたちにー、報奨金が出てますよー」
冒険者ギルドに顔を出すと、いつもニコニコ営業スマイルのエミリィさんが、手招きして、ぼくたちを呼んだ。
冒険者ギルドに窓口は二つあって、なんでか、もう片方の窓口ばかり列が長く伸びている。混んでいるのはエリザさんっていうほうの窓口で、エミリィさんのほうはいつも空いている。
いっぺん理由を聞いてみたら、なんか別人みたいな昏い顔になって、理由を話してくれた。なんでもエリザさんの担当のなかから、大御所の冒険者さんが出たらしく、それで験担ぎ? とかいう理由で、みんな、エリザさんに担当してもらいたがるのだそうだ。
ぼくたちは、そんなのまったく気にしていないので、いつも窓口の空いてるほうのエミリィさんのとこに行く。
そうするとエミリィさんはニコニコ笑顔で応対してくれる。
「おい報奨金だってよ」
「報奨金ですって」
「報奨金ですかー。楽しみですねー。いくらですかねー」
《ほうしょうきん? ……って、なに?》
《なにかいいことのようらしいですよ》
ロウガには肘で小突かれ、アルテミスとノノには服の裾をつかまえられ、剣ちゃんと盾ちゃんには不思議がられつつ、ぼくたちは窓口に立った。
「まずはギルドから。1000Gほど」
「ちょ――ちょっ! ちょっと待ってください。そんな大金。なんでもらえるんですか? 私たち?」
アルテミスが代表して、ぼくたちの気持ちを代弁する。
「ああ。言っていませんでしたね。先日の〝リセットボタン〟発見の功労に対する関する報奨金です」
「え? あのボタンの?」
「別のギルドの支部でも、とあるダンジョンの、とある階にて、似たようなボタンが発見されまして――。その効果はやはり〝リセット〟ということが確認されました」
「それで……、1000Gもの大金が……」
「ふふっ。1000Gなんて、ぜんぜん大金じゃないですよー。いえほんと。もっと出せって上に掛け合ったんですけどね。〝そのパーティは単に発見しただけじゃないか〟なんて、ふざけたことを言ってきましてね。上が。もし私がエリザ先輩も追い抜かして、偉くなってトップになったら、あんなセクハラするしか能のない連中、全員、床掃除をさせときますので――。今回は些少ですが、とりあえずお納めください」
エミリィさんは笑顔でなんかコワいことを言っている。エミリィさん、たまに呪詛を吐いていてコワい。
1000Gの詰まった大袋が出てくる。エミリィさんは大金じゃないと言っていたけど。
ぼくらにとっては、1000Gは大金だ。
ぼくたち4人は70Gあれば1日暮らしていける。つまり1000Gは、2週間くらい暮らしていけるぐらいの大金なわけだ。
1000Gの大袋を、皆で順番に持つ。ぼくのところにも一瞬だけあったけど、かしてかして、と手が伸びてきて、いまは他の人のところにある。
ずしりと重い。
初日の冒険で一階のマップを全制覇したときの報酬も1000Gだった。
こんな大金を手にしたのは、二度目だ。
冒険者ってすごい。すごいすごい。
大金の大袋を手にして、ニコニコまたは、ニマニマまたは、えへらえへらまたは、呆然としているぼくたちを、エミリィさんは微笑みを浮かべて見ている。
ギルドの受付の人なら、きっと、何万Gっていうお金を扱い慣れているんだろうなー。
1000Gくらいで騒いでいるぼくらが、おかしく見えているに違いない。
「おかしいだなんて、思っていませんよー。初々しいなぁ。って思って見ているだけです。愛でてます」
愛でられてしまった。ていうか。ギルドのハイレベルな受付嬢には、考えていることまでお見通しのようだった。
「ところで1000Gで感動されているところ、恐縮なのですが……。あと報奨金はもう一つありまして」
「え?」
「へ?」
「ええっ?」
「……?」
エミリィさんの言葉に、ぼくたちは首を傾げた。
「とある大物冒険者さんが、今回の発見に、たいへん喜ばれまして……。特別に個人的に報奨金を送ってくれています。……受け取られますか?」
ぼくたちは顔を見合わせた。〝とある大物冒険者〟――というのは誰だかしらないけど。
もらえるお金なら……、もらうよね?
と、皆も同じ考えのようで、こくこく、こくこくと、3つのうなずきが返ってくる。
「ではこちら10000Gの受取証にサインをー。さすがにちょっと現金で渡す量でもないですから、銀行サービスのほうに入れることになります。取り出し時の10%の手数料は、特例で免除になりますからね」
受取証、とかいう紙に書かれた数字を見る。「0」がたくさんついている。
皆で一緒に指差しながら、ゼロの数を数えてゆく。
最近、ぼくも数字は読めるようになった。皆と一緒に数えられる。
「いち、にい、さん、しい、……いちまん。……10000G!」
みんなで数えて、みんなでびっくりする。
数字だけだから、ぜんぜんピンとこないんだけど……。
見たこともない大金だ。
さっき、1000Gを手にして大喜びしていたぼくらは、急にその10倍もの大金を手にすることになったんだけど。
受取証にサインをする。
なんかみんなに押し出される形で、ぼくがサインすることになった。
震える手で、名前を書きこむ。
自分の名前だけは……、最近、なんとか書けるようになった。字を書いているというよりも、図形を丸ごと覚えただけだけど。
「はい。それでは10000Gは、レムルさんたちのものになりました。使い道は、よーく考えて、決めるといいですよ。……それでもし、使い道で悩むようなら、お姉さんが、いくらでも相談に乗りますよ?」
にこっ。
エミリィさんが「お姉さん」になった。
ぼくたちは、ふらふらとする足取りで、ギルドをあとにした。
窓口を立ち去るときに、ふと、エミリィさんのつぶやきが聞こえてきた。
「まったくオリオンさんたら……、こんな子たちにあんな大金……、金銭感覚麻痺してるのかしら……。頭涌いてるんじゃないの……」
聞いたの、ぼくだけかもしれないけど、そんなふうに言っていた。
うん。やっぱりちょっと、10000Gって、大金だよねえ。
……どうしよう。これ?
1G=100円くらい換算レートなので……。
彼らの手にした10000Gは、百万円です。
ちなみに物価は安めなので、冒険者4人が70G=7000円で、宿代+食費+晩酌、ぐらいは出て暮らせちゃいます。





