step.31「押しちゃいけなさそうなスイッチ」
今日も朝から、ぼくたちは二階の探索に来ていた。
「よーし! 来たぞ! さあ今日はどうしようか! ――おいっちに! おいっちに!」
ロウガが準備体操をやっている。体がすごく柔らかいよね。ロウガって。さすが拳士。
「東方面は昨日新しく探索済みが増えているのよね。そっちの冒険者さんたちは、その先に進みそうな感じだから、私たちは昨日の続きで西に行ったほうがいいんじゃないかしら」
ダンジョンに行く前にギルドに寄って聞いてみたら、他にも二階を探索しているパーティはいるもよう。
ぼくらと違う方面に進んだ地図が、だいぶ出来上がっていた。それをもらって、自分たちの地図に合体させた。
攻略済みの地域が急に大きくなった。なんだかちょっと嬉しい。
本当はマップというものは、無料でもらえるものではないそうだ。
冒険者同士で交渉して、マップの売り買い(あるいは同面積で等価交換)をするものなのだそうだ。
なんかすごくプロっぽい。
しかし三階までの浅い階層に限っては、初心者向け特別サービスということで、ギルドがマップを買い上げてくれる。
そしてギルドが買い上げたマップは、皆に無料で配られて共有される。
ぼくらもそれで、昨日冒険していない部分の地図をもらった。
アルテミスが言う通り、ぼくらの他に一組か二組の冒険者がいるっぽい。
誰かの探索済みとなった範囲は、隠し部屋でもないかぎり、わざわざ回る必要はない。
モンスターはリポップしているかもしれないけど、宝箱の中身は、当然空になっているわけで……。
「冒険者の仕事って、基本的に宝箱探しになるのね……。私、冒険者になる前には、もっと派手な仕事だと思ってた」
「マップも大事ですよー。高く売れますよー」
「ああうん。そうね。ノノ。三階を卒業するまではね」
「薬草収集よか、宝箱探しのほうがいいじゃんか。開けるとき、ドキドキするじゃん?」
「そうだけど」
単に開けてなにが入っているかのほうでドキドキするわけだけど。
普通は別な意味でドキドキするのかもしれない。宝箱に罠があるのかないのか? 罠の種類を間違えたら? 罠を解除しようとして、誤って作動させてしまったら?
「ああ、そうか。わかった! 熱い戦闘がお望みだな! 俺と同じだな! ――アチョー!」
ロウガが空中にキックを出す。
《ロウガ、あたしたちと同じねー!》
《ねー》
剣ちゃんと盾ちゃんが意気投合する。
まあ二人はそのために存在しているわけだしね。ぼくも戦闘は本当は好きじゃないけど、剣ちゃんと盾ちゃんのために、ぼくは冒険者をやっているわけで、どっちかっていうと、そっち側。
「お望みじゃないし。戦闘はできれば避けたいと思っているし。てゆうか。あんたは戦闘はじまるとすぐ死んでるし」
「死んでないって。死んだふりだって。だがお師匠クラスになると、本当に死ぬんだけどな」
「なによそれ。本当に死んだら意味ないでしょ」
「いやだから、本当に死んでる死んだふりだとか。致命傷の一撃を食らう瞬間だけ死んでおいてノーダメージにするとか。色々応用がきくんだぞ。そしてうちの拳法の奥義は〝無想転生〟っていって、あらゆる攻撃を無効にする――」
「はいはい。進みましょ。進みましょ」
アルテミスが手をぱんぱんと叩いて、ロウガの拳法談義はおしまい。
皆で迷宮を進んでゆく。
いつものフォーメーションで、ぼくが先頭。女の子二人が真ん中。いちばん最後がロウガという順だ。
いくつかの部屋を開ける。宝箱は部屋に必ずあるとは限らない。モンスターもいなくて、宝箱もない空き部屋は、休憩に使うとよいらしいが、ぼくたちはそもそも休憩時には街に帰っているので、あまり用もない。
通路を歩いていても、モンスターには出くわさない。
〝大絶滅〟の影響は続いていて、マップはリセットされても、モンスターはやっぱり少ないみたい。
特に何事も起きず、マップが埋まってゆく。
途中、通路に罠が一個二個あっただけ。例によって罠さんたちが教えてくれたので、避けて通った。
そして「罠」と、マップに書きこんだ。
ぼくたちの探索していた西方面のマップが、だいたい埋まる。
いま進んでいる道が、しばらく先で行き止まりになっているだけで――。それを確認したら、西方面は完了。
「この突き当たりで終わりね。……あら? あれはなに?」
アルテミスの見ているものが、ぼくたちにも、すぐにわかった。
「なんだこれ? ……ボタンか?」
「ボタンみたいですねー」
まわりの壁と違う、色のついたボタンがあった。
黄色と黒の縞々で縁取られていて、ボタン本体は真っ赤だった。
「な……、なんか……、押したらイケナイ感じのするボタンよね……?」
「押したらいけない感じがするから、押したくなったりするのかもしんねーけど。でも押したらまずそうだよな……?」
「これ絶対押したらダメなやつですよう」
――と、皆は口々に言いつつ、なぜだか、僕を見る。
あれ? なんでぼくを見てくるの?
みんなが押したらダメって言うなら、ぼくは押したりしないけど?
「ほ、ほらっ、レムル……。いつものアレ、やってみてくれない?」
「……?」
「ほら。いつものアレだよ。アレ」
「……? ……?」
「レムルさん。いつものアレですよう。いつものルーティーン」
「……? ……? ……?」
《聞け、って言ってるんじゃないの? あるじ?》
あー。あー。あー。なるほど。
剣ちゃんの説明で、ようやくわかった。
そだね。聞いたほうが早いね。
「君はなんのスイッチですか?」
ぼくは聞いてみた。
「あははは。聞いてる聞いてるー!」
「しいっ、静かにロウガさん。レムルさんが集中できないですよ」
《もどるスイッチー》
「もどる? なににもどるの?」
《もどるとー、わすれるからー、おぼえてないのー。でももどるスイッチだよー》
〝物〟は嘘はつかない。隠し事なんかもしない。そこが人と違うところ。
だからこの、謎のスイッチさん? の言うことは、その通りの意味で……。
つまり本人にもよくわかっていないということだ。
「えと……、もどる……、スイッチで……」
ぼくは聞き出したことの説明を試みた。
なんで〝物〟と話すときと同じように、みんなと話せないのかな。そのうち話せるようになるのかな。もどかしいな。
しばらく試行錯誤をして、ようやく伝わる。
「ええと。つまり――〝もどるスイッチ〟ということはわかったけど、なにがもどるのかわからないってことね?」
アルテミスの言葉に、ぼくはこくこくとうなずいた。
「入口に戻るってことなんじゃねーの? だったら楽でいいなーっ!」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないし。うかつに押すわけにはいかないわよ」
「ええと……、なら……、食べちゃった薬草が戻ってくるとかっ?」
「おいノノ。おまえまた薬草食っちまったのかよ?」
「おやつにちょっと……。でもすこしだけだよ? 使う分はちゃんと残してあるよっ?」
「とにかく、このスイッチがなんなのか……。押してみないことには……。わからないわけよね」
アルテミスが言う。皆はうなずく。
「じゃあ……、多数決にする?」
「いや多数決になんてしないで、押してみよーぜ」
「ちょっとね? あんたね。ロウガ? 勝手なことしないでよね」
「だって多数決なんか取ったら、おまえたち女は、ぜってー、押さないほうに投票するだろ? 俺は知ってる。〝多数決〟っていうのは数の暴力なんだ。セクハラはやめましょう、なんて、吊し上げくらうんだ。俺はいつもそっちの側だ」
「いやセクハラはやめなさいよ」
「あ。わたし。押すほうに入れるから、だいじょうぶですよ。ロウガさん」
「おおっ! ノノおまえ! えらい! 心にチンチンついているなっ!」
ロウガの褒め言葉に、ノノはものすご~く嫌な目を向けて返した。
「ロウガさん。……それセクハラです」
「私。押さない。ぜーったい、押さない。……レムルは?」
「レムル、おまえは、絶対押すよな? チンチンついてるんだから、絶対だよな?」
それとこれとは関係ないと思うんだけど。
「どうしよう……?
ぼくは剣ちゃん盾ちゃんを、右手と左手に持って話しかけた。
ひとりごとっぽく、問いかけてみた。
《うん? なによあるじ? あたしたちに聞いてんの?》
《わたしたちのことは気にせず、あるじさまが決めていいんですよー》
剣ちゃん盾ちゃんはそう言った。
《あたしたちはどっちでもいいけど。でもあのスイッチ君。せっかくだから使ってあげたほうがいいんじゃないの? 押されるために生まれてきて、押されなかったら、可哀想だしー》
《それもそうかもしれませんわね》
なるほど。
二人の意見はとても参考になった。
ぼくは皆に顔を向けると――。
「……押そう」
「はいはい。じゃあ三対一の多数決で、押すことに決まりね」
「なんだよ? もっとキーキー言うのかと思った」
ロウガがアルテミスを見て、意外そうに言う。
「そっちこそ私のこと誤解していない? 決まったことに文句を言ったりはしないわよ」
全員で集まる。
罠とかでないことはわかっているが、なにが起きるかわからないから、皆で固まっておいた。
「じゃ……、押す……、よ?」
「いいわよ」
「いいぜ!」
「いいですよー」
……押した。
ぽちっとな。
その途端、なにか周囲の光景に変化が――。
起きたような気が、たしかにしたんだけど――。
それは目の錯覚か、単なる目眩だったのか――。
押すまえと、押すあととで、まわりはなにも変わっていなかった。
「なに……も、起きない……ね?」
「起きなかったわね」
「なにが戻ったってゆーんだ?」
「なんでしょうね?」
《ばいばーい、ボタンくーん!》
《さようなら》
《ばいばーい》
剣ちゃんと盾ちゃんが、ボタン君にバイバイしている。
ぼくたちは皆で連れだって、行き止まりの通路から引き返した。
最初のT字路まで戻ってきたところで――。
「あれ? ここT字路だったはずよね?」
「T字路……、だったよな?」
「T字路でしたよね?」
皆で立ち止まる。
十字路になっていた。
慌てて盾ちゃんの裏に書きこんだマップを見る。たしかにT字路で書かれている。
だが目の前にあるのは十字路で――。
その先には、扉とたぶん部屋が見えていて――。
マップには、そんなもの、ぜんぜん書かれていなかった。
「えっ? えっえっ? ……どういうこと?」
「頭のいいおまえにわからないことが、俺にわかるわけがないだろう」
「あんたなんかに聞いてないわよ」
「どういうとこなんでしょう?」
皆の顔がぼくに向くけど、ぼくにだってわかるはずがない。
ひとつわかることは、これまでに書いてきたマップと、いまのダンジョンの形とが、ぜんぜん違うものになっているということで……。
「とにかく……、脱出しましょう。外に出てから考えればいいわよね」
アルテミスの言葉に皆でうなずく。
ぼくたちはダンジョンの外に向かった。
◇
「やっと出られた……」
ダンジョンから外に出れたときには、皆で、大きく息をついた。
結局、結構な新規マップを書くはめになった。
階段の位置も変わっていた。ようやく階段を見つけて一階に戻れても、その一階の配置も新規になっていたので、またマップを作りながら出口に向かった。
◇
「それは大変でしたねぇ……」
ギルドについて、エミリィさんに報告をすると、まず同情してもらえた。
「だけど……、変ですねえ。ダンジョンはこのあいだリセットしたばかりですし。そんなすぐにリセットするはずはないんですが……」
「でもリセットしましたよ」
「したよな」
「しましたよー」
「そうすると、やはり皆さんが押したというボタンのせいでしょうか? ……同様の〝謎のボタン〟の報告は、これまでにも何度か受けてはいるんですけど。押したらどうなるのか、ということについては、これまで誰も試したことがなくって……」
「え? なんで押さないんですか?」
「いえ。普通押さないでしょう。意味のわからないボタンとか」
アルテミスが聞く。エミリィさんが答える。
「あ……、あははははー……。そ、そうですよねー。うちも止めたんですよ? 私は止めたんですけど。でもみんなで多数決を取ってみたら、押すことになっちゃって……」
「ともかく、皆さんのおかげで、これまで謎だったボタンの効果が判明しました。ありがとうございます。ところで、どなたか絵心ある人はいらっしゃいますか? ボタンの詳細な絵を描いていただけると……。全ギルドに通達しますので」
「ええっ!? 全ギルド!?」
皆がびっくりした声をあげている。
ぼくはメモ用紙にペンで、ボタンの絵を描いていた。
書き書き……。
「ええ。もちろん。世紀の大発見ですから。あの押しちゃイケナイ感じのボタンは、ななな!? なんと!? ダンジョンのリセットスイッチだった!? ――って大ニュースになりますよ」
「えええええーっ!? わた――私たちそんなニュースだとか有名人だとか!」
ここのところの模様。どうだったっけ?
ねえ? アルテミス。覚えてないかな?
「そんな無理です無理です! 見つけたことは内緒でお願いします!」
アルテミスは忙しいらしい。ロウガに聞こう。
ねえねえロウガ?
「馬鹿いえよ! 俺たちが見つけたんだぞ! そうだ俺たちがあのボタンに名前をつけよう!」
ロウガも忙しいらしい。ノノに聞こう。
「ああそうですそうです。発見者で名前が通達されるなら、二つ名とか、考えないとぉ……。〝千の草のノノ〟――って、これどうですか? どうですか? どう思いますか?」
ノノも二つ名? とかいうのを考えるので忙しいらしい。
でも二つ名? とかいうのって、自分で付けるんじゃなかったような……? よく知らないけど。
ぼくはボタンの絵を描いた。
黄色と黒の警戒色の縁取りのなかにある、真っ赤なボタン――。
いかにも押しちゃイケナイ感じの、そのボタンを描いた。
φ(._.)カキカキ





