step.30「はじめての取り調べ」
「困ったことになっています」
エミリィさんは口を開くなり、そう言った。
ここはギルドの建物の上の階。個室になっている部屋。
〝取調室〟とか、なんかちょっと怖そうな名前の部屋。
朝、ギルドから呼び出しがあって、ぼくとアルテミスの二人は、いまこの部屋で〝取り調べ〟なるものを受けていた。
ロウガとノノの二人も心配してついてきてくれたけど、この部屋までは入れなくて、下のホールで待っている。
いつもニコニコ笑っているエミリィさんが、今日は笑っていない。
笑顔がないと、違う女の人みたい。とっても怖い女の人みたいに見える。
剣ちゃん盾ちゃんがいれば、感想を聞けたかもしれないけど。
いま二人ともロウガたちに預かってもらっている。アルテミスの樫木の木の杖もない。
「そんなに畏まらなくてもいいですよ。ギルドは基本的にギルド員の味方でああろうとしていますから」
にこっ。
あっ……。いつもの笑顔だ。
ぼくはほっとして、緊張を解いた。
――と、隣にいるアルテミスから肘鉄をもらう。
ええっ? なんで? なんでいま肘鉄もらったの?
なに? なに? どゆ意味?
「――アルテミスさんも、そんなに警戒しなくていいですよ。貴方がたを容疑者として見ているわけではありませんから。ただこちら側と、あちら側のギルドの言い分とに、重大な食い違いがありますので、その点をはっきりさせたいと考えているだけです。ギルドとしてどういう態度に出るのか、決めないとなりませんので」
エミリィさんは、また笑顔の消えた顔でそう言った。
「それはギルドに不都合なことがあれば、私たちを切り捨てるって意味ですか?」
アルテミスも固い顔で言う。彼女は普段から
「ギルドは構成員を守りますが、無条件にすべてから守るというわけではありません。ギルドの規定を守らなかったときには、残念な結果になることもあります」
「あれは自衛でした」
アルテミスは言う。
「でも貴方はまったく覚えがないと証言していますよね」
「それは……、そう……、なんですけど」
「盗賊ギルド側の言い分では、彼らは酔っている貴方たち二人を見かけて、介抱しようとしたところ、いきなり腕を切り落とされたといいますが」
「嘘です!」
「ですから貴方は覚えていないんですよね? 酔い潰れていたせいで」
「そ、それは……、そう……なんですけど」
アルテミスの声は小さくなっていってしまう。
「でも……、レムルが」
二人の顔がぼくに向く。
話すことを、ぼくに期待されても困るんだけど。
「レムルさん。貴方の供述によりますと――」
エミリィさんは手元の紙を見ながら言う。あれはぼくが書いた紙。口で話すのは相当大変なので、紙に書いて出した。盾ちゃんのアイデアだ。代筆も盾ちゃん。
「レムルさん、確認しますが。貴方とアルテミスさんの二人が、路地でうずくまっていたところ、あの二人がやってきて、介抱する素振りなんて最初からなくて、貴方がたを〝カモ〟と呼び、一人が見張りに立った上で、もう一人が、Gの入った革袋を探っていた。……間違いないですか?」
こく。
ぼくはうなずいた。
「あ。忘れていました。ちょっとこれ持っていてもらえますか」
エミリィさんは、なにか……、ベル? みたいなものをぼくに渡してきた。
なんだろう? これ?
指ではじくと、チーンと、澄んだ音が鳴る。
「持っているだけでいいです。鳴らさなくていいです。ていうか、鳴らしちゃだめですよ」
そうなんだ。ぼくはベルをしっかりと抱え持った。
「……さっきの確認に戻ります。男たちは貴方の持っていたG袋を盗もうとしていたわけですね? そうですか?」
ぼくじゃなくてアルテミスが持っていたんだけど。
「……アルテミスさんの持っていたG袋を盗もうとしていた。……そうですか?」
うん。そう。
「……はい」
ぼくがそう口にした瞬間――。
抱えていたベルが、ちーん、と、澄んだ音色を鳴らした。
ひとりでに鳴った。
「そして男たちはお金を奪ったあと、アルテミスさんの体をさわり、強姦の企てを話していた。……そうですか?」
ごうかん? ……それ、なに?
ぼくは首を傾げた。
アルテミスに顔を向けると、めっちゃ硬い表情になっていた。
そういえばここは彼女に話してなかったっけ。ギルドに出した紙に書いただけ。
体を触られたことだとか、知ったら嫌だと思ったんだよね。
「……聞いてない」
アルテミスが青ざめた顔で、ぼそっとつぶやいた。
ごめん。だから言ってなかったんだけど……。言っておいたほうがよかったのかな?
「ええと。つまり、ひらたく言いますと――。〝ヤッちまおう〟という相談をしていたってことなんですけど」
やや顔を赤くして、エミリィさんが言う。
ああ。うんうん。そうそう。
そんなこと言ってました。
「……はい」
ぼくがそう口にした瞬間――。
またもや、ちーん、と、ベルが鳴った。
このベル……。いったい、なんなんだろう?
「なのでレムルさんは、そいつの腕をぶった切ってやったと」
「……はい」
ちーん。
「ぶった切るくらいじゃなくて、ぶっ殺してやればよかったんですよ」
エミリィさんは言う。
にこにこ笑顔でそう言う。笑顔コワイ。
「ちがうとこ切ってやればよかったのよ」
アルテミスが言う。思い詰めた顔で言う。〝ちがうとこ〟――って、どこのことだろう?
「聞き取り調査は以上です。確証が取れましたので、ギルドとしての態度も決まりました。盗賊ギルドに対しては、〝自衛のためのやむを得ない防衛〟として断固たる態度で臨みます。正直、単なる窃盗に対してですと、腕を切り落としてしまうのは、ちょっと過剰防衛になってしまうんですよね。でも強姦未遂がつくなら余裕です。ぶっ殺していたって問題ありません」
エミリィさんはニコニコ笑顔で、過激なことを言う。
「だいたい、証拠品として残された〝手〟が、しっかりと革袋を掴んでいて放さないんですから。〝介抱しようとした〟って言い分は、苦しいんですよね」
ぼくたちの全財産は返してもらえていない。革袋に〝手〟がくっついたまま、ギルドが預かっている。
「今回はお疲れ様でした。アルテミスさん。嫌な思いをさせてしまってごめんなさい。……でも貴方も迂闊なんですよ。酔い潰れるまで飲むとか。路地で寝ちゃうとか。レムルくんがいなかったら、貴女、人生めちゃめちゃにされていたところでしたよ?」
「……はい」
アルテミスは殊勝な顔でうなずく。
そしてチラっとぼくを見る。その視線の意味は……、ぼくにはわからない。
「あと全財産を持ち歩くとかも、やめましょうね。ギルドにはお金を預かる銀行サービスもありますので、ご活用ください。引き出すときに10%の手数料を頂きますが、こんなことがあって全財産をなくしてしまったりするよりは良いでしょう?」
「それは……はい。すいません……。節約するつもりで……」
アルテミスは赤くなる。
「みなさんそうやって、いちど全財産を失ってから、学習されるんですよね。失う前に覚えられたってことで、よかったですね」
「……はい」
アルテミスはますます赤くなる。真っ赤になってうつむいている。
「盗賊ギルドの方々は、ある意味、〝盗む〟のが仕事といえますので――。〝盗み〟それ自体は黙認なんですよ。気づかなければ自己責任。気づいて現行犯で捕まえなければ、お金は戻ってきませんので」
そうなんだ。
「……レムルさん。つぎは腕を切り落とすのはやめておきましょうね。痛めつけるぐらいが〝相場〟です」
だめなんだ。
「……まあ今回の場合、盗賊ギルド側でどんな〝処遇〟が行われるかは、わかりませんけどね。盗みを働いて失敗したことより、盗み以外の強姦という不埒に及ぼうとしたことより、盗賊ギルドに対して偽証を働いたことが最も重たいでしょうね。……〝お礼参り〟に関しては、心配しなくてもいいようになると思いますよ」
そう言うと、エミリィさんは片目だけつぶって見せた。
器用だなー、と、ぼくはエミリィさんの顔を見ていた。
◇
エミリィさんの言う〝お礼参り〟っていうのは、なんなのかわからなかったけど……。
しばらくして、あの二人の死体が、路上に置かれていた。
盗賊ギルドが、ギルドの掟(ギルドに対して嘘をつかない)を破った者に対する制裁なのだと、街の人たちはそんな噂を話していた。
〝お礼参り〟っていうのがなんなのかはわからなかったけど……。
あの二人が、ぼくたちに対して、もうなにもできなくなったことだけ確実だった。
今回出てきたアイテムは、「真実のベル」といって、ギルドのえら~い大賢者さんが開発したマジックアイテムです。「偽証のベル」と対でセットです。
「偽証のベルの間違った使い方」に関しては、拙作『自重しない元勇者の強くて楽しいニューゲーム」の『真実の鐘 「ちょ――ぜんぶ暴露しないでえぇ!」』をご参照ください(笑)