step.2「葡萄酒を売るだけの簡単なお仕事……のはずなんだけど」
ぼくはマントとフードの前を、きゅっと閉じ合わせて、道の端を歩いていた。
まわりには人がいっぱい。めっちゃ怖い。
足並みはなるべく一定にする。
なるべく目立たないように――。
視線を浴びたり、呼び止められたりなんてことが、間違っても起きないように――。〝人〟と会話する機会が、間違っても発生しないように――細心の注意を払う。
前の人生でも引きこもりだったけど、もうすこしくらいはマトモだった気がする。
最近、どんどん人間嫌いが進んでいっているような気がする。
酒場は街の反対側にある。毎日、そこへの道を一往復するのが、ぼくのやっている大冒険だった。
酒場についた。昼前の酒場には人がいない。――と思ったら、今日は三人組がテーブルを一つ埋めていた。
冒険者? ……とかなのかな?
男の子が一人に、女の子が二人。
ぼくとさして変わらない年齢なのに、きちんとした服を着て、きちんとした食事をしている。
ぼくが見ていることに、向こうも気づいた。ぼくは素早く目線を外した。人と会話が生じる機会は、なるべく避けないと……。
カウンターのところにいって、中にいる店のマスターに、革袋を突き出す。
マスターは革袋の中身を別の容器に移すと、空になった革袋と、銀貨を1枚、突き返してくれた。
オバちゃんの葡萄酒は、大変、美味しいらしい。だからこんな高値で売れる。飲んだことないけど。
今日の取引はこれで完了だ。
ここのマスターは無口でよかった。会話が発生しない。
ぼくは店を出ると、来たときとまったく同じ道を引き返していった。食糧はまだ残っている。市場に寄って食糧を買うという冒険を、まだ何日かは、しないでも済む。
ややもすると足早になってしまう足を抑える。目立たぬように、一定の速度でひっそりと歩く。
とある古物屋の前を通りがかったときのことだった。
その〝声〟が聞こえてきたのは――。
《もー、盾ちゃんてばー。うるさいよー》
《だってこんなところで埃をかぶってゆくだけの人生……盾生なんて、あんまりだと思わない? 剣ちゃん?》
《そりゃあね。あたしだってねー。勇者様? とかゆー人に、貰われていきたいと思っているわよ。蜘蛛がやってきてネバネバする糸をかけて巣作りされたりする剣生は、なんか違うと思うわけよ》
《わたしの中も~、ダンゴムシさんたちが住んでるわよ~》
《――あーもうだから! あっち行けっての――! しっしっ! あーもー、どこかにいないかしら、勇者様! 伝説の剣はここですよーっ!!》
《わたしたちは~、無理だと思うわ~。あと剣ちゃんは伝説の剣じゃないと思うー》
《言ったなこら。盾ちゃんだって伝説の盾でもないくせに》
《わたし普通の盾でいいもの。普通の戦士さんに使ってもらえれば、それでいいもの》
「君たち話せるんだ」
《もーほんと。この際普通の戦士でも剣士でも盗賊でも我慢するから! 妥協してあげるから! 誰かもらってもらってー!》
《剣ちゃんは、剣を使う人ならなんでもいいから~、いいわよね~。わたしは、盾を使ってくれる職でないとだめよね~》
「ねえ。聞こえてる? 君たちって話せるんだね。めずらしいよね」
《………。あのね。盾ちゃん。気のせいかもしんないんだけど……。なんだかそこの人間。話しかけてきている気がしない?》
《あら偶然ね~。わたしもそう思っていたところ~》
《そうよね! やっぱりそうよね! 盾ちゃんもそう思うわよね! あたしの気のせいじゃなかったわよね!》
《あのー、人間さん? もしかして、聞こえていらっしゃいますぅ~?》
「はい。あと人間さんでなくて、レムルっていいます」
《えっ……!?》
《ひゃっ……!?》
二人? は、絶句していた。
ぼくは店の中まで入りこんでいた。床のうえに直に置かれている、剣と盾の前にしゃがみこんで話しかけていた。
ぼくのほうも、ちょっとびっくりしていた。
ぼくは〝物〟と話せる力を持っているけど、話しかけられた〝物〟がびっくりしていることなんて、はじめてだった。
みんな、割とぽーっとしているので、人間であるぼくが話しかけても、驚いたりはしない。
この子たち、すごく意識がはっきりしている。こんなにはっきりおしゃべりができるなんて……。オバちゃんのほかには、ぼくは知らない。
「銀貨二〇枚。二つセットでな」
店の奥から、声がした。
えっ? ――と、ぼくはそちらを向いた。
見れば、店主が鋭い目でこちらを睨んできていた。
「……あ、……う」
ぼくは途端にしゃべれなくなってしまった。〝物〟相手なら普通にしゃべれるのに、人間相手は、ぜんぜんだめだった。
ポケットの中を探る。銀貨が1枚。さっき店でもらった代金だ。
ぼくは古物屋から飛び出した。
《あ!? ちょっと!? 人間さん! ――レムルーっ!》
《待ってくださいましー! レムルさーん! わたしたちを連――》
二人の声が追いかけてくる。〝名前〟を呼ばれたことに、ぞくぞくと興奮しながら、ぼくは駆けていた。
目立ってしまうが、どうでもよかった。――そんなこと!
ぼくは生まれて初めて、他人から〝名前〟で呼ばれた!