step.20「リムルアース迷宮⑤ ~宝箱があったけど~」
がちゃり。
扉を開けて中に入る。
鍵がかかっていないことも、罠がついていないことも、すでに確認済み。
部屋の中は――わりと、がらんとしていた。
「なにもないの? ……いや、待って」
部屋の隅のほうに木箱があった。
あれってひょっとして〝宝箱〟とかいうもの?
そしてまるで宝箱を守るかのように、そのまえにうずくまる、ずんぐりとした――。
なにかの生き物がいた。
ゴブリンとか? コボルトとか? 大蜘蛛とか?
しおりに書かれていたモンスターの数々をぼくは思い浮かべた。……のだけど、なんか、どれとも一致しない。
モンスターっていうより、単なる大きい動物?
「あれ。アルマジロンっていう動物ですよ」
ノノが言う。
モンスターじゃなかった。単なる動物だった。
「動物? モンスターじゃないの? なんでダンジョンに? ――それって、どういう生態?」
ノノは動物が得意らしい。薬草も得意だから、野外生活一般が得意なのかもしれない。
そのノノが言うには――。
「ええと。アルマジロンは、体は大きいんですけど。気性はわりと穏やかで……。脅かしたりしなければ、襲ってきたりはしません。でもナワバリ意識は強いので、巣を襲われたときには、死に物狂いで戦うこともあります」
「え? じゃあここって、巣、っていうことなんじゃ……?」
「そうなりますね。ちょっとすぐに出てみましょう。それで外で作戦を――」
「なんだモンスターじゃないのかー! おい! こら! こいやー! かかってこいやー! 動物なら怖くないぞ! オラァ!」
「ちょ――バカ! 話聞いてたの!? 刺激するな!」
アルマジロンは、ロウガの大声で、びくっとなった。
そしてこっちに気がついたのか、こちらに頭を向け、低いうなり声をあげて威嚇しはじめた。
「ちょ――、ちょ――! ちょ――! ノノっ! あれなだめられない? 手懐けられない? テイマーって、動物と仲良しの職よねっ!?」
「テイマーはお友達になった動物さんを喚べるのであって、お友達になるところに関しては自力なんですけどー」
「じゃあ、自力でやって! お友達になって!」
「すっかり怒っちゃってますよう。だめですよう」
「おら! こいやー! かかってこいやー! うちのパーティのタンクが相手だーっ!」
ロウガが、ぼくをすいっと前に押し出す。
ぼくは盾を構えた。剣も構えた。
いつもの構えになると、すうっと心が落ち着いてゆく。
アルマジロンが体を丸めた。一抱えほどもある、巨大なボールとなって、こちらに向けてゴロゴロと――。
「うわわわわわわ!」
「きゃああぁーっ!」
「きた! きたきた! きたあぁーーっ!」
後ろで皆が叫んでる。大騒ぎになってる。
しかしぼくは落ち着いていた。
これまでの練習の通りに、まったく同じ動作で、剣を――。
剣を振った。……んだけど、すかっと、空振りをした。
あれれ?
ぼくは自分よりも大きい相手を想定して、練習をしていた。
アルマジロンは一抱えほどもある大きいボールだけど、その高さはは、ぼくの腰よりも低くて――。
ぼくが剣を振ったところには、なにもなかった。
だめだった。
練習通りに体は動いたけど。……練習通りにしか動けなかった。
ぼくは転がってくるボールに跳ね飛ばされて、壁に叩け付けられた。
「ぎゃー! ぎゃー!」
「うわこっちくんなーっ!」
「アルテミスちゃん! 魔法! 魔法使って! やっつけてー!」
「そっちこそシロちゃん喚びなさいよ! 魔法は時間がかかるんだからっ!」
アルマジロンは、壁で反射して、縦横無尽に部屋の中を転がり回る。
みんなは轢かれないように逃げ回るばかり。
チームワークはめちゃくちゃだ。
「――シロちゃん! お願い助けてッ!」
ノノの呼びかけに呼応して、空間に魔方陣が開く。
わおーん! ――と、勇猛な鳴き声とともに、仔オオカミが出現した。
「わう! わうわうわうっ!」
仔オオカミは、ノノを守ろうとして――すかさずアルマジロンに飛びかかった。
――だが。
「きゃうん! きゃうん!」
跳ねとばされた。ぜんぜんダメだった。大きさがそもそも違った。仔オオカミは子犬サイズだった。
「ぐわあああ! やられたあぁぁーっ!」
ロウガが倒れた。アルマジロンに当たってもいないのに、なんでか、死んだ。
ばったりと倒れる。
ぼくは起き上がった。背中を壁に押しあてて、なんとか立ち上がろうとしている。
《あるじ! はやく立ってはやく!》
《あるじさま! つぎは受け止めますから!》
剣ちゃんと盾ちゃんに励まされて、ぼくはなんとか、剣と盾とを持ちあげて構えた。
ごろごろと壁で跳ね返っていたアルマジロに向けて、アルテミスが樫の木の杖を掲げ、なにか呪文? を唱えている。
魔法使いが魔法を使うところを、はじめて見た。
足が完全に止まって動けなくなることも、はじめて知った。目も半眼に閉じちゃっているから周りも見えていないのかも?
アルマジロンはその無防備のアルテミスに迫ろうとしていた。
「やあっ! やあっ! やあっ! ――お願い当たってーっ!」
ノノが部屋の隅で弓を構えて、矢を連射している。
5本のうちの3本は外れて、2本だけ当たるけど、アルマジロンの装甲は固くて、刺さりもしないで矢は跳ね返っただけ。
「ぼくが守る!」
ぼくは飛び出した。
剣を命中させることはできないけど――アルテミスがなにかするまで、守るだけなら!
盾ちゃんを構えて、アルテミスの前に飛び出した。
回転して迫る巨大なボールを、がっしりと受け止める。
すごい衝撃がきた。
《あるじさま! 踏ん張って!》
足腰に力を込める。踏ん張る。
踏ん張ったその足ごと、ずずずっ! ――と滑って、何メートルも押されてゆく。
だけどアルマジロンの大回転を、なんとか止めた。
「よし油断したな! くらえ! 俺の必殺キック! そしてキック! もっとキック!」
死んでたはずのロウガが、アルマジロンに攻撃している。
キックを連発。
ちょ! ちょ! ちょ! こっちに押すの、だめだからーっ!
「――炎熱の魔神アーネストよ、灼熱の王姫よ、我の求めに応じ、我が敵を焼き滅ぼさん……」
ぼくの稼いだ時間で、アルテミスは呪文を完成させる。
「――炎弾っ!!」
杖の先から炎の塊が撃ち出された。
アルマジロンに命中する――。
矢も通さなかった装甲だけど、炎はさすがに効いたようで――。
「ブモオオオオオ――!」
アルマジロンは大きな声で鳴いた。
これまで無言で転がり回っていたのに、こんなに大きな鳴き声で鳴くとは思わなかった。
そして――。
転がるのをやめて、普通に走って、ダッシュして――。開けたままのドアから、走って逃げていった。
「あ。……逃げた」
「逃げちゃいましたね……」
「はっはっは! 逃げたぜ!」
「……」
皆がそれぞれ、ぽつりと洩らす。
ちなみに、アルテミス、ノノ、ロウガ、そしてぼく。
《えっ? あれっ? おわりー? あたしの出番はーっ?》
《あるじさまをお守りできました……。はふう》
そして剣ちゃんと盾ちゃん。
盾ちゃんは満足してるけど、剣ちゃんは不満ぎみ。だって剣は一回も当たっていない。
「えっと……? これ? 戦闘……、終了……、ってことで、いいの?」
アルテミスがぼんやりと言った。