step.16「リムルアース迷宮① ~入口前~」
迷宮の入口までは、片道30分ほど。
すごく近い。
というか……。
もともと迷宮の入口のほうが先にあって、その近くの川辺に人が集まるようになり、そのうち街になってしまった、という経緯があるっぽい。
ぼくたちの街は、じつは冒険者の街だった。
ぜんぜん知らなかった。毎日生きるのに必死だった。正確には、部屋から出ないでいることに必死だったほうだけど……。
入口は、自然の洞窟みたいに見えた。
真っ暗で深い穴が開いている。どこまでも奥深く続いているような気がする。
「たいまつ――よし。火打ち石――よし。ロウソク――よし。ロープ――よし」
洞窟の入口前で、アルテミスが荷物を解いて、中身の確認をやっている。
なにが必要なのか、ぼくにはよくわからない。だからアルテミスにみんな任せている。
迷宮探索……というものは、「冒険者のしおり」を読んではみたけど、じつのところ、よくわかっていないのだ。
体験してみていないことに想像をめぐらせるのは、ひどくむずかしい。
いっぺんやってみるほうが早い。
「冒険のための作戦会議」でも、いざ冒険をすることに決まったあとで、どんな準備がいるだろうか、という話が、延々と続いていたので――。
「いっぺん行ってみたほうが、いいんじゃない?」と、ぼくは言った。
アルテミスは、どうも一回で冒険を成功させるつもりみたいなんだけど……。だから用意周到に準備をしているのだけど……。
ぼくは、そんなこと、起きるわけがないと思っている。
準備はそれなりに大事だと思うけど。でもそれよりも大事なことは、いっぺんやってみて、どんなことなのか実感が持てるようになることだと……。
「袋、大中小セット――よし。保存食は……。今回は様子見だから必要はないんだけど。いちおう念のため3日分――よし。水も――よし」
アルテミスはすべてを指差し確認。ようやく全部完了。
「おま。几帳面すぎ。出かけるときにも点検していたろ」
「誰かさんがこっそり道中で食べて食糧を減らしたりしなければ、私だって、二度も三度もやったりしないんですけどね」
「だ、誰だろうなぁ~」
ロウガは鳴らない口笛を、ぷー、すー、と吹いている。
「ノノー、葉っぱ拾いもいいけど。出発準備の確認。ちゃんとやってくれる?」
「あー、はーい! ごめんなさーい」
洞窟脇の茂みから、ノノが駆け戻ってくる。
「これ、これ――。役に立つ葉っぱ見つけたんですよ。これ――麻痺が治る葉っぱでー」
葉っぱがまた増えた。じつはこの迷宮までの道すがらでも、葉っぱはいくつも増えていた。
ノノは薬草カバンを空けて、薬草の数と種類を確認。
それぞれの種類ごとに、いち、にい、さん、たくさん――と数えて、終了。
アルテミスより圧倒的に早く終わった。
そのあいだにロウガは準備体操をやっていた。
「よし! 出てこいモンスター! 俺の必殺技をおみまいしてやるぜ!」
「死んだふり、滅多なことでは使うんじゃないわよ? 戦士のレムルに負担が行くんだから」
「死んだふりをして油断をさせたあとで、背後から襲うまでが必殺技だ! 一人じゃそこまでコンボが繋がらなかっただけだ!」
「レムル。……準備運動もほどほどにね。本番のときに疲れちゃってたら、元も子もないから」
「え? あ……。うん……」
ぼくは剣ちゃん盾ちゃんを振って、いつもの型をやっていた。
二人が――とくに剣ちゃんが、エキサイトしちゃってしょうがないので、そうしていないと落ち着いてくれない。
でもなんか止められたっぽいので、やめておく。
朝から晩までやっていたことだから、べつに疲れるとかはないんだけども……。
一通り確認が終わったあとで、アルテミスは、ぼくたちに言った。
「迷宮内は、全10階層に分かれているわ。まあ私たちには当面関係がないけれど。今日は一階にしか行かないし。入口近辺を少し回るだけ。夕方前には帰るから」
「でも……、食糧……、3日分?」
ぼくは聞いてみた。さっき指差し確認で、食糧は4人で3日分って、そう言ってた。
「もしものときのためよ。迷って出られなくなって、餓死……とか、嫌でしょう?」
「餓死……」
それは嫌な死にかただなぁ。
引きこもりをしていると、このまま餓死しちゃうのかぁ、と思うことがある。けっこうある。だからよく知ってる。
「さて。じゃあ準備はいいなーっ! 入るぞ! 入るぞー! うおー!」
「待って」
逸るロウガを、アルテミスが止める。
「いちばん重要なことを、まだ決めてないわ」
「なんだよ? はやく決めようぜ? なんだか知らないけど」
「リーダーが誰なのか、それを決めておかないと」
え? という顔を、皆がした。
まじまじと、アルテミスを見返す。
え? 君じゃなかったの? ――という顔だ。
「え? 私? いえいえいえ! 私。そんな柄じゃないから」
「おまえ。あれだけ仕切っていて、いまさらリーダーじゃないとか言っても……」
「だから私、そんなんじゃないっていうの。せいぜい参謀とか学級委員長とか、そんな役目ならともかく、ぜったいリーダーじゃないから」
〝がっきゅういいんちょう〟って――、なんだろう?
「よし。じゃあリーダーは俺だ!」
ロウガがそう言ったが、女の子二人は華麗にスルーして――。
「でもわたしもー、そういうのとはー、違うと思うし」
ノノが言う。
「テイマーっていうのは、動物に対してリーダーシップを持つ存在ではないのかしら?」
「わたし、向いてないと思うんですよう……」
「ノノ。人はね。リーダーに生まれてくるんじゃないの。リーダーになるのよ」
「だったらアルテミスちゃんがなってもいいんじゃない?」
「うっ……、墓穴ほったわ」
《ねえ。なんの話ーっ?》
ぽわっと姿を現した剣ちゃんが、首を傾げている。
剣ちゃんは「はやく斬りたーい! 早く行こう!」って感じ。ロウガとおんなじタイプ。
「リーダーっていっても、戦闘とかになったとき、戦うのか撤退するのか、そういう合図を出す役ってことよ? 時間があるときの相談は、皆ですればいいわけだし」
「戦闘リーダーか! じゃあ俺で決まりだなっ!」
ロウガが言う。皆はなかったかのように話を続ける。
「だいたい私、魔法を唱えなければならないし。呪文の詠唱中に、『みんな! 撤退して!』とか叫ぶの? 暴発しちゃうわ」
戦闘のリーダーは誰に決まるんだろう。――と、ぼくは結論が出るのを待っていた。
そしたら、いつのまにか、皆の視線はぼくに集まっていた。
「レムルくん……、戦士だから、口は自由ですよね? 戦闘中でも?」
ノノが言う。
「え……?」
まさかぼくなんかに矛先が向くとは思わなかったので、ぼくは、びっくりした。
「いちばん前面で戦うのが、レムルなのだから。敵が強いか弱いか、いちばんわかるのも、あなたってことよね?」
「え……?」
アルテミスなら、きっと、ぼくは向いてない、と、そう言ってくれると思っていた。
それなのに、なんだか――薦められちゃっている?
「そういえば俺も死んだふりで忙しいかもしれないからな。しゃべったらバレちゃうしな。レムル。おまえが適任なのかもしれない」
ロウガまでそう言う。
死んだふりをする気、まんまんだね。
「えと……、逃げる……、合図?」
ぼくは、聞いてみた。
ちゃんとした文章として言えなくて、カタコトになってしまうのが、自分でももどかしい。オバちゃんや剣ちゃんや盾ちゃんたちと話すように、普通に話せるようになる日は、くるのだろうか……?
「そ。私たち、一緒に戦ったことだってないんだし。お互いがなにをやれるかだってよく知らないんだし。だから戦闘の指揮なんていったって無理があるのよ。だから逃げる合図だけでいいと思う」
《あるじ! 逃げる必要なんてないんだから! あたしがみんな、やっつけてやるから!》
《あるじさま? 逃げるタイミングくらいだったら、わたしでも、お手伝いできると思いますよ》
なんだか知らないけど。ぼくは〝リーダー〟になってしまった。
きちんとできるかな? だいじょうぶかな?
さあ! いよいよ! ダンジョンに突入だ!
ダンジョンに入る前で1話です。
へっぽこ初心者パーティなんで、こんなもんす。
ダンジョン内でも、あいわからずのへっぽこっぷりの予定です。
Act3章は、ダンジョン内で、3~4話くらいを予定してます。





