step.10「剣ちゃん盾ちゃんの、そこはかとない大きな不満」
夜半――。狭くて小さな、1人+3アイテムの部屋。
《盾ちゃん……、起きてる?》
《ええ。起きてるわよ》
二人は小さな声で言葉を交わした。
《ねえ。ちょっと話があるんだけど……。ところで、あるじは……、寝てるかな?》
《あるじさまー、あるじさまー? 起きてたら、返事してくださーい?》
しばらく、待って――。
《……寝てるみたい。返事ないし》
《盾ちゃん。それ本気でやってる?》
《え? だめ? 寝てたら返事してもらったほうがよかったかしらー?》
《あ――ちょっとちょっと! あるじっ! オバさんのコック開いてる。葡萄酒もれてる! たいへんよ、たいへん!》
しばらく、待って――
《……寝てるわね。だいじょうぶね》
《あるじさま。起きてる間、ずっとわたしたちを使ってくれているから……。すごく疲れているのよ》
《うん。そうよね。……そうなんだよね》
《ねえ。話って、それ? その話?》
《うん。そうなんだけど……》
剣は言い淀む。普段のハッキリしすぎるほどの物言いは、影を潜めている。
《あるじは、あたしたちのこと、いっぱい使ってくれているよ。だけど……、なんか……》
《ねえ? その話だったら、わたし、しないわよ?》
《盾ちゃんだって! ……盾ちゃんだって、おなじこと、思ってるんじゃないの?》
《それは……》
《どうなのよ? 盾ちゃん?》
《だって……、しかたないわよ。あるじさま。がんばってくれてるのよ? がまんするしか……、ないじゃない……。言えないわよ。毎日こんなに疲れるまでがんばってくれているあるじさまに。言えないわよ。お願いなんてできないわよ》
《あたしだって、そうよ》
《じゃなんで文句言ってるのよ。あなた》
《文句なんて言ってないよ。言ってないけど。……でも、毎日、こうやって振るわれていると、あたしはやっぱり〝剣〟なんだって思う。そう実感する》
《だめ。言わないで。わたしだって……、わかるわよ? わたしだって、あるじさまの腕に持たれて、構えられていると……、ああ、これで本当の攻撃が来たら、それを受け止められたら、あるじさまを守れたら、どんなに――》
《言ってるじゃん》
《剣ちゃんが言わせたんでしょう。わたし。言ってないのに。言うつもりなかったのに》
《本当の攻撃が来るってことは、あるじ、すでに危なくなってるよね? 守るっていうけど、はじめから危ないことしなければいいんだよね。本末転倒ってやつだよね》
《ううう……、剣ちゃんの、いじわる……。剣ちゃんだって、そういうことしたいって思っているくせに。最初に言い出したのは、剣ちゃんでしょう?》
《あたしは、あるじのこと、危ない目になんてあわせないもん。あるじの敵は、あたしがみんなやっつけてやるんだから》
《それどこが違うのよ》
《あたしは、やっつけるんだから、危なくないでしょ? 盾ちゃんのは、危なくならなきゃいけないんでしょ? じゃあ、危ないでしょ?》
《わたしだって、守るんだから、危なくはないわよ?》
《じゃ、危なくないなら、お願いしてみようよ》
《そ、それは……》
盾が言い淀む。
自分の言った言葉が、自分で信頼できていないという感じに。
自分たちの望みは、つまり危険に身を置くことだった。
それは武器と防具としての〝本能〟だった。
練習は楽しい。あるじに使ってもらえると幸せ。そう思っていた時期もあった。しかしやはり練習は練習でしかなく、むしろ練習で振るわれることで、自分たちが本当はなにを求めているのか……。
二人には、わかってしまったのだった。
《言えないよね。あるじに、冒険に出よう、なんて……》
《あるじさま。そういう人じゃないですものね……》
二人は重いため息をついた。
その話は、そのまま終わった。
◇
ぼくは二人の会話をずっと聞いていた。
盗み聞きするつもりなんてまったくなかった。二人がゆっくり話せるように、聞いてないふり、寝ているふりをしようとしていただけだった。
ぼくは、自分がばかだったことを、痛切に思い知っていた。
毎日、毎日、剣を振って、盾を構えて。それで二人が幸せでいると思いこんでいた。
二人はおもちゃの武器防具なんかじゃない。
〝本物〟の剣と盾なのだった。
そして〝本物〟というのは、本当に使うためにあるのだ。
その意味を、ぼくはその晩、ずっと考えていた。一睡もしないで――。