step.9「剣と盾の練習」
「ふッ、ふッ、ふッ――! はッ――、はッ――、はッ――!」
ぼくは剣を振る。はじめの頃は、重たくて、数回も振ったら腕が上がらなくなっていたけど……。最近は連続して何十回も振れるようになった。
ぼくの部屋は、寝転がると壁に手足がぶつかってしまうぐらいの、狭い部屋。
そのなかで剣を振るのだから、気をつけないと壁にぶつけてしまう。
――とか思っていたら、ちっ、と、先端が壁の石にぶつかってしまう。小さな火花が散った。
《あーもー! またやった! また擦った! 信じらんない信じらんない! バカ? バカなの!? なんでおなじこと何度もやるの!?》
「ご、ごめん――」
剣ちゃんは怒ると火がついたみたいに、がーっ! って、まくしたててくる。
悪気がないのはわかっているんだけど、もともと打たれ弱いぼくは、その言葉だけでちょっと凹んでしまう。
……だけど。
《ほら、こういうふうにコンパクトに振れば、こういう狭いところでも、ぶつかったりしないでしょ?》
剣ちゃんは口はきついけど、じつは優しい。
剣ちゃんが姿を現して、ぼくの隣に寄り添うように立つ。自分の身体動作で、剣の振りかたを教えてくれる。
もちろん体同士が触れあうことはできないので、直に動きを教えてもらうことはできないのだけれど。お互いが触れずに素通りしてしまうおかげで、逆に、体同士を完全に重ねてしまって、剣ちゃんの動きをトレースすることができる。
二回、三回と、剣ちゃんの体がはみ出さないように注意しながら、すごくゆっくりめに動作を繰り返すと――。
「あっ。こうかな?」
体が理解した。できるようになった。
一回、ゆっくりでできるようになったら、あとは、どんどん早くして、普通の速度で振れるようになった。
コンパクトに――。コンパクトに――。狭いところでも剣が振れるようになる。
《そうそう! やればできるじゃない! ――あるじ》
剣ちゃんは、飛びついてくる仕草。
もちろん素通りしちゃうんだけど。
「ありがとう」
抱きとめられないかわりに、言葉で感謝を告げた。
ぼくは〝人〟にはとてもこんなこと口に出して言えないけれど、〝物〟には、ちゃんと言える。感謝の気持ちを、きちんと言葉にできる。
《ば――ばかっ! お礼なんて欲しくて教えてるんじゃないし! あたしが雑に扱われるのが嫌なだけなんですから! ほんとーに! ただそれだけなんだから!》
「うん。ぼく頑張るから」
《わ……、わかれば……、いいのよっ!》
ぼくは練習を続けた。
剣を振る。剣を振る。剣を振る。
剣を振り抜いたら、すぐに盾を構える。
盾で受け流す動作を、形だけやって――これも盾ちゃんに出てきてもらって、体を重ねて、トレースして動きを覚えた。
ぼくはこの手のことには、本当にまったく勘が悪いみたいで……、一人では、ぜんぜん上達しなかった。
だけど剣ちゃん盾ちゃんの、剣盾視点からの「どう使って欲しいか」ということを教わって、その通りに繰り返せば、教わった通りの一連の動作は体が自動的にできるようになっていた。
剣を振る。最初のはフェイント。相手の大ぶりを誘うヘタクソな振り。
相手が大ぶりしてきたら、盾でがっちりと止めて、受け流す。そしたらバランス崩した相手に向けて、剣を突き出す。
そこまでを一つの型として、延々と繰り返す。
「見えない相手がいると思ってやって!」――と、はじめ剣ちゃんに言われていた。でもぼくには、ちんぷんかんぷん。
見えない相手なんていないし。見えるわけないし。
でも続けていたら、何千回、何万回目なのかはわからないけど、あるときから、見えるようになった。
いまでは、相手が見えるばかりではなく――。相手の振り下ろしてきた「斧」を盾で受け止めた「重さ」なんてものまで、〝錯覚〟で感じるぐらいになった。
この練習に、特に目的などなかった。
強くなるためだとか、剣を上手に扱えるようになるためだとか、そんな〝目的〟なんてものは、一切なくて――。
なにかのための〝練習〟ではない。
ただ本当に〝練習〟すること、それ自体が〝目的〟なのだった。
ただ盾を構えて剣を振っていさえすれば、いいのだった。
そうすれば剣ちゃんが嬉しそうでいてくれる。盾ちゃんも盾を構えて、受け流す動作をするだけで、仮想の敵からぼくを守れたことで満足してくれる。
それだけでいいのだった。
ぼくは葡萄酒を酒場に持ってゆく日課と、それで得た銀貨で帰り道にぼくの分の食べ物を市場で買ってきて、それ以外の起きている時間は、ずっと〝練習〟を続けた。
《ほい。お疲れ。これ飲みな》
体が動かなくなってくると、床にへたりこんで、オバちゃんの出してくれた葡萄酒を口にする。
はじめのうちは、飲んだらなぜか、目がぐるぐると回っていたのだけど。
最近は水のように――とまでは、ぜんぜんいかないんだけど、わりと平気になってきた。
服を脱いで汗を拭いていると――。
《あんた。ずいぶん逞しくなったねえ》
「え? なに急に? おばちゃん?」
《――な? あんたたちも、そう思うだろ?》
オバちゃんは答えず、二人に話を振る。
《ええ。あるじさまは、凄いですー。見惚れてしまいますー。ねえ……、剣ちゃん?》
《べ――べつにっ! こんなのまだまだぜんぜんヘタレだし。握力ついてきてあたしの柄を握ってくる手が強くなってきたとか、そんなこと! ぜんぜん思ってないし!》
ぼくはさっさと服を着た。
よく考えてみたら、〝物〟とはいえ、三人とも、女性? ……みたいなものなわけだし。
裸を見られて、女性三人に批評されてるとかって、ちょっと……、いや、かなり……。ハズい。
《あるじさま。――ほら。パン食べて。パン食べて。食べてくださいませ》
《そ、そうよ! 人間って、あれでしょ? 食べないと死んじゃうんでしょ! 死んじゃやだよ? ――じゃなくてっ! あるじが死んだらあたしが困るでしょ! 食べなさいよ》
「うん」
ぼくは笑いながら、そう言った。
剣ちゃんの〝好意〟は、ほんと、わかりやすかった。
皆に言われた通り、パンを手に取って、ちぎって――葡萄酒に浸して、口に入れたときに、不意に気づいた。
笑ったのって……、いったい……、どのくらいぶりだったっけ?
いや……。あれ? ひょっとしたら……? ない……かも?
記憶になかった。
今生の記憶にも。そして前世の記憶にも。
ぼくは、ひょっとして……。
生まれてはじめて、いま、笑ったのかもしれないのだ。
そう思ったら――。
不意に、目から熱いものが流れだした。
《ちょ――!? あるじっ!? なんで泣くの! どうして泣くの! どこか痛くした!? ねえちょっと――》
剣ちゃんの心配する声を聞きながら、ぼくは急いでパンを食べ終わると――立ち上がった。
さあ。練習をしよう。
明日も18時の更新でーす。明日も2話くらいやるかも?