step.0「転生したんですが」
ぼくは人間が嫌いだ。正確にいうと他人が嫌いだ。
もっと正確にいうと「嫌い」というのとも、すこし違うのかもしれないけれど、人といると、ぼくはかならず傷つくことになってしまう。
だから人を避けていた。
そうして引きこもりを続けていた。
そして引きこもりをずっと続けていて……。
どのくらい続けていたのかは、ちょっといま思い出せないのだけれど。
あと、引きこもりを続けていて、そしてどうなったのかも、なぜか思い出せないのだけど。
どうしてか、ぼくは〝ここ〟にいた。
ぼくを〝ぼく〟と考える主体が、ここにいることを、ぼくは知っているので、〝ぼく〟がいるということで間違いないはず。……そのはず。
いまぼくがいるのは――。
なにも見えない。なにも聞こえない。真っ暗な空間だった。
時間の感覚もわからないし、なにもできないし、することもないので、じーっと待っていると……。
やがて柔らかく暖かな光が、ぼくに近づいてきた。
《はい。起きてます? 起きてますね?》
光の塊は、震えながらそう言った。声じゃなくて、直接、心に響いてくるものだったけど、その光がそう言っているのは、ぼくにはわかった。
ぼくはその光の正体を、よく見ようと――。
《ああ。無理にイメージを見ようとしないほうがいいですよー。高次の存在であるわたしたちは~、三次元の方々には、刺激がちょお~っと強すぎますから。意識が焼き切れちゃいますので》
――するのをやめた。
まあ、なにはともあれ――よかった。
とりあえず〝人〟じゃないみたい。人は嫌い、あるいは苦手だ。でも人でないなら、平気だ。
《ところで、きこえてますかー? 意識は、はっきりしてますかー?》
→はい
ぼくは返事を返した。なんでか、「はい」と「いいえ」しか答えられないようだった。
《はい。聞こえてますねー。それじゃあ。手続きにはいりまーす。あー、申し遅れましたー。今回の転生手続きはー、わたくし、一級管理女神エルマリアが承りまーす》
転生? 女神?
なんだっけ。そういう話。見たか聞いたか、したことある気が……。
ええと、たしか……。死ぬと転生するんだったっけ?
え? てゆうことは、ぼく、死んだのだろうか?
「貴方。助けようとして、道路に飛び出しちゃったんですよー」
え? ぼくが人を助ける? そんなはずは――。
「それで馬車に轢かれましてー、ぐっちゃりとー」
ぐっちゃりと、ですか。そうですか。
《でもご安心ください。貴方が助けようとした樽は無事でした》
樽ですか。
あはははは……。
まあ……、ぼくらしいといえばぼくらしいんだけど。
人を助けて馬車に轢かれたとかいうなら、とても信じられないけど。〝樽〟を助けようとして轢かれたとかいうなら、あるかもしんない――と、信じられてしまう。
→はい
納得しました。――という印に、ぼくはそう答えておいた。
《おや? 落ち着いてますねー? ここに来た人は、たいてい、ショック受けたり現実否定したり、大騒ぎするんですけどー?》
ええまあ。早く人生終わってくれないかな。――ぐらいにいつも考えていましたから。最後、樽が無事でよかったです。ぼくなんかも、すこしは役に立てたかと。
《ええ。樽さんはいまも葡萄酒一杯で、陽気なヨッパライさんを量産してまーす》
ならよかった。
よくわからないけど。よかったと思う。
陽気なヨッパライさんというのがどういうものか、ぼくは知らないし。
そういう輪のなかに入ったことは一度もなかったけど。
ちょっと心のどこかに「しくっ」と染みるような感じがあったが、もうぼくにとっては永久に関係のない事項となったので、平気だった。
《さて。転生手続きなんですけど》
→いいえ
《え? なんですか? 転生なんてしたくない? このまま消えたい?》
→はい
《いえいえ。それはだめです。規定で決まっていますので。転生輪廻は決まり事です。すべての命ある物は生まれ変わりを繰り返しながら、魂の研鑽をしてゆくものなんです》
そうなんだ。死んだら終わりかと思ってた。
死んでも終わりにならなくて、まだ続きがあるなんて知らなかった。
しかも話を聞いていると、リスタートしてやり直しになるっぽい?
あれ? やり直すっていうなら――、人間以外にも転生できるのかな?
《ええと、それで貴方の場合にはー、いいことも、わるいことも、なんにもしてきていませんからー、プラマイゼロでぇー、次もおんなじ人間さんですねー》
なんだ。ぼくは、がっかりした。
人間以外に転生するんだったら、アリかなー、なんて考えていた。
べつにモンスターとかでなくても。単なる動物でも。虫とかだっていいし。
植物なんて、光合成できるのが、ほんと素敵だし。
いいなぁ。植物。
→はい
《なにも聞いてませんよー。そんなに人間いやですか?》
→はい
《でも決まりですから。人間。もういっぺんやりましょうねー》
→いいえ
《そんなこと言わずにー。そうそう。こんどの人生が生きやすいように、チートつけてあげますから、チート♪ 人間さん。チートお好きですよねー。チートで無双? とかいうの? 流行ってますよねー。最近はなにも説明していないうちから、即死チートよこせー、とかー。魔力無限がいいっ! とかー。鑑定スキル最高! とかー。ドロップ運最強チートくれー、とか。成長率チートくれー、とかー。色々言ってこられますんでー》
→いいえ
《え? わからない、ですか? ――ああ。そうでした。そうでした。貴方の場合はあっちからこっち、ではなくて、こっちからこっちへの転生でしたっけー。最近、ルールが変わっちゃってー。あっちからこっちだと、不遇になっちゃうんですよー。だめみたいなんですよー。……ええ? これもわからない? まあわからなくていいですよー。こっちのことですのでー。運営に対するちょっとした一転生管理神による単なる愚痴ですんでー。……それではわかるように言いますと、生まれ変わるにあたって、特別な能力を一つ、授けることができます。なんでも――っていうわけにはいかなくて、あんまりズルいのは魂を曇らせちゃうのでよくありませんので、ほどほどにしてもらっていますけど。――でも、だいたいなんでも受理されますから、試しに言ってみるのはどうでしょうかー? ほら。勇気を出してー》
→いいえ
《え? なんにもない?》
→はい
《そんなこと言わないでー。ほら。次の人生も、きちんと生きていきましょうよー。貴方の助けた樽さんも、貴方に感謝してますよー。って話はできませんねー。人間さんは》
→はい →いいえ →はい →いいえ →はい →いいえ
《え? なになに? なんですか? はい? ふむふむ? ……〝物〟と会話できるようになりたい、ですか?》
→はい →はい →はい →はい →はい →はい →はい
《はい。わかってますよー。はい、は、一回で充分ですよー》
→はい
《はい。落ち着きましたねー。それではー。「〝物〟と話せる」チートを持って、転生しましょうー♪ またあとでー、しばらく経ちましてー、寿命が尽きましたらー、またお会いしましょうー♪ それではー。わたくし、一級管理女神エルマリアが承りましたー》
そうして、ぼくは――転生した。
本日は7話目ぐらいまで、連続投稿してゆきまーす。
話が動きはじめるところまで、一挙にいきますので、ご安心をー。