9、森での散策
さて、情報収集といってもこれがまた私にとっては大変な事なのである。私が集めようとしているのはこの世界では常識的な事を情報として集めようとしている。でも、よく考えれば分かることですけど、例えば、急に知り合いがここってどこ?とか私の両親ってどういう人物なの?とか聞いてきたら、記憶喪失にでもなった?と言い返されそうである。それか、怪しまれるかのどちらかである。かといって、自分は前世の記憶があって……と今までの経緯を話した所で更にややこしい事になるのは必須である。
しかも、今日からは私も家の手伝いを本格的にしなければならない。昨日みたいにしているわけにもいかないのだ。
今日は風が心地よく吹いていた。季節も夏の終わりぐらいなため、蒸し暑いという事はなく、森は私は籠を手に森に来ていた。それが風に揺られるのに合わせて、腕を振りながら、緑色の雑草が生い茂る地面を蹴って歩く。
朝、お母さんから「今日は森に行ってきてくれる?」と頼まれたので私は森に来たわけです。そして、ついさっき私はある事に気付いた。
「でも、思えば私、どれが食べれるかなんて分からない……」
気づいたところで一人で、どうにもならない。今から戻っていたら時間がなくなってしまう。前みたいに自然と思い出すなんてご都合主義な事も起きず、現在、森の中を当てもなくお散歩中である。
「ああ、こんなことならアリルかクリフと一緒に来ればよかった。あの二人ならどれが食べれるやつか分かっただろうし」
多分、子供達でも知ってそうなことだろう。こんな事を知らない方がおかしいのだ。まだまだ異世界には慣れなさそう。こんなところでつまづいているわけにもいかないのに。
私は、溜息をついていた。行く当てもなく歩いていたため、思っていたほど長い距離歩いていたらしく足が痛い。私はその場にしゃがみ込む。
…………そいえば、今頃みんな何をしているのかな?
私が死んで葬式でも行われてたのかな?みんな悲しんでくれてるといいな。みんな怪我とか病気とかしてないといいな。そいえば、借りていた本結局返せなかったですね。早く返してって急かされてやっと読み終えたのに。感想だって言いたかった。
ほんっと、どうしてこんなことになったんだろう。ここに来てから忙しくて落ちついていられる時間もなかったから、そんなこと考えたこともないけど。どうせ、考えたって無駄で、寂しくなるだけだから考えないようって思っていた。
結局、どれだけここでどれだけ幸せになったって、元の世界の友人には会えない。それって本当に幸せかな?……………会いたいな、どうすることもできなくたって。
ああ、止めとこう。これ以上考えたって、結果なんて出ないし。私が今するべきことは、とにかく、お母さんの頼みごとを果たさないとっ‼︎
ぼーっとしながら歩き疲れてしゃがんで考えていたためか、無意識的に足元にある草を掴んでいたようで、手には草が握られていた。意気込んだ時に手を握ったためか、葉から出た液体で手が湿っている。下を見ると土が剥き出しになっていた。そこに似たような草が生えている。花は咲いていなく、つぼみのようなものもない。葉だけが生えていて、その葉は細かい毛が生えていてザラザラしている。
突然、頭上から、透き通るような聴きやすい声が聞こえた。
「ダメだよー。それを毒があるから触らないほうがいいよ、リア〜」
「えっ、もしかして、リリアーナさん?」
昨日会っだばかりだから、まだ声が耳に残っている。私は立ち上がって辺りを見回す。しかし、森は相変わらず同じような景色が続いているだけで、リリアーナさんの姿は見当たらない。右、左と確認してもやはりいない。
「違うよ、リア!上、上だよ‼︎」
「上?」
私は姿の見えないリリアーナさんの言うように上を向いた。空は木の葉が覆い隠していて薄暗く風に吹かれていた。そして、少し視線をずらすと木の枝にリリアーナが立っていた。
「リリアーナ!そんな所にいたら危ないですよー!」
「ふふ、リアはやっぱり、優しいね。大丈夫だから、少し場所を空けてーっ‼︎」
私はリリアーナさんの言葉にリリアーナさんのいる木下から離れる。
「えいっ……とっ」
リリアーナは木の枝から地面へと飛び降り着地する。予想以上に音もなく着地するので私は驚いていた。
リリアーナはかすかに笑って私の手からその草を取り上げる。私が「あっ」と声を上げるも、リリアーナさんはそれを私の手の届かないところまで持ち上げる。それを空中で彷徨わせる。
「ちょっ……リリアーナさんっ………!」
「ふふ、優しいだけじゃなくて、かわいい要素もあるリアはやっぱり最高だね〜」
「からかう、のは、それくらいにしてくださいっ!」
リリアーナが高く掲げる手に向かって手を伸ばしているため、言葉が途切れてしまう。リリアーナは着ているスカートをなびかせて、一回転しながら私から離れる。
「からかってるんじゃなくて、これはリアのためにしていることだよ?さっき、言ったよね、その草には毒があるって。下手に触って傷口から毒でも入ったら死ぬこともあり得るの」
「そ、そうだったんですか……教えてくれて、ありがとうございます。でも、リリアーナさんはどうしてこんな所にいたんですか?」
「うーん、そうだなぁ……別に特に理由はないよっ?」
軽い調子でそう言う。リリアーナって本当に何者なんでしょう。着ているものも私の継ぎ接ぎだらけのものとは違って綺麗だし、布の質も良さそう。それをふまえて、リリアーナは多分、私達みたいな身分の人ではないのかな?ここら辺に住む人達ならこんな所で理由もなしにいるなんておかしいし、そんな事しているなら少しでもお金を稼がないといけない。
でも、そんな人がやっぱり森にどうしているのだろう。私もこの街の構造についてはよく分かっていない。だから、詳しいことは言えない。この世界全体がこういう生活基準っていう、私にとっては最悪なこともあり得るわけだけど。
「強いて言うなら、リアがここにいるのが分かったから来てみただけ」
え?リリアーナは予知能力者か何かなの?リリアーナさんは今私を見かけたとかじゃなくて、「分かったから」って言いましたよね。どうして、見てもいないのに私がここにいるって分かったの?
「どうして、私がここにいるって分か」
「あー!そうだ、リアはここに何をしていたの?まさか、そのカリンを探しに来たわけじゃないよね」
リリアーナさんは私の言葉にわざとかぶせるようにして、大声でそう言う。私、今何かまずいことを聞いたかな?リリアーナさんがこんな態度を取るなんて初めてだけどそれだけ、聞かれたくことなのかもしれない。ここは聞かなかったことにしておきますか。
「私はお母さんに頼まれて、森で食べれるものを探しに来たんです。でも……」
リリアーナさんには言ってもいいかな?私達とは違う身分だったら、私達がいつもどういう暮らしをするのが普通かなんて知らないだろうし。リリアーナさんはどれが食べれるものか分かりそうだから。
「実は、森に来たものの、どれが食べれる植物で、どれが食べてはまずい植物か分からなくて……」
「ふふ、リアらしい。いいです。私がどれが食べれるものか教えてあげます。リアは間違って毒草を取るような人だから心配ですからね」
口元に手を当てて、リリアーナさんは笑っている。その笑い方もよくよく見れば、どこか品のあるような笑い方だ。
「あはは……ありがとう、リリアーナさん」
リリアーナさんの言っていることに反論できず、どうしようもなく笑ってしまう。
「そうだ!さっき、ラレルを見かけたの。近場だったし、それを取りに行こう?」
「ラレル?」
「ふふ、ラレルは木になる実だよ。この季節に実がついて、そのまま調理しなくてとっても甘いの。私もよく食べるんだ〜」
そう言ってリリアーナさんは走り出す。私はそれを追いかけるようにしてついて行く。
「ほら、ついたよ」
「ま、待ってくださいよ……」
近場と言ってたから走って数分かと思っていたが、そんなの比にならないぐらいに走らされた。リリアーナさんは声をかけないと止まってくれないから、置いていかれて迷子になる事が多々あった。リリアーナさんに「休もう?」と声をかけるたびに、リリアーナさんはしまったのいう風に止まってくれるけど、リリアーナさんは全然疲れているように見えない。それを休んでいる間に私が聞くと困ったような顔をしていた。
私は息を整えながら前を向いた。
「うわぁ………真っ白……」
一面に真っ白な絨毯を掛けたかのように白い小さな花が咲いている。風が吹くたびに花びらが散り舞い上がっていて、雪が降っているようだった。その中央に一本の木が立っていた。桃色の実をつけて緑色の葉を生い茂らせている。
「すごい…………」
「リアー!そんな所で何してるの?私達の目的はラレルだよ」
「え、リリアーナさん、いつの間に」
「早くおいでよー!ラレルがたくさんなってるから」
リリアーナさんは少しの遠くにある木の下で手に桃色の実を高く持ち上げて叫んでいた。
木の下は私がさっきいた場所よりも風が吹いていなかった。ここだけ風が吹いておらず静かだった。しかし、木の葉はそよ風に吹かれ音を立てている。木の下は風なんか吹いていないのにおかしな場所です。
「リア、はい」
上から桃色のおそらくラレルと呼ばれる実が放り投げられる。りんごぐらいな大きさで、慌てて掴み損ねそうになりながらも、両手でそれを包む。ひんやりしていて走って体温の上がった体には気持ちよかった。
一口、その実をかじった。リリアーナの言う通り甘かったけど、甘すぎることもなかった。
「どう、おいしい?」
「うん、甘くておいしい」
何回かかじっていると、リリアーナが座って自分の隣を軽く叩いている。私はそこに座る。リリアーナも私もしばらく黙ってラレルを食べていた。風の音と花の揺れる音だけが聞こえる。それに耳をすませながら口に入ったラレルを飲み込んでいく。
「ねぇ、リア」
「なんですか?」
「いや、その、リアはさ、またここに来てくれる?」
私と目を合わせようとせずラレルの方を見たままそう言う。私は軽い調子で答えた。
「……どうしたんですか?急に。はい、来ますよ、ここに。というか、ここに来なければならないですから。また、お母さんに頼まれると思うし。それに、また食べる木の実とか教えてくださいよ」
「ふふ、そうだね。また。教えてあげるよ。リアは見ていると心配になるから」
そう言ってリリアーナさんはいつも通り笑っていた。
「それと、ありがとう、リア」
「………いまいち何があるのか分からないけど、どういたしまして。それと、リリアーナさんに一つ頼みごとがあるの」
「頼みごと?」
「はい、リリアーナさんが見つけてくれたこのラレルだけじゃ多分、足りない……というか、ラレルだけを毎日食べるわけにもいかないので」
「あ、そっか………だったら、チイはどうかな?ラレルとは違ってさっぱりしていて割とお腹も膨れるからいいと思うんだけど」
リリアーナさんは残っていたラレルを口に詰め込んで、噛んだ後それを一気に飲み込み、立ち上がる。こういうところは全然上品さっていうものがないよね。だから、本当に貴族かそう言う身分の人が疑うんだけど。
私も残りが少なかったのでそれを一口で食べて立ち上がった。リリアーナさんは手でついてきてと合図するとまた、木が多く育っている方へと走って行った。私は籠にラレルを数個積んだ後、すぐにリリアーナさんの後を追った。
今度の場所はあの一本木が立つ場所から距離が近く、私も息を上げずにつく事ができた。相変わらずリリアーナさんの俊足にはついていけなく、追いかけるのがやっとだった。リリアーナさんもさっきのことを考えてくれたのか走るスピードをゆっくりにしてくれた。
次は普通に森の中だった。突然前にいたリリアーナさんが止まった時は驚いて、走る勢いが止まらずぶつかりそうになった。リリアーナさんは立ち止まってしゃがみ込んで、地面に生えている草を採っていた。
「リア、これがチイだよ」
「えっ、葉っぱ?」
「うん、チイは葉の名前。この森ならどこにでも生えてるから、リアがいつも食べているのはこれだと思うよ?」
確かに、前に家で食べた葉もこんな形していた気がする。葉なんてどれも同じ形にしか見えないけれど。
「多分、お母さんの言っていた採ってきて欲しいものはこれだと思います」
「だったら、よかった。早く採ろう?」
私もリリアーナの近くにしゃがんでリリアーナの持つチイを観察する。
「チイは葉の手触りがザラザラしていて、葉脈が縦向き。葉の色は黄緑色」
リリアーナさんの言葉を頼りに下を向いてチイを探そうとした。しかし、下は一面、チイと思われる葉で覆われていて地面の土の肌は一切見えない。探す手間も省けたので早速チイを掴んで籠に入れていく。横でリリアーナさんもチイを採って籠に入れてくれている。
「たくさん採れたね」
「たくさん採れすぎです………」
私はチイとラレルが入った籠を両手で持ちながら言った。籠は持っているだけで汗をかくぐらいに重い。私とリリアーナさんの二人で採ったためか、短時間で籠がいっぱいになった。
「リリアーナさん、今日はありがとうございました……それで、申し訳ないんですけど」
「ああ、大丈夫、森の出口までは送っていくよ。リアは迷子になりそうで心配だから」
「ほんっと、申し訳ないです……」
「いいの、いいの」
リリアーナさんは森の入り口の方に歩こうとしていたが、その足を急に止める。私が不思議に思っていると振り返って言う。
「あーあ、残念。最後は送っていけると思ってたのに……」
「え、どういうこのですか?」
「うーん、どういうことって、私の代わりに案内役が来てしまったみたいなのですよ?だから、今日はここでお別れ」
リリアーナさんは寂しそうに笑ってさっき向かおうとしていた方とは、別の方向に歩いて行く。私は手を伸ばしてリリアーナさんを止めようとするが思ったよりも距離が離れていたらしい。その手は何も捉えずに空中を彷徨っていた。リリアーナさんは最後にもう一度振り返る。
「___また、いつか」
「だから……待って!」
私は手を伸ばしたまま、歩く。もう少しで届きそうというところで、誰かから声をかけられた。
「______お、おい。リア、こんな所で何やってるんだ?」
驚いて後ろを見るとクリフが私と同じように籠を持っていた。
「え、どうして、クリフがここに?」
「どうしてって………俺もアリルと一緒にこの森に来ていたんだ。お前もせっかくなら誘おうと家に行ったんだが、お前の母さんからもう森に行ったって聞いてな」
「だから、私を探していたと」
「ああ、そういうこ」
「リアーー!」
クリフの言葉を遮ってアリルの声が聞こえる。アリルはそう叫びながらクリフが来た方向から勢い良く走ってくる。そして、私がそれを避ける間もなく、抱きついてくる。
「ああ、会いたかったです。リアが一人で森に入ったと聞いて心配でならなかったんです。最近、ここら辺で不審者が見かけられて人攫いじゃないかって噂されていたから………」
「おい、アリル、リアと離れたらどうだ?」
「え?どうしてですか?」
「だってほら……」
クリフが呆れた顔で私を指差して言う。アリルはキョトンとした顔で私の方を向いた。
「アリル……く、苦しい」
「あ、ごめんなさい!」
アリルの腕から解放されてやっと息ができた。アリルって力が強いから抱きつかれると息ができない。あと、抱きつかれる度にその勢いでこけそうになるから止めてほしい。
「そいえば、結局リアはこんな所で何してたんだ?手なんか伸ばして……誰かいたのか?」
「あ!リリアーナさんは‼︎」
私が気づいて後ろを振り返るもすでに誰もいない。ああ、やっぱり帰ったんだ。クリフやアリルに紹介したかったのにどうして帰ってしまったのだろう。それに、リリアーナさんはクリフやアリルがここに来ることに気づいてたみたいだし………
「リリアーナさん?誰だそいつ」
「さっき、森で会ったお姉さんです。綺麗な人なんですよ。植物とかに詳しいし……クリフも見たでしょう?私に声をかけた時にすぐ近くにいましたから」
クリフは私の言葉に何を思ったのか訝しげな表情をした。流石にあれだけ近くにいたのなら、リリアーナさんを見ているだろう。私に声をかけたっていうことは私を見かけたからだろう。だったら、リリアーナさんの姿を見ているはずだ。
クリフが当然のように見ていると言うと思っていた。しかし、クリフから出た言葉は意外なものだった。
「_______何言ってるんだ。お前は最初から一人だっただろ?一人でここに立ってたじゃないか」
「…………は?」
「俺がお前を見かけた時、誰も近くにいなかったって言ってるんだ」
「そんなわけない!リリアーナさんとはついさっき別れたばかりなのに」
「そんなの俺が知るか。とにかく俺は誰も見てない」
「変な嘘をつかないで‼︎」
「あーあ、何なんだよ。最近お前、おかしくないか?風邪が治ってからお前、変だな。前はそんな声を荒げるようなやつじゃなかったのに」
「…………!」
やっぱり、勘付かれてたんだ。どこか違うって。まあ、ばれていなければ、キャラを変えたとかで誤魔化せるからいいけど。それにしても、クリフが言ってる事はおかしい。見てないはずがないのに。
「あの、二人とも……喧嘩は止めよう?そのリリアーナさんっていう人がいたからいなかったかはともかく、落ち着こう?」
「うん、そうですね」
「俺もすまねぇ……」
アリルは私とクリフの顔を一通り見たあと口を開く。
「さてと、二人とも、もう帰らないと日が暮れてしまいます。今日のところは街に戻りましょう」
アリルの言葉には賛成だった。もう空の色が変わり始めている。ここら辺は夜は真っ暗になるためまともに歩くことすらできない。
街へと戻る帰り道。私は何とも言えないはっきりとした気持ちのまま家へと向かった。




