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06+のちのツンヤンキャラ

葵生(あおい)さま、 どうやら席は自由なようです! 日当たりのいい窓際にしましょう!!」


 黒板に書かれた「各自で好きな席に座って良し」の文字に、朝子さんの目が輝く。

 自分の好きな席に座れる、それが嬉しいのはわかるが、ブンブンと手を振り回すと危ないよ、朝子さん!


 菊枝(きくえ)さんを梅組に送り届けたあと、私たちはこれから卒業までを過ごす松組の教室へと向かった。

 もう少しすれば予鈴のベルがなるからか、廊下にはそんなに人はいない。それぞれのクラスが書かれた掲示板前の、あの騒然とした感じはなんだったのか、と思えるほどの少なさだ。

 もうみんな自分たちのクラスに入ったんだろうか、と思ったが、松組の扉を開けてみると意外に人がいなくて、来てる子たちは比較的大人しい中級お金持ちの子息令嬢だった。

 好きな席に座ってもいい、と書かれているからか、上級お金持ちや下級お金持ちが座らなさそうな、廊下側の席を好んでいる子が多いようだ。

 私は朝子さんの指示した日当たりのイイ窓側へと寄る。今日は肌寒いが、雲一つない青空だ。太陽の光が目に痛いレベルで眩しい!

 窓側の後ろから3番目の席に座った。朝子さんは私の隣の席に腰を降ろす。

 一番後ろの席の方が日当たりがいい、と彼女は言うけど、その席にはすでに先客がいた。


「あの、葵生さま、やっぱりここより後ろの席の方が良いのでは?」

「いいえ、朝子さん。大丈夫よ」

「でも。私のほうが家格は下ですが、葵生さまの体調のためです、譲っていただきましょう?」

「朝子さん。それはいけないわ。それに私、あんまり視力が良くないの。日当たりが良くったって、黒板の文字が見えなければ意味がないわ。……私の体調を気遣ってくれて、ありがとう」

「いえっ! 葵生さま、何かありましたらいつでもわたしにおっしゃってください! 微力ながら、お力になりますから!!」


 グッ、と両の手を握りしめた朝子さんは、まるでやるきスイッチを押されたかのような燃え上がりを見せた。

 わ、私ってそんなに弱くみえる、の?


「……ええ、宜しくお願いしますね、朝子さん」

「はいっ!!」


 ……なんかすごく喜んでるから、まあ、いいか。身体が弱いのは事実だし、うん。


「あっ、鶏城(けいじょう)さまぁ! わたくし、また鶏城さまとおんなじクラスになりましたわぁ!! やっぱり、わたくしたち運命で結ばれてますのよ!」

「うざい」

「まあ、そんなに照れなくてもっ!」

「だまれ、キーキーわめくなうるさい」

「わたくしの声を聞くのは自分だけで良い、そうおっしゃりたいのね! ステキ! ねぇ、ご心配なさらないで。わたくしは誰もがうらやむ美少女だけど、ただひとり鶏城さまだけのものですわ」

「……誰もそんなこと言ってない。消えろ」

「鶏城さまってばまたそんなことを! もう、照れ屋さんで恥ずかしがり屋なのもいい加減になさいませっ!!」


 今日の予定はー、と鞄の中をあさり始めた私は、その甲高い声と落差の激しい低い声の2つに思わずペンケースを落としてしまった。

 なんかよくわからん高級素材で作られているらしいペンケースは、トンッという軽い音を立てて何故か後ろに向かって転がっていく。

 そして無音で鶏城―― キーキー五月蠅い女子生徒に絡まれていた男の子の足元で停止した。

 あっ……。これはフラグ。


「葵生さま、ペンケースが……。わたしがとってまいりましょうか?」

「いいえ、朝子さん。大丈夫ですよ」


 小声で問いかける朝子さんに、私は首を振ってこたえた。ちょっと声が震えたけど、だって仕方ないよね! 女の子がめっちゃガン見してくるから、仕方ないよね! うわちびりそう。

 なるべく音を立てないように、そぉっと椅子から立ち上った。ワンピースの裾が揺れて、シュルリという擦れた効果音が静かに響く。

 大丈夫、ペンケース、取りに行くだけ。

 いっつもニコニコ! な御神楽(みかぐら)葵生の表情(かお)で2人に近づく。

 なんか、やけに教室が静かだ。


「―― お話の最中申し訳ありません。お足下のペンケースなのですが……」

「ああ。ほらよ」

「ありがとうございます。お手を煩わせてしまい、申し訳ありませんでした、鶏城さま」

「本当よ! 愛する者同士のあまぁいおしゃべりと邪魔するなんて」


 転がってきた時点で気づいて拾ってくれたのだろう、真珠色のペンケースを手渡してくれた。

 鶏城本人はどうとも思っていないようだけど、お隣にいる女の子はそうは思っていないようだ。

 キッと私を睨み付けて、不躾にも私の胸とか腰回りを見ては鼻で笑った。な、なんだよ! まだ成長途中なんだよ! そのうちトリプルAのブラからランクアップするわ!!

 そう言いたくなるのを我慢して、にっこりと笑顔を浮かべた。彼女は一応、一応! 御神楽家よりは家格が上だし、ギリギリ上級お金持ちの部類に入る。

 上級お金持ちの女の子はプライドが高く気品ある子が多いけど、この子は例外だな。プライドは高いけど気品が足りないよね、気品が! こういうプライドばかり高いお嬢様は、扱いが大変だ。

 とりあえず、対上級お金持ちのお嬢様用の3つの言葉、その1「申し訳ありません」を発動だ!!


「申し訳ありません」

「謝ったからって済む問題では……」

「いい。気をつけろよ」

「大体あなた……」

「はい、失礼します」

「ちょっと……」

「ああ。―― ああ、待て、御神楽」

「はい?」


 ことごとく彼女―― 前田(まえだ)(あかね)のセリフを遮る鶏城。や、やっるぅ!

 前田嬢はどこか不貞腐れたように頬を膨らませ、そして鶏城の気を引くようにちょっぴり涙目になった。

 だけどそれもガン無視の鶏城は、私をちょいちょい手招きした。

 毛先の金色(母親がアメリカ人らしい)を揺らしながら、眉より2センチほど上でぱっつんされた前髪が特徴的な鶏城。三白眼でさえなければ、柔らかな王子的印象を与える美少年だ。

 ああ、そう言えば。こんな感じの攻略キャラ、いたような気が―― っていうか、もしかして、本人?


 ちょっとドキドキしていた胸が、一気にバクバクと音を立て始めた。

 やべぇ、どころじゃない。そうだよ、いたじゃないか。すっかり忘れてた。

 ヒロインが成長し、時間が進む進化型乙女ゲーム。ヒロインはもちろん攻略キャラも年を重ねるし、年下のキャラなんて中等部編と高等部編で大きく変わる。

 特に変貌が激しいのは、たしか2歳下の攻略キャラ2名。

 私、御神楽葵生は現在11歳。ヒロインは今年で13歳。年の差は、イコール2歳。

 御神楽葵生というサポートキャラは、龍柴(たつしば)陸也(りくや)のドラゴンルートにてサポートを務めるキャラだ。

 だけど第3シーズン以降は葵生と同学年、つまり、ヒロインからすれば2歳下の攻略キャラのルートにおけるサポート要員でもあるのだ。


 干支物語シリーズに登場する攻略キャラのほとんどが、元から千羽(せんば)学園に在籍している内部進学生である。

 そして、サポートキャラ要員である葵生もまた、内部進学生だ。だから何が言いたいのかというと、同学年に攻略キャラがいるのは当たり前。

 その事実を、ついさっきまで忘れていた。

 龍柴陸也の存在、そしてキャラは全員中等部編以降のキャラクターデザインで覚えていたのもあって、無意識に存在を消しさっていた。

 鶏城という珍しい名字だ、すぐに思い出せるだろうに、このポンコツ! いや御神楽葵生は優秀な頭脳を持っているけど、使っているのが元喪女だからね! こういうこともあるよね!!


 サーッと顔が顔ざめていく。2歳下の攻略キャラのうち、ひとりは引きこもり、もうひとりはストーカー被害の所為で止んでいたことを思い出したのだ。

 引きこもりのほうはいい。頭はよかったし、長年の引きこもり生活で攻略進度はゆったりしてるけど、グッドな選択を続けていくと早々にデレてくる可愛い年下キャラだ。

 だけど、同い年のご令嬢からストーカー被害にあった所為で軽い女性恐怖症になり、ちょっと病んじゃってるもう一人の攻略キャラはまずい。

 やつは最初、普通のカッコカワイイ系のツンデレキャラで登場してくる。プレーヤーの誰しもが、ツンデレ枠キター!! と最初は喜んだだろう。

 ところがどっこい、グッドな選択を続けていたはずなのにキャラがどんどん病んでいく。なんで? なんで病んでくの? それはね、もとからヤンデレの素質を持ったキャラだからだよ!!

 やつの好感度を上げれば上げるほどヤンデレ度も増し、1歩バッドな選択をしただけで社会的に抹殺される危険性がある。やつのルートで心が折れ、初めからもう一度スタートするプレーヤーが後を絶たない。

 プレーヤー殺し(精神的)のツンヤンキャラ、それが鶏城秋吉だ。


「御神楽? 顔が青い、大丈夫か?」

「え、ええ。少し眩暈が……。でも、ご心配には及びませんわ。それで、鶏城さま。如何なさいましたか」


 にっこり笑って首を傾げた。

 鶏城は器用にも片眉をあげ、本当に大丈夫か、と再度聞いてくる。大丈夫じゃないよ! 早くマイホームに帰りたい!!

 だから早く用事を済ませてほしい。正直、この未来のツンヤンキャラに会ったせいで、葵生のもうひとつのバッドエンドを思い出しちゃって胃が痛いのだ。

 何故か、本当に何故かわからないけど静まり返った教室(みんなの視線はこっちを向いている)で、私はニコニコと笑い続ける。顔は青白いだろうが、それは今はいい。

 とにかく、早く用事を済ましておくれ、鶏城サァンよ!


「お前、ココに座れよ。俺は隣に移動するから」

「えっ?」

丑屋(うしや)、お前は御神楽の前の席に移動すれば。ほら、お前、前田どけ」

「葵生さま! 御鞄です」

「えっ、えっ」

「そんな、鶏城さまぁ! て、照れ屋さんにもほどがありますわ! わたくし、鶏城さまのお隣が――」

「くどい。どけ」

「なっ」


 えっ、えっ?

 あ、朝子さん鞄ありがとう! ああ、わざわざチャックをしめてくれたの? 本当にありがとう!!

 って、そうじゃなくて!

 流れるままに鶏城がいた席に座らされ、その隣にある席に鶏城が座る。私の前の席には、朝子さんが座っていた。

 前田嬢は顔を真っ赤にして、お父様に言ってしまいますからね、と意味の解らないことをいっている。

 何を言ってしまうのかは知らないし興味もないが、鶏城が呆れ顔で息を吐くので、どうでもいいことなのだろうと判断する。


「葵生さま、よかったですね!」

「えっ? ええ、え?」


 何が良かったのかわからなかったが、朝子さんがニコニコしているので以下略。

 ちょ、ペンケースを落としたオチがこれだなんて……!!

 そもそも、なんで私がこの席に座らないといけないのか。

 じっと鶏城を見つめる(睨む)と、バチッと視線が絡んだ。


「なんだ」

「いえ、その。何故、席を譲ってくださったのか、と、思いまして」

「別に、あの女が隣にいると五月蠅いし、面倒くさかったから。……お前の身体とか、全然心配してない」


 ああなるほどね!!

 そりゃあ前田嬢は誰がどう見ても鶏城に惚れてるし、授業の時も頻繁に話しかけてくるだろうね。

 さっき前田嬢が「また鶏城さまとおんなじクラス」って言っていたから、去年も2年間一緒だったろうに、また一緒になるとは気の毒な。

 しっかし、面倒だからここに座れ、とでも言えばいいものを。

 なんか朝子さんが「ツンデレ! これがツンデレというものですね」って言ってるけど、どこが? 今の鶏城のどこにツンデレがあったの?


「葵生さま!」

「はい?」

「今年も楽しいことが起きそうですね!!」

「―― そう、ですね?」


 あの、まず今の状況を3行で教えていただきたいのですが。

 気づいたら静まり返ってたクラスメイトもざわつきだしたし、人はいっぱい来たし。

 え、本当に何があった。

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