04+決意の朝
4月11日、午前8時30分。
御神楽葵生、11歳の誕生日、アーンド、千羽学園幼稚舎5年生の始業式。
今日から私は、死亡フラグとその他諸々を防ぐために邁進する……!!
私の婚約者である龍柴陸也の御見舞いというなの来訪から、今日で1週間ちょっと。
アイツ、勉強を見てやるっていって見てくれはいいものの、3日間も家に泊まっていきやがって!!
おかげで安眠どころかちゃんとご飯を食べることもできなかった。
干支物語シリーズの世界に転生した事実は、きちんと受け入れている。はずだが、人間何事も心の整理というものが必要なのだ。
ゆっくりと物事を整理し、これからどうしよー、って言うのを決める暇もなかった。
龍柴陸也がやってくる、その焦りからとりあえずヒロインとくっつけよう! みたいな結論に至ったけど、アイツがマイホームに帰ってから改めて考えてみた。
まず、どうやってくっつけるんだ。
そりゃあ、ヒロインが「先生を待つ」という選択をしたうえでドラゴンルートに入ってくれる、それが死亡フラグから最も遠く安全なものだ。
だけど、そこまでどうやって持っていくか、が重要なのだ! 関わらずに生きていく、なんて選択肢は論外である。
私が御神楽グループの長女であり、龍柴陸也の婚約者である以上、関わらずに生きていくのは不可能であるし、関わらないという選択で家にどんな危険が及ぶかわからないのだ。
言っておくが、家族を捨てるという選択肢も、もちろんない。母はすでに亡き人、父ともあまり話さないが、ぬくもりを感じなかったわけではないし、情が無い訳でもない。
父は私のことが嫌いなのだろうか、邪魔なのだろうか、なんて記憶を取り戻す前の私は思っていたわけだが、記憶の中の父の行動を思い返すと、距離をとりすぎて今更話せない思春期の娘を持つ父親、みたいな感じだった。
まあつまるところ、娘とコミュニケーションをとりたいけどどうやったらいいかわからない! と私との距離を測りかね、戸惑っているだけなのだ。
前に青柳が言っていた。私に送り損ねたクリスマスプレゼントが、山のようにあるのだと。
去年から、父が家にいることが少しずつ多くなってきた。もしかしたら、幼少期にできなかった親子の触れ合いを、今一度やろうとしているのかもしれない。そう思うと、そんな不器用な父を置いて家を出るなんて、考えられないのだ。
なら、どうやって死亡フラグを防ぐか。
これはやっぱり、ヒロインと龍柴陸也をくっつけるしか他はないだろう。まあ、死亡フラグを防ぐだけなら、ほどほどに関わりつつそのまま婚約者と結婚、というのもある。
だけど、これはあんまりやりたくない。
干支物語シリーズの関係者、そして広報担当として、私は公にされていない設定も知っている。恋愛シチュエーションゲームではお馴染みのマルチエンディングを採用している干支物語シリーズには、友情エンドという意味合いで「総合トゥルーエンド」というものが存在する。
共学化を成功させた上で、ヒロインが誰ともくっつくことなく学園生活を終えるエンディングだ。
この場合、登場人物全員と友人になり、卒業後彼らの企業の支援をうけ、ヒロインが自分のお店を立ち上げる。どんなお店になるかは、友人の中で最も好感度が高いキャラによって分かれるが、シリーズ6作総員12人の攻略キャラのうち、大体の攻略キャラではケーキ屋さんになるはず。
でも、あるキャラ2人のどちらかが好感度が高かった場合、別のお店を立ち上げることになる。このトゥルーエンドにおいて、龍柴陸也の好感度がもっとも高かった場合がそうだ。
トゥルーエンドの時点で、龍柴陸也の好感度がもっとも高かった場合、ヒロインが立ち上げるお店はウェディングドレスの専門店だ。
龍柴陸也の友人として御神楽葵生と面識を持つことになったヒロインは、病弱だけど日々を精一杯生きる葵生のために将来ウェディングドレスを作ることを約束する。それが、第1シーズン時の龍柴陸也トゥルーエンドだ。
干支物語シリーズは、ヒロインが成長していく進化型乙女ゲームだ。第1シーズンと銘打ってあるだけあって、その後第2第3と続いていく。
基本は第1シーズンから始めるのがベストだが、途中の第2第3以降から始めても、前シーズン分のストーリーを公式サイトから無料ダウンロードすることができる。
有料のシーズンオリジナルに比べれば、そのシステムやストーリー内容は簡略されているので、オリジナルと同じシステムやストーリーでやりたい人はソフトを購入、みたいな形で続いていた。
普通、シリーズの第1回目などのソフトは、次のソフトが発売されたらあんまり出回らないものだが、ヒロイン成長型、進化型のゲームだからこそ、ソフトの生産は続けていたしダウンロードという形で配信し続けていたのだ。
これ以外にも、シーズンごとのデータを次のシーズンに引き継ぐ機能も備わっている。
たとえば、第1シーズンをドラゴンルート突入、そして龍柴陸也と交際をスタートさせた状態で終えるとする。そのデータを第2シーズンに読みこませた状態でスタートすると、既出のキャラの好感度、ルートは維持したままで物語が始まり、ドラゴンルートをベースにストーリーが展開していくのだ。
ちなみにこの第2シーズン、ドラゴンルートから1歩も外れずに進むと、ゲームの最終幕・龍柴陸也の中等部卒業時にヒロインと婚約が成立するのだ。
さて、トゥルーエンドの話に戻って、この龍柴陸也のトゥルーエンドでのヒロインと葵生の約束。
データ引き継ぎ状態で第2シーズンに進むと、龍柴陸也のルートはほぼ封鎖され、攻略の難易度がマックスにまで跳ね上がる。この状態でもう一度ドラゴンルートを開くには、仲良くなった龍柴陸也と葵生の仲を引き裂く略奪ルートしかない。まあ、この略奪ルートに入ることがまず難しいんだけど。
トゥルーエンド状態で葵生と交わした約束は、今後のシーズン展開においてひとつのキーポイントになる。
先に言ったように、総合トゥルーエンドにおいて、ヒロインは自分のお店を立ち上げることになる。そして、それは攻略キャラの好感度によって左右される。
龍柴陸也の好感度が高い状態で進むトゥルーエンドルートは、一言でいえばヒロインの夢追い物語だ。
第3シーズンに登場するある特定のキャラの登場と、葵生との約束、そう、ウェディングドレスを作る約束で、ヒロインはいつか自分のお店、葵生や他の女の子が幸せな結婚式を迎えられるウェディングドレスを作る専門店を持ちたい、と思うようになる。
「いつか自分のお店を持ちたい?」という質問に、「持ちたい」「持ちたくない」の2選択があり、「持ちたい」を選ぶと、今後どの攻略キャラとくっつこうがくっきまいが、ヒロインは必ずウェディングドレスの専門店を立ち上げる。
はい、こんなに長々とゲーム内容を説明した理由。
というか、ウェディングドレスという単語が出た時点でわかるだろう、このトゥルーエンドルートでは、御神楽葵生と龍柴陸也はくっつくのだ。結婚するのだ。
別に、結婚が嫌なわけではない。奴の、自分が金持ちのボンボンで人様より頭一つ分おっきい権力を持っている自覚がないところは、確かに胃が痛い。あのフランクな接し方、庶民の名残が色濃く、中級お金持ちで管理職ポジの私には、結構つらいのだ。淡々としたつらさ。つらたん。
お家的には結婚したほうがいいんだろうが、正直あの人と円満に結婚生活が送れる気がしない。いや、仮面夫婦でもいいなら頑張るさ! 私は頑張れる。
だけど、龍柴陸也には無理だろ、と思ってる。本人は割り切ってる、みたいな態度とってるけど、結婚は好き合った同士でないと、って考えがあるのが見えるのだ。
婚約者であることで自由を制限されていた葵生への罪悪感から、龍柴陸也は結婚を拒まないだろう。恋愛的な目で葵生を見れない、そういう意味で葵生を幸せにできない、そんな自分がいることを知っていながらも、結婚しようとするのだ。
精々愛情を持っても、3つ下の病弱な妹に向ける、可愛らしい家族愛にしかならないのに。
「お嬢様、お車の用意ができております」
「今行くわ」
考えに考えた。
死亡ルート防ぎつつ、結婚ルートも防ぐ方法。
それはやっぱり、ヒロインと龍柴陸也をくっつかせる、ドラゴンルート発生以外ないのだ。
誰を好きになるかはヒロインの自由だ。彼女には多くの選択肢がある。
この世界がゲームではないと言ったのは私だが、その要素と可能性、未来があるかもしれない。
私はそれに縋りたいだけなのだ。その可能性に。
死亡ルートよりも、仮面夫婦ルートでもいいじゃないか、という案は一番最初に捨てた。
政略結婚に余計な感情は要らず、ただただ一緒にいればいい。それが、役割だと、思えばいい。
けど、そんなこと、したくなかった。
お金持ちの家に生まれたんだ、世の中うまくいかないのも知っているけど、甘いのもわかるけど。
あの人は嫌いじゃない。私を気遣っているのも知っている。
時々上から目線でムカつく時あるけど、不器用な手つきで、私を甘やかそうと、かわいがろうとしているのもわかってる。
嫌いじゃない。
でも。
「いまさら好きだったとは言えない」
何も知らなかった御神楽葵生は、純粋に”兄”を慕っていた。
不器用で、ぶっきらぼうで、時々いやなほどに優しい、黒い龍を。
だからこそ。罪悪感なんかで見てほしくない。
そんな甘さで守られたくない。
御神楽葵生は、私は、あのゲームほど、弱弱しく、健気じゃないから。
トゥルーエンドで結婚した二人は、とても穏やかな生活を送っているとシナリオライターは言っていた。
けど、その穏やかさはきっと、この御神楽葵生は望んでないのだ。
「願わくば、幸福ルート」
「お嬢様?」
「なんでもないわ。……私の帽子は?」
「ここにありますよ。お被りになるのは、学園に到着してからの方が良いのでは?」
「それもそうね」
喪女の記憶は厄介だ。
いらん考えをしなくちゃいけないし、男性経験皆無な記憶がしょっぱいし。
でも、だからこそ、ゆったりながれる悲しいほど穏やかな時間を、迎えずに済む。
深く、浅く、息を吐く。
車の扉に手をかけた青柳が、首を傾げて私を見つめる。心配そうな青柳に、なんでもないと目を伏せた。
さぁ、死亡フラグと結婚フラグをへし折るぜ!!
「お、お嬢様!」
「どうしたの?」
「陸也さまが、お迎えにいらっしゃるそうです!」
「え!?」
あばばばばばばばば。