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03+龍柴陸也

 龍柴(たつしば)陸也(りくや)。干支物語シリーズの最初期から登場する攻略キャラ。

 そう、何度も繰り返すようだけど、御神楽(みかぐら)葵生(あおい)である私の婚約者だ。


「き、着替え! 着替えなくては。せめて見苦しくない服装を……!」

「白のワンピースを用意してあります!」

「ありがとう!!」


 結構冷静に前世振り返ったりこの世界を脳内説明したりしてる私だけど、ところがどっこい、冷静さのれの字もないのだ。

 死後の決定者を名乗る自称神にあった時も、説明を受けた時も、いざ転生するぞってときも、実はこれっぽちも信じてなかった。

 だってそうじゃん? あくまで二次元、画面の奥側、ありえないものとして脳内にインプットされてる。

 百歩譲って実際に神がいたとして、アレが本物だとしても、だけど転生はないって思ってた。したとしてもまあ覚えてないよね、みたいな。

 現実、人間ってそんなものでしょ。記憶持ち転生したぁい、とか、トリップしたぁい、とか思ってても、それが現実に起きえないことを知ってる。いや、思ってる。それが常識だった。

 ありえないことなのだ。普通。

 でも、そういえばあの自称神は、別次元に転生させる、といっていた。

 それを鵜呑みにするなら、ここは間違いなく私たちが作りあげた大人気乙女ゲーム・干支物語シリーズの世界だろうし、私は御神楽葵生そのものなのだ。

 御神楽葵生として生きた11年間は間違いなく記憶にある。自分が自分だって認識した3歳の誕生日のことも、幼稚園時代からすでに決定事項であった管理職業も、昨日のことだって。

 もう、逃れようもなく、私という人間は御神楽葵生なのだ。喪女だった前世を持ち、ぐっさり刺されたあの薫子(かおるこ)であったことは、紛れもない事実にして現実。そして過去。

 大財閥の下でヒーヒー頑張る中級お金持ち・御神楽家の長女。そして龍柴家御嫡男の婚約者にして、干支物語シリーズのドラゴンルートにおける、HSS(ハイスペック小学生)お嬢様なお助けキャラ。

 昨日、ヒロインである千堂(せんどう)(きずな)にあった時点で、恐らくゲームは始まっている。だってアレ、ゲームのプロローグだったし!

 今日を入れてもあと6日後に、ヒロインは千羽(せんば)学園中等部に入学するのだ。

 そうしたら、男子中等部棟に入るための通行ルートを決める最初の選択「校門」「裏門」「先生を待つ」「渡り廊下」の4つから1つを選び、最初のオープニングルートが決まるはず。

 校門を選べば同学年の攻略キャラ2人のうちどちらかとランダムで遭遇し、裏門を選べば先輩のうち1人と遭遇、先生を待つことを選ぶと主人公のもとに総合的なお助けキャラ・高橋先生が登場し案内してくれる。そして最後の渡り廊下を選択するともう1人の先輩・龍柴陸也と遭遇することになるのだ。

 この龍柴陸也との遭遇により、最初のオープニングルート「だた1人のおんなのコ」が解放され、共学化を推し進める龍柴陸也をメインとしたストーリー展開に発展。

 このオープニングルートが解放されると、龍柴陸也のドラゴンルートは解放されやすくなるが、同時に同ルートのライバルキャラ(私ではない)との対立ルート「わたさない!!」が発生するのだ。

 このルートでは、選択を一歩間違えるだけで御神楽葵生の拉致監禁事件が発生し、さらに間違えまくると病弱な葵生に死亡フラグが立つ。というか死ぬ。

 この時点で病弱な婚約者・御神楽葵生に罪悪感を抱いていた龍柴陸也は、葵生死亡のバッドエンドを迎えることで心を病み、ヒロインだけでなく家族も含めた多くの人間を遠ざけるようになる。

 さらには、ニュースなどで御神楽グループの長女が拉致監禁の末死亡した事件が報道され、その原因が龍柴財閥の御曹司だとわかると龍柴家をバッシング。緩やかな業績不振に陥り、やがて経営する企業が次々と倒産。由緒ある龍柴家の地位も失墜し、両親とともに龍柴陸也が無理心中する、という最悪の結末を向かえる。

 ヒロインはそれを見ていることしかできず、ヒロインもまた心に癒えない傷を負って物語終了だ。


 これはヤバい。

 何がヤバいって、事実私は身体があんまり丈夫ではないのだ。

 ゲームで言われていたほど病弱というわけではないが、少し無理をすると熱を出してしまうほどには丈夫じゃない。

 私を産んですぐに亡くなった母も病弱だったと聞いたことがあるから、恐らくそちら方の血筋なんだろうけど。

 というか、私の身体は今はいいのだ。いやよくないんだけど。

 ここは干支物語シリーズの世界ではあるが、ゲームのなかではない。血の通った人間、生物が普通に息をして思考して歩いて生きている。

 ゲーム画面に浮かぶ選択肢など、この世にはないのだ。

 だからヒロインがどんな行動をするかによって、この世界はいかようにも変わるだろう。けど、念には念を入れて考えなくちゃいけない。

 もし、ヒロインに選択肢が見えていたとして。いえ見えていなくても、彼女はこの世界の、あくまで干支物語シリーズにおける運命のヒロインだ。

 この世界がそう(・・)である以上、彼女の周りには運命的に男性が集まってくるだろう。その気持ちや感情は別として、必ず1人とくらいは出会う。何せ同じ学園のなかだし。

 ヒロインが女子中等部からのテスト生というなの実験体である確率は、おそらく高い。

 そして、ヒロインがテスト生であったとしたら、先の選択肢4つは彼女の頭の中に浮かぶだろう。それはゲームの選択肢ではなく、当然の選択として。

 ここで「渡り廊下」以外を選べば何の心配もない。というかむしろそれ以外を選んでほしい。

 特に3つ目の選択肢「先生を待つ」を選んでほしい。この選択をすることで、オープニングルート「共学革命の少女」が解放され、どのキャラとも格差なく遭遇できる。

 4人の攻略キャラの個別ルートもレベル差なく選択、努力次第で解放できるし、このオープニングルート上で発生する龍柴陸也との接触やイベントなどは平和的に進む。

 このルートのまま、龍柴陸也のドラゴンルートを解放すると、ライバルキャラとの対立ルートは一部誤選択を除くすべてが排除される。対立ルートが発生しない、イコール御神楽葵生死亡は防がれるのだ。


「あと1時間くらいでご到着なされるようです」

「ええ、わかったわ。他の使用人たちは出迎えの準備をしているのでしょう、青柳(あおぎ)、貴方も手伝ってきなさい」

「はい」


 HSS(ハイスペック小学生)のハの字もない私だが、一応お金持ちってことでイイ教育は受けている。

 正直な話、薫子だったときより今の方がはるかに頭はいいだろう。それはお金持ちってだけじゃなくて、この御神楽葵生の頭脳がもとから高性能だったということに他ならないのだが。

 とにかく、無い知恵絞って、ハイスペックじゃないけど微かにイイ頭をひねって、私はひとつの結論を出した。


「ヒロインにドラゴンルート解放してもらおう」


 ヒロインと龍柴陸也がくっつくことでもたらされる利益は、御神楽葵生の精神的安定と龍柴家との確固たるつながりだ。

 二人がくっついたとしても、世間的なアレコレを気にしすぎるあまり、葵生と龍柴陸也の婚約話がパァになることはなかった。だが、二人がくっついて暫くした後、第1シーズンの最終幕である中等部1年の3学期末にようやく、龍柴家の旦那様が婚約解消に乗り出したのだ。

 正式に婚約解消するのは、龍柴陸也が中等部を卒業するその日。それまではまだ婚約者だが、それも最早名前だけになっているはず。

 葵生の手助けでヒロインとくっつくから、龍柴陸也は葵生に深い感謝の念を抱いていて、婚約解消後もヒロインと共に穏やかな交流が続いていく。

 お家同士も経済的、企業的なパートナーとして仲良しで進んでくのだ。スーパーウルトラハッピーエンドだ!!


 私、御神楽葵生が死亡することなく、また別の対立ルートで危ない目に合わず、ヒロインの解放失敗で龍柴陸也と結婚することなく済むのは、これしかない。

 そのためには、私は龍柴陸也と微妙な仲を続けていなければならない。

 微妙な関係を続けつつ、龍柴陸也に罪悪感を抱かせ続け、たとえヒロインとの仲が失敗しようとも対立ルートが解放されようとも、片手間に助けてやろう的な気持ちを抱く結びつきくらいは、作る。

 何があっても作る。これは、御神楽葵生という私個人だけの問題ではなく、御神楽家に直接つながる問題なのだ。

 拉致監禁の末に死亡するあのルートで、お家が大変なことになるのは何も龍柴家だけではない。

 龍柴家と横のつながりを持ち、いろいろと援助してもらっていた御神楽家も、龍柴家没落の後からゆっくりと衰退していくのだ。

 普段あんまり話さない父だが、悪い人ではない。厳しいし、堅苦しいからちょっと苦手ではあるけど、記憶を思い出す前に言った通り、父は不器用なだけで心根はいい人なのだ。

 その父が、父や我が家についていってくれる社員が、ゲーム同様HSS(ハイスペック小学生)でもないこんなダメな娘の死のために、職を失ったり堕落することは、神が許しても私には許せなかった。

 だから、演じてみせようじゃないか。

 喪女な自分が戻った今、もしかしたらやんわりと違和感を感じるかもしれないけど、おしとやかで物静かだけど強かなHSS(ハイスペック小学生)を演じてやる。

 これでも薫子の時は劇団にも所属したのだ。……大道具役だけど。


「清楚なワンピース、よし。髪の毛、ツヤサラよし。目ヤニもないし、ムダ毛もない。うん、大丈夫」


 おかしなところはない。

 亡くなった母に似ているという、私の顔は比較的整っているほうだし、この顔に白いワンピースは恐ろしいほど似合う。

 普段から声は落ち着いている方だし、話し方もしっかりしている。うっかり大人な口調になっても怪しまれないだろう。

 龍柴家の御曹司に会うのは、個人的に会うのはこれが初めてだな。お家同士でならもう飽きるほどあったけど。

 さぁ、頑張ろう。目指せ、ヒロインと龍柴陸也のドラゴンルート!!


「おい、葵生、入るぞ」

「え、あっ、はい! どうぞ」


 ドアをノックされて、龍柴陸也が入ってくる。

 ちょ、え、いきなり初っ端から本人なの!? 青柳はどうしたんだ、普段なら青柳から声がかかってくるはずでしょーが!


「ごきげんよう、陸也さま」

「……陸也でいい。たいして年も変わらないんだ。家の同士の面会でもねぇし、そんな話方しなくたっていい」

「いえ、ですが……。では、陸也さん。こんにちは」

「おう」


 挨拶くらい返せよ金持ちバーカバーカ!!


 今現在の私の婚約者、龍柴陸也は美形だ。

 そりゃあ攻略キャラだから美形なのは当たり前だけど、さらに系統を絞るならやや目つきの鋭い強面の部類に入るタイプだな。

 黒い髪は耳より上まで切った短さ、目はお母様がイギリスのハーフなんだとかで綺麗な(ミドリ)

 肌の色は程よく焼けていて、とても健康的だ。今の私が病的なほど白いから、並び立つと色の落差が結構目立つなぁ。


 っていうか、そんな話し方すんなって言いますけど、それ結構無理な話ですから!!

 そりゃあ、本人が言うように年はたいしてかわらん。3歳差だ。でも、子供にとって3歳の差は、驚くほど広い。

 男女の差もあるんだろうが、恐らく成長期に入ったばかりの龍柴陸也はそこまで大きくない、はずだが、私たちの体格や身長の差は歴然としている。

 たかが3年、されど3年。小学生と中学生ってだけで、天と地ほどの差を感じる。

 彼は17時過ぎに出歩いていてもお小言で済む年齢だけど、私は17時以降の外出が不可能。それだけでも、ほら、結構大きいじゃない?

 まあ年齢の差がなくったって、丁寧な口調を止めることはできないけどね!!

 龍柴陸也はあんまり気にしていないのか、わかっているからこそ言っているのか、龍柴家と御神楽家の家格の差は広い。

 御神楽家は龍柴家より家格は下、経済的企業的パートナーと謳い仲良しこよししているが、決して越えられぬ壁があるのだ。

 だから、どう足掻いてもこちらが引けるのは、尊敬語から丁寧語に変えるくらい。

 これでもう一人の先輩攻略キャラだったら、丁寧語でさえやめろって言われるからマシか。あのキャラは金持ちのくせして家格の差を理解できてない。庶民が金持ちにタメ語とか無理ゲーだから!!

 なんかよくわからん色の花束を手渡され、ベッドの上で大事そうに抱える。たった1時間で花束の用意まで済ませるとは、この男、なかなかやるな……!!


「で、お前、身体はいつ治る」

「明日は念のために学園をお休みさせていただくのですが、そんなに大事ではありませんので。少し休めば大丈夫ですわ」

「嘘つけ。お前、前にも倒れたろ。……ゆっくり休めよ」

「え、ええ。ご心配をお掛けして申し訳ありません」


 なんか過剰に心配されてる。

 特に無理したこととかないんだけどなー。この前倒れたのだって、アレ、目の前にいる御曹司の風邪が移っただけだし。

 ああ、そう言えば、この前のはこの人の目の前で倒れたんだったっけな。

 それでなんか心配しているのだろうか。まったく、心配しているのならさっさとお家に帰ってほしいものだ。

 正直この人がここにいると、気を遣って休めん。機嫌を損ねないように、ニコニコ笑うのでも体力使ってんだぞ。

 ゲームの御神楽葵生が病弱治らなかったのって、もしかしてこの御見舞いが原因なんじゃないの?

 確か設定の中に、葵生が寝込んだりすごく体調を崩したりするとよく見舞いに来ていた、って言うのがあったはず。

 葵生、体調崩して大変だったのに、何ランクも上の御曹司に気の休まらない御見舞いされて、さぞ疲れたろうなあ。わかるよ、だって私今すごいつかれてるから。


「夕食、一緒に喰うから」

「えっ」

「デザートに桃持ってきたけど、お前んとこの使用人に渡しておいたから後で食おう」

「あの、陸也さま、いえ陸也さん。お(いえ)は? 奥方様方が心配なさっているのでは」

「今日はこっち泊まるって言っておいた。あと明日、お前に勉強教えるように青磁(せいじ)さんに言われてる。国語か? 数学、算数、社会、理科、なんでも教えてやる」


 お、お父様ぁぁあああ!?

 なに頼んでるんだアンタ! いい人だとか散々褒めたけど、アンタ、もう、やめろ! 寝たいんだよ!

 気を遣わずにご飯たべたい! 桃だけ置いておかえり願いたいィ!


「どうした、顔青いぞ。具合、悪くなったか?」

「い、え。少し、眩暈がしただけ、ですわ」

「そうか?」


 あばばばばばばばば。


 

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