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02+千羽学園

「ああお嬢様! よかった、御目覚めに……」

「―― ここは、私の部屋?」

「はい! あの後、お車の中で気を失ってしまわれて。高倉医師を呼び、診ていただきましたが、どこか気になるところはございませんか?」

「ないわ。心配をかけたわね、もう大丈夫よ」


 使用人を下がらせ、再びベッドにもぐりこむ。


 高倉医師―― 御神楽(みかぐら)家お抱えの医師が診て、特に何かを言われてわけではないのなら、私の身体はなんともないのだろう。

 そりゃあ、そうだ。

 別に何かが悪くて倒れたわけじゃない。いや、うん、強いて言えば頭がチョット……、っと言うところだが、それは今はいい。

 それよりも、私の前世が喪女であったことのほうが今は大事なのだ!


 前世の私(ここでは仮名:薫子(かおるこ)と呼ぼう)が死に至る前の行動。そう、性格は悪いけど仕事はできる上司に、もうこれ以上は無理っすよぉ、レベルの酒を飲まされ酔わされ持ち帰られた、うん。

 ぼっち暮らしの上司宅に連れ込まれ、アハンウフンなことをされた後、「この泥棒猫!」と可愛い声に罵倒されて刺された記憶が、最後だ。

 あ、その前にプロポーズされたような記憶がある! 責任取って幸せにするー、云々言われた。励むとも言われたな。ナニって、ナニだよ言わせんな!

 そこから、自称神にここに送りこまれて ―― アイツ、前世のこと思い出す確率ほぼないとか、言ってなかったっけ!?

 私思い出しちゃったんだけど! 喪女時代の恥ずかしい思い出も、男性経験皆無(上司除く)だったことも!

 今世の私、御神楽葵生としての人生は、それはもう裕福だったし、上に下にもまれて苦しい思いもした、というか現在進行形でいているけど、それなりに幸せではあったのだ。

 これからも、大変だけどお金持ち的平凡な人生が送れるのだろうと、思っていた。そう、前世の記憶なんぞを思い出すまでは!


「ううー」

「お嬢様?」

「な、なんでもないわ」


 御神楽葵生は、私はお金持ちのお嬢様だ。

 幼少のころから使用人たちに(かしず)かれ、手伝ってもらうことが当たり前の人間だった。

 心の中で深く感謝することはあれども、それに疑問を持たずに生きてきた。彼らの仕事だ、当たり前だと。

 だけど、こうして薫子だった自分がいた事実を思い出すと、とたんに恥ずかしく、一人でできる、大丈夫だから、というなんとも言えない感情が湧き上がってくる。

 こう、むず痒いんだよ! 周囲にあまり構われてこなかった、己の前世からすればなれないことばかり。

 ああ! 私、どうやってみんなと接してたんだっけ!?


 御神楽葵生として生きてきて、今年で11年。

 そう、花咲く柔らかな春の季節を迎えれば、私は晴れて11歳になる。小難しい話し方や、大人ぶった態度をとっているが、うん、まだ11歳なのである。


「お嬢様、旦那様から、明日の学園は念のため欠席するように、と」

「えっ、大丈夫よ。それに、明日は龍柴(たつしば)家のお茶会があるわ。龍柴家の奥方様に、ご挨拶に行かないと」

「ですが、旦那様からは御欠席になる旨、体調不良との知らせを、龍柴家に送ったとのことで。龍柴家へのご挨拶は、後日改めて伺うとの旨も既に伝えてあるとのことです」


 使用人―― 私付きの使用人である19歳の青年・青柳(あおぎ)は、眉をへにゃりと下げて首を傾げた。

 とにかく安静に、と私に向かって頭を下げる青柳は、お水をとってまいります、とはっきりとした声で伝えて部屋を出た。


 龍柴家は、我が御神楽家よりも何ランクも上のお金持ちだ。

 所謂上級お金持ちさんで、私の、葵生の婚約者のいるお家である。

 うん、あばばばばばばばば。

 ヤバいよ、大変だ。

 記憶を思い出す前、私の乗っていた車が轢きかけた少女・千堂(せんどう)(きずな)

 この子の名前を聞いて、急にいろんなことを思い出した。それは、たぶん偶然なんかではない。


 生前の私は乙女ゲームの制作会社に勤めていた、しがない広報担当だったのです。

 勤めてかなり長く、いろんなゲームを担当してきた所謂ベテランさんだった。パイセン、と一部の軽薄な後輩たちに陰で呼ばれていたのは知っていたが、心の広い私はジャーマン・スープレックスで許していたのだ。

 そんな私が担当した乙女ゲームの中で、特に印象深く、そして世間的にも人気だったものがある。

 『干支物語シリーズ』と呼ばれた、干支をテーマにした恋愛シチュエーションゲームだ。

 千、の字を持つ、デフォルトネーム『千堂(せんどう)(きずな)』というヒロインが、千羽学園中等部に入学するところから、話は始まる。

 まず、このゲームについて話す前に、千羽学園について説明しよう。

 千羽学園は、千羽学園大学を含め、その付属校である千羽学園高等部、中等部、幼稚舎、幼稚園からなる、エスカレーター式のマンモス私立校だ。

 大学、幼稚園を抜かした総生徒数約3000名にも及び、幼稚舎約1000名、中等部約700名、高等部約1200名だ。

 中等部からは外部入学生組を含む人数であり、中等部では毎年平均200名、高等部では平均500名が入ってくる。

 高等部までは、ザ・お金持ち学校という感じだが、大学にると全国各地どころか世界中から生徒がやってくるので、もうお金はほぼ関係なくなる。

 日本有数のマンモス校でもある千羽学園は、幼稚園と幼稚舎は共学だが、それ以降の部は男女別に分けられていた。たとえば、千羽学園女子中等部、みたいな。

 だが、ヒロインである千堂絆(デフォ)が入学する年になって、男女を隔てていた壁を打ち壊し、渡り廊下が設置されるようになる。男子中等部、女子中等部がつながり、その翌年、男女共学となることが決まったのだ。

 ヒロインは、その男女共学のサンプル、まあ体のイイ実験体として、女子中等部生から男子中等部へ移って学園生活を送ることになる。

 それが干支物語シリーズの第1シーズン、中等部編の始まりだ。このシーズンの攻略キャラは4名。

 同学年に2人、一つ上の学年に2人という振り分けだ。その中に、私があいさつに行かないとー、とか言っていた、龍柴家の御嫡男がいる。というか、その攻略キャラが私の婚約者だ、うん。


 干支物語シリーズが売り出されたころは、ちょうど乙女ゲームの大ブーム期だった。

 特に、ファンタジーものや恋愛以外の要素、たとえば推理やアクションなどの入った乙女ゲームが人気を博していた。

 そんな中で発売した干支物語シリーズの第1シーズン、干支物語~雪に華~は、干支の要素が入った攻略キャラ全員が財閥の御曹司で、ヒロインは庶民設定。

 一昔前に一世を風靡したシンデレラストーリーの色味が残るゲーム設定に、当初売り出した側である私たちは不安を抱いたものだ。

 攻略キャラに共通のテーマや下地がある、というところは、人気ゲームの要素を含んでいたが、それでももはや廃れかけのシンデレラストーリー系に、目が行くだろうか、と。

 このゲームのウリは物語な濃密であることと、リアル沿いの展開に、美麗なスチル絵、豪華声優陣であるところ。

 だけどコレだってそもそもゲームに興味を持ってもらわないと、わかってもらえない良さである。

 半ば諦めかけていたけど、神は我が社を裏切らなかったようだ。

 干支物語の発売日1週間前になって、テーベーベスで御曹司と庶民のシンデレラストーリー系人気ドラマ『花は男子』が毎日再放送され、小さいながらもシンデレラストーリー系の再熱の波がじわじわとやってきた。

 そして干支物語第1シーズン発売日、ヒロインが年齢的、見た目的にも成長する、リアリティある庶民女子と御曹司のシンデレラストーリー系恋愛シチュエーションゲームとして、再熱の炎と共に一大ブームを巻き起こした。

 さすがの私たちもポカーンだったよ。

 え、何が起きた、って感じで営業からの報告を聞いて、とりあえず早く第2シーズンに取り掛かるぞゴルァ! の勢いで続編制作して。

 気づいたら第6シーズン、干支物語シリーズの最終章制作が終わってた。

 ヒロイン、千堂絆は、当初の身長149㎝から158㎝まで成長し、セミロングから背中まで緩やかに伸びるロングヘア、幼さを残した顔立ちから大人びた小奇麗な女性になった。

 彼女は私たちと一緒に成長したきたのだ。ゲームを、私たちと一緒になって作ってきた。このゲームの、最も大事なキャラクターだった。


 その千堂絆の、乙女ゲームの第1シーズンにおけるプロローグ。

 飼い猫のゴッドベルと共に繁華街に来ていた千堂絆は、1週間後の学園入学に備え、必要なものを一つ一つ確認していた。

 そのうち、最後にシャーペンの芯を買い忘れたことを思い出した彼女は、近くのコンビニでシャー芯を買おうと、ゴッドベルを地面に降ろそうとした。

 だが、地面に降ろした瞬間ゴッドベルが走りだしてしまい、あわてて追いかける。ゴッドベルは車道に出てしまい、危ない、と庇うように前に出たヒロイン。車の方が先に気づき大惨事は免れた。

 その車に乗っていたのは、黒い髪を背中まで伸ばした、ヒロインよりも幼い少女。ぺこぺこと謝るヒロインに対して、謝らないでと鈴の鳴るような声で返すと、何事もなかったように車を走らせた。

 ヒロインはこのことをずっと覚えており、自分が悪かったに責めもしなかった優しい女の子、としてのちのち重要になる。


 その優しい女の子は、うん、私、ですね。


 御神楽葵生は、干支物語シリーズの第1シーズン・通称ドラゴンルートにて、ヒロインのサポートキャラを務める年下のお金持ちお嬢様だ。

 私の婚約者でもある龍柴の御嫡男ルートに突入すると、ルートから外れた他の攻略キャラによって、龍柴陸也(りくや)に婚約者がいることをしる。

 その龍柴の婚約者が、入学前に出会った優しい女の子・御神楽葵生。龍柴陸也は当時14歳、私は11歳で、とっても微妙な仲だった。

 龍柴本人が望んでいたわけではない、ということを知らないヒロインは、婚約者がいるならと身を引こうとする。

 だが幼稚舎との交流会のときに仲良くなった葵生から、二人の間にあるわだかまり、そして龍柴の気持ちを伝えられ、葵生の協力もあって龍柴にアプローチを続けることになる。

 ひたむきなヒロインのアプローチで徐々に心動かされていく龍柴だが、自分との婚約の所為で半ば自由を制限されていた婚約者・葵生への罪悪感から、なかなか踏ん切りがつかずにいた。

 そんな龍柴の背中を押すのも、この小学生お嬢様・御神楽葵生なのである。HSS(ハイスペック小学生)とユーザーたちに名付けられただけあって、彼女は非常に頭のキレるお嬢様だったのだ。

 龍柴の奥方様を宥め伏せ、旦那様を納得させ、見事、龍柴とヒロインの交際を成功させるのである。


 と、長々とゲームについて話したが、そう。ここは乙女ゲーム、干支物語シリーズの世界。

 そして私は、HSS(ハイスペック小学生)御神楽葵生に転生したのだ。

 何が言いたいかって、まず、私に龍柴家のご両親を説得するのは無理だし、その後シリーズってこともあって二人の交際は続いていくが、そのたびに立ちはだかる困難を手助けするのも、おそらく無理である。

 なんでかって? ハイスペックなのはあくまでゲームの御神楽葵生であって、現実に転生した私という名の御神楽葵生は、上下に挟まれてヒーヒーと汗を流すただの管理職ポジションだからだ。

 そんな!! 私が!! 自分より何ランクも上のお家を相手に説き伏せるなんて、無理に決まってるでしょーが!!!


「お嬢様っ! 龍柴家の陸也様が、御見舞いにいらっしゃているのですが……」

「なっなぜっ!?」


 あばばばばばばばば。

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