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01+御神楽葵生

修正。

 御神楽(みかぐら)グループ社長の娘。

 それがどんな意味を、力を持つかを、幼いながらにも私はわかっていた。

 例を挙げるとして、パパはサラリーマン、ママは専業主婦、もしくは共働きのごくごく一般的な家庭からすれば、御神楽家というのはずいぶんなお金持ちだろう。

 チョコレート製菓会社としてはシェア日本1位を誇り、血筋を見れば戦国時代から続くそこそこいいお家柄で、最近はチョコレート専門店などをオープンしたりと忙しくもお金をほどほどに儲けてきた。

 お父様のご兄弟やその御子息御息女のなかには、日本を代表する大物作家だったり、文化人、有名なスポーツ選手、ジャパニーズサブカルチャーの代表・漫画家など、いろんな業界の結構な地位にいるひとがチラホラいる。

 それは誇らしいことだ。

 ちまたでいうところのブラック企業だなんてしてないし、社員ひとりひとりに目を配るアットホーム且つ福利厚生のしっかりしたピュアホワイト企業。

 社長を務める父はとても真面目で、自分にも他人にも厳しいひとではある。口下手で、やり手ではあるんだけどどこか不器用なひとだった。

 でも、会社の重役を中心に父の周りは理解あるひとも多く、ひんぱんにお忍びと称して一般食堂に顔を出す父を暖かく向かい入れ見守る、心優しく強かな社員たちもいる。

 高校生・大学生が選ぶ、就職したい会社ランキングの上位5位以内には必ず入る、いいところのはずである。

 だが――


「お嬢様、お嬢様。今しがた、獅倉(ししくら)様よりお茶会の招待状が届いたのですが……」

「獅倉様から? ――そう」

「如何なさいますか?」

「是、と返事を。行かぬというわけにもまいりませんから」

「はい」


 お金持ち社会で、我が家、御神楽家を見て見ると、どうだろうか。

 それはまあ、一般家庭からみれば、この御神楽という家もたいそう立派で、敬われる立場で、きっと贅沢で幸せな暮らしをしているのだと、そう見えるだろう。

 それも(あなが)ち間違いではない。確かに、御神楽家は裕福であるし、血筋を見れば立派だろうし、質素が家訓だからそこまで贅沢ではないけど、普段手にしたり口にするものの中には贅沢品もある。

 だが、幸せな暮らしをしているか、と聞かれたとして、その一部には是と答えられるだろう。

 優しい乳母、気遣いのできるメイドや使用人たちに、厳しくとも聡明な師として仰ぐ家令。彼女彼らは本当によく、不器用な男の不器用な娘に、誠心誠意尽くしてくれた。

 感謝の気持ちも、些細な謝罪さえも、気安く口にできず言葉にできない、不器用不愛想極まりないこんな私には、もったいないほど。私は幸せ者だろう。

 そうだ、家の中でなら、とても安らかに過ごせた。

 だが、ひとたび外に出ればどうだろう。そこは、ただただ息苦しく、頷くことだけを求められる世界。


「その、お嬢様、神林(かんばやし)家と美作(みまさか)家からの夜会の招待状ですが」

「ええ。神林家からの招待状には否、お断りになって。美作家には是と」

「はい。本日、お嬢様宛に届きました招待状は、以上になります」

「他は、御神楽に直接来たのかしら」

「そのようです。すべて旦那様のもとへと運ばれました」

「そう。もういいわ、さがって」

「はい。―― 何かありましたら、すぐにお声を」


 幸せは、全てのものとイコールで直結しない。

 一般家庭の一般的な子たちが通う一般的な学校の、その中で起こりうる、言うところの派閥争いのようなことが、お金持ち社会でも容易に起こりうる。

 キングオブお金持ち、お金持ちの中のお金持ちを、私たちは(一部のこういうことにうんざりとした傍観者は)「上級お金持ち」と呼ぶ。

 うんと昔から続く、正真正銘のお金持ち家系、所謂名家の中でも今でもトップクラスのお金持ち度を誇る家を、総じて指す。

 この上級お金持ちの方々は、良くも悪くもザ・金持ち脳ばかりで、その手に握られた札束が宙を舞う姿は、飽きるほど見たものだ。

 だが、さすが名家の血なのか、馬鹿なことはそうやらかさない。精々やっても手持ちの金で億ション買うくらいのものだ。まだ可愛い。

 その上級お金持ちの預金通帳からゼロをいくつかというかだいぶ削ったお金持ちが、下級お金持ちだ。

 名家の血筋ではない、所謂一代でここまで作りました、系の成金金持ちか、昔はもっと……、な家を総じて指す。

 彼らも上級お金持ち同様札束を宙に躍らせるが、困ったことに、お金持ち社会で最もやらかす階層の方々である。

 金と女は使いよう、が口癖の方だったり、無駄に見目に気を使う御令嬢だったりが多い。正直つらい。

 そんな下級お金持ちは、上級お金持ちに軽んじられ、疎まれることが多い。彼らは上級軍団に対して、息をするように媚びるのにな。無駄な媚だ。

 その下級お金持ちと上級お金持ちの間に挟まれた、預金通帳がちょうど上下足して2で割った感じの0が並ぶのが、中級お金持ち。

 血筋はほどほど、業績もそこそこ、長く細くつながってきた歴史の中で得た知識を振り絞って図太く生きる、をモットーにする家や、上からランクダウン、下からランクアップした家を総じて指す。

 上下に挟まれ常に周りを気にし、胃を痛め、軽く眩暈のする日々を過ごす、ごく普通のお金持ちだ。

 そう、我が御神楽家も、この中級お金持ちに含まれる。


 チョコレート菓子のシェア日本1位なのに? 良い血筋の家系なのに? ええそうですとも、それでも、お金持ち社会で見れば中の中。

 しがない管理職のようなもの。

 上からの誘いを断ることもできず、だからといって下からの誘いをバッサリ切るわけにもいかず、ほどほどの理由をつけて断る、そんな立場。


「もう、身体が持たないわ」


 そこそこ広い車内で、人間2人分の距離を開けた場所に座る使用人が心配そうに私を見た。

 ええ、もう駄目。家に帰ったらアイス食べるわ。ゴデ●バのアイスあるでしょう? あれ、食べちゃうわ。

 私が言った通りに、獅倉家と美作家に是、神林家に否の返事をするよう、家で控えている家令にメールで伝えているのだろう。

 私のサポートをするようになってから、まだ半年もたたない新入りだけど、その動きは玄人並だと家令が評価していたのは、間違いではなかったようだ。

 年は、確か18歳。今年で19になると、本人がいっていた気がする。がっちりとした身体に、小ざっぱりと整えた黒髪と、知的な黒目。

 顔立ちは、比較的顔の整っている使用人が多い我が家でも1位2位を争う精悍さ。

 どこかで見たことがあるような気がするけど、この人の父が、確かお父様の護衛役だったはずだから、それでなのでしょう。

 こてん、と首を傾げた使用人に、なんでもないと手を振った。


 御神楽家の子女が代々通う学園から、我が家は車で1時間。少しばかり遠いけど、あの学園には寮はないし、なによりこれが伝統なのだから従わないわけにもいかない。

 父は伝統を大事にし、規律を深く愛している。

 娘たる私が守らなくては、意味がないように思えるし、父に申し訳ない気持ちに苛まれてしまう。

 いつも通り来た迎えの車に乗って揺られること約50分のところ、景色はいまだビルと賑やかな人々を映しているけど、我が家まであと少しだ。

 ぼうっと考えていたのがいけないのか、そういえば赤信号で止まっていた車はいま、青緑に変わった信号によって前へと進み始めた。


「アッ」

「っお嬢様!!」


 普段は一言も話さず、目礼だけで済ませる運転手の、息詰まった言葉にならない短い悲鳴。

 何が起こったかすぐに理解することはできなかったが、動き出した車が突然の急停止をしたことで揺らぎ、私は窓に身体を打ち付けそうになった。

 だが、私よりも、そして多分運転手よりも早く理解し、気づいた使用人が、さっと身体を支えてくれる。

 窓に打ちかけた顔は大きな左手に守られ、一瞬浮いた身体は右手によって使用人側に引き寄せられた。


「あ、あ……」

「お嬢様、御怪我は!」

「ない、わ。それより、なにが起きたの」

「ッ申し訳ありません、お嬢様。少女が、急に、飛び出して」

「言い訳はいま、必要ありません! 田中さん、お嬢様は無事でしたが――」

「いいわ、それよりも、少女が急に飛び出したからブレーキを踏んだ、という解釈でいいのなら、その少女は、どうしたのです」


 使用人によって身を起こされ、運転手―― 田中さんに向き合う。

 彼は普段の寡黙さと冷静さをどこに置いてきたのか、焦りの表情で目礼し、社内をいそいそと出た。

 使用人も様子を見に外へと出て、社内に一人になる。


 ああ――

 焦った。


「あのっ」

「……なんです」

「急に飛び出して、危険な真似を、本当に、本当にすみませんでした!!」

「謝罪は不要です。なにやら事情がおありの様ですが、このような危険な真似、今後は控え、慎んでください。……田中さん、出してちょうだい」

「はい」


 少女は、千堂(せんどう)(きずな)と名乗った。

 曰く、飼い猫が飛び出してしまい、追いかけ助けようとしたのだと。

 彼女の腕の中には、白い猫がいた。目は青と金のオッドアイ。珍しいものだ、アレは、時代が時代なら幸福の猫だと呼ばれただろう。いや、いまもか?

 正直、私にも田中さんや使用人にも怪我はなかったから、ぜんぜん気にしていないのだ。

 これで何かあれば大変な騒ぎだったろうが、彼女本人にも悪気はなく、決して悪意あるものではなかった。なら、これは互いの無意識下の事故として処理しよう。

 気にするようなことではない。そう思う。

 でも、彼女はしきりに申し訳ないと、口にし表情(かお)に出す。なんとも、イイ意味で感情表現が豊かというか、わかりやすい子だった。

 緩やかなウェーブのかかった亜麻色のセミロングに、蜂蜜を溶かし込んだような丸い瞳、

 華やかなお金持ちを見てきたが、あんな清純派美少女は初めてみた。

 決して容姿で人を見ているわけではないが、あの子は人の良さそうな娘だった。

 今後とも、今日のような危険な真似を二度と起こさなければいいが。

 いや、いつかまた起こしそうだ。たとえば、廊下で肩の当たった上級生に食って掛かったり、美しい子と友情を育みすぎたり……、あれ? 私は、このようなシチュエーションを、どこで見ただろう。

 いや、今しがた想像したのか。こんなことを、最近見たドラマか、小説か、アニメか漫画か、ゲームか。

 いや、今世(・・)の私は、そういったものに縁が遠くあまり触れず――

 今世?


「ね、ねぇ」

「お嬢様?」

「わたくしの、名前は」

「え? えーと、御神楽葵生(あおい)さまです、よね」

「そう、御神楽葵生。そうよね」

「お嬢様? どうかなされたのですか?」


 御神楽葵生。

 中級お金持ち、御神楽家の長女にして、跡取り。

 身体はあまり強くないが、聡明で、様々なことに精通している知識人。彼女(・・)の良き相談相手として、「  」ルートでは大活躍を見せる。


 あばばばばばばば。

 そういえば、わたし、転生した元喪女だったわ。


 あばばばばばばば。


 

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