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自分でよければ、喜んで

 サロン館には芸術系学部の一部と事務部門と食堂、喫茶室が併設されている。

「こんにちは」

 呼びかけられて顔を上げる。

 そこにいるのはシンプルな制服。胸元に輝く学生証ブローチは第三学年の色。

「こんにちは。先輩」

「こ、こんにちは」

 ぎこちなく重ねるように返事をするのは同じ第一学年女子。多すぎる書類を持って階段を下りていた彼女は散りかけた書類に気をとられ、踏み外した。書類は周囲に散らばったが彼女は支えることができた。

 今は恐縮する彼女と共に書類を拾い集めている最中だった。

 声をかけてきた先輩の手にはたぶん飛び散った書類の一部だろうと思われる書類。

「あ!」

 先輩がにこりと笑う。

「貴女のね。どうぞ。……枚数、揃っているかしら?」

 問われて、彼女は慌てて枚数を確認する。先輩は念のためとばかりに周囲を見渡してくれている。

「ありがとうございます」

 お礼を言えば先輩は優しく微笑を浮かべた。

「シシリーと言うの。西からの留学生、よね。不自由はないかしら」

「はい。皆さんによくしていただいております」

 お約束の会話だ。

「そう」

 シシリー先輩はやわらかく微笑む。

「揃ってました! ありがとうございます」

 名乗ろうとした矢先だった。

 数え終わって安心したであろう満面の笑顔。シシリー先輩と視線を絡めて小さく笑う。

「春の祭典には二人で参加するのかしら?」

 先輩はくすくす笑いながら尋ねてくる。四季の祭典はこの学校における、恋人作りのお祭りだ。日々の勉学に勤める生活に目標と息抜きをという祭りだと聞いている。春は、花の祭典とも言われていて上級学年による演奏会や屋台が興行されるらしい。

 ふたり?

「はるの、さいてん?」

 書類を落とさないように抱えた彼女が首をかしげる。

 察しが悪いと舌打ちしたくもなるが抑える。

「そうよ。春の祭典。そろそろなれたころにあるお祭りよ。……私はシシリー、あなた方のお名前を教えてもらってもかまわないかしら?」

「キト、と呼んでください」

 自分に舌打ちしたいのを抑えて名乗る。自分の無様さが不愉快だ。

「あ! セ、セルツェ。です!」

 緊張のあまり声が大きくなっている彼女の無様さが自分の無様さに足されている気がして不愉快だった。

「キトと、セルツェね。よろしく」

 微笑んで繰り返すと先輩は無造作に続けた。

「二人は恋人同士なのかしら?」

 ち、

「違います! さっき、助けてもらっただけで名前も今知ったんです!」

 しかたなく同意しておく。そこまで大きく叫んで拒否されるのは初めてでセルツェを嫌いリストに放りこむ。

「シシリー」

 階段の上の方から声がふってきた。見上げれば、ツインテールの上級生。

 手すりにかけられた指先は白く細い。見下ろしてくる瞳は凍った湖の水の色。

「ミルキラ」

 先輩が彼女の名を口にする。『籤名』偽名だ。わかってる。それでも呼び名を教われた。

「お茶の時間に遅れるのは感心しないわ」

 先輩は冷たいそんな言葉にも頓着したふうはなく『ふふ』っと笑う。

「ごめんなさい。春の祭典のお話を、ね。そうだ!」

 くるりと先輩はこちらを見る。

「説明もするし、二人とも、一緒にお茶はいかが?」

 笑顔だ。

 隣でセルツェが頷きかけた瞬間に彼女が口を開いた。

「書類、届けなくては待ってる方がいるのではなくて? シシリー、邪魔をするのはよくないわ」

 はたりと気がついたようにセルツェが書類に目を落とす。

「セルツェさん、先生が書類が来ないと心配しておいでですよ」

 さりげなく現れたあいつが書類を半分取り上げ、セルツェを促す。多分、様子を見てたんだなと思う。

「あら、残念。キト君はおねーさん二人とお茶してくれるかしら?」

 名残惜しげなセルツェを見送りながら先輩は再度誘ってくれる。

 そっと、ミルキラ先輩を見上げる。

「キト、と名を貰っております。突然予定を崩したことをご不快にお思いでなければ、ぜひ」

「ミルキラです。不満なら誘った時点で止めているわ」

 名をくれたあとさっさと階段を上り始める姿はリンとしている。

「さぁ、キト、いきましょう。遅れると拗ねちゃうもの」

 先輩が楽しそうに笑いながら軽く背を押してくる。少しこわばったのに気がついたのか、小さく囁かれる。

「触られるの嫌いだった? ごめんなさいね」

「拗ねたりしなくってよ! お茶の時間がずれ込むのが嫌なだけですからね」

 先輩の謝罪は彼女の、拗ねた声にかき消される。

「いえ、急ぎましょう」

 セルツェを嫌いリストから出しておこう。

 彼女が居なければ、彼女の名前を知ることは遅れ、共にお茶を過せる日も遠かっただろう。

 追いついたミルキラ先輩は小柄な方で少し負けていると思ったが、階段で見た踵を思い出す。

 きっと、いいバランスが取れるようになる。そんな確信が嬉しくなる。

「キト様は好みの茶葉はありますの? 自国のラクト茶も、わが国のべルタ茶も淹れる事ができましてよ」

 その言葉につい目を瞬く。

「ベルタ茶を。国に帰れば、飲む機会が多いでしょうし、この国を知りたいのです」

 そして貴女をもっと知りたいのです。

  


「私、飲み比べしたいわ」

「仕方ありませんわね。お国のお茶をちゃんと淹れる事ができているか、キト様も飲み比べに参加してくださいませ」

 先輩とミルキラ先輩の会話につい、困ったように笑ってしまう。

 気がつけてしまうわかりやすい気遣い。



「自分でよければ、喜んで」



 異国で味わう故郷の味。

 ホームシックにかからないか、少し自分に自信が無くなった。




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