堕ちちゃえ
疑問が、消えない。
「せんせー」
甘えた声で彼女は先生のジャマをする。
先生は優しいから邪険にしない。
「好きだ」
そう告白された彼女はあっさりと断る。断った相手とそのまま食事ができる神経の持ち主。
無神経な女。
いとおしげに男達に見られて翻弄して無垢なフリ。
ズルイ女。
「だいじょうぶ?」
親しげに手を貸してきて軽いことを言って去っていく。
偽善者。
大っ嫌い。
いつだって楽しそうで幸せそう。
怖い目に、理不尽な目にあえばイイ。
いやな噂をそっと流しても、それはどこにも滲み込まない。
いつだって笑顔。
真っ直ぐに前を向く。
いやな女。
いろんな男達や、権力を築いた友人に媚びて。
高い場所で見下ろす姿もイヤになる。
ねぇ、落ちちゃえ。
どこまでも堕ちちゃえ。
いなくったっていいんだ。
その笑顔を見たくない。
「セルツェ?」
無邪気そうに笑って手を差し出してくる。
「あっちに、いい採集依頼があったわ。一緒にどう?」
「ありがとうございます」
野外採集。
彼女は高額採取物を把握している。
大きめの石を持ち上げて下に這いずる虫。彼女は濡れた枯れ葉を避けて拾い集める。
かがんでいる彼女にこの石を打ち付けたい。
ホントはこの殺意に気がついていて挑戦してるのよね?
やれるものならやってみろ。きっとこの女はそう言いたいのよ。
魔女。
夢で見る魔女と彼女が重なる。
準備、しなきゃ。
確実に、私とばれないように。
魔女は、退治しなくっちゃいけないの。
私は、英雄になんかなりたくない。だからひっそりと魔女を倒すの。
魔女を倒してその呪縛からみんなを解放するの。
私の王子様。
呪いが解ければきっともっと私を好いてくれるわ。
先生だもの。
私だけを見て。なんてわがままは言わない。
「よっし! ぼろ儲けだね! 秋の祭典の準備は、美味しいものが多くて誘惑だよねぇ」
彼女は虫の入った袋を揺らしながら朗らかに笑う。
カサコソと音が聞こえる。
「これで、大通りの角店で弟子入りしてる人たちが出店する店のケーキを気兼ねなく食べられるわ」
チーズがよい出来だと聞いた。フルーツも秋は収穫物が多いし、新入生も秋になればこなれてきている。基礎技術が向上した秋と冬の祭典は屋台が大繁盛だという話。私も宿の手伝いで下準備以上のこともするようになっている。
制服のサイズが変わって学生の一部が悲鳴をあげるのもこの頃だ。
成長期って怖い。
「美味しいケーキ、美味しい肉料理、カロリーを使う素敵な運動。楽しみだわ!」
この女、どこまで好戦的なんだろう?
いつか、この表情が絶望に沈めばいいと思う。
それがきっと魔女に相応しい末路なんだと思うの。




