か弱い心臓
「泳ぐぞ泳ぐぞー」
水の中は気持ちいい。
組んでいるカイエン先輩は静かだ。
「先輩、釣り針とかってあんまりないですねー」
ウキと絡んだ釣糸を示された。
くぅ! どこから出したぁ!?
「おい。お前らぼちぼち休憩に日干ししろよー」
先輩の声にあたしは返事代わりに手を振っておく。
第四学年の先輩であたしとカイエン先輩用の監督官だ。
岩場で寝そべっている先輩は真面目に監督してたように見えない。ツバの広いよれた帽子を被り、だりだりと寛いでいる。
「暑いですー」
岩場にあがるのは暑い。
「熱い茶も入れてやるわー」
先輩は力の抜けた口調で簡易焚き火にかけていたヤカンを持ち上げる。
「冷たいのじゃないんですかー?」
「女が身体冷やしてんじゃねーよ」
しぶしぶ水から上がると先にあがっていたカイエン先輩がタオルを渡してくれた。
「ありがとー」
「いえ。仲いいんですね」
「うん? ああ、先輩と?」
そう見えるらしい。頷かれた。
「まぁ、専門学科で先輩後輩だからな」
そう。
「情報管理学科で一緒なんだよ」
ぱちりと驚かれて得意になる。
「んふふ。この学科は自国民、しかも、選ばれた学生だけが受講できる学科なのだー。うーん。エリートっぽいでしょー」
がんっと頭を殴られる。アラキ先輩だ。
「胡散臭くしか思われてねーよ」
えー?
「たいした科目じゃねーよ。早い話が問題児集めたつっても嘘じゃねーしな。国の囲い込み政策の一環だよ」
ひらひらと先輩は片手で手を振り、あいた片手でカップを渡してくる。マジあっついんですけど!?
「空気よまねーあほがふらふら国の恥さらすのを防ごうって奴だな」
あー。そー言うのがいるんだー。
「こいつみたいな、な」
そう、そ、
「先輩!?」
さっさと飲めと促されて熱いお茶に口をつける。
ぶーぶーである。
「ま、留学生はできるだけ大人しく過すんだな。他人の学生証に手ぇつけずに、な」
人の学生証。
名前を盗られた学生は、学校生活中いろんな権利が学生証を握っている相手に握られる。卒業すれば関係はないと言っても引き摺っちゃうケースもよくあるらしいから留学生に釘を刺すのは管理科の単位になるんだよね。
うっしゃー単位ゲット!
「得意気にしてんな。お前はなんもしてねーだろーが」
ごんと殴られる。
この先輩、やたら殴ってくるのだ。
「カイエン先輩、学生証二個目ゲットですかー?」
逃げるようにカイエン先輩に振るとにっこり笑って頷かれた。
「まぁ同国の方ですし、面白い経験かと思ってますよ」
「アラキ先輩! 夏の祭典前に水遊びが怖くなるようなことに巻き込まないでください!」
夕食時、先輩に夕食を奢られつつ、苦情を突きつける。
カイエン先輩からの好感情ゲージがガンガンに下がるのを確認し続けたあたしのか弱い心臓はバックバクだ。
「必要な注意だって。あと、余計なこともらすなよ。減点対象だからな。デザートもつけてやるから」
室内でもつば広帽子は被りっぱなし。
先輩からの感情ゲージは確認できない。
そう、あたしは学生、教師の対人感情ゲージを知ることができる。
情報管理学科はそういうことのできる人間の集まりだ。
アラキ先輩がどういう情報の取り扱いを得意としているのかは知らないが重要視されている先輩なのは確かだ。
その先輩に気に入られているあたしって実は将来有望?
「で、シシリーちゃんとミルキラ嬢を取り巻く恋愛関係はどう炎上してるのかな?」
いや、炎上まではいってないと思います。
奢ってもらって「夏の祭典頑張れ」と応援されて女子寮前まで送ってもらった夜だった。




