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おかしいわよ

 朝の中庭。

 シシリー先輩が庭の手入れ。

 少し離れた東屋でその音を聞いている。彼女はぼくの同国人。

「この国、おかしいわよ」

 泣きそうな表情。何がおかしいというんだろうか?

「私はどうして本来の家名を、親がつけてくれた名前を、思い出せないの?」

 ああ。そこかと思う。

「全部、学生証に封じられているんですよ。だから、なくしちゃいけませんよ。誰かに盗られてもいけませんよ」

 学生証を持たないと身を守ることが出来ないのだ。自分の学生証を持つ相手に隷属するしか生きられなくなる。この街にいる限り。

 堕ちることは簡単なことなのだ。

「おかしいわよ」

 ぼくは彼女を覚えてる。国で見ていた。プライドの高い侍女候補の一人だ。王子の様子を遠巻きに観察していたのかもしれない。

 泣き言を言う彼女の学生証はぼくの手の中。

 ぼくは笑う。

「おかしくなんかありませんよ。そうでしょう?」

 向こう側でシシリー先輩が誰か、第四学年の留学生と喋っている。





 水泳中、学生証はどうするか。

 ブレスレットやチョーカーにつけておくのが基本系だ。

 盗られると言うけれど形ばかりにも自己意思が必要になるのだ。譲渡には。

 湖を軽く泳ぐ。遊泳区と漁場区が有り、釣り針等は要注意だ。

 祭典前の水中調査。祭典競技中に怪我をする可能性を下げるための掃除も含まれている。

 潜る。

 学校敷地内の湖はなかなかの透明度でひんやりしている。

 春の祭典で仲良くなったアレキシやシシリー先輩。

 稼ぎ方を教えてくれた先輩には感謝している。

 キト様が心を惹かれたらしいミルキラ先輩。兄がバカみたいに惚れたシシリー先輩。

 それ自体は構わない。

 忘れてはいけないコトは相手が本気になった場合だ。

 王家や貴族の家に入れることができる相手かどうかということ。

 だから、わからない以上は学校内だけで切れる相手が好ましい。本人同士だけの問題ではない。それをあの二人は理解しているのだろうか?

「カイエン先輩!」

 息継ぎに上がったところを抑え込まれる。

 一瞬沈んでから湖面に顔を出す。

「アレキシさん。殺す気ですか?」

「まっさか! キトねー。誘って了承してもらったって!」

 機嫌よくアレキシは告げてから沈む。

 ぼくも潜り仕事に戻る。

「あたし、キトを応援したいの!」

「ありがとうございます。お礼は試験対策ですか?」

「えへへ。お願いしまーす」

 この留学中だけでも王子に楽しく過して欲しい。

 ミルキラ先輩なら、不足もなく、問題を起こさず、最後には引いてくれそうな気がした。だから、今はぼくも応援する。

 ぼくにとっての王子は絶対で。少しでも王子がいきやすいように準備をできる人間で、ぼくはありたい。

「どの教科ですか?」

 答えをわかりつつ、尋ねる。

「うん。ぜんぶ」

 ああ。やっぱり。

「アレキシ、あなたの脳みその機能はどーして学習に向きたがらないんでしょうねぇ」

 ぼくには理解しがたいです。

「うーん」

 湖面に浮かびながら彼女は悩んで見せる。

「興味を、引かないから、かなぁ。こってん文学とか苦手ー」

「古典文学。古い言葉で書かれた恋愛ものもありますよ? 恋愛小説は好きでしょう?」

 キラッと目が輝いて食いついたのがわかる。

「暗号で書かれた恋愛小説ですよ?」

「マジ!?」

 ぼくは頷く。解釈によっては艶本だ。

 コレでもしかしたら古典文学はクリアできるかもしれない。

「ねー。先輩」

「はい」

「どーして先輩もキトのこと好きなのに、キトが他の人と進む後押しするの?」

 唐突な質問にぼくは、ぼくは、……少なからず殺意を覚えた。



「好き、だからですよ」


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