いや、一割でもいい
春の祭典が終わればクラス替え。そして夏の祭典へ向かう。
第一学年は生活に慣れてくる。
わたくしやシシリーは成績落としてませんし、上がりようがありませんの。……演武会のシシリーの行動が不適切とされれば、シシリーは落ちる理由になりますから彼を悪役に仕立てました。
女生徒の胸にダイブしたのですから当然の対価ですわ。
当のシシリーが不満そうでしたけど。というか、「鎧の胸元がきつかったからゆるめに装備しちゃった」てへ。だと!?
ふざけんな! 三割寄越せ! いや、一割でもいい……。
そっと思考の海に溺れつつ、自分の身体を見下ろす。
ミルキラは低身長で折れそうな華奢な身体の持ち主だ。
ええ、そう、チビのマナイタだ。そして運動音痴。修正できるかと思ったけれど無理だった。ゲーム中のアレで改善された状況だったのだから。
そして、駆けつけてきた装備の作成者のコールは「予測を、見誤った、だと……ふ、不覚!」と、床に手をついていた。成長は予測してましたのね。
そんなことよりも即座に立ち直るまではいいけれど、控室で、「再計測!」とか言いながらパイ拓とろうとすんじゃねぇ!
場所を弁えろ職人!
こほん。もちろん、表には出しませんわ。
キト様やカイエン様からも謝罪が入りました。
シシリーの方には第四学年の先輩からも謝罪がきたそうです。
同国人の弁護が強いということで、彼がそれなりに好意を受ける立場だとわかります。知ってたし、後悔はありませんけどね!
女に恥を強くかかせるのなら男性が「失敗した」と笑ってからかわれているくらいがいいのです。若気のいたり、可愛い話題ネタですわ。
そのシーンに行き当たったのはそろそろ夏の祭典の競技(どれかひとつに絶対参加)に悩んでいた頃、シシリーがむっとした表情で立っていて。
「シシリー、相談がありますの。こちらへ早くいらして」
「え? ミルキラ、ちょっと、まっ」
少し進んでから、取っていた手を抑えられ、注意を向けるように促される。
「ナヴァンと会話中だったの!」
え?
「あら……。ごめんなさい。居たことに気がつきませんでしたわ」
マジで。
手を引かれて戻った場所に彼はいなかった。
「ごめんなさい。シシリー。もうじき、夏の祭典でしょう?」
自分のことで気が急いてしまったのは確かだった。
きょろりと周囲を見回したシシリーは軽く息を吐いた。
「うん。今度謝ってちゃんと聞きなおすわ。えっと、夏の祭典よね。乗馬か、演舞会に参加するとか?」
「今年の競技内容だと障害物走よ。わたくしには無理」
屋台の売り子は、キャラ崩壊はなはだしいし。演舞会は男女ペア出席だ。流石にキト様を誘う訳にはいかないし。女性から、誘うものでもないということになってますし。
「そっかぁ」
「シシリーは演武会?」
軽く踏み込んで手を振り上げ、勢いよく頷く。
「勝ち抜き戦だよー!」
年頃乙女のセリフがこれでいいんだろうか?
「なんとか相談してみますわ」
「キトに頼んだら?」
シシリーがあっさり言った。そう、気持ちよすぎるくらいあっさりと。
「で、できるわけないでしょう。はしたないじゃないですの」
キト様のことは好き。でも彼は攻略キャラではなくて、だから、彼との未来は存在しない。彼は国に戻ってしまうのだ。スピンオフストーリーもなく、二次でだけもてはやされているキュートキャラだった。そして私の一押し。きっと可愛い顔して押しが強いの。リバも気にしないけど受けなら誘い受け。攻めならやんわり腹黒囲い込み系ならサイコーって悶えたわ。
そう、彼は西の国の王子。わたくしはこの国の王家直系で跡継の王女。ハッピーエンドはないし、わたくしとしても国を守るためには良き伴侶を選ばなくてはいけない。
だから、彼は選べないし、彼と遊ぶこともできないし、惑わすような行動は、もってのほかなのだ。
「あ! キト!」
「どうかしましたか? シシリー先輩」
え?
「演舞会に出る気はない?」
「自分では、シシリー先輩の期待に添えませんよ? 出たい気もするんですけどね」
「練習してるものね。夜の演舞会は?」
し、シシリー!?
「夜。……演舞会、ですか。出るんですか?」
「相手がいないわ。私も、誰かさんもね」
「ご、ごきげんよう。キト様、行きますわよ! シシリー」
どもる。困惑する。
彼が見ている。
誰にも誘われないような女だと思われてしまったかも知れないと考えると切なかった。




