想い
目が覚めたらよく知った顔が目の前にあった。
一日一回は必ず見る顔。目の前にある顔は額から上が白い布で覆われていたが、誰か判別することはできた。それなのに俺は戸惑っている。当然だ。いきなり目が覚めて“自分”が目の前に、しかも包帯をつけていたら誰でも戸惑うだろう。どこから見ても俺―明王不動が純白のベッドに眠っていた。これが双子の兄か弟なら問題はないが、いや、頭に包帯をつけているから問題なのだろうが、そもそもこの俺に兄弟はいない。親族にも俺に似た人はいないはずである。つまりこの目の前の人は俺か、夢か、もしくは俺の知らないそっくりな人のどれかである。だが最初の考えは除外だ。当たり前だが自分の目の前に自分がいるわけない。あったとしたらそれは鏡に映っている場合か、最近技術の進歩がめまぐるしい3Dを用いているかぐらいだろう。だが俺の部屋のベッドの上に鏡はないし、3D装置なんて当然俺は持っていない。
次にそっくりさんだが、これもありえない。俺が知らない人のベッドのすぐ近くにいるなんて考えられないからだ。つまり結論。これは夢である。それ以外考えられない。そうとわかれば落ち着いて、目覚めるまで何をしようか考えよう。目の前の顔に悪戯しようかと考えたが、もし他人の顔だったらいくら夢でも罪悪感が湧いてくる。だから周りに何かないか探そうとしたとき暗い気持ちになった。なんせここは病室だった。いくら夢でも自分、もしくは自分に似た誰かが病室で頭に包帯巻いて眠っていたら誰でも不快な夢だと思うはずだ。早く目覚めたいと思いながら、周りをよく見てみると今まで気づかなかったが高い音を奏でる装置があった。心電図の装置だ。「いったい何の嫌がらせだ、神様。」と思った。
そんなことを考えていたら突然病室の扉が開いてよく知った顔が入ってきた。一人暮らしで最近はあまり会っていなかった俺の母―愛染だ。院内だというのにあわてていて迷惑じゃないかと思ったが、考えてみたら夢なのだから関係ない。
母はベッドで横になっている俺の姿を見て、安堵したかのように俺の身体に手を触れた。この夢を見ている自分に非常に嫌気がさした。
*
その後、父も病室に駆けつけてきた。皆々母と似たような反応をしていた。そのたびに罪悪感に打ちひしがれていた俺だったがその思いが一気に打ち砕かれた。
突然病室を高い音が木霊したからである。ドラマではよく聞く音だが、ドラマのようにただ高い音ではない。周囲にいるものを絶望へと陥れるほどの力を持った音である。その音が鳴り続ける中、病室に医者や看護師が入ってきて、いろんな処置をし続けた。まさにTVの中の世界がそこに広がっていた。そこまでドラマが好きというわけではないが観たことは何度もある。そんなことを考えていたら夢のドラマも次のシーンに移っていた。静かな別れ、旅立ちのシーンへと。両親が何か言っているようだったが、何も頭に響いてこない。実際には騒がしいのかもしれないが、頭の中は静寂に包まれていた。これが死。言葉では決して表せない人生最後の出来事。夢の中でそれを体験してしまった。決して見ることのできない自分自身の死を。夢の中で死ぬと魂が死んでしまい、二度と夢から覚めることができなくなるという話を聞いたことがあった俺は現実世界へ早く帰還したいと思った。
だが物語はその後も続いていった。夢という考えのおかげでまだ平静でいることができた。母の次の言葉を聞くまでは…。
*
愛染は息子の死を前に大きな悲しみに押しつぶされそうになった。不動の悲報を聞いてから3時間後の出来事である。息子は今目の前で眠っている。警察からの電話で、「息子さんが何者かに襲われました。」と聞かされ、急いで来た。道中不安でいっぱいだったがこの病室に着いて生きている息子を見たときは少し安心した。遅れて夫―金剛も来たため心もどんどん落ち着いていった。それなのに突如リズムを変化させた心電図の音を聞いてからはパニックで思考が働かなくなった。ただお医者さんや看護師さんの行動を見ていただけ。お医者さんたちは必死に頑張っているのに自分はただ見ているだけで何も不動にしてあげることができない。やがてお医者さんたちの懸命の処置の甲斐なく、不動は生命活動を止めた。そこでようやく何もできなかった無力な自分への思いが現れた。自分の無力さと息子の死、二つのことで頭はいっぱいとなり、私は哀しみという闇の中で泣いた。周りには夫やお医者さんたちがたくさんいて、たくさんの音もあるというのに、目には何も映らず、耳も何も感知しなかった。
その闇の中から救ってくれたのは同じ痛みを共有する夫だった。闇は払われ、太陽の光に照らされた病室を目は映しだした。ベッドで横たわる不動を見て再び哀しみが出てきたが、同時に「なぜ?」という疑問も出てきた。
「なぜ不動は襲われたのだろう?」「なぜ不動が死ななければならないのだろう?」「なぜ…。」
その思いが込み上げてきて私は大きな声を上げてしまった。
「どうして不動が殺されなければならなかったのよ。」
*
母の言葉を聞いた瞬間、脳内に走馬灯のようにそれまでに起きた出来事が現れた。最初はモザイクのかかった映像だったが、ほんの数秒で克明な映像へと変化していった。俺が殴られた瞬間も。すべて思い出した。一瞬のことですぐに気を失ったが、ほんのわずかな間に味わった激痛さえも。そのためか、頭に激痛が走ったが、そんな事さえ忘れてしまう感情に支配された。
俺は誰かに殴られ、そして今まで見てきたこの世界の出来事は現実に起きたことである。それを理解したとき自分の今の状態が気にとまった。俺の状況はいったいなんなのだろう?霊体?幽霊?しばらく考えたが答えなど出てくるはずがない。自分以外とコンタクトがとれないのだから。
そんな中家族・病院関係者・警察関係者、3者が俺の対応に追われていた。警察は解剖を要求していたが、家族が断固として反対していた。両者の意見が平行線をたどる中、両者とは異なる声が話を中断させた。話を聞いていた医師の声だ。医師が両者の言い分を聞き、提案したのがAiというものだった。
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医師の話を聞いた警察官は医師の言葉に少し不安を抱いていた。Aiは確かに良いものだが、難点もいくつかある。解剖を行った方が詳細な結果が得られると思っていたからだ。しかし、いくら解剖の方が良いと思っていても遺族側が納得してくれなければならない。Aiでも情報は得られるので警官たちは医師の提案に賛成した。
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金剛は医師の言っている意味が分からなかった。
AIといえば今ではなじみ深いものだ。車のカーナビゲーションや携帯に積まれている人工知能、Artificial Intelligenceのことだ。そんなことはわかるが問題は警察との今の話のどこに人工知能が必要なのかだ。皆目見当もつかない。隣を見ると愛染も同じ感じみたいな表情をしていた。真剣な話を関係ないことで中断された金剛は医師に向かいものを申した。
「今の状況に人工知能がなんの役に立つのですか?こちらは今真剣な話をしているのだから横槍を入れないでください。」
金剛は感情に任せて言葉を発した。その直後医師が多少ポカンとした表情になった。それが意外だったため金剛も愛染も同じくポカンとした表情になってしまった。
*
金剛さんの言葉に医師は一瞬思考がストップした。私は彼らとの話で一度も人工知能の話をしていない。私はAiを提案しただけである。そこまで考え、ようやく金剛さんの言った意味が理解できた。金剛さんの思いついたAIと私の提案したAiは同じ略称でも全く異なるものだということに。Aiの知名度や重要性は現在では高くないが、そのことに気付いた医師は改めてAiの認知度の低さを思い知らされた。医師は金剛さんたちにAiについて話を始めた。
「申し訳ありません、金剛さん。私の提案したAiは人工知能のことではなく、オートプシー・イメージング、CTやMRIを用いて行う画像診断のことです。」
「オートプシー・イメージング?」愛染は聞いたこともない言葉に疑問符を浮かべていた。
「はい。オートプシー・イメージングは簡単に言えば、遺体に行うCT検査のことです。あなた方がそうだったように家族の方が解剖されることに躊躇いを抱く方が多いのです。それに解剖を行うと空気が漏れてしまい、調査できなくなる気胸なども解剖の弱点となっています。しかし、遺体を詳しく調査し、事件の調査や死因究明を行いたい医療者や警察の方もいるのです。そこで導入されたのがオートプシー・イメージング、通称Aiなのです。」
「ちょっと待って。」
愛染は医師の話が区切れた時に医師の見当違いに物申そうとした。
「たしかに解剖で不動の体が傷つけられるのは嫌です。でもそれだけでなく、私たちは少しでも早く不動を家に連れて帰りたいのです。Aiだか何だかわかりませんが、できる限りあの子のそばにいてあげたいのです。そのような手間をかけて、家に帰ってきたらすぐお葬式なんて嫌です。」
医師は愛染の話を最後まで聞くと、時間を置かず口を開いた。
「ご心配はありません。あなたも一回はCTを受けたことがあるでしょう。検査自体は5分ほどで終わります。当施設ではAiにCTを用いていますので同じ5分程度で終了させていただきます。」
医師の言葉に愛染たちは戸惑っていた。言葉には出さないが息子を殺した人の手掛かりとなるものが発見されればいいなと思っていたからだ。
医師はケータイで同僚に連絡を入れ、連絡を受けた医療者が紙を持ってきた。医師はその紙を受け取り、愛染たちに手渡した。不動も両親の後ろに回り、二人の間から顔を出して紙を眺めた。
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オートプシー・イメージング(Ai)
概要
オートプシー・イメージングとは、コンピュータ断層撮影装置(CT)や核磁気共鳴装置(MRI)などによって撮影された死後画像により、死体にどのような器質的病変を生じているのかを診断することによって、死亡時の病態把握、死因の究明などを行うシステムのことである。従来の解剖では死体損壊等の理由から解剖率が低く死因究明等ができないことが多くありました。その解剖に代わる新たな分野です。
実態と意義
オートプシー・イメージングは実施されてから日が浅い分野であること、生前と死後では多少の画像変化があること、読影者(画像を見て診断する人)の経験が少ないことなどからオートプシー・イメージングを実施して、必ず何かがわかる保証はありません。しかし、昨今ニュースを騒がせている虐待や毒による自殺などの診断には大きな成果を示しています。ご家族の死因を詳しく調べ、あなた方や社会の今後に役立つシステムです。
費用
・当病院ではオートプシー・イメージングに必要な費用は全額病院側が負担します。
利点
・費用負担なし。
・死体損壊なし。
・従来の解剖で判明できなかった病態、死因の判明。
欠点
・必ずしも病態、死因が判明するとは限らない。
・異常があった場合、最低限の解剖を行う。
質問は医師・放射線技師にお問い合わせください。
以上のことを理解した上であなたはご家族のAi実施に同意します。 印
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用紙に書かれていたのはあっさりとした文章と同意の承認だけだった。こんなざっくりとした説明ですぐに納得する人なんていないだろう。案の定母が
「読んでも詳しく分からないのだけど。」
「何分Aiを当病院が取り入れてからあまり時がたっていないもので実施回数がまだ少ないのです。最初のころはすべて口答でして、そのあとぎっしりとした説明文を用いたのですが皆さん読むのが大変そうでして。そのため最低限を用紙に書き、質問事項は口答にしたのです。ご了承ください。」
金剛たちは合理的と言えば合理的な医師の言動に耳を傾けつつ、用紙に書かれたことで分からないところを頭の中で整理しつつ、整理された事柄を言葉にした。
「じゃあ質問よろしいですか?」
「はい、どうぞ。」
「じゃあまず、この検査を実施して不動から何が分かるのですか?」
「そうですね、まず不動君の死因が分かります。」
愛染たちは首をかしげながら問いた。
「不動は殴られたのが原因ではないのですか?」
「もちろん、それが原因です。しかし不動君は病院に運ばれてすぐに治療を受けているのです。実際あなた方がここに来られてからしばらく容体は安定していたでしょう。」
医師の話に「言われてみれば。」と思ったが医師の話が続き、再び医師の話に耳を傾けた。
「もしかしたら、頭部以外にも何らかの異常があり、そちらが原因で、という可能性もあります。今の段階ではこれ以上何とも言えませんが、調べることで何かわかるかもしれません。」
「そうですか。」
愛染の返事に医師は
「次の質問はありませんか?」
というのであった。
医師の言葉を理解しつつ、金剛が別の質問を投げかけた。
「一応確認で聞くが、本当に費用は全額質らが負担するのか?手数料とかでお金を請求することはないんだな。」
「はい。近年解剖による死因究明や病態把握はご家族の希望で行われなくなってきています。しかしそれでは警察の方や死因を知りたいご家族の方が困るのです。なので、死体を解剖せず検査できるAiを国が進めているのです。ですから費用に関しては何も心配はありません。」
医師がはっきり答えたため金剛たちも安心して次の質問をした。
「それじゃあ、検査の結果は私たちも知ることができるのですか?」
「もちろんです。ただし用紙を見ていただいた通り、必ずしも何か判明するというわけではありませんので報告することがない場合もあります。また、申し上げた通り、Aiは近年少しずつ普及してきているものです。そのため読影者の経験が少なく、通常のCT読影より少し長い時間がかかる可能性もあります。そのためすぐに、というわけにはいかないと思われます。」
医師の回答に少し頼り無さがありつつも金剛たちは次の質問を告げた。
「そのAiはいつ行うのだ?」
「ご同意して頂けるのならすぐにでも実施いたします。Aiの画像診断には通常にCTの画像診断には無い〝死後変化〟という特性があります。実施が遅くなるほど診断が難しくなるので我々としてもすぐに行いたいのです。」
「でも他の検査を受ける人に迷惑では?」
「ご心配なく。検査実施が決まり次第すぐに放射線科にAiの依頼をいたします。移動や準備を行っている間にAiの順番が来ると思われます。」
医師の言葉を受け、すぐに承認するかの返事を返そうと一瞬思ったが息子という大切な人物に関することなのでまだ感じる疑問をぶつけていった。
「この説明を読む限り、もし問題があったら結局解剖が必要ってことですよね?あなたはさっき言ったはずだ。我々が解剖を嫌っていると。これでは話が違うじゃないか。」
「確かにその通りです。今の制度では異常があった場合解剖をしなければいけません。そのことについては皆さんにつらい思いをして頂くしかありません。」
医師は頭を下げながら金剛たちの物言いを受け入れた。
金剛たちは医師に対して大きな不信感を抱き始め、心中でAi実施の反対感情が一気に膨れ上がった。
そんな状態の中医師は声を上げた。
「しかしこれはまだ国中でAiというものの実施回数が少なく、また世間の関心もないためなのです。Aiが広まり、症例数が多くなればなるほどAiで分かることが増えていくのです。そうなるためには現段階ではAiを受ける方は最低限の解剖を受け入れてもらわなければいけません。」
医師の訴えに事実、私たちも今まで知らなかったAiの立場が少し理解できた気がした。
たしかに世の中誰かが先導となり舵をとらなければ、ここまでの文化は生まれなかった。文化の進歩は最初に行った人や動物が大きく名を残すが、文化が定着するまでに繰り返し行われた過程で犠牲に、または望んで体験したものがいたからこそだと思う。そう考えると私たちの決断で社会に貢献できるかもしれない。たった一人、小さな貢献かもしれないけどやがて大きな形となるかもしれない。
そのバタフライ効果を起こすための先駆者に不動がなれるならあの子も喜ぶかもしれない。その思いが二人の心を埋めていった。
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両親と医師の話をずっと黙って聞いていた不動は両親の自分への想いに目に涙を溜めていた。だが、不動の心にはそれ以外にも大きな思いがあった。結局自分は両親にも社会にも何もできずに生涯を終えてしまった。二人に大きな負担をかけ、最後は先立つという最大の親不孝をしてしまった。今からでは何も二人にしてあげることなんて何もない。でも、話を聞く限り死んだ自分の体で社会の役に立てるかもしれない。二人には何もできなくても、社会のためにはなる。その想いが不動の心にあった両親を悲しませた闇を照らす一筋の光となっていた。不動は〝強く〟願っていた。〝自分にできることで社会の役に立ちたい〟と〝Aiを受けたい〟と。〝強く〟〝強く〟願った。
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不動も愛染もなぜかAiに対する不信感などの負の感情が薄れていくような感覚に襲われた。まるで〝強い〟何かに導かれるように。不動が望んでいるように思えた。二人はその導きに従うように承認の印を押した。
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医師は金剛たちからの承認をもらい、ケータイで放射線技師にAi実施の旨を知らせ、早急にAiの準備をした。
やがてAiを行うために必要な道具が届き、その中にあった袋に不動を入れた。
その時、愛染に「どうして袋に入れるの?」と聞かれ医師は
「当病院ではAiを一般の患者さんが普段使用するCTで行います。そのため、遺体の状態によってはCTを受けにきた患者さんに不快な思いをさせてしまうため、当病院の方針でAiでは必ず専用の袋に入れなければならないのです。それに不動君は問題ありませんが、中には溺死や感染症など遺体状態が良くなく、CT室に感染症の影響が残って、次に検査する外来の患者さんが不快に思う場合がありますから。」
医師の説明を受けて、一応は納得した金剛たちだがそれらの遺体と不動が一緒の待遇なのは少し許せなかった。
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不動の体は放射線科のある棟に運ばれ、Aiを行うCT室の前にやってきた。放射線科の受付付近には数人の一般の外来の患者さんがソファに、壁にもたれていた。事前に医師が連絡したためか、CT室の扉はストレッチャーが通れるように大きく開かれていた。
そんな中、2・3人の人が放射線技師に集まっていた。
*
およそ十分前、医師からの連絡を受けた診療放射線技師はAi実施のための準備をすることとなった。扉の開閉はもちろんのこと、検査室の外で待っている外来の患者さんへの説明を行わなければならないのだ。CTは日本で広く用いられている検査であるため、受診する患者さんの数も多い。患者さんの中には造影剤による検査のために針を腕に刺した状態の人もいる。多くの患者さんがおそらくすぐに検査や診察を終わらせて帰りたいのが心情だろう。そんな中、Aiのために時間を割かなければならないことは検査を待っている患者さんに申し訳ないことだ。
しかし、だからと言ってAiを後回しにすることはよくない。今検査を待っている人たちが自分の将来を想うように、Aiを受ける遺体の家族の方たちの将来に影響を与えると思うからだ。技師は検査を待っている患者さんに
「申し訳ありません。これからオートプシー・イメージングを行うのでしばらく待ってもらわなければなりません。どうか、ご了承ください。」
*
検査を待っていた人たちはいきなり検査の遅れを言い渡されたため不満が募った。
「何ですか、そのオートプシー・何とかって?」
「オートプシー・イメージングはAiと言われるもので、死後CT画像をとる検査です。簡単に言えば、死体に行うCT検査です。」
患者たちの不満が大きくなった。
「なにそれ、そんなことして何になるの、っていうかそもそも私は死体の乗った検査台に乗ることになるってこと。そんな検査後にしなさいよ。」
周りからも不満の声が上がっていた。患者さんの言うことはその人たちの立場から見たら当然の反応だ。死体というだけであまりいいようには思われないし、まして誰か知らない他人の遺体だ。その遺体が自分たちの乗る検査台の上に横たわったらさぞかし不快だろう。そんな不満の声の中、技師は説明をした。
「衛生面に関してはご安心ください。Aiを行う死体は専用の袋に入っています。検査の最初から最後まで検査室のどこにも触れることはありませんし、空気中に病原菌等が舞うこともありません。」
「でも、今やらなくてもいいでしょ?」
命は首を横に振りながら「いいえ」と答えた。
「死体のCT検査では死後変化というAi独特の画像変化があるのです。亡くなってから時間が経ち過ぎますと詳細な結果が得られないことがあるので時間をおいて行うことはできません。」
「…でも、こっちは待っていた訳だし…」
「はい。しかし検査依頼をしたのはAiの方が早かったのです。ここで検査を待っていなかっただけで、あなた方と同じく検査を待っていました。」
「…」
一応の納得をしたようで、黙っている患者さんに
「AiはたしかにCTを受ける方に利益はありません。しかし、その家族の方にとっては原因不明のまま見送りたくのものです。」
「…検査にはどのくらいかかるの?」
患者さんの声や顔に理解の色が見えた。
「普段のCT検査と同じです。あまり時間はかかりません。」
技師の説明を受け、集まっていた皆が納得したとき、廊下を進むストレッチャーが見えた。
*
CT検査室で従来のCT検査とほとんど変わらない検査が行われた。
CTの検査室の前で待っていた金剛たちは数分後、扉が開いて出てきたストレッチャーを見た後、必要なことを済ませ、Aiの検査結果を聞きに医師たちのもとを訪れた。
医師は彼らの入室を確かめた後、結果を告げた。
「結論からおっしゃいますと、死因は脳内出血によるものでした。」
医師の言葉を聞き、金剛は
「じゃあ、結局殴られたのが原因で死んだということですか?」
「大きな原因はそうなります。Aiの画像診断の結果、直した箇所から出血していまして、その近くの血管に血栓―血管が固まってできた栓が見つかりました。つまり、血栓が脳の血管を塞いでしまったため血管が再び破れてしまったのでしょう。」
「そうですか。分かりました。死因が分かって不動も浮かばれると思います。いろいろとありがとうございました。」
「いいえ。こちらこそ、まだあまり知られていないAiを受けてくださいまして、こちらとしても、いろいろと学ばせてもらいました。あなた方の選んだ道が今後の社会の基盤となるように我々も頑張っていこうと思いました。いろいろとありがとうございました。」
医師は深々と頭を下げ、感謝の意を示した。
金剛たちは自分たちにとっても、医療者たちにとっても有意義となったAiを受けてよかったと思った。
*
「先生、Aiについてもっと詳しく聞いてもよろしいですか。」
「ええ、構いませんよ。」
「Aiってどこでも行っているのですか?」
「いいえ、まだ新しい技術であること、実施件数の少なさゆえの読影者の経験不足による見逃しの可能性、判別できる死因が限られていることなどの理由でまだ行っている施設は少ないのが現状です。」
「そうなんですか。お金がかからないから結構な数の人が行っていると思ったのですけど。」
「あっ、お金ですが当施設は費用がかかりませんが、ほかの施設によっては遺族の方々の負担となるところもありますよ。」
「えっ、そうなんですか?」
「はい。Aiが行われるようになってまだ日が浅いため各施設で対応が異なるのです。また、日本では死体はあまりいいイメージがないので、衛生面を心配する人も多いと思われます。」
「確かに私もいいイメージはありません。」
「そうでしょう。それに近年はご家族の弔いでさえ簡易的に行う方も多いですし。」
「家族の死因に興味がない人もいるということですね。」
「はい。私もそう思います。」
「先生、Aiってあまり聞いたことありませんけど解剖より早く検査を行え、結果を知ることができる、とても便利なのにどうしてですか?」愛染は医師に尋ねた。
「そうですね。やはりまだ新しい技術であるということ、またAiの行える施設が少ないことがあげられるでしょうね。それにあなたもおっしゃったようにまだ一般に広く知られてないことも原因だと思います。」
医師は自分の意見を述べ、愛染たちはAiについて知ることができた。
*
両親の近くでこれまでの様子を人知れず眺めていた不動は自分の選択した道が間違っていなかったと思っていた。というのも、今まで気づかなかったことに気付いたのだ。自分が強く願うとその想いがどういうことかかなうことに。つまり、今までの両親と医師との間に入って、干渉していたということに気付いたのだ。
半ば強制的に両親に辛い決断をさせてしまったと罪悪感に浸っていたとき突然声をかけられた。
「迎えに来た。」
それは2人の牛と馬の頭で体は人間の奇妙な存在だった。
「はあ?」
「わが名は牛頭。」
「わが名は馬頭。お前を閻魔様のもとに連れていくために来た。」
瞬時に理解できなかった。馬頭と名乗ったこの馬の人の発した名前〝閻魔様〟と言ったら地獄の支配者。つまり、この牛頭馬頭は俺を地獄に連れて行くためにここに来たということになる。頭で判断する前に俺は逃げようとしたが、俺は2匹?に信じられないほどの力で強制的に連れて行かれた。
本当に一瞬。急に目の前が暗くなったと思ったら建物の中にいた。
牛頭馬頭に引かれ、俺は嫌でも前に進むしかなかった。
どのくらい歩いたか、やがて広い場所に出た。目の前にまさに威風堂々と鎮座していらっしゃった閻魔の姿は言葉では言い表せないほどの姿かたちをしていた。その姿に何の言葉も考えも出てこない俺に
「お主の現世での行い、この浄玻璃の鏡で全て見させてもらった。」
「俺…いや私は地獄行きでございますか。」
「確かにお主は悪事を働いていた。だが、それはお主のみではない。誰しも悪事を行う。お主程度の悪事では地獄には行かぬ。」
「ほ、ほんとうですか。」
「わしは天部。仏教界の仏だ。公正な裁判ののち、行く場所を決める冥界の主。お主の現世での行いでは地獄になど行かぬ。極楽浄土にも行けぬが。」
「それってどういう…」
「その通りの意味だ。ではな。」
閻魔が話を終えると、不動の姿は跡形もなく消えた。