ここはどこ?
僕は暗闇の中にいた。
上も下も右も左も真っ暗で、何も見えなかった。
だけどそれは大した問題ではなかった。問題なのはこの場所にいるのは僕だけではないということだ。
何も見えてはいない。しかし音は聞こえる。何人もの息遣いが僕の耳に届く。
僕は声を出した。それに呼応するように声は至るところから上げられた。
ここはどこだ? と僕は問うた。答える声は知らないというものばかり。
誰も現状を把握できていない。
なぜ僕はこんなとこにいるのだろう?
僕は現状を把握するためにここがどこかを調べることに決めた。
暗くて何も見えないので、手探りで回りを把握しながら歩き続けた。
そして分かった。
この場所はどうやら壁で囲まれているらしい。四方と下が壁なのだ。この分だと天井も壁で封鎖されているに違いない。だから暗いのだ。
光が差し込む余地もないくらい密閉されたこの空間には、出口らしきものが見当たらない。
なら一体どうやって僕はこの場所に来たのだろうか? いや僕だけではない。ここにいる全員どうやってこの場所に来たというのだ。
僕が思案していると、一瞬何かが光ったように見えた。僕は何だろうと、光った場所へ近づいた。
そこに少年がうずくまりながら眠っていた。
僕は不思議に思った。なぜこんなに少年の姿がはっきりしているのだろう?
その疑問はすぐに解けた。少年の体がなぜか――発光していたからだ。
あぁ、何てきれいな光なんだ。僕もこの光が欲しい。この光を手に入れるためだったら何だってする……この少年から奪う事だって……。
……はっ! 僕は何て恐ろしいことを。
一体僕はどうしてしまったというのだろうか?
僕は恐る恐る少年に手を伸ばした。
「――ん? 寝込みを襲うとは感心しないよお兄さん?」
僕は突然聞こえた声に驚き、しりもちをついてしまった。我ながら情けない。
「ん? 大丈夫お兄さん?」
僕はその声に顔を上げた。いつの間にか少年が目を覚ましていた。
「ん~ん~? うぅ~んと、お兄さんは一体どんな害をお持ちなのかな?」
少年はニヤニヤと楽しそうに、僕に問いかけた。
害? はて何のことだろうか?
「ん? お兄さん何のことか分からないの? じゃあもしかして自分が何でここにいるのかも分かってなかったりする?」
僕は頷いた。すると僕らの会話を聞きつけたのか、一人の大男が乱入してきた。
少年が光っているので、周りの状況も把握しやすい。ありがたいことだ。
「おおう? ガキ? この状況分かってるってのか? もしやおめえが俺たちを閉じ込めたんじゃあねえだろうな?」
大男は鋭い眼光で少年を睨みつけている。
「ん? 違うよ。本当に分かってないの? 何で自分たちがここにいるのか? 仕方ないな教えてあげるよ」
この少年は一体何を知っているのだろう?
少年は辺りを一通り眺め、手を大きくパチンと叩いた。突然部屋全体が眩しさに包まれた。
僕は急激な光になれることができず、目をしばらく開けることができなかった。
「ん、んん。みなさん注目」
少年の声に目を開ける。僕以外の人たちも少年の動向に目を光らせていた。
「まずみなさんがここにいる理由を発表します」
おお、知りたい答がやっと見つかるのか。
「みなさんは人類に仇を為す者として選ばれたのでーす!」
人類……? 何だ人類って?
「僕たちをここに閉じ込めたのはー、神々のみなさまでーす」
何だって? 神だと! 何で神が僕たちを閉じ込めるんだ!
「僕たちは神様に人類の脅威となる存在だと判断された。ゆえにここに閉じ込められたんだよ。酷いよね、神様って」
この少年は一体何を言っている?
「おおいガキィ! その人類ってのは何なんだよ」
お、さっきの大男さんだ。僕もそれは気になっていた。
「人類っていうのはね。地上に住む人々のことさ。神様はねお怒りなんだよ、人類に対してさ。だから神様は地上にある女性を送り込んだ。そして僕らはその女性とともに地上に送り込まれた。もっとも女性は僕らの存在になんて一切気付いていないだろうけど。でもその女の人もかわいそうだよね。男しかいない世界に放り込まれるなんてさ。いくら男たちが女性という存在を知らないとしても酷だと思うよ」
地上って天界の下の世界のことだったはず。そこに住む者を人類と呼ぶのか。
「よく分かんねえけどよ! 俺たちは一体いつになったらここから出れるんだ!」
そうだ! それが一番肝心のことじゃないか。
「……さぁ、僕は知らないよ。それは神のみぞ知るというところだろうね」
少年はどこかふざけたように、言った。
僕らは一体いつまでここにいるのだろうか。
少年の話からかなり長い時間が経っているように思う。けれど依然として出られる気配は微塵もない。
それにしても本当に退屈だ。
僕は辺りを見回し、退屈を凌げそうなことがないか探した。
かぱっ!
? とても間の抜けた音がどこからともなく聞こえてきた。
同時に眩い光が僕らを照らす。
少年のものだと思ったが、それにしては明るさの質が違うように思える。
『あれ? たくさんたくさん入ってる? しかも動いちゃってるよ? あれれ? ええーこんなの持たされてたの私。まいっちゃうねホント。もっと良いものだと思ってたけど。まぁそんなわけないか。見たところ私と同類みたいだし。あれ? もしかして私大変な失敗しちゃったかも?』
僕はとても驚いていた。
――真上から美しい女性が僕らを見下ろしている。
突如として湧いた変化。
僕らはみんな戸惑っていた。
――いや一人だけ平然としていた。
「ん、ん、ん? やーっと君たちの出番が来たみたいだよ。みんな今ならこの場所から出れるよ。あのお姉さんが閉めてしまわぬうちに、早く出た方がいいよ」
その言葉に我先にと大男さんが飛び出していく。
『わっと? 危ない危ない』
女性は顔を仰け反らせた。
大男さんに続くようにみんな飛び出していく。
女性はほっわっと声を上げながら、避けていく。
いつの間にか僕と少年以外全員飛び出していた。
やばい! 出遅れた。
僕も急いで飛び上がった。しかし少年は動くこともなく、じっとみんなの動向を見つめている。
「君は行かないの?」
僕の問いに少年は薄く笑った。
「行かないよ。僕は……最後の希望だから」
僕には意味が分からなかった。少年は急かすように僕の背を押す。
僕は飛び上がった。――少年を置いて。
『うん? 君は逃げないのかい?』
「うん、逃げないよ。僕はここにいた方がいいんだ。それが人類のためだからさ」
少年はクスクスと笑って、女性を見上げる。
『……君は災いとは少し違うようだね。いや、ある意味では災いなのかもしれないけど。他とは趣が違う』
女性はそう言うと少年を閉じ込めた。
女性の名はパンドーラー。
最後に残った少年の名はエルピス。
古典ギリシャ語で予兆、期待、希望の意味を持つ。