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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

妖怪モノ

いつまで、私は……。

掲載日:2012/03/11

以津真天の話です。

ずしゃっ……と、振り下ろされた刀の動きとともに血肉が散る。

悲鳴が飛び交う。

下品な声が行き交う。

……それは、虐殺の風景。

「ッッ!」

私は声にならない悲鳴を上げて、逃げる。ふらつき、まっすぐ進めない足を懸命に動かして大地を蹴る。

必死に前に進んだおかげか、私は虐殺の風景から離れてゆく。山の奥へ、奥へと進んでいき―――

けれど、逃げ切ることができないまま―――

「逃げても意味ねぇんだよぉ!全員皆殺しだからなぁ!」

私は、そんな嘲笑とともに斬られ、死んだ。

それが私の最後の記憶だ。


          ――――――――――


次に意識を持ったとき、私は人ではなかった。

私は―――鳥になっていた。

醜い、おどろおどろしい姿の巨大な鳥だ。かつての自分が見たら悲鳴を上げ、逃げ出すほどの。

私は、そんな醜い姿になって―――自分の死体の高くの木の上に、座っていた。

あ……そうか……私は……

それを見て、私は全てを理解した。私は殺されて、けれど、

成仏できないまま……ここに、いるんだ……。

ぼんやりと、私は私だった肉の塊を見る。それを見る視界がどんどん歪んで、滲んで。

……ここに、置いてかれたままで……忘れ去られたままで……!

私はぼろぼろと汚臭のする淀んだ涙を流しながら、醜く、ノイズの混じったような声で、叫ぶ。

「……マデ……」

涙をぬぐってくれる優しい人はそばにいなくて、私は一人だ。

「イツ……マデ……」

鳴き声に答え、慰めてくれる人はいなくて……私は、一人だ。

「……イツマデ!イツマデッ!」

いつまでそれは続くのか。

いつまで一人の孤独は続くのか。

私は耳を塞ぎたくなるような雑音で、唯一発せる言葉を叫び、

「イツマデッ!……イツマデッ!」

泣いた。

―――いつまで、ここに置き去りにするのかと。


          ――――――――――


「―――妖怪、ですか。」

妖怪となった少女が鳴く場所の、近くの村。

その村長の家に、一人の若い男性がいた。黒い僧衣をまとった旅の僧だ。

村長は僧の問いかけに頷き、恐ろしげに語る。

「はい。つい最近……からでしょうか?夜中に不気味な声が響いてくるのです。」

「不気味な声?」

そうは聞き返す。

只ぶきみというだけなら該当する妖怪は数多くいるし、それに何より、

生きた人間かもしれませんし……。

しかし、村長は『人かもしれない』という可能性を否定するように言葉を重ねた。

「えぇ。雑音の混じったような声で、『イツマデ』と繰り返し鳴くんです。」

「それは、『以津真天(いつまでん)ではないのですか?」

以津真天(いつまでん)、もしくは以津真天(いつまで)は、戦乱や疫病で死に……さらにその上放置された死体の近くに現れ、「死体をいつまで放っておくのか」と訴えるように「イツマデ、イツマデ」と鳴くのだ。殺されたものの怨霊とも言われていて……

それは、放っておくことはできませんね……

ここ最近、疫病の噂は聞かない。だとすれば以津真天が「いつまで放っておくのか」と鳴く死体は恐らく、殺されたものだろう。

その真偽を確かめるべく、僧は問う。

「この辺りで、戦乱か何かは起きませんでしたか?」

その言葉に村長は少し考え、

「つい最近、この近くの村が盗賊の襲撃に会いまして……村人が全て殺されたのですが、それでしょうか?」

そう尋ねる。恐らくそれでしょう、と僧は頷き、視線を鋭くして

「その死体を放置したりは……していませんよね?」

問う。村長は慌てて首を振り、

「そんなことはしてません!この村の端の空き地に、全てのご遺体は埋葬しています!……ただ、」

「ただ?」

即答で否定し、けれど言いよどむ村長の様子に僧は眉をひそめる。村長は気まずげに頷いて、

「すべての死体を回収できているか、という確認が取れないのです。……なにせ、村人全員が殺されたものですから。」

「村同士の交流はなかったのですか?」

「ありました。……けれど、村の場所は少しばかり離れていて、子供が行き来できるものではなく……」

「子供の中には見たことのないものもいる……そういう事ですか?」

村長は頷き、肯定する。

つまり、死んだ子供の死体が……ということですか……。

僧は考え込み、ならばその死体はどこにあるのだろうか、と思う。一通り村を捜索し、山も捜索して、その上で見つかっていないのだろう。土地勘が多少にある村人が探して見つからなかったのならば、

土地勘が一切ない私が見つけられれるでしょうか……?

僧がそんなことを考えていると、村長が立ち上がりざまに提案した。

「まぁ、今夜はもう夜も遅いですし、続きは明日にしませんか?宿も用意しております。」


          ――――――――――


村の隅。

ひっそりと用意された墓。……小さな石を並べ作られたささやかな墓の上に、複数のぼんやりした影が浮いていた。それはゆっくりとはっきりした形を持ち、一人の女性と、男性、小さな少女の姿になった。

彼らはぼんやりと、黒い瞳で村の方向を見つけ、

「イツマデ……アノコヲ……」

ぼそぼそと呟きながら、すぅっと村へ向かって行った。


          ――――――――――


「イツマデ……イツマデ……!」

「成程……確かに、以津真天が鳴いてますね……。」

僧のために用意された宿は、以津真天の声がよく聞こえる家だった。僧は窓を開け放ち、暗闇から響いてくる声を聴いていた。

それは確かにおぞましい声だったが、

「悲しそうな声……ですね。」

僧はぼんやりと呟く。それは、なぜここに置いておくのか、なぜ一人にするのか、と小さな子が泣き叫ぶ様子を連想させ……

「……アノコヲ……」

突然だった。以津真天とは違う声が、僧の背後から聞こえる。部屋に満ちた外の冷気をは違う冷ややかな冷気に、僧はびくりと反応し、僧衣の懐から数珠を取り出し、警戒しながら背後を振り向く。そこには男性と女性、一人の少女が立っていて……

その代表のように、女性が口を開き、低い、地の底からくるような声で

「イツマデ……アノコヲ……イツマデ……」

けれど、嘆き悲しむような声で、そう訴えた。少女が僧の服の裾を握り、言葉を重ねる。

「イツマデ……オネエチャンヲ……イツマデ……?」

男性が訴えかけるように僧に詰め寄り、

「イツマデ……アノコヲ……ヒトリデ……!」

「あなた達は……」

僧は霊に囲まれ、竦む舌を動かして、問う。

「あなた達は……以津真天になった人のご家族ですか……?」

少女が小さく、幼子の仕草で頷き、

「カゾク……イッショ……ナノニ、オネエチャン、ヒトリ……。」

泣きそうな声でそう言った。

「タスケテ……オネエチャン、タスケテ……?」

僧は頷く。霊が周囲にいる光景は恐ろしいが、しかし、

家族を想う気持ちで現れた霊は決して悪霊ではありません……!

僧は頷き、少女の霊に笑みを向けてから、女性と男性に聞く。

「私も救いたいと思います。……悪行を犯していない人は皆、死後の極楽を約束されねばならないのですから。」

だから、

「場所を教えていただけますか?あなた達が居れば夜道も行けるでしょう。」

僧の声に霊たちが呆然と顔を見合わせ、もう一度僧を見て、

「タスケテ……クレルノカ?」

えぇ、と僧は頷いた。そして、

「救いに行きましょう。……あなた達の、大切な人を。」


          ――――――――――


「コッチ……コッチ、ナノ……。」

月が出てぼんやりと照らされた道。そこをさらに、宙に浮く人魂が照らし出していた。それは恐らく昼間の半分ほどの明るさだろう。その道を僧が三人の霊に連れられ歩いていく。

「ちょ、もう少しゆっくり……」

僧は情けないと思いながらも、三人の霊にスピードを落とすよう頼む。

早く……救いたいんでしょうね……。

進むごとに大きくなっていく以津真天……少女の声。他人でしかない僧もその声の切なさに胸が締め付けられる。普通に聞けば雑音でしかなく、身の毛もよだつような声でしかないその鳴き声は、けれど確かに一人の少女が救いを求める声だ。

だから、少しでも早く……!

僧はそう自分に言い聞かせ、前に足を踏み出した。


          ――――――――――


「イツマデ……イツマデ……!」

私はその日も、誰に届いているかわからない訴えを泣いて、叫んでいた。

いつまで私はここに置き去りなのだろうか、いつまで忘れ去られたままなのだろうか……と。

けれど、何日たっても誰も来ない。

もう……私は一生このまま……

それは嫌だと、鳴く。けれどその声に答えは……

「大丈夫ですよ。」

あった。

私は鳴くのを止め、その声をかけてきた黒い僧衣の男性を見つめる。僧は私のおぞましい姿を見ても眉をひそめることも侮蔑の表情を向けることもなく、微笑んで

「僕が助けに来ましたから。」

そう言った。

「――――――」

助けに来てくれたの?そう言おうとしても私の口からは言葉が出ない。何故なら、私に許されるのはイツマデとなくことだけで……

ぱくぱくと口を……くちばしを開閉していると、僧は私の腐りかけた死体に近づいて、手を合わせ、風呂敷に包み始める。

私……あんなに小さかったんだなぁ……。そんなに思いながら、私は周囲を漂う人魂に気付いた。

周囲に霊体で存在する男女、そして小さな少女。それは―――

お父さん……お母さん……紗江(さえ)

私は名前を呼び、駆け寄ろうとし、自分が鳥で―――いつまでここに置いておくのか、という孤独しか叫べぬことを思い出した。

その事実に涙がこぼれ……けれど、その涙は僧の男性によって優しく拭われた。

「心配しなくてもいいですよ。あなたは、僕がきちんと弔いますから。」

あぁ……。私は、もう一人じゃないんだ……。

ぼろぼろと涙をこぼし、私は思う。

私の涙をぬぐってくれる人が現れて、私は一人じゃなくなった。

鳴き声に答え、慰めてくれる人が現れて私は一人じゃなくなった。

……もう……鳴く必要はないんだ……!


          ――――――――――


村の隅の小さな墓場。

小さな石を積んで作られたささやかな墓場に、一人の男性がいた。黒い僧衣を着た旅の僧だ。

彼はこの村に来た時の格好で、一つの石の前でしゃがみ、祈っていた。

―――そこは、以津真天になってしまった少女と、その家族の墓だ。

僧は暫く祈った後立ち上がり、墓石に背を向け……

「……ありがとう。」

一瞬聞こえた小さな声にしばし墓石を見つめなおし、微笑し、

「どういたしまして。」

そう返す。

そして立ち去っていくその後ろ姿を、夫婦と二人の少女が見送っていた。

お付き合いいただきありがとうございました。

感想等書き込んでいただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 胸に響く、なんとも言えない様な感情を抱いっちまう話だったな・・・・・ この文体で、なんとも摩訶不思議な世界に引きずり込まれたかと思いきや、涙誘われる話と、けれどそうはさせてくれない雰囲気…
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