表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/51

2章1話1 一縷の望み

 彼らの精悍(せいかん)な顔つきは、明らかにカレリア人のそれではなかった。

 ソファーの後ろに居並ぶ彼らの、陽にけた頬は引き締まっている。


 眼光鋭い五人の男に胡散うさんくさそうに眺められ、エレーンは密かにたじろいだ。

 なぜに、そんなに睨まれているのか。てか、


(なんで、この人たちまで、同席して(ここに) いるわけ?)


 なにやらいやに物々しいが、街にいるような警邏とは違うし、商都の街を巡回していた衛士のような雰囲気でもない。

 むしろ、酒場にたむろする荒っぽそうな人たちに近いが、その割には筋の通った、折り目正しさのようなものが彼らにはある。

 一体、何者なのだろう。旅芸人というのでもないし。


 皆、似たような身形だが、ああいう風体は見慣れない。暗色のズボンに編み上げ靴。ずいぶん年季が入っていそうな重たそうな革のジャンパー。(すそ)に覗くは

 ……短剣の先?

 もしや、護衛ということだろうか。向かいのソファーに座っている、あのとびきりの美丈夫の。


 そう、驚いたのは、あの彼だ。まさか、ここで会おうとは。

 ラトキエ邸にいた頃に、リナに何度も取り次いだ商都きっての人気役者と。ラトキエ邸で同僚だった、あのリナの()()と。


「では、ご用件を伺いましょうか」


 まじまじと見ていたその顔が、微笑みをたたえて口をひらいた。


「公爵夫人直々に、ご足労いただいたのですから」


「──あ、はいっ!」


 じぃっと見入っていたまなこを瞬き、エレーンはそそくさ背筋を伸ばす。

 他人の空似だったらしい。目配せしたのに反応ないし。


 門番と思しき人たちに「一番偉い人を」と頼みこみ、部屋に現れたのが、この彼だった。

 当人によれば、肩書は「統領の代理」ということで、「統領」というのは大勢を仕切る、一番上の役どころらしい。

 ちなみに、役職者というにはまだ若い、彼の名前はデジデリオ。


 統領代理デジデリオは、五人も護衛を従えて、ソファーで足を組んでいる。

 絵師が題材にしたがりそうな見目麗しい風貌で。

 リナの元彼とそっくりだから、彼も人気の役者だろうか。見るからに手入れの行き届いた、つやつや波打つ長い髪。一目で高価とわかる服。

 

 川を渡ったその先の、北の荒れ地にエレーンは来ていた。

 あの使者が言っていた「遊民」の力を借りるために。


 初夏の一時期、北カレリアでは、豊穣祭が開催される。

 街をあげての大規模な祭りだ。見物人が各地から集まるこの有名な祭りには、旅芸人たちも参加する。いや、むしろ彼らが主役だ。華やかな出し物を披露する、旅芸人の遊民こそが。


 例年、遊民の一団は、幌馬車を連ねて北方に駆けつけ、祭りが終わるまで逗留する。普段は草ぼうぼうの、ガランと広い北の荒れ地に。

 ちなみに、風雨にさらされた薄黒い灰色の天幕が、ぎっしり居並ぶその様は、いささか不気味な感がある。彼らに土地を占拠されてしまったかのような。


 話す順序と要点を整理し、エレーンは意を決して顔をあげた。


「た、助けて欲しいの! あたし達を!」


 長い足をゆるりと組んで、代理はいぶかしげに訊き返す。「助ける?」


「実は昨日、ディールが使者を屋敷に寄越して──」

 

 エレーンは経緯を説明した。

 使者との面談の内容を。


 案内されて通されたのは、意外にも豪華な応接室だった。

 飴色にかがやく高価な棚には、瀟洒しょうしゃな皿が品よく置かれ、精密な彫りの調度品も、方々にさりげなく飾られている。どれも一級の品ばかり。まがい物など一つもない。

 そうした目利きには自信があった。前の職場のラトキエ邸で、毎日飽きるほど見てきたから。


 説明を続ける目の端で、それらの値踏みを密かにしながら、それにしても、とエレーンは思う。

 この部屋の豪華さに、実はいささか気圧されていた。

 放浪者の集団というから、てっきり毎日食うや食わずの、貧しい人たちかと思いきや。

 そんなに儲かるものなのだろうか。ああした芝居の興行というのは。この豪華な調度品といい、商都の財閥と見紛うような統領代理の身形といい。


 統領代理は悠然と、ひじをついて聞いている。

 話の先を促すでも、話に相槌を打つでもなく。


 頬には微笑みこそ浮かべているが、ずっと無言で眺めている。

 その本心を覗こうとするが、彼の深い瞳の奥は、しゃがかかったようにうかがい知れない。


 エレーンは説明を続けつつ、のれんに腕押しの相手に焦れた。

 事情は何度も説明したのに、彼は口をひらこうとしない。

 

 とはいえ、是非とも味方につけたい。この彼ら遊民を。

 ディールが使者を寄越してまで「遊民」を欲したというのなら、勝敗の行方を握る鍵は、彼らであるに違いないのだ。


 そう、切り札になるはずだった。

 この崖っぷちをくつがえす、唯一無二の切り札に。


 統領代理が目を伏せて、あくびをかみ殺すような顔をした。

 エレーンはたまりかねて語気を強める。「──あの!」


「お引きとり願いましょうか」


 代理がそっけなく席を立った。

 あわててエレーンは食い下がる。「お、お願いします! だって、もう、頼るところが──」


「無理ですよ」


 笑顔で、彼が一蹴した。「残念ですが、私どもは、ご期待に添えません」


「待って! それなら、せめて聞かせて! あれは一体どういう意味? クレストがあなた達と親密っていうのは──」


 出口へ向かう足を止め、統領代理が一瞥をくれた。


 エレーンはぎくりと硬直する。

 一瞬見せた表情の、視線の鋭さに気圧されたのだ。


 しどろもどろで取りつくろった。「し、使者がそう言ったから……だから、その……」


 無言で見ていた統領代理が、壁の男たちへと目を向けた。


「お客様はお帰りだ。丁重に送ってさしあげて」



 

 観光客と思しき親子が、雑談しながら行きすぎた。

 年に一度の祭りをひかえて、街はめずらしく賑わっている。

 笑顔が行きかう大通りを、とぼとぼ一人行きながら、エレーンはそっと嘆息した。


「豊穣祭、か」


 今では、ノースカレリアは、観光収入に頼った街だ。

 豊穣祭にはどの店も、売り物をぎっしりと押し並べ、売り込みも盛んに行なわれる。

 親子連れや恋人たちで、街はひと時、活況を呈する。


 北方の街の石畳を、日差しが心地よく照らしていた。

 店先を()く老婦人、準備に追われて忙しげな店主、店先を冷やかす観光客、街をぶらつくどの顔も、のんびり寛いだ顔つきだ。いつもは鄙びたこの街が、久々の祭りに浮き立っている。

 けれど、あと数日もすれば、ここにも軍馬が押し寄せて──


「どう、しよう……」


 その様を思って戦慄し、エレーンは我が身を掻き抱いた。


「……あたし、一体どうしたら」


 期限は刻々と近づいてくる。

 協力者は見つからない。


 のんびり町を行く人々は知らない。

 今、こうしているにも、ディールの軍隊が近づいていると。

 他のどこの地でもない、ノースカレリアを目指していると。


 なんとかしなければ、ならなかった。

 一刻も早く、早急に、敵襲を防がねばならなかった。

 ディールの要請を突っぱねたからには。

 

 とはいえ、警邏は耳を貸さず、身内にうとまれ居留守を使われ、頼みの綱の遊民たちにも、あっさり協力を拒まれた──。

 厳しい現状に顔をしかめて、エレーンはきつく唇を噛む。


 味方がいない。

 誰ひとり。


 西日を浴びた石畳が、いやに白々とまぶしかった。

 冷え込むような季節ではないのに、抱きしめた肩が震えていた。

 街のつつがない喧騒が、凍えた体を包みこみ、四方八方から責め立てる。のどかで平和なこの街を、この手で壊してしまうのか──


「どうしたい、そんなシケたツラして」


 不意に声をかけられて、エレーンは怪訝に顔をあげた。

 茶色の大きな紙袋をかかえた、中年の男が笑いかける。


「幸せいっぱいの新婚さんがよ。ん~?」


 北方のひなびた雑踏を背にして、あの(・・)夫妻が立っていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ