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4章4 暗雲、再び

 しゃにむに腕を振りほどき、目をみはって振り向いた。

 乱れた衣服を掻き抱き、唇をわななかせて竦んでいたのは、領主の愛妾、あのサビーネ。

 案の定サビーネは、下着に手を滑り込ませて直に素肌をまさぐったら、跳びあがって逃げて行った。


 出立の話を聞きつけて、差し入れを持ってきたのだという。

「迷惑だ」と突っぱねて、やり果せようとはしたものの、意外にもしつこくついてきた。

 朝の寝静まった天幕群を無駄に歩きまわるのにも辟易とした頃、ふと、そのことに気がついたのだ。


 何も追い払うことはない。そうまで言うなら仲良く(・・・)するまで。


 逃げたその背を見送って惜しいような気もしたし、半ば本気で天幕に引っぱりこむつもりでいたが、今はあいにく時間がない。さほど暇があるでもなかった。


 天幕群を出、ファレスは早朝の街道に出た。

 通り過ぎた関門では、朝番の見張りが二人、あくびをしながら、手持ち無沙汰そうにぶらついている。

 左手に続く樹海の梢が、さらさら風に揺れていた。

 早朝六時の街道には、旅人はおろか人影さえも見当らない。空はすっきり晴れわたり、雨に降られる気使いはない。


 街道の右手は、クレストの所領ノースカレリアの街。左の樹海を抜けた先には、レグルス草原が広がっている。

 道なりに南下すれば、この国の首都・商都カレリアに到達し、そこから街道を西進すれば、この国の第二の都市、ディールの領有地、トラビアの街に辿りつく。


 怪訝に、ファレスは足を止めた。

 見咎めたものは、男の背だった。

 髪に白いものが入り混じる四十絡みの背格好だ。こんな早朝にもかかわらず、木立の裏にひた隠れ、前を行く女を尾行(つけ)ている。


「──いい趣味してるぜ」


 沿道の樹幹に腕組みでもたれ、ファレスは呆れて眺めやった。

 旅行鞄を引っ下げた女は、件のクレストの奥方だ。尾行に気づいた様子はない。


 もっとも、男は結構な年嵩。

 気になる女に声もかけられないほど初心(うぶ)なのか?

 いかにも相手は奥方様だが、あの女は庶民の出、雲の上の存在でもなかろうに。


 いや、とファレスは眉をひそめた。

 追っかけにしては様子が妙だ。

 ぎこちないあの足取り。ぎくしゃくと強ばった横顔。辺りをうかがう落ち着きのない目。上着の裾の、あの不自然な膨らみは──


「持ってやがるな」


 刃物の類いを。

 ファレスは小さく嘆息した。


「刺客ってわけかよ、いっちょ前に」


 領主の正妻の選定は、当人のみならず関係者一同、一族郎党その川下に至るまで、利害が生じる大問題だ。領主が庶民などを連れ帰った煽りで、人生の予定を狂わされた者が大勢いる。


 つまり、彼女が消え去ることで恩恵をこうむる者がいる。

 たとえば、正妻候補を多数用意し、手ぐすね引いて待ち構えていた貴族。その下流に連なる商家。領主の跡取りを子供に持つあの妾の関係者。


 そのいずれであるにせよ、うろちょろされては目障りだ。

 舌打ちで背を引き起こし、ファレスは腰の短刀に手を伸ばした。


露払い(・・・)をしておくか」




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