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4章2 悪い知らせ

 エレーンは愕然と息を呑んだ。

 頭が、認識を拒んでいた。

 告げられた音声は宙に浮き、放り出されたそのままの形で、たちどころに固まってしまう。


 今、ケネルが発したのは、ごく短い、いくつかの単語だ。

 どんなにゆっくり話しても、十秒足らずで終ってしまう。

 なのに、内容を認識するのが、何故こうも難しいのか──。

 

 重要な知らせのはずだった。

 だが、意味を伴って伝わってこない。

 今、ケネルは、なんと言った?

 

『 ラトキエが、トラビアに進軍した 』

 

 ケネルの顔を凝視したまま、エレーンは唇をわななかせる。だって、その知らせが意味するところは──


 困った顔、怒った顔、不貞腐った顔、いさめる顔、そして、まぶしいくらいに屈託のないあの笑顔。

 子供っぽくふくれたかと思えば、案外動じていなかったり、間が抜けているのかと侮れば、妙に肝の据わったところのある──


「ダド、リー……」


 よろけて、長椅子の肘掛けをつかんだ。

 肩から、手から、爪先から、力という力が抜けてゆく。

 足元の床が凍りつき、崩れていくようだった。ガンガン警鐘が鳴っている。

 指の震えが止まらない。つまり、彼と、


 ──もう、会えない?


「おい、大丈夫か」


 エレーンはのろのろ顔をあげた。

 声に引き戻されたのは、ほの暗い豪華な居室。ケネルが壁にもたれて、目を向けている。


「第一軍は商都を出た。本隊がトラビアに到着し次第、総攻撃に移るだろう。陥落は時間の問題だ」


 エレーンは凍りついたまま声もない。震える指に力をこめた。「で、でも、ダドリーがまだ中に」


「温情は期待できない。ここの領主は、援軍の要請を蹴っている」

「──い、行く!」


 エレーンは顔を振りあげた。


「あたしも行くわ、トラビアに! あたしをトラビアへ連れてって!」

「あんた、正気か?」


 ケネルは呆れた顔をした。


「あんたが行っても、どうなるものでもないだろう」

「──だけど!」

「行くだけ無駄だ」


 ぴしゃりとすげなく一蹴し、ケネルは背中を引き起こす。


「勘違いするな。俺は知らせに来ただけだ」

「ケネル!」

「あんたの怪我で、出歩くのは無理だ」

「ど、どうってことないもん、こんな怪我!」


 取りつく島もない様子にたじろぎ、エレーンは必死で首を振った。


「あたしだったら大丈夫! だから、お願い! トラビアに──」

「できるか、そんなこと。気楽に言うな」


 ケネルはにべもなく目をそらし、出口に向けて歩き出す。

 その腕に、エレーンはすがりついた。


「ね、お願いケネル! ケネルしか頼れる人いないもん。あたし、こっちに知り合いいないし、じいにバレたら、きっと閉じこめられちゃうし。ね? あたし、頑張るから!」


 ケネルが辟易とした顔で足を止めた。「何をどう頑張るつもりだ」


「──え、えっと──き、気合でっ!」

「気合でどうにかできる問題じゃない。第一、ここはどうするんだ」

「こ、ここって……?」


 ぽかん、とエレーンは見返した。


「あんたは留守を預かっているんだろう。街はまだ落ち着いていないし、残党がいないとも限らない。主が不在にしている上に、あんたまで領邸を空けたら──」

「街のことなら平気でしょ? ダドがいなくても、お義兄様がいるし。それに、みんなだって」

「みんな?」

「だから、ローイたちのことだってば!」

「──ああ、バードか」


 ケネルが面倒そうに顔をしかめた。


「住民の一部とは和解したようだが、それはあくまで一部の話だ」

「でも──!」

「火種はいくらでも転がっている。いつ又、衝突しないとも限らない」


 言い捨て、すがった手を押し戻す。「用件はわかったな。じゃあ、俺はこれで」


「待って!」


 踵を返したケネルの胴に、エレーンはとっさにしがみついた。

 顔をしかめて振り向いたケネルを、がむしゃらに振り仰ぐ。


「会いたいの!」


 凝視し、叫んで訴えた。


「ダドリーに会いたいの! どうしてもダドリーに会いたいの! ケネルにしか頼めないのよ! お願いケネル、ダドリーに会わせて! 一目で……一目だけで、いいから……っ!」


 喉が詰まって、声が震えた。嗚咽が熱く込みあげる。

 ケネルは何事か言いかけて、眉をしかめて口をつぐんだ。


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