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序章 「舞台裏」
「──クレストに援軍要請?」
「クレストに兵はないだろうが、後方支援があれば心強い。隣国の荷を止められては、やがて食料が枯渇する」
書類の積まれた書きもの机が、大窓からの月光を浴びていた。
飴色の広い天板には、白く上質な便箋と、純白に輝く羽根のペン。
とある領邸の一室で、二人の男が話していた。
端正な顔立ちの青年と、壁の暗がりにもたれた男。
静謐に満ちた夜のしじまで、青年は絹シャツの腕を組む。
「このまま封鎖が長引けば、食料をめぐって暴動になる。北カレリアは農耕地帯だ。豊かとまでは言わないまでも、広い農地があそこにはある」
「無駄だな」
「──だが」
「仮に、クレストが民兵を募り、商都に派兵したとして、事態は悪化するだけだ」
青年が、もどかしげに嘆息した。
「だが、このままでは、領民がもたない──」
「クレストは、動かない」
賭けてもいいぜ、と男は笑う。
「あそこの領主は、馬鹿でもお人好しでもないからな」