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2章1話7 二人の傭兵


 昼さがりの街道は、まだ、のんびりと穏やかだ。

 高い木立の梢がそよぐ、木漏れ日ちらつく土道に、革ジャン姿の傭兵たちが、くつろいだ顔で歩いている。


 ようやく見つけたあの彼(・・・)は、知らない顔の傭兵が行き交うほこりっぽい道端で、例の長髪と話していた。どくろ亭の亭主の腕を出会い頭にねじ上げた、あの美麗な長髪と。


 エレーンは行き来する傭兵たちの、見慣れない物々しさに気後れしながら、様子をうかがっていた大木の陰から、ひらりと街道へ滑り出た。

 そろり、そろりと二人に近づく。


 あの彼(・・・)には愛想がない。

 相手が誰でも態度を変えない。貴族であろうと住民であろうと。

 女子が相手でも優しくない。気を引くどころか、にこりともしない。一番ぴったりな言葉は、


 ──無関心。


 ああした荒っぽい仕事柄ゆえか、基本的にぶっきらぼうだし、無口で仏頂面で不愛想だから、何を考えているやら、さっぱりだ。

 そう、閉口するほど彼は寡黙だ。これまで出会った誰よりも。


 傭兵たちから「隊長」と呼ばれる、黒い髪の傭兵「ケネル」

 この地を見舞った窮状を、冷淡な貴族に説明し、町の人々の恐慌を、荒い言葉で収めてくれた──。


 困り果てて泣いていた自分に、彼だけが手を差し伸べてくれた。

 ディールの襲来を前にして、関わり合うことを誰もが恐れ、誰もが見向きもしない中で。

 そう、代理に協力を拒まれ、追い出されそうになっていたあの時、騒然としていた室内を、たった一言で収めてくれた──。


『俺が行く』


 あの声音がよみがえり、ふわりと胸が温かくなる。

 陽の当たる窓辺で、直視していた。

 彼がこちらをまっすぐに。


 ケネルのことが気になった。

 あの時、確かに心が動いた。

 心の底がざわめいた。ただ戸惑っていただけじゃない。あの感情はなんだったのか。もっと知りたい、

 

 ──彼のことが。



 ケネルは例の長髪と、夏日に凪いだ街道をながめて、真顔で話しこんでいる。


「──人手不足が致命的だな」


 長髪の声が漏れ聞こえた。


「どれだけ敵を手負いにしても、みすみす逃がす羽目になる。そうかといって、街から離れるわけにもいかねえから、追い散らすくらいが精々だ」


 侵攻軍への対処について、打ち合わせをしているらしい。

 ケネルがそれに応答する。


「動員するならバードだが、それには上に、筋を通す必要があるな」


「奴らの大半はレグルスの所属(ほう)だぜ」


 夏日に白む天幕群を見やって、ケネルは思案顔で顎をなでる。「あそこを束ねる族長は、確か──」


「ゾクチョー? なにそれ」


 満を持して質問すると、ぎょっと二人が飛びのいた。

 あわてた様子で振り向いたケネルが、愕然とした顔で絶句する。「あんた、いつから……」


「さっきから、ここにいたけどー?」


 エレーンはにっこり、後ろ手にしてケネルを見あげた。

 二人の話に入れるチャンスを、今か今かと待っていたんである。


 ケネルは見るからに動揺し、きょろきょろ辺りを見まわしている。どこから湧いて出たかと言わんばかりに。


「ねーねーケネルぅー。これからゾクチョーに会いに行くの~?」


 ……む、とケネルが停止した。


「あんたには関係ない」


 ぷいとケネルが顔を背けて、すたすた道を歩き出す。

 すかさずエレーンも肩を並べた。「ふ~ん、ゾクチョーってどんな人かなあー、楽しみだわあー、わくわくしちゃうー」


「──ついてくんなっ!」


 がなって、ケネルが振り向いた。

 シッシと顎で牽制している。ケネルはどうも怒りっぽい。

 エレーンは腰に手を当てて、ちら、とケネルをすがめ見た。


「あっら~ん、そんなこと言って、いーのかしらあ? これでもあたし、クレスト領家の奥方なのよん? なのに仲間外れにする気なの~? 一応あたし、ここの留守を預かってんだけどなあ? いわば領主の代わりよ? 代・わ・り?」


「──勝手にしろ」


 ケネルが顔をしかめて通過した。

 仏頂面で足を投げ、かったるそうに歩き出す。

 無視することにしたらしい。


 話に割り込まれて迷惑だと、ケネルが全身で表明している。

 だが、このくらいの邪険は想定内だ。

 なにせ、相手はあのケネル。気を遣うということを知らない。

 大人しく待っていたら、永久に振り向いてはもらえない。まして、話しかけてくれるなど、天地がひっくり返っても、ありえない。


 そうだ。これしきで、めげてたまるか!

 味方はケネルしかいないのだ!


 とっととケネルとの距離をつめ、エレーンは腕にひっしと飛びつく。


 ぎょっとケネルが後ずさった。

 あたふた腕を振り払う。「なんだ!? いきなり!」


「勝手にしろって、今、言ったし?」


 ……む、とケネルが停止した。


「そんなことより、ねーねーケネルぅ~」


 すかさず腕にぶら下がり、エレーンは天幕群をあちこち指さす。


「ねーねー、あれって、すんごい数ね。なんであんなに色んな色の天幕があるの? えーなになに? 青と黒とこげ茶ァ?──くっら~い! 天幕ってふつう白っぽくない?あの色なんか意味があるわけ?それともテキトー?それとも趣味?パッと景気よく明るい色にすればいいのに赤とか黄色とかピンクとか──(息つぎ)──わあ見て見て!あの奥の方の青い天幕!なんかあれだけ他より立派──え?あそこに向かってるの?もーケネルってばー話聞いてるー?なんとか言ったらどうなのよ!ねーねーケネルぅ!ね~ったらね~!」


 夏日を浴びた天幕群へと、ケネルは長髪と歩いていく。

 仏頂面で見向きもしない。往生際が悪いったらない。



 天幕群の敷地に入ると、強い獣臭が鼻をついた。

 視線がいぶかしげに追ってくる。

 物陰でたむろす遊民たちが、倦んだような目を向けている。だが、声をかける者はない。

 

 河原を埋めつくすほどの天幕が、気だるく夏日を浴びていた。

 土ぼこりの立つ地面を蹴って敷地内をぶらつく者、額を寄せて雑談する者、天幕の陰にしゃがみこみ、気怠そうに喫煙をする者。

 戸口をあけた天幕の中で、陽射しを浴びた天幕の陰で、薄絹の衣装の遊民たちが、所在なげにたむろしている。怠惰でいて荒んだざわめき──。


 ケネルとあの長髪の足の早さに辟易しながら、エレーンはがんばって連れ立った。

 上背のある二人と違って、こっちは小柄な体格なのに、気遣う気配は微塵もない。


 どこまで行くのか尋ねてみたが、例のごとくにケネルは無視。

 質疑応答の本日分は、どうやら終了した模様。


 隅のほうの木立の陰に、木箱が雑然と置かれていた。人が一人うずくまったくらいの大きさだ。

 鉄格子がはまったその箱の、黒っぽく煤けた木板には、文字とも記号ともつかない形の、原色の塗料の殴り書きがある。

 何かの鳴き声が中からするから、芸妓団の興行に使う猛獣の檻であるらしい。


 ひときわ頑丈そうな檻がひとつ、日陰の片隅にひっそりとあった。

 白い毛皮の前脚が、鉄格子の向こうから突き出ている。


「うっわあ! なにあれ、なにあれ! まっ白い熊?」


 エレーンはいそいそ駆け寄った。

 前脚を覆っているのは、輝くような純白の毛皮。藁と毛布が敷かれた床に、四肢を投げ出して寝そべっている。

 赤く殴り書きされたその檻は、他の檻より木板が厚く、木板にはまった鉄格子も太い。


 かったるそうに行き来していた、ひょろりと痩せた遊民たちが、ふと足を止め、振り向いた。

 物陰に座りこんだ数人が、気怠そうに顔をあげる。

 連れの二人が足を止め、無言で素早く目配せする。


 白い獣が頭をもたげた。

 人が来たのに気づいたようで、白い毛皮の前脚を折り、大きな体をのっそり起こす。

 エレーンはほくほく檻を覗いた。


「やーん。かわいい。あんた、熊~? にしては、毛足がやたらと長いけど」


 さわりと前脚の毛皮が揺れて、黒く鋭い爪が覗いた。

 鉄格子から爪先を出して、餌をねだるように空を掻く。

 くんくん匂いを嗅ぎながら、濡れた鼻面を突き出してくる。


 エレーンは思わず破顔して、獣の頭へ手を伸ばす。


「かっわい──っ!」


 ぐい、と肩を引き戻された。

 振り回されて尻もちをつき、エレーンは、むう、と相手を仰ぐ。「──んもぉっ! 痛いじゃないのよ! なにすんの!」


「近寄るな」


 ケネルは仏頂面。にこりともしない。


「もう、なんで邪魔するわけぇ? こんな大っきい動物なんて、めったに見られるもんじゃないのにぃ」


「そいつはバクーだ。人を食らう」


 へ? と凍りついて、檻を見た。


「……この子がバクー? あの有名な?」


 その名前は聞いたことがあった。国境の山に棲息する、凶暴な肉食獣だ。

 内乱中の隣国と堺を接するこの国が、侵攻の心配をせずに済んでいるのは、バクーの存在があったればこそ、そんなふうに聞いている。


 ケネルがそっけなく先を続ける。


「うっかり手でも出してみろ。あっという間になくなるぞ」


「……。へ、へえー」


 エレーンはうっかり出しかけた手を、あたふた背中の後ろへしまう。

 己の迂闊さに生きた心地もしない。


 ケネルは歩き出している。エレーンもあわてて立ちあがる。


「無闇に天幕を覗くなよ。引っ張りこまれるぞ」


「──や、やーねぇー。するわけないでしょ、そんなことぉ」


 なんで、わかった。覗く気だったと。


「なんで、あたしがそんなことぉー? 知り合いなんて、別にいないし」


「だからこそだ。あんたも子供じゃないんなら、意味するところ(・・・・・・・)は分かるだろう」


 エレーンはぱちくり、ケネルを見た。

 ケネルが額をつかんでうなだれる。


「──なら、身の振り方には気をつけろ。ここの連中は日頃から、素行がいいとは言いがたいが、こんな時なら尚更だ。侵攻騒ぎで身動きとれずに、死ぬほど暇を持てあましている。あんたみたいにトロそうなのはいいカモだ」


「と、とろい~? あたしがあ?」


 エレーンは愕然と己をさし、口を尖らせて、ついて歩く。

 ふと、視線を感じて振り向いた。

 ぱっと目をそらして、顔をゆがめる。


(……げ。長髪)


 冷ややかな顔でながめていたのは、あの美麗な長髪だった。

 だが、どうも、アレは苦手だ。

 いくら顔がきれいでも、正直あまり関わりたくない。だって、初対面の亭主の腕を、話も聞かずにねじあげるような輩だ。

 顔はきれいなのに乱暴で、見た目と中身は大違い。


 無言の長髪から目をそらし、エレーンはケネルをぐいぐい引っ張る。


「あっ! ねえねえ、見て見て! ほら、あそこっ!」


 言っただけでは、どうせ無視するにきまってる。


「ねねねケネル。今の見たあ? あそこの大っきな天幕に、人が大勢入っていったわ」


 にっこり笑って、指をさす。

 が、ケネルはこっちを見もしない。

 ──む。引っ張っても無視ってか。


 にんまっとケネルに笑いかけた。


「んねっ? ちょっとだけ寄ってかない? いいでしょケネル。ねっねっねっ!」


 だって、こんな機会はめったにない。天幕群に入れるなんて。

 普段は彼らと関りをもたない一市民にしてみれば、ここは未知の領域だ。

 こうして自由に歩くことはおろか、門番たちが立っている入口を通過することさえままならない。


 エレーンはわくわく天幕を見る。「楽しみ~! 何が始まるのかしら~!」


「賭博だろ」


「とっ?──いやいや、まっさか! こんな明るい真っ昼間っから、賭博だなんて不健全な。ケネルってば普通の顔で冗談ばっか。興行の練習とかに決まって──」


「ここでは普通だ」


「や、でも──」


「自分と同じ倫理観を、期待する方が間違いだ。ああ、交ろうなんて思うなよ。連中の十八番(おはこ)は八百長だからな。身ぐるみはがされて泣くのがおちだ」


 エレーンはとうに握りしめていた財布を、もそもそ内緒で引っこめる。「……さいですか」


 ケネルはつかつか構うことなく歩いていく。

 せっせとついて歩きつつ、エレーンは不貞腐って盗み見た。まったく、ケネルはにべもない。


 それにしても、と溜息をついた。

 歩調が速い。

 歩く速度がすこぶる速い。ぶらぶら歩いているようなのに、うっかりよそ見でもしようものなら、あっという間に取り残される。

 

 それにしても、どこまで行くのだろう。

 川を渡った北端の河原は、思っていたよりもずい分広い。外から眺めているのとは大違いだ。


 右手に見える天幕の陰に、男が一人うずくまっていた。

 髪の長い痩せた男だ。薄絹の衣装をまとっているから、芸妓団の一員らしい。


 男は気怠そうにうなだれて、ゆるゆる首を振っている。

 力なく地面に落ちた指の長い痩せた手に、なんとはなしに違和感を覚えて、エレーンはそろそろ近づいた。

 身をかがめて、男を覗く。


「あのぅ、もしもし? 大丈夫ですか?」


 男が、緩慢な仕草で顔をあげた。

 虚ろな視線。病人のように青白い顔。しわ一つない若者なのだが、眼はとろんとしていて生気がない。うまく焦点が定まらないのか、ぼんやり小首をかしげている。


 その手が、不意にもちあがった。

 さまようように手を伸ばす。


「──あ、あの? 誰か呼びましょう──かっ?」


 ぐい、と引っぱり戻された。


 ……ぬう、とエレーンは顔をゆがめる。

 これで二度目だ。誰の仕業かわかっている。

 ふくれっ面で振り向いた。


「もう、ケネル! 今度はなにっ!」


「放っておけ」


 ケネルのぶっきらぼうな言い草に、エレーンは男に指をさす。「ほっとけるわけないでしょが! 真っ青な顔で座りこんでんのに!」


 そうだ、今度は、ちゃんと正当な理由があるのだ。


「あんなに具合悪そうじゃない! 早くお医者さん呼ばないと!」


「必要ない」


「そんなこと言ってて、何かあったら、どうすんの!」


「あんたには関係ない」


「──はああっ!?」とエレーンは顔をゆがめた。

 なぜに、こいつはこうなのか。意思疎通を図ろうとの努力に欠ける!


「なにそれ! あるでしょー! 断然あるでしょー! だって、現に、目の前で──!」


「相手にするな。中毒者だ」

 

 あの長髪が口をはさんだ。

 ケネルの向こうで足を止め、面倒そうにながめている。


 思わぬ横やりを入れられて、エレーンはしどもど口の先を尖らせる。「な、なによ、その中毒ってぇ──あ、きのこか何かに当たってお腹痛いとかそういう──」


「麻薬だ」


「……ま、やくぅ?」


 確か、それは、非合法な物ではないのか? 


 事もなげに長髪は返した。


「バードには常習者が多い」


「……。ばーど、ってなに?」


 二人がさっさと歩き出した。構うつもりはないらしい。


「ちょ……ちょっと!?──待ってよケネルっ!?」


 両手を振って、追いかける。

 麻薬中毒がうろつく場所に、置いていかれてはコトである。


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