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interval 「傭兵たち」

 気絶をした夫妻を引ずって部屋を出ていく一団を、五人は窓辺で見送った。

 熊を思わせる蓬髪の男が、無精ひげをさすって目をすがめる。


「なんでえ、今のは」


 赤いピアスをした短髪の男も、いぶかしげな面持ちだ。「ああ。あいつらの背中で、よく見えなかったが」


「たく。案の定だぜ、あの親父」


 声がぶっきらぼうに割りこんだ。

 来客をここまで案内してきた、あの美麗な長髪ファレスだ。

 ファレスは亭主が連れ去られた戸口を、苦々しげにながめやる。


「どうも妙だと思ってはいたがな。あれなら代理の友達(ダチ)ってのもうなずける」


 領邸夫人が帰ったその後、思わぬ事態が起きていた。

 どくろ亭の夫妻を捕らえるべく、隊員たちが近づいた途端、弾かれたように飛びのいたのだ。

 そして、それきり動かなかった。いや、一歩も動くことができなかった。戦地の死線にも臆さない、荒事に慣れた猛者が誰一人。

 結局、夫妻を捕らえたのは、捕縛を命じた代理だった。あの(・・)特殊な能力を使って。


 それにしても、とファレスは続ける。


「あの生え抜きを向こうに回して、ガンを飛ばしてくるとはな。一見、無害な "宿の親父"を装っちゃいるが、おそらく元は傭兵だろうぜ。しかも、とびきり──」


「すご腕の、な」


 野太い声が引き取った。

 蓬髪がちらと、からかうように横を見る。「自慢の特務も、ザマねえな」


「……仕方がないさ、桁外れだ」


 話を振られた赤ピアスが、苦笑いして腕を組んだ。「あんな怪物に睨まれたら、俺たちだってかなうかどうか」


「ああ、わかってる。桁外れ(・・・)だ」


 揶揄した頬を蓬髪は引き締め、無人の戸口を鋭く見つめた。


「あれは、滅多に見ねえ別格だ。隣の国の兵隊を一人残らず集めても、果たして一人いるかどうか。いや、あんな手合いが混じっていたら、命がいくつあっても足りやしねえ」


「面白そうだけどなー、あのおじさん」


 声が、気負いなく割り込んだ。

 見れば、窓に腰をかけ、夏日の中で目を向けている。

 ひょろりと背の高い青年だった。外光に透ける前髪の下、彼の薄い茶色の瞳は、透明なガラスを思わせる。

 赤いピアスの短髪の男が、青年を見やって相好を崩した。


「おい、ウォード、吹っかけるんじゃないぞ。あれは、代理のご友人なんだからな」


 聞いているのかいないのか、ウォードは足をぶらつかせ、逆手に握った短刀で、手すりを絶えず傷つけている。


 皆出払った部屋の窓辺に、五人の男が居残っていた。


 赤いピアスの短髪「バパ」 

 熊を思わせる蓬髪「アドルファス」


 この四十絡みの二人から二回り近く年下だろう、美麗な長髪、副長「ファレス」

 そして、ひょろりと背の高い、ガラスのような瞳の青年「ウォード」


「さて。聞いての通りだ」


 ケネルが雑談を打ちきった。


「奥方に、力を貸そうと思う」


「勝算は」


「ある」


 蓬髪の問いに端的に応え、隊長ケネルは一同に視線を巡らせる。


「現在、ディールの本隊は、この国の首都、商都カレリアを包囲している。収奪目的地はこの商都、分遣隊の目的は、補充兵の確保だろう。この国は兵力が少ないからな。しかも、ただでさえ少ない兵を、国境の守備と商都の封鎖に振り分けている。その商都の人員を削って、こっちに寄越しているのなら、出入り口に兵を配して、この街を封鎖するのがやっとの規模というところだろう」


 ケネルは続ける。

 ディールの余剰兵力のなさ、目的地が非武装地との条件から、北方への分遣隊は、おそらく少規模。補充もない。

 商都を封鎖中のディールには、本隊の主力を割いてまで、クレストにかまける余裕はない。 

 そして、その分遣隊にしても、任地を離れても支障のない弱卒を寄越した可能性が高い──。


「分遣隊の兵員が二百、部隊の残留が三十とすれば、約七倍の兵力差になる。だが、実戦の経験が向こうにはない。シャンバールの進駐軍と国境軍が戦ったのは、はるか遠い昔の話だ。そんな部隊の弱卒というなら、相手は素人も同然だろう」


「乗った」


 どこか熊を思わせる蓬髪アドルファスが頷いた。


「俺も奥方に協力する。あんなふうに頼られて、見捨てたとあっちゃ、男がすたる。そうだろうが、バパ」


 話を振られた赤ピアスのバパは、困ったように頬をゆるめる。


「ま、運動不足を解消するには、もってこいのイベントか。だが、このカレリアでは、国家転覆劇は例がない。しくじれば一巻の終わりだから、死に物狂いで向かってくるぞ」


 窓辺の青年へと目を向けた。「お前はどうする? ウォード」


「いいよー。暇だしー」


 ウォードは足をぶらつかせ、外を見たまま、あくびをした。自分の参戦の可否についても大して興味はないようで、逆手に握った切っ先は、相変わらず手すりを傷つけている。


「よおし決まりだ! そうこなくっちゃな!」


 ごつい拳で手の平を叩いて、アドルファスがカカと豪快に笑った。


「なあに、カレリアのカカシなんざ、わけはねえ」


 ふと、それに気づいたようだ。窓辺で腕を組んだまま、ずっと口をはさまない一人に。

 その長髪へと振り向いた。「おう、ファレス。乗るだろ、お前も」


「なんで、そんな面倒事に、首を突っこまなけりゃならねえんだ」


 ファレスが言下に言い捨てた。

 アドルファスは面食らって眉をしかめる。「お前だって見たろうが。あの日、屋敷の裏手でよ──」


「こっちには関係のないことだ。そもそも任務は代理の護衛。女の手先になることじゃない」


「──だがよ、ファレス」


「頭を冷やせ。ただ働きだぜ。そのディールの弱卒とやらに、なんの恨みがあるでなし」


「わかった」


 ケネルがやり取りに割り込んだ。


「今回は大した仕事じゃないし、そもそも報酬がないからな」


「なら、これで解散だ」


 ファレスは窓から背を起こし、戸口の方へと歩いていく。


「ま、精々気張れや、正義の味方さん方」


 薄茶の長い髪がしなやかに揺れ、部屋の扉がパタリと閉じた。

 アドルファスが身じろいで、嘆息まじりに蓬髪を掻く。「ま~た女の所ってか。相変わらず愛想がねえな」


 それをケネルも淡々と見送り、ふと思い出したように振り向いた。


「そういや、ジャックは」


 窓辺の壁に腕組みでもたれて、バパが苦笑いで首を振った。


「さあて、どこへ行ったやら。あれも、よくわからん男だからな」


()くだけ無駄だろー、居所なんか」


 ウォードが外を眺めたままで、興味なさそうにあくびをした。




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