第八話
K子のもたらしたフィルターは、Kに輝きを増している。
今夜のKはいつもと変わらない。タバコを吹かし、酒を飲み、相変わらず芸術に関する自分の姿勢を投げ掛けてくる。だが、俺にはどうも薄っぺらさが気になった。知識として一通り舐めてはいるが、自分なりに噛み締めてはいない感じだ。
そこを指摘すれば、なんとなく分かるだけで済ましてしまう。それでは本当は困るのだ。創作は悦楽であり苦難である。白いキャンパスを目の前にして立ち向かうとき、そこには何が広がっていなければ何もできない。だが、Kの服飾には白いキャンパスに向かう姿勢が欠如している気がした。
余計なお世話であることは十二分に…。だが、Kとならそれを分かち合えるような気がしてならない。時代には媚びない真の強さと、独創性も兼ね備えているが、奇抜ではなく、依頼された仕事にも忠実にこなす能力があるからだ。
Kは自分の思いの丈が饒舌になればなるほど、タバコの消費数は異常な数に達する。消しては点けての繰り返し。いつの間にかにこちらも胸焼けがしてくる。本当にタバコは良くないと感じるが、彼女にはそれを言えないだろう。
二人で店を出て真夜中…。まだKは自分の芸術論を話さずにはいられず、公園のベンチで継続を提案してきた。よほど何かが溜まっているのだろう。こちらも断る理由は見当たらないので、二つ返事で引き受けた。
長く長く二人で色々な話をしているうちに、互いの周りを包む夜は眠りだし、東の空から日の光が目覚めようとしていた。そこで俺は二つの質問をぶつけてみた。一つはアスファルトは何色に見えるのか?もう一つは草木はなぜ緑なのか?一つ目の答えは灰色、もう一つは元々そうだからだそうだ。
この質問には正しい答えなんてありはしない。だが彼女に対する俺の落胆は寂しいばかりだ。世俗的に自分の感性を交わらせない、自分だけのルールや定義を聞きたかった。
Kはそれならばと、同じ質問をぶつけてきた。簡単だ。今、何色に感じるのかが大切なんだ。アスファルトは紫、草木は灰色。色は色でなくて、瞼に映る残像だけで十分だからだ。
面食らってるKは理解不可能な表情を覗かせていた。でも、それでもなんとなく分かるとまた答える。全く、今夜は無駄だったようだ。お開きにして帰ろうと声を掛けた時、Kは一言呟いた。
それはK子にされた、昨夜の事…。ああ何と言うことだ!
目の前に映る色は蒼白だった…。
続く




