第五十二話
ようやく『自分』の中に、『僕』と『俺』という自分がいる事に気が付いた。
『僕』の時は、相手の名前に「さん」や「くん」や「ちゃん」をつけて呼ぶ。誠実で正直で素直で、どんな不必要とされた記憶からも、夢や希望や理想を諦める事をせず、必ず汲み取ろうとする。決して自分の意見を聞きそびれたりしない。
一方『俺』の時は、相手の名前を呼び捨てにして、傲慢でエゴイストでニヒルで、世の中を斜めから見ているが、置き去りの記憶から生まれた、危険な自意識と常に戦い、決して恐怖に屈したりしない。
そして『自分』の時は、『僕』にもなれるし『俺』にもなれる。何所かで一歩引いた感じかもしれないが、自由に行き来して、相手や他人の中にも入る事ができる。『自身』と『自信』を司る『自神』なのだと。
今、自分は再びあの19歳だった頃の、1993年の夏の記憶を辿ろうとしている。その目的は、K子さんが飛び降り自殺した真相を知る事であり、昔、自分自身が自殺しようとした動機を探らなければ、K子さんの本当の想いを知る事ができない。遺族にも事実を伝える事はできない。
そういえば昔、幼馴染の友人と話した時に、こんな会話をした事があった。
「でもよ、お前って死に損ないが生きてるかもしれないが、自殺するってすごい勇気あるよな?」
「…違う。それは…勇気なんかじゃないんだ。」
「…。」
勇気じゃないとは一体何か?なぜそう言えたのか?少なくとも何かの鍵になっている事は確かだ。辛く悲しい記憶は、どんなに自分を客観視しようとも、パンにジャムをつける様に食べ易くなってしまう。『自分』をしっかり持ってなければ、思い出に引き込まれて留まってしまう。その為にこそ、『僕』や『俺』というもう一人の自分達と共闘しなければ、再び現実に帰る事はできないのだ。
そしてまた、あの1993年、K美さんとの記憶に戻った。サバティーニではゆっくり灯された照明がさらに暗くなった。
《1993年夏の記憶》
「大丈夫?」
「あ、はい。なんだか凄く緊張しちゃって。」
「フフ、君って本当に可愛いね。」
「はい。」
自分はその言葉にいつも一喜一憂してしまう。自分達は食事を楽しんだ。K美さんは優しく自分に、テーブルマナーをそれとなく教えてくれた。フォークやナイフは外側から順に使う事や、食べ終わった時にはお皿の右側に載せて添える事や、ワインを頼む時には必ずテイストをしてから頼む事など。しばらくすると、黒服の人が大きなチーズをワゴンに乗せてやってきた。詳しくはわからないけど、特別な形のナイフの様な物で穴を空け、そこからスルスルっと面白いようにチーズがお皿へ添えられた。銀紙で巻かれたスーパーのチーズなんかじゃなかった。
「美味しい?」
「はい!とっても美味しいです。」
K美さんはチーズを食べ終えて、すぐにパーラメントの煙草を取り出して吸い始めた。自分はタバコを吸ってなかった。いや、今夜は吸わないようにしていた。
「あれ?吸わないんだっけ?」
「あっと、いつもは吸ってますけど…。」
「あっそうだ!貰い物でよければ、メンソールだけど吸う?」
「はい!」
とにかく好きな人の真似をして好かれたい思う気持ちが優先した。
《無慈悲なき巨塔》
『俺』は今、この巨塔から『自分』と称する奴の姿を見ている。クッ…まだまだ甘ちゃんな奴だ…。甘酸っぱい記憶に溺れやがって。まぁいいか…。これから先に待っている苦しみに比べれば、少しくらい…
「そうはいかねェ~よ!!」
「御意。」
この声は!何所かで聞いた事ある…。
「好き勝手に心を具現化しやがって!不必要な記憶は豚の家畜の方がましだぁ~?!てめぇ舐めてんのかよ?俺たちは納得はできねェ~んだ!」
「御意。」
参った…。一番危険な記憶の因子である、『我と吾』の自意識兄弟を呼び起こしてしまった。
続く




