第四十一話
社会はまるで複雑化した迷路を暗闇の中で歩くよう…。一人では心細く、二人では迷いやすく、三人では揉めやすい。だから心に決めた愛する女性の愛が、この迷路のガイドになるのかもしれない。
「お前、デートっても色々な趣向を凝らさないと、相手はすぐに目移りするからな。」
「はい!」
「横浜には大体三つのコースがある事を頭に叩き込んでおけ。」
「三つのコース…ですか?」
「そうだ、一つはガイドブック通りの王道コース。山下公園、馬車道、元町、港の見える丘公園。徹底して気取りを忘れない。二つ目は中華街をメインとしたチャイナコース。女性の胃袋を満足させた後に、じっくり赤レンガ倉庫近くでデートだ。三つ目は穴場を常に攻める。ありきたりをワザと外して素敵な夜景を見せる。」
「すごいっす!課長は百戦錬磨なんすね~!」
自分は感心してしまった。やっぱり社会の先輩は全然違う。その後、課長はとにかく全てのレストランやバーやお店を事細かく教えてくれた。どの道から行けば徒歩でどの位だとか、何処から抜ければ素早くバーに辿り着けるだとか、この人の頭の中は全て何もかもデートコースの知識で埋め尽くされているようだった。
「後、一番大切なのはどの場所でいかに誘うかだ。」
「誘う?って何をですか?」
「誘うって決まってるだろ?」
「へ?」
「あれだよ!」
指差した先には、光を失って昼間ひっそりしている、多くのカタカナのネオン街だった。
「えええ!まさか?!」
「そのまさかだよ!お前、一応経験あるんだろ?」
「あ、いや~一回だけ。入った事はあります。でも、その時は相手が車だったので、何となく連れてかれた感じです。」
「それじゃ今度は自分の力で何とか誘わないとな。」
「あ、はい~。でも、入口とかどうやって入ったり、お金払ったりすればいいんですか?」
「何?覚えてないのか?」
「あ、はい…相手が全部やってくれたもので、自分は何だかよく覚えてないんです~。」
「何たる羨ましい奴だ。いいか?入口はそれぞれで極めて見難い。初めは緊張するかもしれないが、勢いで突っ走れ!」
何だかよく分からない方向へ行ってる様な…。K美さんをそういった対象で見る事も…確かにスタイルのいい女性ではあるけど。だからと言って、そんなキスとかする前から…確かに魅惑的な唇だけど…。ああ、駄目だ!!考えないようにすればする程、色々な部分をそういった対象で見てしまう。自分は何て情けないエッチな男なんだ。課長はそんな自分自身を見透かしたのか?くわえ煙草のまま、内ポケットからおもむろに財布を取り出し、その中から電車の回数券のようなダラダラしたものを取り出した。
「なんすか?その回数券みたいな物は?」
「うん?これは天国への割引券だ。」
ビリっと一枚だけ破って、コチラに渡された物は、天使が左右の両枠で笛を吹いて、真ん中で男女が抱き合っている絵が描かれた、ラブホテルの割引券だった。
「シャレード?!」
「浜ボウルの裏側をさっき通ったよな?歩いて二、三分の所にあるから。」
「あるからって、課長…これはいくらなんでも…。」
「なんだ?いらないのか?どうせ頭の中はK美の身体の事ばかり考えてるんだろ?」
図星だ…。やっぱり見抜かれてる。しかしこんなにいわゆる課長にとっての天国への『回数券』を課長がお持ちだって事は、この人何度も行ってるのかな?
「いいか?所詮男と女なんてものは、惚れたはれた言った所で、最後にはやる事やるか、やらないかで決まるんだ。それがバシッと決まらなければ、所詮『良い人なんだけどね~』で終わっちまう。」
「はぁ…。」
「まぁ、そういう終わらせ方もあるけどな…。」
課長の最後の言葉はとっても意味深だった。でも、自分にとってデートとはこんなにも生臭い物だったのだろうか?
「いいか?女にだって性欲があるんだ。それを忘れるな。」
おえっ、何だか気持ち悪くなってきた。
続く




